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クライシス・ホーム  作者: 天崎 栞
最終章・危機の果てに
115/120

3ー8・影武者が生まれた理由

【最初に】

このお話は、4-8・永遠の傷の元に作られております。

残酷な描写がある為に、残酷な描写が苦手な方は

ブラウザバックでお願い致します。




「久しぶりね。

貴女が、どんな用で此処に来たのかしら?」


芽衣は華鈴の手首を握りしめたまま、そう呟いた。

華鈴は睨んでいるが、芽衣も負けていない。

芽衣も冷静な面持ちのまま目は据わっている。


「離しなさいよ!!このあたしを誰だと思ってるの?」

「先ずは用件を言いなさい。そしたら、離してあげる」


華鈴の怒号にも、芽衣は臆しない。

握りしめた手首はかなり痛みを感じ始めた。

かなりの握力で握られているせいか、(やが)

じんじんと握りしめられた手首は痛みを感じ始めている。


「風花が、風花が、こないだ何を言ったと思う?

“お祖父様とあたしのせいで北條家に犠牲者”が出たって。

仕舞いには“あたしが元凶“だって言うのよ。


間違いも甚だしいわよね!?

あたしはその原因と犠牲者って人を聞きに来たのよ!」


華鈴が叫んだ瞬間、ジェシカの表情が固まった。

“北條家の犠牲者”と聞いた途端にどんどん青ざめていく。

まさか。


(まさか、風花は、直斗の事を?)


信濃直斗は、北條厳造が自らの手で殺めた。

けれど表向きは不慮の事故死を遂げた事になっている。

それは何十年も暗黙の了解として、葬られてきた事だ。


そんなジェシカの表情の変化を見、悟った芽衣は尋ねる。


「どうしたの? 母さん」

「…………芽衣、その手を離してあげなさい。

そしてちょっと此方へ来てくれる?」

「……………」


母親の表情が心配になり、

不服ながらも芽衣は華鈴から手を離した。

カウンターの前に出ると、そっとジェシカは、芽衣に耳打ちする形でひっそりと話し始めた。


「まさか。直斗の事を言ってるのでは……」

「でも、風花が自ら、直斗の事を口にしたの?」

(ほの)めかしたのかも知れないわ。だから、華鈴は此処へ来たのかも」

「じゃあ華鈴は、北條家の犠牲者、というのを知る為に………?」


芽衣は物解りが良いせいか、

ジェシカが伝えたい事や怪しんでいる事を見抜いた。

そしてジェシカ、芽衣が揃って華鈴の方へ視線を向ける。


「…………”北條家の犠牲者“という話を知りたくて

私達を尋ねてきたの?」

「そうよ、そうに決まってるじゃない!!」

「…………分かったわ。あちらにテーブルがあるから

座って頂戴」


この娘は己が納得するまで帰ってくれない。

そう知っているジェシカはお手上げで、華鈴を迎える。

ジェシカは物憂げな視線を交えながら、そう呟いた。


花屋の中、奥には四人掛けのテーブルが備え付けられてある。

特にテーブルを授けた理由はないのだが、

ジェシカ、芽衣共に親切な面もあり、花の組み合わせや種類に迷う顧客の相談室と化している。



「………貴女を歓迎もしていないし、

この席すらに座らせたくもないのだけれど」


椅子に座った、芽衣は開口一番にそう呟いた。

現に芽衣の面持ちは固く何かを見据えている様な厳しい表情だ。

そんな芽衣の態度に、華鈴はふん、と不機嫌な面持ちだ。


対面式に芽衣とジェシカ、向こう側に華鈴が座っている。

場の雰囲気は重たいもので一触即発の空気を漂わせていた。


「で? 貴女が知りたいのは、北條家の犠牲者?」

「そうよ」

「何故、其処まで知りたがるの?」

「あたしは、北條家の、お祖父様の孫娘よ。

当然、知っても良いでしょ? いいえ、知る権利があるわ!!」


芽衣は冷静に告げるが、華鈴は感情が昂っているせいか理性を失いかけていた。

厳造の孫娘だからと自身は知る権利があると豪語している。

ジェシカは気不味い雰囲気を佇ませ黙り込んだままだ。


「………知ってどうするつもり?」

「決まってるじゃない、風花の弱みを握れるのよ」

「では例え、事を知って自分や他人の価値観が変わってしまうとしても、貴女は知りたいの?」


冷静ながらも、厳しい口調で告げる芽衣。

ジェシカは思った。この娘は何も解っていないと。

ただ粗探し(あらさがし)に、自身の興味本位に知りたいのだと。


だが。

あの話を聞かせるには、華鈴には重すぎる。

誰が聞いたとしても気分の悪くなる話なのだ。

何も解っていない子供の様な華鈴には、更に冷酷過ぎるだろう。


(この子に、直斗の事を受け止められる?)


無理だ。

華鈴には打撃が大きいだろう。


「…………華鈴」


ジェシカは、静かに告げた。


「これは北條家の権利をかざして聞く話ではないわ。

貴女が直感で興味本位で来たのなら、話せない。

いいえ、簡単に口に出来る話ではないのよ。

私からは話せない。


解ったなら、帰って頂戴。

………………それが貴女の身の為よ」


冷静に、最後の言葉を強調する様にジェシカは

告げると席を立って裏手に消えて行ってしまう。

芽衣は呆然とし、母親が花屋の裏手に消えてしまう姿を静かに見届ける。

…………芽衣は理解していた。彼女なりの気配りなのだと。





「何よ、あの態度? あたしを誰だと思ってるの?」



しかし、華鈴は不服そうな顔だった。

そんな華鈴の態度に温厚な芽衣の心の中で、ぷつりと何かが切れる。

人の配慮すら気付かない哀れで、自分勝手な女だと。



「………母は優しいけれど、私はそうじゃないわ」


淡い微笑を交えながら、芽衣はそう告げる。



「…………これは残酷な話よ。

改めて聞くわ。……“北條家の犠牲者”、知りたい?」

「……………(コクリ)」


芽衣の冷静な表情と据わった声音。

それに意味深な何かがあると感じながらも、華鈴は頷いた。



「貴女がそんなに知りたいならば、教えてあげる。

貴女が北條家の跡継ぎを放棄したせいで、

北條家当主が起こした過ちを______」


ゆっくりと、語り部の様に芽衣は話し始めた。



「風花に、双子の兄が居た事は知ってる?」

「…………………え?」


華鈴は呆然とした。

風花に、双子の兄がいた?

風花は孤児(みなしご)としか聞いていない。現に自分と知り合った際には既に一人ぼっちだった。


「名前は信濃直斗。風花の双子の兄よ。

ジェシカ、私の母は二人が暮らしていた孤児院で働いていたの。

……………あの火災事故に遭うまでね」


華鈴は、真剣に聞き入っている。


「当時の北條家では、跡継ぎの事が問題視されていた。

貴女が葬儀を怖がるものだから、当主様は孫娘と同じ年位の子供を養子に取り、代わりに(あて)がうと」



「火災事故に遭った日。

ボロボロになって行く宛もない母は双子を北條家に連れてきた。

衣食住の面倒は自分が見るから置いて欲しいと。

……………二人を養子を迎える代わりにね」


「双子のどちらかを貴女の代わりに宛がう。

その為に二人は日々、葬儀の現場等を見て、どちらが貴女の代わりになるのか比べられる日が続いた。

その結果。


風花が、貴女の代わりとして選ばれた」


華鈴は、初めて風花の素性を知った。

ジェシカと極めて親しい理由も。

立場を奪われ悔しいと思い、腹を立たせていたが、話はこれからだった。


「両親を亡くした兄妹は、幸せに暮らせると思っていた。

けれど、全てはあの日に覆されてしまったの」

「…………あの日?」



「ある日、直斗を捜しに行った風花が見たのは

当主様が、直斗を殺めた瞬間だった。


惨殺だった。見るに堪えない程の。直斗は即死したそうよ。

………貴女の愛するお祖父様が、風花の唯一の肉親を殺したのよ」


「…………え?」


華鈴は、呆然とする。

あの優しい祖父が、風花の双子の兄を殺した?

厳造から可愛がられてきた華鈴にとって、それは信じられない話だった。


「…………風花の追って、母もその惨劇を見たの。

風花はただ息絶えた直斗にすがって泣いていたわ。

母も驚いていた。そして尋ねたんですって。

何故、殺めたのかって。


そうしたら当主様は、何と言ったと思う?


最初から決めていたと。

双子のどちらが相応しいと決まれば、

その双子のうち、どちらかがこうするつもりだったと。


もし“直斗が貴女の代わりになっていたならば

風花は殺すつもりだった“とね」


華鈴は、口許を押さえた。

何も知らなかった。自分自身が、葬儀を担う人間として生きれない事で

水面下で、祖父によって、そんな事情があったなんて。

風花は、大人の事情で連れて来られた少女だったのだ。


『それは悪かったわね。


でも……貴女が北條家を継いでいたら、“あの子”は生きていたのかも知れない』



『________言った通りよ。犠牲者が生まれたの。

考えによれば、貴女が事を招いた元凶かも知れないわね』


『私はずっと貴女と、お祖父様を、恨んでいるわ』


疑問符が消え、点と線が繋がる。

(ようや)く、風花が言っていた言葉の意味が解った。

風花が謎めいた言葉の意味は、この事だったのか。





「風花が、貴女の事を“元凶”と言ったそうね。

確かにそうだわ。風花は、優しい子だもの。

北條家が束縛しなければ、大人の事情に振り回される事もなく、ありのままの性格で生きて行けた筈よ。

直斗が居れば尚更ね。


貴女が跡継ぎとして北條家を継いでいれば

風花も北條家に孤児(みなしご)と蔑まれず、

冷酷な人にならずに生きれたでしょう。



これが貴女が知りたがった全て。

貴女が跡継ぎとして生きていれば、生まれなかった犠牲。

”北條家の犠牲者“は、直斗。そして、風花よ。


貴女が聞きたがっていたから、これは自業自得ね。

だから貴女が風花を憎しむなんて、筋違いだわ」


「………………残念だったわね、風花の弱みを握れなくて」

「………………………………」



芽衣は冷静に話を続けた。

責める訳ではないが、身の程知らずの華鈴に現実を教えなければ。

でないと何も知らないまま、華鈴は風花を憎んで生きて行ってしまう。



「…………帰るわ」


呆然と立ち上がった華鈴は、瞳の光りを無くしていた。



直斗の表記(漢字の誤字) 申し訳ありませんでした。

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