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クライシス・ホーム  作者: 天崎 栞
【第6章~それぞれの苦悩の果てに~】
64/120

6―5・八つ当たり

酷い話。



「……栄養を取って、安静にした方が良いって」

「そうか」


(何故、まだ居るんだろうか)



この馴れ合いを好まない少女なら、

てっきり用件を伝え終わったら、帰ると思って居たのに。

さっき席を外したと思ったら、伝書鳩の様に帰ってきた。


保護者の代わりに色々と

手続きを済ませてくれた少女には感謝している。

祖母には連絡は取れないし、此方からもしたくない。

ただ。


今は一人になりたい。

目の前が急変して先が見えない、圭介にとって

誰かに構う余裕も考えも、無くなっている。

どうすれば良いのか。


疲れた心身だが、無性に心は焦っている。

責任を負うのは当然、孫の自分に回ってくるのだ。

逃げだと分かっている。けれど理不尽な大人の都合に振り回されて、戸惑うなと言う方が無理だ。


けれど。

再燃した気持ちは、“死にたい“だった。

あの日抱いていた、死のうと思ったあの日。




ちらり、と少女を見る。

何をするわけでも無く、お雛様の如く静かに座っている。何を考えているのかも分からない。

帰ってくれないだろうかと内心思いながら、背を向けた。



「___どうして」

「………………」



どうして。


ずっと抱いていた疑問。




「あの時、俺を引き留めたんだ…」



あの時、

自殺するつもりで、あの地に立った。

少女に引き留められていなければ、今自分はいないだろう。

けれど圭介にとってずっとそれが疑問だった。

どうして、風花は自分を引き留めたんだろうか。



風花は、その理由を具体的に語らない。



彼女自身、青年の問いかけに呆然としていたが。



「___あの時の貴方が、生半可だったからよ」



氷の様に、冷たい声音。

風花の回答の意味が分からない。生半可だった?


「……どういう意味だ」

「……私が言いたいのは、貴方は“違った”」


(_____貴方は、死のうとはしなかった)



風花の心は、絶望仕切って枯れている。

水すらも枯れた砂漠の如く、熱の冷めた氷の様な冷たさ。

何も希望を持たない。持てない。



「知ってる?

本当に何もかもどうでも良くなると、全てに冷めるのよ。

何が起こったってどうでもいい。自分の事でさえも、他人の事だったら、尚更」


目の前で直斗が殺され、

華鈴の影武者で“北條家の道具“だと悟った瞬間。

風花は全てを棄てた。


自分自身の事でさえ、どうでもいい。


祖父という男にいくら殴られても、強姦された時でさえどうでもよかった。

成るようになってしまえ。そう思った。




「貴方が身を投げようとした時、足が震えていた。

まだ自殺願望がある内は、生きていて感情がある証拠よ。


それに、足が震えていたでしょう?

あれは、生きたいという証拠に見えたから」



足が震えていた?

馬鹿な。本気で命を投げ出すつもりだった。


「………それに決定的だったのは、貴方は逃げなかった。

普通なら、自殺願望者は逃げ出していつの間にか、居なくなっていたのに。貴方はクライシスの事情を知っても、誰かの過去を悟っても逃げずに受け入れた。居てくれたでしょ。


だから。

これから、どうするかは知らないけれど

貴方はまだ生きたいという願望が、何処かであるんじゃない?」

「嘘を言うなよ!」


圭介は、咄嗟に怒鳴っていた。

いつも冷静な風花が、一瞬怯えて後退る。


「黙ってたら、べらべら色々と戯言を述べやがって。

足が震えていた?そうだっただろうな。けどな。

あんたが留めなかったら、俺は迷わずに飛び込めたんだ。今、こんな先の見えない理不尽な理由に振り回されずに済んだのに」


解っている。

こんなの、ただの八つ当たり。

けれど抑えていた感情は止まらなくて、自分でもどう対処して良いのか分からない。


「___今更、後悔してるんだ、

あんたに会わなければ、あんたを無視して居れば良かったって。

今更、何で死ななかったんだろうって悔やむよ。


あんたが人一倍苦労して偉いのは知ってるけど、

結局は自分の自己満足の為にやっているんだろ? 違うか?」

「______…………」


其処まで言って、本気で後悔した。

少女が傷付いた顔をしているのに、気付いてしまったから。

我に返ってから言い過ぎたと反省する。


「………そうね」


無情。

風花の声音は、やはり冷たい。




「貴方を引き留めたのは、間違いだった」


「………………」

「帰るわ。あと、気にせず自由にして良いから。

休暇でも退職でも構わないわ、貴方の好きにして」



少女は言うと、消える。

圭介は後悔したが、もう遅かった。


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