6―8・過去と、理不尽と
ジェシカは、少女達の家に上がる。
フィーアは相変わらずだ。
口数も減った。何かあれば、ぼんやりとしているだけ。
両手を組み合わせ、頬杖を付いてぼんやりとしている
フィーアの前に、ジェシカは静かに珈琲を差し出した。
暫くぼんやりしていたが、数秒遅れて、フィーアは珈琲に視線を落とす。
「___大丈夫?
最近、ぼんやりしているけれど何処か具合悪いの?」
「_____…………」
フィーアは視線を向けるだけ。
ジェシカは優しい声音と共に頬笑みかけている。
この女性の、
見る目が変わってしまったのはいつだろうか。
フィーアは真紅の瞳を伏せながら、ようやく結んだ手を解いて、珈琲に手を置く。
自分の冷えきった心とは正反対に、珈琲は淹れたてで熱を宿している。
珈琲を覗くと、冷めた表情をした女が写っていた。
…………鏡に映る、自分自身だ。
「………最近、思う事があるんです」
ぽつり、とフィーアは呟く。
ジェシカは首を傾けて、尋ね返した。
「………何に?」
「………私は物心付いた時から、
冷たい地下室に居ました。私の世界は地下室だけ。
ご飯は誰かが食べた様な痕のあるパンや、残飯で少ないそれを皆で分けて食べて。少ないから、食べれない時もあったんです。
布団もないから、冷たいコンクリートで寝てました。
今、思えば劣悪極まりないけれど、
私にとってそれが全てで私の世界だった」
あの頃、まだ閉じ込められていた時。
少女の言葉から紡がれるのは、壮絶な過去。
フィーアの話を聞いてジェシカは苦しい気分に襲われて、目線を落とす。
「__自分自身のこと、何も知らなかったんです。
自分がアルビノって言う事も。“私”は風花が全部与えてくれた。名前も。年齢も誕生日も。でも本当に知っているものは何一つありません。
最近、そう思うと
自分自身が無性に知りたくなります。
自分は誰なのか、誰から生まれたのか、何故、あの場所で過ごし足を失う羽目になったのか。
__そう思うと切りがなくて」
ジェシカは、胸が締めつけられた。
風花もだが、フィーア自身も壮絶な過去を持っている。
普段、穏やかな雰囲気からは辿り着かないが、フィーアは足を失う程に虐待を受け、世界を知る事も許されず隔絶され続けた。
少し涙目になっているジェシカの横顔を、
盗み目したフィーアはようやく、身を乗り出した。
「____だから今、自分も、現実も信じられない」
「____え?」
ジェシカは、驚く。
フィーアの顔付きは変わっていた。穏やかな表情や雰囲気は消え去り、鋭利な刃物を向ける様な眼差しで此方を見ていた。
それはまるで逆鱗の花の様に感じた。
あの自分の記憶にある穏やかな少女はいない。
「____貴女が、私の実母だなんて」
「___……え、何を言ってるの…?」
ジェシカは呆然とする。
フィーアは、何を言っている?
実母?
フィーアの実母? 自分が?
訳が分からず、少女の言葉の意味を飲み込めないジェシカは呆然自失としていたが。
____ガシャン
グラスが割れて、破片が散乱する。
飲み物の液体が、溢れて地図を作っていた先に振り返ると
驚いた顔で風花が、ジェシカとフィーア、
二人を見詰めていた。




