2-3・執着心の教育係
「風花〜 おかえり〜!」
満面の笑みを浮かべながら、愛しそうに頬擦りするジェシカ。
しかし。それとは反対に、滅多に表情を変えない風花が
鬱陶しそうな、面倒臭そうな表情を浮かべていている。
やがてまとわり付くジェシカを離した。
「離れて」
「もう、久しぶりだっていうのに素っ気ないんだから。
冷たいわね。風邪を引いてない? 貴女は体が弱いんだから
ふらふらするよりここに居ればいいのに」
「それは昔の話よ。今は違うわ」
疎ましい声音を発し、面持ちを見せる少女に
ジェシカは引き下がる気配を全くない。
手首の赤い一線___傷を見ると、ジェシカは驚いた表情を見せ
「あら大変、傷が出来ているじゃないの」
「軽いかすり傷よ。大事にしないで」
ぺたぺたと少女の手に触れて驚く。
大袈裟に言う彼女を風花は軽く素っ気なくあしらっているが
何処か避けたい感情を、それにも構わず彼女はベタベタと着いている。
(___なんだ、あの人_……)
クールなキャリアウーマンとしての姿。
真剣な眼差しと、凛とした姿でデスクワークをしている姿しか見ていない圭介は驚愕して、開いた口が塞がらない。
あまりにも、ギャップが酷い。
媚びる様な声音で、
それでもジェシカは風花の側から離れようとしない。
唖然として見ていた圭介は思わず、隣に居るフィーアに尋ねた。
「なんですか、あの光景は……」
「……圭介さん。あの人なんです。風花の元・監視人及び教育係」
「え?」
フィーアの冷静な突然のカミングアウトに、驚く圭介。
「あ、“元”は言い過ぎですね。
すみません、貴方と同じように“現教育係”です」
彼女は、私達だけの話ですよ。と軽くあしらう。
フィーアの中ではもう元、と化しているらしいが
彼女も自分と同じ様に、少女の監視人兼教育係なのだとか。
「風花はあの通り、クールで群れを好まない性格です。
ベタベタと干渉してくる人間が苦手で、深く近付けば近付く程に
離れて行くんです。けれどジェシカさんは構わずに追い掛け回して…………。
風花も大変そうで滅入っていたので
一旦。冷却期間を置きました」
冷静に、物事を解析する様に言うフィーア。
その瞬間、圭介は自分が置かれた職務の意味をなんとなく理解する。
こういう事か。
「そういう事だったんですね………」
「ちょうど良い機会だったんです。圭介さんが来た事は………」
「気のせいですかね。なんだか逃げる人を執念に追い掛けている様に見えるんですが」
「全く、その通りです」
通りで責任者の少女は此処から出て時間を潰しているのだ。
その理由がようやく分かった気がして、風花の気持ちが分かった気がする。
反対に圭介の言葉に、フィーアは頷いた。
(___フィーアさんみたいに
付かず離れずの距離なのが理想なのかも知れないな)
あまり深入りはせず、付かず離れずの距離を保った方が良いか。
そつなく彼女を見張れば良いのかも知れない。
北條家・本家。
北條家の現当主である、北條厳造。
彼は今に座り込み溜め息を吐きつつも、広い庭から見える景色を見詰めた。
早朝故、小鳥の囀りが聞こえ、塀には小鳥が止まり、羽ばたいて行く。
(まるで、あやつみたいだ)
彼の脳裏に浮かぶのは、孫娘。
暫く帰って来ていない。三年前のあの日に出て行ったきり。
お茶を運んできた家政婦が、煎れた緑茶を飲みながら、呟く。
「風花は、いつ帰ってくるのであろうな」
跡継ぎとしては、まだ未熟で修行の身の上。
だからこそ本家から閉じ込めて外へは出さないつもりだったのに。
けれど彼は孫娘を孫娘とは思って居ない。所詮は北條家の道具だ。
小娘の気紛れですぐに帰ってくると思ったのだが、その帰ってくる気配すらない。
お茶を持って来た家政婦に、厳造はふと声をかける。
「そうだ。済まないが、風花に連絡してくれ」
「はい。分かりました。なんと仰れば宜しいですか」
「実家に帰ってくるように、とな」