2-9・脱出と、出会い
痛いという感覚に襲われて、どれぐらい経ったのだろうか。
弱り切った瞳と思考が目覚める。
その刹那。身体中が激痛に支配され、呻いた。
痛みをこらえながら、仰向けのまま首だけを動かし
辺りを見ると
地下室に閉じ込められ、
男達の暴力を受け続けていた仲間が
棄てられた人形の如く、あちこちに倒れ伏せていた。
(………終わったの?)
男の姿はもうない。
部屋に佇むのは静寂だけで、仲間が飛び散る様に倒れているのがあの暴力沙汰の後だという証拠を示している。
痛みを受け続けていた結果
自分は気絶してしまったようだった。
この目が覚めると同時に、覚え走る
体中に痛みが走り消えない。男達が下した容赦のない暴力の証拠。
きっとそのせいだ。
けれど、こうも
長く続くと怖い事に慣れてしまった自分自身がいる。
この部屋にいる限り、この儀式が止まない事を、フィーアは悟っていた。
辺りは一面の暗闇。
フィーアは再びちらり、と視線を向けた。
他の皆は大丈夫だろうか。生きているだろうか。
身体中の激痛を覚え堪えながらも、フィーアが身を起こした瞬間にあることに気付いた。
(…………あれ?)
脚が動かない。脚の感覚がない。
ふと脚を見れば、白い脚は紫色に染まりつつあった。
打撲の痣だらけで、自分で自分を引いてしまう。
昨日の暴力のせいだと気付きながらも、必死で脚を動かそうとしたが脚は動かないままだ。
腕を使ってなんとか移動し、仲間の元へと着いた。
「ねえ、大丈夫……?」
幼い顔見知りの少女にそう呼びかけて、少し体を揺すった。
けれどうつ伏せになったままの彼女は動かない。
フィーアの手にはその体の冷たさがただ広がっていくだけ。
まさかと思いながらも、認めたくなくて何度も
その冷たい体を揺すった。
解っている、頭では。
でも思考が追い着いていかない。
他の子供達も同じだった。
うつ伏せのまま微塵も動かずに。その瞬間、フィーアの心に絶望という感覚がひっそりと蝕み続けていく。それでも彼女は皆に呼びかけ続けた。けれどみんな同じ。体は冷たく呼吸がない。
「……嫌、みんな…」
事実を悟った瞬間に眼の奥が熱くなり
少女の瞳が潤み、それは雫となって頰を伝う。
涙を飲む中で
不意に聞こえた声。
(いつかは、来ると思っていたじゃない?)
冷たい声。
不意に振り向くが、自分以外に生きている者は誰もいない。
誰の声の声だろうかと思ったが、声の主にすぐに気付いた。
そうだ。
こんな極寒で、不衛生で
皆、栄養もまともに取れず、弱り細っていた。
生きているのが不思議なくらいだった。
日々の激しい暴力の末、
いよいよ皆の力が尽きてしまった。
とうとう全員が力尽きてしまったのだったのだ。
静かに涙を流す、
少女に容赦なく襲いかかる絶望。
生きているのは自分だけ。生き残ったのは自分だけ。
どうすればいい。皆、力尽きて死んでしまった。
そのまま開かずの扉を見詰める。
絶望に瀕した眼と心は呆然としていて、其処からの記憶は途切れ途切れだ。
男達が居ないのを見計らい、腕を使って開かずの扉を抜け、
そのまま地上へと出てきた。
(暑い………)
太陽が眩しい。
冷たく暗い地下室にいたせいで、身体も眼も慣れていない。
地上はこんなにも光りに溢れていて暖かい場所なのか。
地下で身を隠され生きてきた自分には初めての事だった。
その瞬間に我に返りはっとする。
どうして、地上まで来たのだろう。
どうして……。
自分には何もない。仲間も、脚も失ってしまった。
ジリジリと身を焼く様な熱いアスファルトの上に
身を佇ませながらフィーアは力尽きる。
________そして。
「…………死にたい」
ぽつり、と呟いた言葉。
その瞬間だった。
「__________死にたいの?」
冷たい声音。
弱り切った絶望の眼で、見上げる。
(………綺麗)
ロングストレートの黒髪。
骨董品と変わらない繊細な、人形の様に整った顔立ち。
黒く飾らない質素なワンピースを着、
全てが整えられ、まるで絵に描いたような少女が自分を見て佇んでいる。
彼女は無情な瞳のまま、
何も言わず静かに此方を見下ろしていた。