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クライシス・ホーム  作者: 天崎 栞
最終章・危機の果てに
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エピローグ

最終回です。


もう北條家に縛られる事は無くなった。

刹那。当主になる身としてかけられてきた責任や役目は果たさなくても良い。

ふっと肩の重荷が降りて、風花は座り込む。




離れの部屋に行き、風花は静寂な空間に佇んだ。

静寂な部屋から感じるのは、少年の存在。


佇んだ風花は、心の中で呟く。



(ねえ、直斗、私もそちらに行ってもいい?)



もう、疲れた。


絶望仕切った漆黒の瞳に映るのは、永遠の闇色。

風花は絶望し物憂げな表情を見せながら、空を見詰める。

しかしその顔にも、瞳にも生気は感じられない。


いつか北條厳造に罪を吐かせ、直斗が報われること。

長年の夢と役目だと思い生きてきた。けれど

もう自分自身の役目は終わったのだ。




北條家に双子の兄を奪われ、操り人形として20年間も生きてきた。

信濃風花に戻りたい。操り人形だった北條風花ではなく。

けれどこの現実(せかい)に、生きる力等、見出だせない。


厳造を葬り、直斗が報われ認められた今

風花の望む全ては終わった。

もう思い残す事はない。


けれど。



(……………私は、動けない)



風花の中には虚無感が果てしなく広がる。

北條家を、厳造を破滅させ、直斗の存在を知らしめた。

だが意外にも虚無感に襲われ、目の前が見えない。


その瞬間に気付いた。

所詮、主を失ったマリオネットは生きられないのだ。

結局自身は、厳造に操られ生きている様なものだった。

その落とし穴の罠に嵌まった以上、息は出来ない。





風花は、

キッチンから持ち出した小型のナイフを見詰める。

鋭く光る銀色の刃は、見るからに鋭利だ。


そっと、首筋に当てると刃物特有の冷たさが伝わる。

ぐっと力を込めて、首に当てた刃物をスライドさせた。


その瞬間に、吹き出した赤。

人形の様な華奢な彼女の体は、棄てられた様に畳の上に投げ出された。


ざらざらとした感触が、頬に伝わる。

刹那、彼女の首元から溢れだした赤は、みるみる血溜まりを広がらせていく。

彼女の周りはあっという間に血溜まりが、全てが赤に染まっていく。


遠退く意識の中で、

風花は絶望的に身を佇ませながら思った。


(……………これで良かったの)


復讐は遂げた。

だから現世で思い残す事は何もない。

否。こんな凍った厳冬の世界に自分自身が求めるものは何も存在しやしない。

こんな世界よりも、兄の居る世界に向かうことが出来たのならば、どれだけ良いだろう。


風花は、嗤った。

自身を嘲笑かのように、だがそれは、安らぎに満ちていた。



(………さようなら)



虚空に中を切った腕は、呆気なく落ちる。

淡い瞳が永遠の眠りへと絶望の瞳は、固く閉ざされた。

______“北條風花”が、死んだ瞬間であった。






暖かな陽気。

冬の寒さが去り、春の暖かさが訪れていると実感する。

青年は手に持った白い花束を大切そうに抱えながら、空を見上げ、見詰めた。

空は青色のキャンバスの上に、優雅に白い雲が自由に泳いでいる。


ある場所へ向かう為にこつこつと歩いていたが

ふと、足を止めた。


視線を向けた先には、線路がある。

そう。春か昔に自分が命を絶とうと立った線路前。

あれから数年が経とうというのに、色褪せずに線路は変わらない。


(…………本当なら、俺は居なかったんだよな)


あの少女が声をかけなければ。

今、この場所に自分自身はいないであろう。

線路前を見詰めていると昔のボロボロな自分自身が立っている様に見えた。


命は、何事にも代えられない尊いものなのだ。



投げやりだったあの頃は感じられなかった。

“命”というものが、どんなに尊く大切なものだったのか。

けれど今ならその命の大切さを噛み締めて解る様な気がする。



それを、少女は遠回しに教えてくれた気がする。




(………ありがとう、はまだ言わないよ)



花束を見詰めながら、圭介は目を伏せて

再び前に向くと、静かに歩き出した。









淡い光りが差し込むカーテンを、彼女は広げた。

緩やかな風が頬を撫で、柔らかな髪が(なび)いた。

暖かそうな陽気に頬を緩ませる。


「今日は良い天気よ」

「…………………」


そう告げた芽衣は、そっと微笑んだ。

彼女の視線の先____其処には、黒髪の彼女が車椅子に座っている。


艶やかな長く真っ直ぐな髪。

車椅子に座る彼女は、素朴な色白で端正で繊細な美貌の持ち主だった。

人形細工の様な端正な面持ちに、漆黒の双眸。華奢な体躯。

その姿は絵になる程に美しい。


______だが。

その瞳は虚ろで光りを失い、体も微動をしないままだった。

芽衣は目を伏せながら、黒髪の彼女に近付いてそっとその手のひらに、己の手を重ねる。

熱のない凍りの様な冷たい手。



「風花、今日は貴女の、28回目の誕生日よ。関心深いわ」


「………………」



「圭介さんが来るから、お出迎えしてあげなくちゃ。

母さんも帰ってくるわ。だから今日はおめかししないと。

主役は、貴女なのだから。………ね?」


優しく言うと芽衣に、彼女____信濃風花は、無情なままだった。





医療刑務所。

ジェシカは、その建物を切なく見詰めながら

内心は怒りを抱えて凛とした面持ちと姿勢で、中へと入った。




「今日は風花の誕生日です」



医療刑務所の一室、ベッドに横たわる老人は目を見開いた。


厳造は医療刑務所に送られ過ごしている。

あの懺悔の部屋にいた頃よりも、表情は何処か安らかだ。

それがジェシカにとっては腹立たしい。


風花を操るだけ操り自由を奪い追い詰めておいて、

自身はのうのうと生きている。



風花は、自ら命を絶とうとした。

直斗が息絶えた部屋で、自ら現世から去ろうとした風花の感情を思うと居たたまれない。

全ては自身のせいだと、ジェシカは自身を責めた。


発見が遅れた信濃風花は

一時、容体は一刻を争う危機に晒されたが、

彼女は一命を取り止めて生きて還ってきた。

だが後遺症が残り、彼女は人形の様に動かなくなってしまった。


今、彼女はジェシカと芽衣と共に暮らしている。

もっぱら今度は自分が恩返しするのだと言い張り、芽衣が率先して風花の世話を焼いている。

芽衣は自らのモノだと言わんばかりに、風花から離れないのだが。


「貴方が、風花をこうさせたのよ」



据わった声音で、ジェシカは告げた。


風花から自由を奪い、操り人形にした末に棄てた。

信濃直斗を殺めた北條厳造だが、最終的に

彼の双子の妹すらも殺めたとしか言えないだろう。



「生憎、華鈴も調子が宜しいようで」


それは

にっこりと告げるジェシカの、嫌味だった。


華鈴は、自分自身の秘密を知った後に精神を病んだ。

今では精神安定剤と睡眠導入剤が無ければ、

眠れぬ生活を送っているらしい。


風花に対して懺悔の日々を送り

直接、謝りたいと告げたがそれは芽衣が許さなかった。


『貴女が元凶で、風花はこうなってしまったのよ。

精々、懺悔しながら生きる事ね。それが貴女の“償い”よ』


芽衣は、面会に来た華鈴に冷たく言い放った。

彼女が作り出した元凶。それが招いた悲劇だっただろう。

厳造はジェシカに視線を向ける。


その緑色の瞳は冷たく、厳しいものであった。

全ては過ちだったのだ。彼女の望む通りに、双子を養子に引き取り育てるべきであった。

地位や家柄に執着などせずに。





西洋式の二階建ての家。

主張しない穏やかな外壁は、清さを象徴している様だった。

圭介は家の前で足を止めると、門扉を開いて中へと入る。


予め連絡していたので、門扉は芽衣が開けてくれていたらしい。

インターホンを鳴らす。


『はい』

「俺です。圭介です」

『待っていました。鍵は開けてあるのでどうぞ』


穏やかな声音が、響く。

家に入ると目の前には、まるで誰かを出迎える様に

風花が此方へ座って視線を向けていた。


風花の出迎えに、圭介は一瞬、固まったが

(やが)て圭介は、静かに近付き(ひざまづ)くと

腕に持っていた花束を、風花の膝の上に乗せた。


「…………誕生日おめでとう。風花」


「……………」


呆然とした瞳は動かない。

反応のない彼女に、淡く微笑みながら圭介は目を少し伏せた。



「ちゃんと、28本、持って来ました? 圭介さん」

「はい。数は数えた筈です」

「”筈“では駄目ですよ。ミスはしてはならないのですから」


指を立てて、圭介を咎める芽衣。

失業した圭介を芽衣が雇う形になり、花屋で働き出したのはもう二年前の事だ。

圭介は先輩の芽衣を『師匠』と呼ぶ仲だ。


淡く笑う圭介に、芽衣は風花に視線を寄せ

花束を持った姿を携帯端末のカメラで撮影した後に


「…………では、ちゃんと飾ってきますね」


芽衣が奥に消えて行った後に

風花に再び目線を合わせて、告げた。




「______ありがとう」



生きていてくれて。


命の尊さを、自身の生きる意味をくれて。



そしてあの日。

自分自身を、引き留めてくれて。



彼女が、

生きる意味を、命というものを教えてくれたのだから。

彼女に感謝する他はないだろう。





end.

クライシス・ホームを

読んで下さった読者の皆様に感謝を申し上げます。


皆様のおかげで、完結を迎える事が出来ました。

不定期更新の中、温かく見守って下さり、

お付き合い下さり、ありがとうございました。


今後の、圭介や風花のお話は

皆様の想像をお膨らませ下さい。


色々な感情はございますが

それはまた後程。



(最後、ジェットコースター並みの早さで

終わってしまった事はお詫び申し訳上げます。

すみません)


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