2-4・祖父と孫
北條家は、町外れの長閑な田舎、
長い長い坂の上に壮大な土地と日本家屋の本家建物を構える。
秋風が吹く中でちょうど風花はその坂を登り終えて、北條家の前に居た。
(…………)
本当は帰ってくる予定なんてなかった。
暫く疎遠となって居た本家へと帰るきっかけとなったのは
北條家の専属の家政婦からの電話。それはつい昨日の事だ。
『主人様がお呼びでらっしゃって…すぐに帰ってこいとのことです』
「……お祖父様が?」
「明日、お時間のある際で。お断りは無理ですよ。お嬢様」
「…………」
拒否権のない、渋々と言った感じだった。
北條家の現当主である祖父はクライシスホームの日程も時間も
全て把握している。空き時間に来る様に日程も設定されていて
今回は全て計算の仕組まれた上での、帰省だった。
……家に上がるのは何年ぶりだろうか。
門扉から、玄関までの長い道程。
ドームの様な広い面積の敷地には塀まで草原が広がり、庭師に寄って綺麗に手入れされた木々、隅にある池には悠々自適に泳いでいる鯉が見えた。
出ていった三年前と、少しも変わらない庭や家。
昔からいるベテランの家政婦に
祖父の部屋まで案内される途中、
廊下の途中で見慣れた"誰か"と静かにすれ違う。
そのすれ違った瞬間に、きつい眼差しで睨まれた。
しかし風花は見なかった事にして、奥の方にある祖父の部屋へ。
「風花様をお連れしました」
「うむ。入れ」
障子の戸を開けられ、祖父の部屋の全貌が明らかになった。
広々とした典型的な和室。土間には華道によって造られ飾れた花。
察するに菫だろうか。鮮やかな色彩の花の中で一際 目立つ紫の花が色付いていた。
祖父は中央。座布団の上に座っていた。
和装に身を纏い、威厳のある雰囲気と出立ちをしている老人男性。
北條家年老いても尚、健全な当主だ。
部屋に入ると頭を下げてから向き合う様に風花は座った。
「久しぶりだな。風花よ」
「……はい」
風香の目の前に居るのが、北條家の現当主・北條厳造だ。
彼女にとって祖父にあたり彼にとっては孫娘だが、けれどお互いが他人行儀な態度と挨拶。とても祖父と孫とは思えない。
厳造の鋭い眼差しに風花は慣れているのかびくとも動じなかった。
お互い冷たい視線が合った後、風花は静かに目を伏せる。
そんな孫の様子に殊更、厳しい眼差しを強めた祖父は言葉を投げた。
「全く、連絡の一つも寄越さずにおるとは…この恩知らずめが」
「……すみません。お祖父様」
辛辣な言葉に厳しさはあろうとも
孫を心配していたという素振りはなく、温情の一つすらない。
ただ発せられる言葉は昔から何時も温かさのない怜悧な冷たさだけ。
それに後ろめたさのない何処か悟った眼差しと感情を持った風花は
祖父に"嫌味紛いの言葉"をかけられても人足りとも変わらなかった。
もう慣れている。冷徹な当主の人間性は。
三年。
三年経っても、この目の前に居る祖父は何も変わらない。
風花に対し、厳造はただ追い込む様な声音で
「まあいい。今回の件は多めに見てやろう。
いやわしの恩恵で無かった事にしても良い。だから良いか、風香花。
直ちに北條家へ帰って来るのだ。それで良いな?」
ぴしゃり、と風花の中で硝子が割れる音がする。
分かっている。自分自身の身勝手な行動だと。
全てを理解して、非難を受けるつもりだった。
けれど。
相手の心情等 無視して思いやりの欠片もない、厳造の言葉に風花は固まり目を見開く。
軽く唇を噛み締めると共に、首を横に振りながら、そして______。
「お祖父様、私はこの家へは帰れません」