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クライシス・ホーム  作者: 天崎 栞
【第7章~苦悩の先に待つもの~】
79/120

7ー8・息の根



何故、少女は豹変したのか。

何故、少女は、運命に翻弄される事になったのか。

___それは、誰にも分かりやしない。




『___風花お嬢様、大人になられたわね』

『ええ。まあ年頃だし当然よ。こないだ誕生日を迎えられたんでしょう?』

『でも、何故、戻ってこられたのかしら?』


使用人達は、こそこそと話す。

話題は__実家を離れていた当主の孫娘の事だらけ。

3年も家を空けていたのに、何故、当然戻って来たのか。

3年の空白の間に、暫く見ぬ間に、年頃故、大人になられたなど。

話題は尽きない。



けれど、鋭い風花には

使用人のこそこそ話も耳に入っている。

相手は子供だから、自分達だけで聞こえぬ話だと、彼女達は言いたい放題。


休日の昼下がり。

庭には植付けの長寿の桜の木がある。

木には蕾がちらほら。ところによっては、蕾から花が開花し、桜の花が咲いていた。


このところ、寒さも和らいで、温かな陽気の日も増えた。

それ故に春の訪れを実感する様になる。


長い黒髪を背に垂らした少女は縁側に腰掛け、静寂な空間_桜を見つつ、広い庭をぼんやりと見ていた。

時雄にして淡い風が吹き、髪が頬を撫でる。



(____悪くはないわね)



一人、このなだらかな春の訪れを感じ、ぼんやりとするのも悪くない。

北條家では常に気を張っているが、不意に張り詰めた気を和らかせてくれる。

春の訪れに、風花は自然と頬が緩んでいた。




(_____あの人は、どうしているかしら?)



あの青年。

あの日、自殺しようと線路前に立ち、クライシスホームへと招いた、長野圭介。

彼には迷惑をかけた。クライシスホームの内部の情報を聞いても、彼は変わらずに奮闘していたのだ。

人間関係が複雑に絡んで行くのに、圭介を巻き込みたくはなくて、つい素っ気なくしてしまい、結果 喧嘩別れになってしまっただろう。



悪い事をしてしまったと反省している。__けれど。

なるべく厄介な北條家の内部とは、遠ざけたかった。

彼には迷惑をかけるばかりで、其処には何の責任もないのだから。



そんな事を思っていると、静寂な廊下に、不意に足音が聞こえた。

静寂な分、微かな音でも響く空間。

ふと、風花は、庭からその人物へと視線を移す。



完璧なヘアメイク、厚めのメイク。

女子力を最大限に披露し、飾っている少女が居た。

彼女は見るからに怪訝な面持ちで、風花を睨み、眉を潜めている。


「___久しぶりね、華鈴」



冷静な声音。

その端正な顔立ちから、浮かんだ淡い微笑。

その自然美の美しさはまるで、うっとりと見惚れてしまいそうだ。




(___今更、どういう事なの?」



3年も家を空けていた癖に、いきなり今更戻って来るなんて。

度々、実家に足を寄せて帰ってくる事はあったけれど、なんだかあの頃の彼女と、今、目の前に居る彼女は何処か違って見えた。



「どうして、いきなり戻って来たのよ…!」

「__お祖父様の為に、家の為に跡継ぎとしての腹を括ったの。だからよ」


平然と風花は答える。

確かに風花が戻ってきたお陰で、厳造は機嫌が良い。

けれど、それは“本当の孫娘”である華鈴にとっては、不都合な事だ。


この3年、祖父の愛情を、寵愛を、独り占めにしてきた。

風花が居ない事が何よりもの好都合で、彼に目を掛けられていたというのに。

本当の孫娘は、自分なのだから、当然の権利だと。

寧ろ、邪魔者が消えて清々していた。




華鈴の怪訝な面持ちを見てから、風花は、立ち上がると華鈴と向き合った。


「___怖いの?」

「な、何が!?」

「私が戻ってきた事で、自分の地位が戻ってしまうのが。

今まで独り占め出来ていたお祖父様の執着が、私に向けられる事が」


冷静な声音。

しかし無表情ではなく、“今”の風花には微笑が含まれている。

据わった声音と、その初めて見る表情に、華鈴はゾッとした。


(___この3年で、変わったの?)


少女の頬笑みは、息の根が止まるのではないかと思う程に。


けれど。

風花が言っている事は全て図星だ。

華鈴が本当の孫娘だからと可愛がられていても、跡継ぎとなれば、厳造は風花に目を掛ける。

___それが、腹立たしい。


風花は、悟った表情で語りかける。



「安心して?

私は、貴女の邪魔をするつもりは無いから」

「え?」

「私は、貴女の影武者として、北條家の跡継ぎとしての務めを果たすだけだから。ね?」



風花は、少し首を傾けて言う。

そして去っていった。



華鈴は、佇むだけ。否、動けなかった。

今まで見せてこなかった、風花の一面に。

未だに背中には悪寒の名残りが、息の根が止まりそうな程の衝撃が華鈴に実感させた。



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