6ー1・形だけ
唐突だった。あの日。
縁切りしたと思った祖母から、連絡が入ったのは。
__あんたには黙っていたけど
祖父さんが危篤状態に入るらしいわ。
ずっと闘病していたけどね、もう先は無いみたい。
初耳だった。
祖父が病に倒れ、闘病生活を送っていたこと。
『わしらの、老後の穀潰しめ。
お前なんて、老人を苦しめる為に生まれてきたんだろう』
あれだけ、自分を苦しめた祖父。
実孫とも思われず、親戚の子供だと育てられてきた。
圭介の眼に映るのは亭主関白で自分の気分次第で動く非道な男にしか見えない。母親に捨てられた少年を仕方なく育ててやっている。そんな感情を剥き出しにして。
今更、何を言う。
本当は顔を見たくもなかった。
だが、
心の底に置いていた、どす黒い感情が湧いてきたのだ。
自分を、自分の存在を悪党雑言に扱ってきた非道な男の末路を、その今の姿を見てみたいと。
携帯端末を握りつつ、圭介は尋ねる。
「___フィーアさん、早退しても許されますか?」
早めに言った方が良いだろう。
フィーアは最初、首を傾けていたが、圭介の表情や携帯端末を見て理解した。__何かがあったのだと。
「良いですよ。
何か…あったみたいですね。早く行ってあげて下さいな」
「ありがとうございます」
切り上げて、クライシスホームを出る。
自分でも不思議なくらい、心より体が動いていた。
夕暮れ時の病室。
『…………』
いつも鬼の形相で
気難しく仏頂面していた表情しかない。
それが圭介の記憶にある祖父だ。
……だった筈だ。
ベットの上で
痩せ痩けて、沢山の管を繋がれ、
今にも事切れてしまいそうな老人が居た。
人工呼吸の補助によってなんとか、その命は繋がれているだけで。触れるだけで壊れそうだ。
(………悪党雑言してきた、男の末路か?)
一瞬見ても、あの祖父とは結び着かない。
圭介は視線を伏せながら、祖父の“今”を受け入れた。
事務所の倉庫。
夜番と称して、風花はクライシスホームに居るのだが、今日は少し違った。
がさがさと、倉庫を漁る。
引き出しに仕舞われたバインダーを見つけ次第、風花はそれを手に取り頁を捲った。
職員の経歴書がかかれている。
ジェシカの経歴を汲まなく目を通し、フィーアの経歴も見、年を照らし合わせて己の記憶を辿った。
フィーアと出会ったのが、3年前の夏。
ジェシカが、娘と死別したのはおおよそ17年前。
フィーアは便宜上、風花より年上で19歳だから……。
もし死別ではなく、娘が生きていたとしたら?
大まかに計算した結果だと、ジェシカが産んだ娘が、フィーアだという事実もあり得るのだ。
(………これは、どういうことなの)
心は、無情だった。
憎しみが募る訳でも無く、同情する訳でも無く。
ただ無情だけが心に横たわり祖父を見下ろしている。
もう長くはない。
投薬治療を打ち切り、
最後にモルヒネを打ち、安らかにと祖母は考えているらしい。
祖父の意識は朦朧としていて、目は閉ざされたまま。苦しみと戦っているその表情は疲れている。
(自分が来た事、
本当は望ましく思っていないんだろうな)
自分が生まれたこと、誰も歓迎なんてしてかった。
祖父母も、逃げた両親も誰もかも。
自分は何の為に生まれてきた?
そう思うと、心が無性に虚しくなる。
嗚呼。自分は誰からも望まれていなかった。
「………いっそのこと捨ててくれれば、良かったのに。
孤児のまま生きた方が良かったのかも知れない。
その方があんたも楽だったろう。
俺の存在は老後の穀潰しだったんだろう。
どうして愛情もないのに、世間体の為に、俺を育てたんだ……!?」
行き場のない思いが、思わず溢れるだろう。
祖父が聞けば、間違いなく自分は張り倒されるだろう。
けれど思いは止まらなかった。
「…………っ」
ふと祖父を見て、圭介は唾を飲んだ。
其処には、
さっきまで目を閉じていた祖父が、しっかりと目を開けて此方を見ていた。




