5-4・少女の心はどこへ
クライシス・ホームから少し離れた所に寂れた街並みがある。
そのひとつの民家を見つけると半開きに開いたシャッター。
空いた隙間を潜って、風花は入った。
中はもぬけの殻で真っ暗。風花は外の世界の光りと
携帯端末の明かりを頼りに進む。
辺りは何もない闇の空間。
剥き出しのコンクリートには、
バラバラにひび割れた硝子が散乱している。
硝子の破片を踏まぬ様に注意しながら、それを無視して奥の階段を上がる。
明かりはひとつもない。
外の明かりから放棄され携帯端末の明かりだけを
頼りに足元に注意を払いながら進むと、二階に辿り着く。
二階は、民家になっている。
廊下を歩き、靴を脱いで襖を開けた。
昼間にも関わらず、部屋は薄暗い。
そんな部屋の真ん中には布団が敷かれ、
その布団に横たわって居る老婆が居て_____。
彼女は風花に気付くと視線だけ、此方に向ける。
風花はふっと固い表情筋を緩ませてから、頭を下げた。
「お邪魔します、院長」
「あらお堅いねえ。また来てくれたのかい? 毎日悪いねえ………」
目の前の布団で横たわる彼女は、風花が居た孤児院の院長だった。
彼女は瘦せ細り、だいぶ窶れている。病気の事の関係で寝たっきりなのだ。
きっかけは数年前だ。風花が独立してから近所を徘徊していた時に
当時はまだ元気だった院長が風花に気付いた。
『もしかして…風花ちゃん！?』
院長は喜んでくれた。
院長にとって、自分は行方不明扱いだったのもあり
生きていた知ってから素直に喜んでくれ自分を歓迎してくれたこと。
昔を振り返らない主義の風花だが
孤児院時代の院長に再会した時は、素直に喜ばしいと思っていた。
だからなのか、進んで孤児院長の家にも足を運んでは、裁縫等の女子らしい事を学んでいたのだ。
(この人は、あの人と違う)
暖かいのだ。
あの氷の様に冷たい、北條家の当主や使用人とも
罪悪感と申し訳なさからお互い付き合っているジェシカとも違う。
だが半年前、
院長は元から持病の影響で病床に伏せて今の状態になってしまった。
今では殆ど動けず、ずっと寝たっきりで今を過ごしており
風花は様子が気になって時間が空いては此処に来てしまっている。
他人に興味も無ければ、干渉もしない。
けれど何故、自分が彼女を気にかけるのかは、風花自身も分からない。
けれど恩恵以外理由が見つからず、
分からないまま、此処に来てしまっている。
「風花ちゃん、綺麗になったねえ。
あの頃は子供でおぼこかったのに………なんだか寂しいわ」
「……いえ。そんな」
そう言われて風花は昔を回想した。
子供の頃。まだ“自我の心を持っていたあの頃”は。
彼女は全部、自分の経緯を話した。養子に迎えられたこと。
直斗は亡くなってしまったこと。けれど自分は元気に人生を過ごしていること。
(流石に兄が殺されたなんて言えないけれども)
少しばかりの嘘を混じらせながら。
風花が気掛りなのは、院長が独居老人である事だ。
身寄りも居らずに、ずっと一人を余儀無くされている。
彼女はずっと寝たっきりで
きっとこのまま此処で孤独死してしまうだろう。
施設もと視野に入れたのだが
彼女はこの思い入れのある家で最期を迎えたいと決意を譲らずに
風花は念を押されて受け入れざる終えなかった。だからせめてでもと毎日様子を見に来ている。
単なる、風花は聞き手。
孤児院長の雑談を耳を傾けながら、下手な作り笑顔を浮かべるだけ。
そんな風花に、孤児院長は問いかけた。
「風花ちゃん、あれから何かあったのかい?」
「……え? 何もありませんけれど………」
そうかい?
と言われて心配そうな目で見詰められて、風花は己の髪を払って紛らわせた。
「なんかねえ。風花ちゃん。
再会してから いつも顔が悲しそうよ。
直斗君の事で色々とあったと思うけれど、他に心配事があるのかい?」
「……え、そんなのないですよ。私は直斗の分まで生きなきゃ………」
なんだろう。心が動かない。
悲しそうと言われて、思わず心がその言葉を拒絶した。
顔が悲しそうなんて初めて言われたけれど、そんな顔しているのか。
直斗と死別してからもう何十年。北條風花として生きて来て長くなってきたけれど。
その分、心が何事にも動かなくなったのは事実だ。
風花は自分の心が分からない。けれど、反対に表情はそうなのだろうか。
逆に………心を無くしたんだと。
自分が分からないと言えば、彼女はどんな顔をするだろう。
