6ー4・懐かしさ
貴女に出会った時、思った。
芽衣。貴女なら良いのにと。
「……すみません。ジェシカさん」
「良いのよ。気にしなくて」
夜道。
たまにジェシカがフィーアを送るのは約束事だった。
今日は風花が急遽、圭介の身元確認で飛んで行ってしまったから事務所は静かで___。
否、フィーアが行かせたというのが正解か。
風花は他人に興味を示さない。それが責任者としてどうなのかと疑問に思った点もあったので、敢えて風花を飛ばしたのだ。
昔は恩人だった関係も、
今ではフィーアが風花の姉の様な、右腕的な存在となり
風花は、フィーアだけは頭が上がらない様だった。
(例えるならば、姉妹というより夫婦かしら?)
風花とフィーアの関係性を見て、ジェシカはそう思う。
時折姉妹にも伺えるのだが、その姿はまるで夫婦の様で、自然と微笑みが零れた、
「寒くない?」
「大丈夫です。私は………」
膝掛けを掛け直され
そうジェシカに訪ねられて、フィーアは朗らかに返す。
相応に着込んでいるし、何より冷たい地下室でずっと居たからか冷たく寒い環境には体は慣れてしまったらしい。
(……これくらいは平気)
吐いた息が空に舞い、消える。
冷たいコンクリートの牢獄にいたあの頃よりも幸せになった今では、
フィーアにとってこんな寒さ云々で事は気にも止めない。
帰り道まで送ってくれる。
そう思い、クライシス・ホームから地上に出てきたフィーアは
ぼんやりと濃紺の星々の散りばめられた、夜空を見詰めていたのだが。
そんなフィーアに、ふとジェシカは尋ねた。
「そう言えばフィーア、晩ご飯はまだよね?」
「……はい。風花は売店でご飯を済ませたと」
「私もまだなのよね。良かったら、一緒に何処かで夕食を食べない?
一緒にご飯食べてから帰っても大丈夫よね」
「私は大丈夫ですが………ジェシカさんは良いのですか?」
「まあ、私は独り身だしね。寂しいの。
たまには、って思ったのだけれど、どう?」
独り身_____と呟いた瞬間、
何処か寂しそうでジェシカの表情に曇ったのは気のせいか。
「はい、大丈夫ですよ」
ただ、フィーアが気になるのはお店だ。
バリアフリーだと良いのだけれど。
最近はそんな店も増えていると聞くが、そうとも思えない。
ジェシカ行った場所は
イタリアンレストランだった。
フィーアが気にしていた事、バリアフリー。
けれど連れられた店は完全な
お店は完全なバリアフリーのお店で配慮も行き届いていた。
「___たまに恋しくなるのよ。イタリア料理」
「………そうですか」
イタリア系のハーフであるジェシカは
イタリアの文化や料理にも大分と親しんでいる。
今でもに食べていたイタリア料理が恋しくなるらしい。
実はフィーアもイタリアンや、洋食系が好きだった。
フィーアは頬を緩めつつ、
「私も、洋食系が好きなんです」
「あら、そうなの。奇遇ね」
フィーアは内心、何処か懐かしさを覚えていた。
何故かジェシカだけに。それは今に始まった事ではない。
最初に出会った時から不思議だった。
彼女の顔や優しい声音。全てが全て、
初めて見た顔でも聞いた声でもない様にないのは気のせいか。
何故か彼女の表情や声音を聞くと懐かしい気持ちになる。
(___懐かしい、けれど)
それは、何故?
他人にどうして、ここまで懐かしさを覚える?
自問自答しても、出てこない答えは
関係がない筈なのに時折、デジャウとしてフィーアの思考も目線も奪う。
どうして、
こんなにジェシカへ懐かしさを感じるのか。
(………母親が居たら、こんな感じなのかしら)
奴隷の様に、捕虜の様に扱われてきた
自分には全く持って無縁の話だけれど。
ジェシカは優しい。風花に過干渉気味だが、
自分を助けてくれたのは他の誰でもない、二人だけだった。
ジェシカもフィーアには色々と気遣ってくれ、世話を焼いてくれる。
元々、言葉も文字も知らなかった。
そんなフィーアに常識や礼儀作法、言葉遣いを教えてくれたのはジェシカだったのだ。
フィーアの丁寧語を使う言葉遣いは、
ジェシカから学んだ影響を、そのままの形となっている。
けれど。
料理が運ばれてきた時に、頭を切り変えた。
懐かしさの根本を突き詰めて考えても答えは出ない。
「ありがとうございます。今日はご馳走様でした」
「いい機会だったわね。じゃあ、気を付けてね」
「……はい、ジェシカさんも」
ジェシカを見送った後で、部屋に入る。
部屋は明かりひとつ無く、住人が不在である事を意味していた。フィーアは車椅子を降りると、手摺りに掴まりゆっくりと歩く。
まだ、まだ覚えている。
女性への懐かしさを。
(___どうして)
ガサ、と何かが落ちた。
風花のテーブルから、封筒が落ちている。
フィーアは何気なく拾う。そして___。




