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クライシス・ホーム  作者: 天崎 栞
【第5章〜少女達の攻防戦〜】
58/120

5ー11・消えた子供



もし、願うが叶うならば、“あの子”に会いたい。


会う代償として、

死んでしまうという運命だとしても

自分は構わない。“あの子”に会えるのなら。




「………そうですか。ありがとうございました」



受話器を置いた後、部屋に誰かが入ってきた。

視線を向けると、ジェシカだ。

何処か目が腫れている。


しかし、今の時刻に事務所に来るとは。




「……おかえりなさい」



簡素に言う風花。

ジェシカは魂が抜けた様に、ソファーに座る。

風花は立ち上がると、自分が持っていたハンカチを

軽く水で濡らしてジェシカに差し出した。


いつもと様子が違う理由わけを、知っている。



「………どうだった? 娘さんの墓参り」


そうだ。

今日は彼女にとって辛い日。

ジェシカは、事故死した娘の墓参りに行っていた。

毎年、欠かした事はない。


ジェシカの目元が腫れているのは、

彼女が娘の事を思い随分と泣き明かしたからだろう。


「………」


また、ジェシカの瞳から涙が零れる。

風花から貰った冷えたハンカチを目元に当て隠しながら泣いている。うずくまる様な形で。


ジェシカの娘が亡くなったのは、事故死だった。

娘が一才の時、交通事故で夫と娘を亡くしたという。

娘が生きていれば風花と同じ年頃だろうか。



ジェシカは、風花を可愛がってくれた。

まるで、娘を失った空白を埋める様に。

理由が解らなかった頃は過剰な干渉を疎ましく思った面もあったが本当の理由を理解した瞬間、風花は悟った。


(__この人は、娘にしたくても

してやれなかった事を自分を向けているのか)


干渉し過ぎと思うが、

彼女の娘を思えば彼女の思いも、理解出来る。

形は違えど、自分も肉親を失った身だ。




最近、風花は、深夜の帰宅が多くなった。

ルームシェアしている部屋には、風花が居なければ突然フィーアが一人過ごす事になる。

風花の帰りを待っているのだが時間も遅く、大概、睡魔に弱いフィーアは寝てしまう。


(…………私の心は、何時からこんなに警戒心が無くなったのかしら)


昔は、心に余裕や安堵等、なかったのに。

常に警戒心に張り巡らし、緊張の糸が解けなかったというのに

今はこんなにも心は穏やかだ。


眠たげな視線を目を向けながら、

周りを見回した。



僅かな調理器具を置いただけの、整えられたキッチン。

夜食にと、小さく作って置いたサンドイッチ。

皿に乗せるとサランラップで包み、風花の為に置いておく。


少しは、姉らしいこと、恩人への恩返しが出来たかも知れない。可愛い妹を思い浮かべ、視線を落とした瞬間。

不意に思った。



(…………私は、だれかしら?)



不意に、余裕が生まれた

フィーアの脳裏にそんな思いが掠めた。



フィーアには、自分自身が解らない。

自分の名前等の個人情報も、全て風花が貰ったものだ。

記憶喪失を疑ったがそれは否定した。自分が物心付いた時は、

冷たい地下室に閉じ込められていたのだ。

人生の半分は、其処で奴隷の如く過ごした。

否応なしに。


ただ


何処かで欲が出てきて、思ってしまう。

___自分自身、それが、知りたいと。


しかし

そんな事は出来ないだろう。

逆に知ってしまったら良くない結果かも知れない。

余計な事は考えず探らず、知らないまま

自分は、あの恩人である少女に付いて行こう。




「………悪いわね。これ、洗って返すから」

「………そんなの良いわ。それより落ち着いた?」

「………ええ」


ジェシカの言葉に、風花はあしらった。

状況が状況故に、いつも通りの様には出来ない。

ジェシカはようやく落ち着いたみたいだが、何処かぼんやりとしていて何処かで調子が狂う。



呆然としていたジェシカだったが

ある点に目が止まった。


「……あれって、菫よね。花、変えたの?」


ジェシカの言葉に、

風花は窓際に飾ってある花を視線を向けた。

窓際には、ジェシカの言う通り菫が飾られている。


「……ええ、“変わってた”」

「へぇ…風花、貴女が選んだの?」

「いいえ、フィーアがやったと思うんだけど」


自分は花に興味がない。

けれど、たまに窓際に飾られている花が変わる。

それはフィーアの仕業か否、彼女が花を愛でている光景を何度か目撃した事がある。

きっと、フィーアがやったのだろう。


「………どうかしたの?」

「いや、亡くなった娘がね。菫の花が好きだったみたいで

菫の花を飾っていれば喜んでいたのを今更、思い出したわ」



ようやく、ジェシカの表情がほころぶ。

そんなジェシカに風花は申し訳ないと思いつつも、質問をぶつけた。


「……娘さんって、どんな子だったの」

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