3-10・苦悩の理由
フィーアは頭を抱えて蹲る。
その怯えた様子に圭介は立ち上がり、フィーアに声をかけた。
「フィーアさん? 大丈夫ですか?」
「………っ」
伸ばしかけた手が空を切って躊躇う。
圭介の問いにも、ただフィーアは頭を抱えて耳を塞ぎ震えているのみ。
辛いという感情が一気に押し寄せ、フィーアの心を締め付ける。
少女の突然の異変に、躊躇いを見せていた圭介だったが
___その瞬間だった。
瞬時にテレビニュースを消して、風花がフィーアに駆け寄ったのは。
風花はフィーアの背中を摩った後、車椅子のブレーキを外して押すと
事務所の部屋からさっさと抜け出して消えていく。
素早い行動にただ圭介は圧倒された。
_____________。
「…………っ」
運ばれている間、フィーアは相変わらず、苦しみに唸っていた。
(____ごめんなさい)
懺悔の言葉を繰り返す。
呼吸が締め付けられる程に、心が苦しくなり過呼吸になっていた。
予め、決めていた休憩室兼仮眠室。
仮眠室というだけで、奥にはベッドがひとつ。
そして数枚の布団セットが置かれているのみで、簡素としか言えない部屋である。
照明を付け、其処に少女をを送り込むと風花はフィーアを抱えて、備え付けのベットに寝かせる。
フィーアは、震えていた。
「ごめんなさい、番組表を見て注意すべきだったわ」
「……いいえ。大丈夫よ。一瞬の事でパニックになっただけだから」
椅子を持って来て傍らに座り、風花は謝る。
番組表の内容を予め観ていて、そういう話題があるニュースは避けていた。
けれど今回は目が行き届かずにフィーアは見てしまい、混乱してしまったのだ。
フィーアは額に手を置きながら天を仰ぎつつ、風花の言う事を否定する。
その額には暫し汗が滲んでいて、指先は未だに震えていた。
まだ心が混乱している証拠だ。
「ねえ、少し一人にしてくれる? 仮眠も取りたいわ」
「分かった。取り敢えずゆっくり休んで」
照明を消して、風花は去って行った。
仮眠室から去り、事務所に来て風花は一息着く。
壁に横たわりながら居た時、ふと青年が後味悪そうに此方に来ていた。
「フィーアさんの具合…」
「……大丈夫。パニックを起こしただけよ。少し仮眠するって」
「」
「…………そっか」
風花は壁にもたれかかり、腕を組む。
後味が悪い表情は変わらず、圭介はただ足元に視線を落としているのみ。
そうか。彼は知らない。彼女の素性も、どうして混乱したのかも。
自分のせいだと誤解しているのかも知れない。
「___気にしなくて良いから。フィーアがパニックを起こしたのは貴方のせいじゃない」
「………そうかな」
なんとなく近くに居たからニュースの内容は覚えている。あの話題の事も。
彼女の過去を話すのが気を引けてしまうが、知らずにパニックを起こされても、彼は困惑するだろう。
風花は壁に背を預けたまま、遥か彼方を見詰めながら、呟く様に語り始めた。
「フィーアが、アルビノって事は分かるでしょう?」
「ああ」
「ニュースの内容、3年前のアルビノ監禁暴行事件ってあったわよね」
「それ、ニュースでやってた…。俺、初めて知ったんだけど、凄絶な事件だったんだよな。
フィーアさんはなんで混乱したんだ?」
「裏社会の人間に世間はアルビノの子供達が全員殺されたって
思い込んでいるけれど、本当は違うのよ」
「どういうこと?」
「その事件の唯一の生き残りがいる。アルビノの子供達は全員、息絶えたのではない」
「……え」
「その生き残りが、フィーア、なの」
圭介は驚きを隠せなかった。
アルビノ。アルビノ監禁暴行事件の生き残りはいない筈なのに
そのたった一人の生き残りが此処にフィーアだったとは。
風花は冷静に話を続ける。
「北條家の近くだったの。裏社会のアジトは。
三年前は本家で暮らして居たから私も気になっては居た。本家の使用人もお祖父様も
あの場所には近づくなって言われていて、偶には怖い人とすれ違ったりもした。
けれど。あの日。塾の帰り道。
アジトから道へ這い上がって来た人を見つけてしまったわ」
「それが…」
「そうよ。フィーアだったの。全身ボロボロで、傷と痣だらけで。
あの子は死にたいって言ってた。
でも、私の気紛れだったと思うの。
気付いたら、彼女を友人だって言って家に連れて帰って手当て受けさせてた。
最初は怯えてたの。私に何かがされるんじゃないかって。
でも慣れたら色々と話してくれたわ。監禁暴行事件の一部始終を」
物語を朗読するかのように。少女は語る。
「フィーアはね、自分だけ生き残ってしまった罪悪感で
事件のことになるとパニックになってしまう。今回もそれだった…」
「だから、あんなに…」
「だから気をつけてあげて。この事件の事には触れないようにしてあげて」
「うん、分かったよ」
そのまま、圭介は頷いた。




