表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クライシス・ホーム  作者: 天崎 栞
最終章・危機の果てに
118/120

3ー11・当主の自白

残酷描写、あり。

物語都合上、表現が少し過激なので、ご注意下さいませ。



芽衣が、フィーア、

と呼ばれているシーンがあります。

混乱させてしまう形になりますが、最初からご了承下さい。







「はい、なら私の手に触れて下さい。


いいえ、ならば、そのままで居て下さい」


落ち着いた真剣な眼差しと声音を、

真っ直ぐに向けてくる風花に厳造は躊躇った。



無論、自分自身のマイナス点を認めたくはない。

こんな小娘如きに言いなりになった等、嫌だ。

直斗を殺め、風花を北條家に縛り付けた。

20年間、それが正しい答えだと思い込み、生きてきた。

それを否定され、風花の言い分を呑む事は

まるで侮辱された気分だ。


もう7年も、此処に居た。

懺悔の気持ちに苛まれながら、この娘の存在に怯えながら

影に追いやられ、刑務所の牢獄よりも精神を削られてしまいそうな毎日。



ならば。神経を使いながら恐怖に苛まれるよりも

場合によっては、厳造にとって此処から出られる、というのは一筋の光りかも知れない。


(_______此処から出られたなら、わしは、自由になれるのだろうか)


不意にそんな思いが脳裏に浮かんだ。

この懺悔という名の呪縛の部屋から出られたのなら。


「………………」


厳造は体に、右手に力を込めて、娘の手に触れた。

白く滑らかな、熱のない冷たく凍った手。

それは触れるだけで凍り、壊れてしまいそうなだった。



(_______認めた)


(________貴女はやはり自分勝手で、自身を最優先するのね)


厳造の手がぴくり、と自身の手に触れた瞬間。

風花は嘲笑すると共に微かに驚いていた。

まさか厳造が罪を認めるとは、思っていなかったからだ。


あの自分勝手な自身の過ちを認めない老人が、己の過ちを認めた。

それは即ち直斗を殺めた事を認め犯罪者となり、北條家から出ていくのだ。


風花は一瞬驚いたが、後に内心で嘲笑う。

やはりこの老人は、何処までも自分勝手で、自分本意なのだ。



人は誰だってそうだけれど


“苦”よりも、“楽”を選ぶのだ。





「……………分かりました。では警察を呼びます。

だから、全て話して下さいね?」


落ち着いた声音、無情な表情____。


だが

この瞬間に映る無情な彼女の中に潜む狂気と嘲笑を、

そして少女の存在を忘れはしないだろう。

厳造は心の中でそう思った。




意図的にではない、気付いたら足が向かっていた。

昔、風花を迎えに行った記憶を頼りに北條家まで、圭介は来ていた。


静観な住宅街に、熱気を増す。

立派な日本屋敷には暴動の様に、人々が押し掛けている。

眩しいカメラのフラッシュ。実況中継するリポーターの姿がちらほら。


圭介は、その勢いに圧倒されながら立ち竦む。

北條家に入り込もうする報道陣のせいで、中の様子は分からない。

風花はどうしているだろうか、と思いながら、不意に横から声をかけられた。


「………まさか、圭介、さん………?」


何処か聞き覚えのある温和な落ち着いた声音だった。

不意に声の主の方へ振り向くと、圭介は言葉を失う。

白く緩やかなウェーブヘアに、芯の有る真紅の瞳。

あどけなさが残る顔立ちながら、優しそうな女性だった。

華奢な彼女はまさか。


「フィーア、さん?」

「……………そうです。お久しぶりですね」


圭介を驚かせたのは、フィーアだけではない。

隣には金髪のウェーブヘアに緑色の瞳を持った長身の女性が立っている。

忘れはしない。ジェシカだ。

ジェシカは顔面蒼白でだいぶ(やつれて)れている。

立つのもやっとなのだろう、フィーアが、寄り添って腕を貸していた。

フィーアも車椅子ではなく、2本の足で地に立っている。



だが二人が何故、親しげに寄り添って此処に居るのだ?

そんな圭介が目を丸くしているのを、

芽衣は悟ったらしい。


優しく微笑みかけながら



「貴方には、まだお話が必要ですね。

あれからもう数年ぶりに再会したのですから」

「………風花は」

「母さん大丈夫よ。風花は仮にも北條家の孫娘。

北條に守られている筈だから。


それに今、北條家に近付くと私達も巻き込まれてしまう。

圭介さん、少しお時間宜しいですか?」

「はい……」

「今、この場所に居ると圭介さんも巻き込まれてしまうかも知れません。

其処にカフェがあります。其処でお話しません?」


芽衣の一言に、圭介は頷いた。



『北條家です。北條風花です。

お祖父様が警察の方々にお話したい事がある、という事なのですが_______』


警察が来た。

警察とコネクションがある北條家からの連絡に

警官が2、3人、離れの部屋まで訪れた。


体は動かせず寝たきりでも、思考能力は健在だ。

風花平仮名表端末用意した。これは当事者の目の動きを読み取り、音声アシストが言葉を紡ぐ機械だ。


厳造の傍らに立っている警察官を見詰めた後

厳造は息を飲み込み、端末へ視線を移した。

仮名の文字に視線を向け、端末はそれらを読み取っていく。


“______私は、人を殺しました“



警察官らが、絶句する。



“______20年前の、5月31日。

私は養子に引き取った男児をこの部屋に呼び出し

金属バットで二度、殴りました。


彼はすぐに息絶えてしまいました。

ただ私は北條家の当主として、この事が明るみになる事を

阻止し、

転んだ際に庭の大きな岩に頭をぶつけた、と事実を隠蔽したのです”


無機質な声音が、静寂な部屋に響く。

警察官達はその内容に絶句し、本当かと厳造を見詰めている。

しかし厳造は動じず、反対側の傍らに居た孫娘も静かに立っていた。

それはまるで祖父を監視する様な、冷めた眼差しである。



”_____私は、殺めた事を忘れようとしました。

何故ならば、引き取った養子は二人だったのです。

跡継ぎとしてどちらか相応しいか比べた末に、彼の片割れだった少女を選びました。


元から決めていたのです。

跡継ぎが決まれば、片割れは殺めると。

そしてあの日、私は彼の命を奪いました”



“私は7年に倒れ

この部屋で病床に着いてから、彼の存在を感じる事が増えました。

そして彼の片割れである、被害者の少女に申し訳無さを感じ始めたのです”



(綺麗事を語るのね)


風花は内心、嘲笑う。

自分に申し訳ない? そんな言葉を口にもした事ない癖に。

直斗を殺めた事を罪と認めずに正当化しようとしただろう?


「それは、誠ですか」


絶句していた警察官のうち一人が、厳造にそう問う。

厳造ははい、と答えた後で視線を黒髪の彼女の方へ遣り


“_______この子が、少年の遺族です。

災害孤児、両親を失い、唯一の家族であった双子の兄を

私が奪いました。


兄が殺められた瞬間を見た事で

PTSDの後遺症を煩い、フラッシュバックを苦しめられた来ました”


そう語りながらも

切ない瞳で、風花に目を遣り語る厳造。

風花は相変わらず厳造に対して無情な表情をしていた。



“_____私は、この子の目の前で、彼を奪ってしまったのですから”


最後の一言は、警察官を更に言葉を失わせた。

幼子の目の前で双子の兄を殺めた等、想像するだけで気分が悪い。

まだ幼い幼女の前で兄を殺めるとは。



全てを聞いた、警察官が厳造の前に出ると、手錠を出した。



「5月31日、3時14分。緊急逮捕します」

「………………」


厳造が気高き当主から、罪人になった瞬間だった。

だが、厳造の表情は安らかな表情をしている。

ようやくこの懺悔の牢獄から出られるのだ。


そうしたら、もう懺悔に苛まれる事はないのだから。



「“信濃”風花さん」


ぴくり、と彼女の華奢な肩が動いた。

何十年ぶりだろう、その名で呼ばれてしまうのは。

目を伏せる風花に警察官は微笑みながら大丈夫、と言った後で



「貴女も署まで同行を願えますか」



はい、と彼女は強く答えた。











お知らせです。


今までは、◯ー12、と

で章の区切りを着けていましたが

今回は最終章、最終回に向かうこともあり

少し数話を増やす形になります。


クライシス・ホーム

もう少しだけのお付き合いとなりますが

よろしければ、よろしくお願い致します。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ