2-10・死を望んだ少女と助けた少女
「__________死にたいの?」
丁重ながらも怜悧な声音。
深い漆黒の瞳の双眸が此方をただ迷いもなく見詰めている。
黒の少女は屈んだ状態で倒れ伏せているフィーアをただ見下ろしているだけ。
虚ろなフィーアの眼が黒の少女を捉えた瞬間にある感情が芽生え込み上げてくる。
(__________怖い)
人間が怖い。
それは幼い頃から男達としか関わらず、長らく
地下に閉じ込められていたフィーアにとっては、
初めて出会う人間。
人間は、”恐怖の象徴“だった。
自分に近寄ってくるのは、暴力を働く人間だけ。
また何かされるのではないかという恐怖心がフィーアの心を支配していく。
恐怖心故に後退ろうとも動かぬ足だけではなく、否。それ以前に
身体が動かない。それに気付くと同時に徐々に意識が遠退いていく。
いつの間にかしゃがみ込み
目の前の少女は相変わらず無言で、自分を見詰めている。
彼女は死にたいのかと疑問に思ってきたけれど、
本当にこのまま自分は死ぬのだろう。
……いいや、一層の事、その方が良い。
こんなに狭くて、辛く苦しい世界とはお別れした方が良い。
自由な世界に行けるかもしれない。
それが本望だ_____と思いながらフィーアは眼を閉じた。
アルビノの少女が眼を閉じた瞬間、
風花は目の前の彼女の手首を取ると静かに眼を閉じて暗闇に耳を傾けて済ます。
ドクドク、と一定の音が聴こえてくる。……脈がある証拠だ。
弱いが呼吸もしている。
透き通る様な白い肌。それに似合わぬ赤柴の痣達。
くすんでいるが波打つ様な、柔く長い綺麗な髪。
顔立ちは端正に可憐に整っていて、端から見れば人形
の様だった。
(……………生命力が強いのね。良かった)
どうやら彼女は気を失っているだけの様だ。
にしても衰弱が激しくその身体は痣だらけで。
きっと深い何かがあったのだと風花は推測しながら、少女の身体を抱き抱え、そのまま歩き出した。
彼女は異様に、体が軽い。
腕や脚は折れてしまいそうな細く
髪にも煤や埃がこびり着いていて、せっかくの色を霞ませてしまっている。
(___綺麗なのに)
汗が滲んだ。
この身も焦がれてしまう様な炎天下だから、
早く家に連れて帰ろう。
次期当主であるという身が
なんでも言う事を聞いてくれるというのが最大の利点か。
風花は少女を抱えたまま、平然とそのまま家に帰った。
しかし表ではバレてしまうので裏口から入って、
無人化した奥の部屋へと足を運ぶ。
一旦、畳に少女を横たわらせると、
次に自分の教育係であるジェシカを呼んだ。
ジェシカは驚いた。
見るに耐えないボロボロの少女が、畳に横たわっているのだから。
「…………誰なの、この子」
痣だらけの少女を見てそう言う。
痛々しい痣だらけの少女は、見るに耐えなくて
思わず目を背けてしまいたくなる。
顔を見るに知らない少女だった。
たがらこそ、風花が家まで連れてきた意味が分からない。
(………何があったの)
この娘は、
大人しい外見にそぐわず只でさえ読めない行動が目立つ。
それは唐突で破天荒、と感じてしまうのだ。
だが風花は始終冷静で平然と立ち上がり
ジェシカの元へと来ると静かに囁く。
「今は事情を説明して聴いている余地はないわ。
今は兎に角 一刻を争う状態なの。
早くお医者様を呼んで欲しい。
…………それとお祖父様と
この家の人には絶対に言わないと約束して。お願い」
静かに耳打ちをした冷たい声音。
家に連れ込んだのだから、何か理由があるのだろうと感じる。
「…………貴女は強引で我が儘ね。相変わらず」
一瞬、ジェシカは躊躇ったが
次期当主の少女の願い、また畳に横たわる少女を見て、只事ではないのは分かり切っていて、風花の申し出を飲んだ。
真剣な風花にジェシカが折れた形で、北條家専属の医者を呼ぶ。
医者が来た途端に医者も彼女の状態には絶句して、直ちに診療に当たった。
栄養失調が主な原因だ。
けれど痣や傷の状態も酷く、傷は深く膿んでいる
箇所に治療を施し、最後に丁寧に包帯を巻き手当てする。
栄養剤の点滴を投与して様子を見ていた
医師は少女の容姿に目を凝らし、指先を顎に当てる。
「この子は___白皮症、色素欠乏症。____アルビノですね」
「そうですか」
アルビノ。
医師の言葉に、風花は静かに頷き、やはりと納得する。
最初見つけた時からアルビノではないかと、何処かで風花は思っていた。
アルビノの事は本で知識を吸収していたからだ。
「それは兎も角、この痣や傷の状態は酷い。
日常的に暴行されていたと推測します。
「そうですか」
深刻に事実を告げる医師。
ジェシカの瞳には涙が浮かび、風花は神妙な表情を浮かべる。
「ところで、風花お嬢様。
この娘様とはどういう縁で?」
「前に会った事が。塾からの帰り道、
今日、彼女が倒れていたんです」
「ならこの子に何かあったのかもしれない。
風花。何か話は? 場合によっては警察に通報を______」
「ジェシカ、落ち着いて」
感情的に早まるジェシカに、風花は宥める。
塾の帰り道にという以外は、嘘だ。彼女に何があったかも
自分には分からない。
けれど嘘八百をついて、
なんとか乗り切れれば良いと思った。
「私達が大騒ぎすれば、危ういわ。
この子が眼を覚ましてから、事情は聞きましょう?」
「………そうね。分かった。そういえば会った事があるのよね?
この子の名前は?」
「………」
そこまで考えて居なかった。
けれど______。
「……………フィーア」
脳裏に浮かんだ言葉。
「フィーア・トランディーユ、よ」
名前も知らない少女に、勝手にそう名付けてしまった。




