3ー11・当主の自白
残酷描写、あり。
物語都合上、表現が少し過激なので、ご注意下さいませ。
芽衣が、フィーア、
と呼ばれているシーンがあります。
混乱させてしまう形になりますが、最初からご了承下さい。
「はい、なら私の手に触れて下さい。
いいえ、ならば、そのままで居て下さい」
落ち着いた真剣な眼差しと声音を、
真っ直ぐに向けてくる風花に厳造は躊躇った。
無論、自分自身のマイナス点を認めたくはない。
こんな小娘如きに言いなりになった等、嫌だ。
直斗を殺め、風花を北條家に縛り付けた。
20年間、それが正しい答えだと思い込み、生きてきた。
それを否定され、風花の言い分を呑む事は
まるで侮辱された気分だ。
もう7年も、此処に居た。
懺悔の気持ちに苛まれながら、この娘の存在に怯えながら
影に追いやられ、刑務所の牢獄よりも精神を削られてしまいそうな毎日。
ならば。神経を使いながら恐怖に苛まれるよりも
場合によっては、厳造にとって此処から出られる、というのは一筋の光りかも知れない。
(_______此処から出られたなら、わしは、自由になれるのだろうか)
不意にそんな思いが脳裏に浮かんだ。
この懺悔という名の呪縛の部屋から出られたのなら。
「………………」
厳造は体に、右手に力を込めて、娘の手に触れた。
白く滑らかな、熱のない冷たく凍った手。
それは触れるだけで凍り、壊れてしまいそうなだった。
(_______認めた)
(________貴女はやはり自分勝手で、自身を最優先するのね)
厳造の手がぴくり、と自身の手に触れた瞬間。
風花は嘲笑すると共に微かに驚いていた。
まさか厳造が罪を認めるとは、思っていなかったからだ。
あの自分勝手な自身の過ちを認めない老人が、己の過ちを認めた。
それは即ち直斗を殺めた事を認め犯罪者となり、北條家から出ていくのだ。
風花は一瞬驚いたが、後に内心で嘲笑う。
やはりこの老人は、何処までも自分勝手で、自分本意なのだ。
人は誰だってそうだけれど
“苦”よりも、“楽”を選ぶのだ。
「……………分かりました。では警察を呼びます。
だから、全て話して下さいね?」
落ち着いた声音、無情な表情____。
だが
この瞬間に映る無情な彼女の中に潜む狂気と嘲笑を、
そして少女の存在を忘れはしないだろう。
厳造は心の中でそう思った。
意図的にではない、気付いたら足が向かっていた。
昔、風花を迎えに行った記憶を頼りに北條家まで、圭介は来ていた。
静観な住宅街に、熱気を増す。
立派な日本屋敷には暴動の様に、人々が押し掛けている。
眩しいカメラのフラッシュ。実況中継するリポーターの姿がちらほら。
圭介は、その勢いに圧倒されながら立ち竦む。
北條家に入り込もうする報道陣のせいで、中の様子は分からない。
風花はどうしているだろうか、と思いながら、不意に横から声をかけられた。
「………まさか、圭介、さん………?」
何処か聞き覚えのある温和な落ち着いた声音だった。
不意に声の主の方へ振り向くと、圭介は言葉を失う。
白く緩やかなウェーブヘアに、芯の有る真紅の瞳。
あどけなさが残る顔立ちながら、優しそうな女性だった。
華奢な彼女はまさか。
「フィーア、さん?」
「……………そうです。お久しぶりですね」
圭介を驚かせたのは、フィーアだけではない。
隣には金髪のウェーブヘアに緑色の瞳を持った長身の女性が立っている。
忘れはしない。ジェシカだ。
ジェシカは顔面蒼白でだいぶ窶れている。
立つのもやっとなのだろう、フィーアが、寄り添って腕を貸していた。
フィーアも車椅子ではなく、2本の足で地に立っている。
だが二人が何故、親しげに寄り添って此処に居るのだ?
そんな圭介が目を丸くしているのを、
芽衣は悟ったらしい。
優しく微笑みかけながら
「貴方には、まだお話が必要ですね。
あれからもう数年ぶりに再会したのですから」
「………風花は」
「母さん大丈夫よ。風花は仮にも北條家の孫娘。
北條に守られている筈だから。
それに今、北條家に近付くと私達も巻き込まれてしまう。
圭介さん、少しお時間宜しいですか?」
「はい……」
「今、この場所に居ると圭介さんも巻き込まれてしまうかも知れません。
其処にカフェがあります。其処でお話しません?」
芽衣の一言に、圭介は頷いた。
『北條家です。北條風花です。
お祖父様が警察の方々にお話したい事がある、という事なのですが_______』
警察が来た。
警察とコネクションがある北條家からの連絡に
警官が2、3人、離れの部屋まで訪れた。
体は動かせず寝たきりでも、思考能力は健在だ。
風花平仮名表端末用意した。これは当事者の目の動きを読み取り、音声アシストが言葉を紡ぐ機械だ。
厳造の傍らに立っている警察官を見詰めた後
厳造は息を飲み込み、端末へ視線を移した。
仮名の文字に視線を向け、端末はそれらを読み取っていく。
“______私は、人を殺しました“
警察官らが、絶句する。
“______20年前の、5月31日。
私は養子に引き取った男児をこの部屋に呼び出し
金属バットで二度、殴りました。
彼はすぐに息絶えてしまいました。
ただ私は北條家の当主として、この事が明るみになる事を
阻止し、
転んだ際に庭の大きな岩に頭をぶつけた、と事実を隠蔽したのです”
無機質な声音が、静寂な部屋に響く。
警察官達はその内容に絶句し、本当かと厳造を見詰めている。
しかし厳造は動じず、反対側の傍らに居た孫娘も静かに立っていた。
それはまるで祖父を監視する様な、冷めた眼差しである。
”_____私は、殺めた事を忘れようとしました。
何故ならば、引き取った養子は二人だったのです。
跡継ぎとしてどちらか相応しいか比べた末に、彼の片割れだった少女を選びました。
元から決めていたのです。
跡継ぎが決まれば、片割れは殺めると。
そしてあの日、私は彼の命を奪いました”
“私は7年に倒れ
この部屋で病床に着いてから、彼の存在を感じる事が増えました。
そして彼の片割れである、被害者の少女に申し訳無さを感じ始めたのです”
(綺麗事を語るのね)
風花は内心、嘲笑う。
自分に申し訳ない? そんな言葉を口にもした事ない癖に。
直斗を殺めた事を罪と認めずに正当化しようとしただろう?
「それは、誠ですか」
絶句していた警察官のうち一人が、厳造にそう問う。
厳造ははい、と答えた後で視線を黒髪の彼女の方へ遣り
“_______この子が、少年の遺族です。
災害孤児、両親を失い、唯一の家族であった双子の兄を
私が奪いました。
兄が殺められた瞬間を見た事で
PTSDの後遺症を煩い、フラッシュバックを苦しめられた来ました”
そう語りながらも
切ない瞳で、風花に目を遣り語る厳造。
風花は相変わらず厳造に対して無情な表情をしていた。
“_____私は、この子の目の前で、彼を奪ってしまったのですから”
最後の一言は、警察官を更に言葉を失わせた。
幼子の目の前で双子の兄を殺めた等、想像するだけで気分が悪い。
まだ幼い幼女の前で兄を殺めるとは。
全てを聞いた、警察官が厳造の前に出ると、手錠を出した。
「5月31日、3時14分。緊急逮捕します」
「………………」
厳造が気高き当主から、罪人になった瞬間だった。
だが、厳造の表情は安らかな表情をしている。
ようやくこの懺悔の牢獄から出られるのだ。
そうしたら、もう懺悔に苛まれる事はないのだから。
「“信濃”風花さん」
ぴくり、と彼女の華奢な肩が動いた。
何十年ぶりだろう、その名で呼ばれてしまうのは。
目を伏せる風花に警察官は微笑みながら大丈夫、と言った後で
「貴女も署まで同行を願えますか」
はい、と彼女は強く答えた。
お知らせです。
今までは、◯ー12、と
で章の区切りを着けていましたが
今回は最終章、最終回に向かうこともあり
少し数話を増やす形になります。
クライシス・ホーム
もう少しだけのお付き合いとなりますが
よろしければ、よろしくお願い致します。