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クライシス・ホーム  作者: 天崎 栞
最終章・危機の果てに
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3ー9・迫り行く時

残酷な描写があるので、ご注意下さい。


ふらふらとした足取りで、道を歩く。

その足取りは何処か覚束(おぼつ)無く、瞳も何処か虚ろだ。

持ち主に握られた真紅のクラッチバックは、不安定にメトロームの様に宙を泳いでいたが。

ピンヒールが小石に(つまず)き、彼女の身体は崩れ去る様にコンクリートに投げ出された。


けれど、彼女は転んだまま立ち上がる素振りを見せない。

否。今の彼女には、立ち上がる気力すらなかったのだ。

衝撃と痛みを感じたが、精神衰弱した心の方が痛かった。


その虚ろな瞳は潤み、雫となって頬を伝う。



(あたしのせい……)


(お祖父様のせい……?)


ずっと風花を妬み憎んでいた。

風花が居るから自分の立場を奪われたと、

彼女さえ居なくなれば良いと思っていた時もあった。


全ては風花のせい。

風花が現れたから、自分は北條家の、北條厳造の孫娘として扱われないのだ。

自分自身を正当化し時に不憫に思っては、風花に憎しみを抱き

彼女に全て奪われたと逆恨みして、風花にきつく当たってきた。


しかし水面下では確かに全て動いていた。

風花が連れて来られてたのも、跡継ぎに指名したのも

彼女の兄が殺したのも、華鈴を可愛がってくれていた厳造だった。



「風花が、貴女の事を“元凶”と言ったそうね。

確かにそうだわ。風花は、優しい子だもの。

北條家が束縛しなければ、大人の事情に振り回される事もなく、ありのままの性格で生きて行けた筈よ。

直斗が居たら、尚更ね。


貴女が跡継ぎとして北條家を継いでいれば

風花も北條家に孤児(みなしご)と蔑まれず、冷酷な人にならずに生きれてでしょう」



信じられない。

不協和音の様に、芽衣の言葉が木霊し、

華鈴の脳裏に、容赦無く精神に衝撃とショックを与えていく。


あれだけ可愛がってくれた祖父が、人を殺めたなんて。

憎しみを抱き続けた風花は実は北條家の犠牲者だったなんて。

風花が望んで跡継ぎになった訳ではない。


『私はずっと貴女と、お祖父様を、恨んでいるわ』


風花が言っていた意味は、そういう事だったのか。

ならば憎まれても仕方ない。



全て、犠牲の上で成り立っていた。

直斗は殺され、風花は心を殺められ、生きてきたのだ。

自分自身が北條家の跡継ぎになる事を放棄したせいで悲劇は起きたのだから。

厳造は罪を犯した。その元凶は、孫娘である自身だった。


風花を責めていたなんて、逆恨みにも等しい。

対する自分自身は、何の罪も無い彼女から大切な人を奪い、その人生を束縛し続けたのだから。


(あたしは、全て間違えていたのね。

そんな中でお祖父様を慕い、風花に逆恨みしてきた)


瞳を閉じたと同時に、一粒の涙が溢れた。








風花は深い微笑を浮かべた。





”自分が犯した全ての罪を認めて下さい”


”そうすれば、この部屋から解放する事を約束しましょう“


風花は、厳造にそう告げた。

真面目な表情の中に秘められた狂気、漆黒の瞳の中にある切なさが垣間見える。


全ての罪を認める_____。


それは直斗を殺めた事を認める。

最初こそ不理解であったが、(やが)て風花の言い分のを飲み込んだ瞬間に、厳造の表情が青ざめていく。



直斗を殺めた事を認めるのなら、此処から抜け出せる。




それは世間に(おややけ)にし、

自分は北條家から罪を犯した者達の場所に移るという事だ。


風花が下した条件。

それはこの部屋から解放するのならば、直斗を殺した事を認め、牢獄へと行く。

そういう事だろう。


風花に差し出した条件に、厳造は息を飲んだ。

風花は青ざめている厳造を怜俐な眼差しで、見詰め下ろしている。

自分の非は認めず横柄に生きている人間だ。

自分自身の非を認めるのは、厳造にとって屈辱だろう。


(自分の罪を認めて自由になるか、懺悔を抱えた此処で過ごすか。

…………貴方はどちらを選ぶの?)




畳は変えられ、何もなかったかの様な静寂を佇ませた部屋。

“あまり誰も近寄るな”という当主の命令により、

誰も近寄かなかったが、

厳造が倒れて、離れを点検した時に“証拠”は出てきた。


離れの押入れに寂しく佇み、

置かれていたのは、どれも風花の見覚えのあるもの達だった。


血に染まった数枚の畳。

直斗を殺めた原因である血に染まった金属バット。

畳に付着していた微かな髪の毛の一髪、一髪。




今の日本には、事件の時効制度は廃止されたと聞く。

それに時効制度が健在だったとしても、直斗の一件はまだ時効には至らない筈だ。


畳に付着していた毛髪を一髪取り、

DNA鑑定に出してみたところ、風花の兄妹関係が認められたのだ。


厳造を罪に問う証拠は出揃っている。



「はい、なら私の手に触れて下さい。

いいえ、ならば、そのままで居て下さい」


静かな落ち着いた声音で、

やや微笑を浮かべながら、風花は厳造に問う。



後は、厳造が選ぶだけだ。

懺悔の部屋で佇み暮らすか、抜け出して牢獄へと行くか。

傍で己を見下ろし祖父の回答を待つ孫娘に、厳造は_______。







鞄の中で、携帯端末が震えているのに気付いた。

倒れ伏せた上半身を起こし、泣き腫らした目許を腕で拭った後

鞄から携帯端末を取り、華鈴は応答した。





「_________“北條”華鈴さん、ですか?」







「……………え?」



華鈴は、呆然とした。






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