3-8・二人の少女の存在、当主の秘密
バスを降りたら、
想像以上に風も強く、豪雨だった。
傘に手を、足を取られつつも、圭介はなんとか歩く。
何の音も掻き消してしまいそうな雨音。
冷たい雨粒。
だが監視人兼教育係、ボディーガードの役割りの自分がここで倒れたら、全てが無になる。
フィーアと連絡を取りながら
圭介はなんとか、北條家親族の墓地に辿り着いた。
豪雨は止むも治まる気配は全く見せない。けれど風花の姿を見た時、安堵を浮かべる。
「風花!!」
「……圭介」
風花は圭介の姿を見て驚く。
知らない場所、なのに彼は此処まで来ている?
何故? どうしてと思いながら、風花は固まってしまった。
思わずそう叫んでしまったけれど、風花は誰かと居た。
彼女と同い年くらいの小柄な少女。だが、とにかく年に似合わない濃い化粧が目立っている。
交流は取りたがらない風花だけれど
恐らく知り合いの少女なのだろうかと思い
圭介は挨拶代りに軽く頭を下げる。
華鈴の中で、何かが理解する。
(___もしかして……この人が…)
あの北條家の当主が言っていた、青年なのか。
だから必死な面持ちで風花を見つけに此処まで来たのだろう。
けれど。口が重く心のガードが固い風花が普通に接している事にも驚きを隠せない。
長身痩躯の、顔立ちや容姿の整った青年。
一見、見るには平々凡々とした雰囲気だが、その顔立ちの雰囲気には憂いが見え隠れしている。
(___何か、あるのかしら?)
華鈴がそう思うのは理由がある。
フィーアやジェシカは人一倍に気苦労を積んでいる。風花も同じように。
二人が平々凡々とした苦労知らずの人間を、少女の傍に置くことを許す筈がない。
温室育ちの人間には、北條家には勤まらないらしい。
堅物な目の前に居る女__風花や
風花の傍に居るフィーアやジェシカが承諾したのだから、この青年はただの人間ではない筈だ。
何かを話していたんだろうか。
だったら、邪魔してしまったかなと思って圭介は身を控える。
けれど見るだけで気の強い相手の少女に、風花は若干引き気味な気がする。
「……話し中だったかな。失礼」
「ううん。良いの」
呆然と立ち尽くす華鈴に踵を反し、風花は去っていく。
そう言う風花は案の定、全身びしょ濡れだった。
身体は冷えきっている筈だ。
ジェシカの話だと、風花は体が弱いらしいし風邪を引いたら困る。
やり過ぎかも知れないが、手段は選べない。
歩み寄って、圭介は着ていた上着を風花にかけ、自分の持っていた傘を差し出す。
「気にしなくて良いから」
「………………」
風花は無言。
そんな二人の様子を間近で見ていた華鈴は
"羨ましい"という感情が心に芽生えて、また風花に対する嫉妬心が生まれる。
優しくも気遣いの利いた紳士的な態度。
これが新しい教育係。見るだけで人良さそうな青年で目を奪われてしまう。
そして密かな嫉妬心と怒りから、静かに立ち去る。
「風花、取り敢えず帰ろう。フィーアさんが心配しているんだ」
「……分かった」
風花は呟く。
着の身着のまま、無意識的に此処に来てしまった。
フィーアは心配しているだろうし怒ってもいるだろうと思い直す。
ようやく佇んでいた墓地から青年の方へ足を進めた少女。
呆然としている華鈴に、圭介は一声かける。
「ごめん_____」
そう言いかけたところで、圭介は相手の少女が消えた事に気付く。
あれ、帰ったのだろうか? そう軽く思いながら、今は風花の事に専念した。
帰りのバスの中。
豪雨は相変わらずで、窓には雨音が叩きつける。
誰も居ないバスの車内、窓際に頬杖を着いている少女に、圭介は問いかけた。
「……どうして、あの場所に居たんだ?」
「………分からない」
圭介の問いかけに、風花は素っ気なく答える。
素っ気ない答えも彼女らしいと思いながら、静かに俯く。
そう言えばフィーアは何故、この場所に居ると分かったのだろうか?
ただ雨の降る景色を窓際をただ見詰める黒髪の少女を見ながら考えた。
次の日。
北條家では、華鈴は怒ったまま厳造に怒りをぶつけていた。
孫娘にも他人にも厳しい北條家の当主は何故か、華鈴だけには甘い。
「お爺様。
あの墓地に風花が居たのよ。あの奥のお墓の前にずっと居たわ」
「そうか、そうか」
滅多に帰りもしない孫娘が
北條家の墓地だけに来ているという話はもう慣れた。
彼女にとってあの場所だけは特別だ。きっと何かがあったんだろう。
華鈴の言葉を聞き流しながら居た厳造だが、次の華鈴の言葉に固まった。
「それでね。風花ったら図に乗って
『「それに、この家がした直斗と私に受けた仕打ちは許すつもりはないわ』って
言うのよ。生意気ったらありゃしない? お爺様…?」
"この家がした直斗と私に受けた仕打ちは許すつもりはない"
風花は確かにそう言ったのか。
風花が…と思ったところで脳裏に浮かぶのはあの少年の顔。
そう思い出しかけて厳造は首を横に振って、己を否定した。




