4-4・異変
それから数日のこと。
事務所で作業をしていた時、『北條 風花宛』にある封筒が届いた。
「宛先が書いてない…なにかしら」
傍に居たジェシカがその封筒を不審に思う。
封筒も薄い灰色の樹脂製と高価なものだ。
宛先と裏の部分を交互に見てから
迷い無く風花は樹脂製の謎めいた封筒を開けた。
その中に入って居たのは、二つ折りにされた白紙。
その紙を開いた瞬間に、風花は目を見開いた。
___________信濃 直斗を殺したのは、北條 風花。
己 可愛さに実兄を殺した罪人な女。
信濃 直斗、というワードに、心が揺れた。
下に綴られた言葉達も。
風花ははっとして、視線を伏せた。
「…………………」
「まあ、なんてこと………」
ジェシカは口を押さえ、風花は固まる。
(己可愛さに、直斗を殺した罪人)
嗚呼。
その瞬間に心の奥底に閉まい込んでいた感情が向き出しになる。
冷静に感情がコントロールが出来なくなり、目の前が眩んだ。
直斗を殺したのは自分。
このメッセージは、まるで心の自分が囁いている様な感覚に襲われる。
『アンタのせいよ。アンタが直斗を殺したの』
不意に自分が自分自身を
嘲笑った様な気がしたのは気のせいではない。
脚が震え立てなくなり、風花は思わずへたりと項垂れ座り込む。
脳裏が真っ黒に塗り潰され、直斗を殺したのは自分だという文字が浮かんだ。
その瞬間、呼吸器が締め付けられる様な感覚に陥り、風花は首元を押さえた。
「………っ」
「風花!?」
風花は苦しそうに過呼吸を繰り返す。
ジェシカは風花を支えて背中を摩りつつ、何度も呼びかける。
けれど呼吸が締め付けられる感覚と、黒く塗り潰された脳裏には誰の声も届かない。
(………私の、私のせい………)
風花の脳裏に刻まれた刻印の様に
浮かんだ言葉が脳内に止まずに幾度も再生されていく。
『北條家を担うのはお前だ』
『お前は優秀やのう。さすが見込んだだけある』
祖父の言葉。
そして_____________。
『風花』
にっこりと微笑む、あどけない少年の笑顔。
(…………直斗………)
「どうしたんです!? ……風花……!!」
「…………え」
業務から帰ってきたフィーアと圭介も少女の姿を見て驚く。
其処には教育係の彼女に支えられながら塞ぎ込み
ただ苦しそうに過呼吸を繰り返している少女。
何時もと違う少女の様子に
ただ驚きを隠せない圭介だが、風花の様子をフィーアや
ジェシカは何処かで理解して悟っている様子だった。
「宛先不明の手紙から、こんな文章が送られてきて………」
「まあ酷い………。一体 誰がこんな事を…………」
「…………」
綴られたメッセージカードには、えげつない言葉の数々。
文章を見てフィーアも圭介も、絶句する。
一体、こんな事は誰が_____________。
「_____っ………」
過呼吸を繰り返していた中で
風花の脳裏に稲妻が走り、その瞬間に全てが霧にかかった様に視界が闇へ、音も聞こえなくなる。
次の瞬間。
風花は頭を抱える様にして、倒れ伏せかける。
その少女の華奢な体を支えたのは、ジェシカだった。
生気が失せ、顔面蒼白の表情で
棄てられた人形の如く、風花はぐったりとしている。
一瞬、凍り付いたが、微かに呼吸している事をジェシカが確認してから
「………大丈夫。呼吸はある。気絶しただけよ。
とりあえず、仮眠室に運ぶわ。……圭介君、運んでくれるかしら」
「分かりました」
言われた通りに圭介は、事切れた少女を抱き抱えた。
その身体は軽く、間近で見る青ざめた顔色は深刻さを物語っていている。
全く反応が無いのを見れば、本当に深く失神してしまったらしい。
ジェシカに連れられて、圭介は仮眠室まで行く。
仮眠用のベッドに、人形の様な少女を寝せると布団を掛ける。
少女は相変わらず失神したままだ。
(どうなっているんだろう?)
確かにメッセージカードの内容はえげつなかった。
けれど何故、内容を読んで風花は混乱を起こし失神した?
少女を寝かせた後、傍らの椅子に座り様子を見詰めながら、圭介は思考を巡らせる。
(………新入りの俺が、解る筈がないよな)
ただでミステリアスな少女。
教育兼監視人の役割を与えられても、未だに少女は、掴めていない。
(風花は、大丈夫なのかしら………?)
一番、心配そうにしていたのはフィーア。
その酷く表情は張り詰めたままだ。
(一体、誰がこんな酷い事をするのでしょう……)
渡されたメッセージカードを
睨み付けグッと握り締めて、ただ唇を噛み締めている。
誰かの悪質な悪戯だ。
風花の事を知っている、誰かが仕組んだんだ。
やりきれない思いを抱えていると、圭介が部屋に帰ってきていた。
この状況がただならぬ、事を圭介は確信し、察していた。
……………やはり彼女は、何かを隠してる。
「ジェシカさんが今、風花の傍に付いています」
「……そうですか。でも、どうしてこんな………」
静かな怒りの表情を浮かべているフィーアに、
圭介は問いかける。
「フィーアさん。ひとつ聞いて良いですか?」
「……なんでしょう」
軽く髪を掻き立てて、悩むフィーアに
「深く突っ込む気はありません。
ただ……俺、先日、見てしまったんです。風花が心療内科から出てくるところを」
「………!!」
フィーアはその瞬間、目を見開く。
そして内心、フィーアは冷めた眼差しで圭介に視線を送った。
(…………見てしまったのね。“あれ”を)
あの、禁忌である少女の秘密を。
「風花に何があったんですか。
そして風花は何を隠しているんですか」
(_____本当は内緒にしておく筈だったのだけれど)
嗚呼。
もう隠せないという事を悟る。
其処まで青年が目撃してしまった以上、隠れられないだろう。
フィーアは溜め息を着いた後で、悟った眼差しで呟く。
「見られたのなら、もう隠せませんね。
何時か教育係として圭介さんには話さないといけないとは思っていました。
けれど私では言葉が足りない。
……よく知っているその人を呼んで来ます」
“風花の様子見を代わって来ます”と言って、
フィーアも仮眠室へ行った。………“あの事”をよく知っている人間に。




