7ー8・息の根
何故、少女は豹変したのか。
何故、少女は、運命に翻弄される事になったのか。
___それは、誰にも分かりやしない。
『___風花お嬢様、大人になられたわね』
『ええ。まあ年頃だし当然よ。こないだ誕生日を迎えられたんでしょう?』
『でも、何故、戻ってこられたのかしら?』
使用人達は、こそこそと話す。
話題は__実家を離れていた当主の孫娘の事だらけ。
3年も家を空けていたのに、何故、当然戻って来たのか。
3年の空白の間に、暫く見ぬ間に、年頃故、大人になられたなど。
話題は尽きない。
けれど、鋭い風花には
使用人のこそこそ話も耳に入っている。
相手は子供だから、自分達だけで聞こえぬ話だと、彼女達は言いたい放題。
休日の昼下がり。
庭には植付けの長寿の桜の木がある。
木には蕾がちらほら。ところによっては、蕾から花が開花し、桜の花が咲いていた。
このところ、寒さも和らいで、温かな陽気の日も増えた。
それ故に春の訪れを実感する様になる。
長い黒髪を背に垂らした少女は縁側に腰掛け、静寂な空間_桜を見つつ、広い庭をぼんやりと見ていた。
時雄にして淡い風が吹き、髪が頬を撫でる。
(____悪くはないわね)
一人、このなだらかな春の訪れを感じ、ぼんやりとするのも悪くない。
北條家では常に気を張っているが、不意に張り詰めた気を和らかせてくれる。
春の訪れに、風花は自然と頬が緩んでいた。
(_____あの人は、どうしているかしら?)
あの青年。
あの日、自殺しようと線路前に立ち、クライシスホームへと招いた、長野圭介。
彼には迷惑をかけた。クライシスホームの内部の情報を聞いても、彼は変わらずに奮闘していたのだ。
人間関係が複雑に絡んで行くのに、圭介を巻き込みたくはなくて、つい素っ気なくしてしまい、結果 喧嘩別れになってしまっただろう。
悪い事をしてしまったと反省している。__けれど。
なるべく厄介な北條家の内部とは、遠ざけたかった。
彼には迷惑をかけるばかりで、其処には何の責任もないのだから。
そんな事を思っていると、静寂な廊下に、不意に足音が聞こえた。
静寂な分、微かな音でも響く空間。
ふと、風花は、庭からその人物へと視線を移す。
完璧なヘアメイク、厚めのメイク。
女子力を最大限に披露し、飾っている少女が居た。
彼女は見るからに怪訝な面持ちで、風花を睨み、眉を潜めている。
「___久しぶりね、華鈴」
冷静な声音。
その端正な顔立ちから、浮かんだ淡い微笑。
その自然美の美しさはまるで、うっとりと見惚れてしまいそうだ。
(___今更、どういう事なの?」
3年も家を空けていた癖に、いきなり今更戻って来るなんて。
度々、実家に足を寄せて帰ってくる事はあったけれど、なんだかあの頃の彼女と、今、目の前に居る彼女は何処か違って見えた。
「どうして、いきなり戻って来たのよ…!」
「__お祖父様の為に、家の為に跡継ぎとしての腹を括ったの。だからよ」
平然と風花は答える。
確かに風花が戻ってきたお陰で、厳造は機嫌が良い。
けれど、それは“本当の孫娘”である華鈴にとっては、不都合な事だ。
この3年、祖父の愛情を、寵愛を、独り占めにしてきた。
風花が居ない事が何よりもの好都合で、彼に目を掛けられていたというのに。
本当の孫娘は、自分なのだから、当然の権利だと。
寧ろ、邪魔者が消えて清々していた。
華鈴の怪訝な面持ちを見てから、風花は、立ち上がると華鈴と向き合った。
「___怖いの?」
「な、何が!?」
「私が戻ってきた事で、自分の地位が戻ってしまうのが。
今まで独り占め出来ていたお祖父様の執着が、私に向けられる事が」
冷静な声音。
しかし無表情ではなく、“今”の風花には微笑が含まれている。
据わった声音と、その初めて見る表情に、華鈴はゾッとした。
(___この3年で、変わったの?)
少女の頬笑みは、息の根が止まるのではないかと思う程に。
けれど。
風花が言っている事は全て図星だ。
華鈴が本当の孫娘だからと可愛がられていても、跡継ぎとなれば、厳造は風花に目を掛ける。
___それが、腹立たしい。
風花は、悟った表情で語りかける。
「安心して?
私は、貴女の邪魔をするつもりは無いから」
「え?」
「私は、貴女の影武者として、北條家の跡継ぎとしての務めを果たすだけだから。ね?」
風花は、少し首を傾けて言う。
そして去っていった。
華鈴は、佇むだけ。否、動けなかった。
今まで見せてこなかった、風花の一面に。
未だに背中には悪寒の名残りが、息の根が止まりそうな程の衝撃が華鈴に実感させた。




