6―5・八つ当たり
酷い話。
「……栄養を取って、安静にした方が良いって」
「そうか」
(何故、まだ居るんだろうか)
この馴れ合いを好まない少女なら、
てっきり用件を伝え終わったら、帰ると思って居たのに。
さっき席を外したと思ったら、伝書鳩の様に帰ってきた。
保護者の代わりに色々と
手続きを済ませてくれた少女には感謝している。
祖母には連絡は取れないし、此方からもしたくない。
ただ。
今は一人になりたい。
目の前が急変して先が見えない、圭介にとって
誰かに構う余裕も考えも、無くなっている。
どうすれば良いのか。
疲れた心身だが、無性に心は焦っている。
責任を負うのは当然、孫の自分に回ってくるのだ。
逃げだと分かっている。けれど理不尽な大人の都合に振り回されて、戸惑うなと言う方が無理だ。
けれど。
再燃した気持ちは、“死にたい“だった。
あの日抱いていた、死のうと思ったあの日。
ちらり、と少女を見る。
何をするわけでも無く、お雛様の如く静かに座っている。何を考えているのかも分からない。
帰ってくれないだろうかと内心思いながら、背を向けた。
「___どうして」
「………………」
どうして。
ずっと抱いていた疑問。
「あの時、俺を引き留めたんだ…」
あの時、
自殺するつもりで、あの地に立った。
少女に引き留められていなければ、今自分はいないだろう。
けれど圭介にとってずっとそれが疑問だった。
どうして、風花は自分を引き留めたんだろうか。
風花は、その理由を具体的に語らない。
彼女自身、青年の問いかけに呆然としていたが。
「___あの時の貴方が、生半可だったからよ」
氷の様に、冷たい声音。
風花の回答の意味が分からない。生半可だった?
「……どういう意味だ」
「……私が言いたいのは、貴方は“違った”」
(_____貴方は、死のうとはしなかった)
風花の心は、絶望仕切って枯れている。
水すらも枯れた砂漠の如く、熱の冷めた氷の様な冷たさ。
何も希望を持たない。持てない。
「知ってる?
本当に何もかもどうでも良くなると、全てに冷めるのよ。
何が起こったってどうでもいい。自分の事でさえも、他人の事だったら、尚更」
目の前で直斗が殺され、
華鈴の影武者で“北條家の道具“だと悟った瞬間。
風花は全てを棄てた。
自分自身の事でさえ、どうでもいい。
祖父という男にいくら殴られても、強姦された時でさえどうでもよかった。
成るようになってしまえ。そう思った。
「貴方が身を投げようとした時、足が震えていた。
まだ自殺願望がある内は、生きていて感情がある証拠よ。
それに、足が震えていたでしょう?
あれは、生きたいという証拠に見えたから」
足が震えていた?
馬鹿な。本気で命を投げ出すつもりだった。
「………それに決定的だったのは、貴方は逃げなかった。
普通なら、自殺願望者は逃げ出していつの間にか、居なくなっていたのに。貴方はクライシスの事情を知っても、誰かの過去を悟っても逃げずに受け入れた。居てくれたでしょ。
だから。
これから、どうするかは知らないけれど
貴方はまだ生きたいという願望が、何処かであるんじゃない?」
「嘘を言うなよ!」
圭介は、咄嗟に怒鳴っていた。
いつも冷静な風花が、一瞬怯えて後退る。
「黙ってたら、べらべら色々と戯言を述べやがって。
足が震えていた?そうだっただろうな。けどな。
あんたが留めなかったら、俺は迷わずに飛び込めたんだ。今、こんな先の見えない理不尽な理由に振り回されずに済んだのに」
解っている。
こんなの、ただの八つ当たり。
けれど抑えていた感情は止まらなくて、自分でもどう対処して良いのか分からない。
「___今更、後悔してるんだ、
あんたに会わなければ、あんたを無視して居れば良かったって。
今更、何で死ななかったんだろうって悔やむよ。
あんたが人一倍苦労して偉いのは知ってるけど、
結局は自分の自己満足の為にやっているんだろ? 違うか?」
「______…………」
其処まで言って、本気で後悔した。
少女が傷付いた顔をしているのに、気付いてしまったから。
我に返ってから言い過ぎたと反省する。
「………そうね」
無情。
風花の声音は、やはり冷たい。
「貴方を引き留めたのは、間違いだった」
「………………」
「帰るわ。あと、気にせず自由にして良いから。
休暇でも退職でも構わないわ、貴方の好きにして」
少女は言うと、消える。
圭介は後悔したが、もう遅かった。




