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クライシス・ホーム  作者: 天崎 栞
最終章・危機の果てに
114/120

3ー7・祖父へ捧ぐ言葉


『日に日に顔色が悪くなっています』



厳造の急激に顔色が悪くなり始めたのは、ここ最近だ。

威厳のあった当主は懺悔の部屋で静かに亡き少年と、

彼の双子の妹の存在の恐怖に震えている。


初夏の風は涼しかった。

けれど今の厳造には、それすら感じ取る余裕すらない。

思い出すのは威圧感にも似た、己、自ら殺めた少年の存在感。

少年を思うだけで、風花の存在感を思うだけで、震えが止まらなかった。



そんな中、離れの厳造が病床に着いている部屋に現れたのは黒髪の彼女______。

障子襖の横から静かに姿を見せた彼女は、祖父に近付いてくる。



その瞬間、胸がざわざわと騒ぎ始めた。

人形細工の様な繊細で凛とした美貌は、美しい他ないだろう。

幼少期に引き取ったからか、彼女の美貌が磨きがかかり

繊細な美しさを持つ孫娘の成長は、一目瞭然に理解出来た。


胸騒ぎと恐怖感を覚える厳造に対して、

風花はベッドに横たわる彼を見下ろした。



「………今日は陽気が良いですね」


抑揚のない声音で、風花は呟く。

(やが)て風花の手は、そっと厳造の右手に重ねられた。

その白い華奢な手は熱のない冷え切ったもので、思わず寒気を誘う。


厳造は驚いていた。

極度の潔癖症かつ不感症な彼女にとっては有り得ない行動だからだ。

風花が自ら誰に触れた事は、今まで一度もない。

養女として引き取ってから何十年も経つと言うのに、

風花に触れたのは初めてかも知れない____。




「お祖父様、この部屋でお過ごしになって

“直斗”の事は思い出しましたか?」

「…………(忘れる筈がない)」


落ち着いた声音で、風花は呟く。

微かに動いた唇の動きを読み取り、風花は飲み込んだ。

此処は直斗の遺室。ある意味、懺悔の部屋と呼ぶべきかも知れない。

直斗を忘れ、のうのうとふんぞり返り生きていた事に風花は腹を立てた。

どれだけ孤児の北條家の養女として蔑まれながらも、

いつか自分自身で殺めた少年を思い出させてやろうと、厳冬の北條家の中で生きてきたのだから。



「あの子が生きていたら、私と同じ、25歳なんですよ。

どんな姿に成長したのか、どんな人になっていたのか見届けて居たかった。

直斗と一緒に生きていきたかった」


まるで語り部の様に、

叶わぬ願いを、ぽつりぽつりと呟く風花。

その瞳や横顔は儚くも切なく、表情や雰囲気は薄幸に満ちている。

やめろ、という厳造の思いは届かず、彼女は、直斗を思い出している。

その言葉の数々、直斗という少年の存在と言葉は、

厳造の心を抉り、精神衰弱に陥れる威力は十分にある。



「ねえ、お祖父様。

お祖父様に直斗を思い出して欲しくて、私はこの部屋を選んだのです。


これからも

直斗を思いながら、この部屋で生きていきますか?」



それとも、此処から離れたいですか。




そう問う()は、怜俐に祖父を見下ろしている。

まるで全てを凍らせてしまう様な瞳は、何処か寂しく

怪しく尋ねていた。

重ねられたひんやりとした彼女の手が、恐怖心を増長させる。


(お前は、何が言いたいのだ?)


風花の意図が読めない。

風花は何を尋ねているのだ?


風花の怜俐な目線は変わらない。

嘲笑、蔑み、疎外、様々な感情を交えた漆黒の瞳が恐ろしい。

そう問われて厳造は恐怖心の中で、離れたい、と呟いた。



一刻も早く離れたい。

7年間、直斗の懺悔の気持ちに苛まれ、風花を見る度に恐怖に震えた。



この部屋を飛び出して、

一時でも構わない安堵感に包まれたい。

この冷え切った生きた心地のしない恐怖感しかない部屋で恐怖心に苛まれながら、

死期を迎える等、嫌だ。


強い瞳で解放して欲しいという厳造の、気持ちを風花は受け取る。

代わりにそんな義理の祖父の自分勝手な思いに

無情な心が、益々(ますます)冷めていく。


(………自分の本意な哀れな人。全ては自分自身で蒔いた種なのに)



「じゃあ、お祖父様。

直斗を忘れないと約束と、私が言う条件を飲み込んで

下されば安堵した老後を迎える事を約束しましょう___」


そう言うと、風花は深い微笑を浮かべた。






ピンヒールの靴音が、コンクリートに響いた。


辿り着いたのは、下町の花屋だった。

見るからに淡く、穏和で優しい雰囲気漂う花屋。

店にある色とりどりの花も、淡く優しい香りを佇ませている。


華鈴は

突然にして消えた、“風花の教育係”を捜していた。

北條家の孫娘という権利は、自分には使えないからか

自力で探す羽目になったのだが。





『ジェシカ様って居たでしょう。風花様のご教育係。

どうやら、ジェシカ様は風花様が追い出して、

北條家から出禁にしたみたいなのよ』

『え、酷い。自分を育ててくれた人を追い出すなんて………』



(風花が、ジェシカを追い出した?)


初めて耳にした時、華鈴は信じられなかった。

北條家での理解者はジェシカと、あのアルビノの少女しか居なかった筈。

ジェシカは世話焼きだったけれど、風花もそれなりに懐ついていた。

なのに…………。



確かにジェシカが姿を消してから、もう数年が経つ。

それには風花が加わっていて、彼女がジェシカを出禁にしたのか。


風花が数年、北條家から家出していた時も

ジェシカは身元保証人の様な存在で常に風花の傍に居た筈だった。

それにジェシカに恩があるというのに、風花はあっさりと彼女を捨てたのか。


(風花って怪しいとは思っていたけれど………)





『それは悪かったわね。


でも……貴女が北條家を継いでいたら、“あの子”は生きていたのかも知れない』



『________言った通りよ。犠牲者が生まれたの。

考えによれば、貴女が事を招いた元凶かも知れないわね』


『私はずっと貴女と、お祖父様を、恨んでいるわ』


風花の言葉が脳裏を掠めた。

自分と祖父が、北條家に、風花を恨ませた?

風花に執着しているからこそ、華鈴はその言葉の数々を気にならせる。


風花の謎めいた言葉の数々が気になり

華鈴は密かに昔の事を調べ始めた。


風花の身辺調査結果を欲しかったが、

彼女の居た孤児院は火災事故に遭い、風花の身元は分からなかった。

風花が何者なのか、と調べる糸は切れてしまったのだ。


次に風花の傍に一番居たジェシカを調べる事にしたのだが

北條家に置いてある筈の、ジェシカの履歴書は消えていた。

7年も経過したジェシカの今を知る人物は居なかったから


内密に探偵を雇い、ジェシカの身辺調査を依頼したところ

ジェシカは北條家から出た後、花屋を営んでいる事まで辿り着いたのだ。

だが。



(“小川 芽衣”、ってだれ?)


聞いた事のない名前。

けれど身辺調査結果に書かれていた項目は、娘だった。

ジェシカに一人娘に居た事など、今まで知らない。

第一、見た事も聞いた事もない名前のせいか、疑問が残る。





こつこつと靴音を立てながら、華鈴は花屋に入る。

中に入るオーブンガーデン風の質素な空間が目に飛び込んできた。

カサブランカ、チューリップ、コスモス、等が凛と咲き誇る花達。


カウンターに居たジェシカは、華鈴の姿にすぐ気付いた。


「………貴女」

「北條家のお嬢様の教育係も落ちぶれたものね。

今は花屋ですって?」

「………変わらないわね。貴女。何をしに来たの?」


カウンターの向こう側に立つジェシカは、冷静に告げると共に驚いていた。

北條家から離れて何年も経つが、北條家の関係者が訪れた事などないのだから。

まあ、北條家次期当主の孫娘によって追放された身の上であるが。


だからこそ北條家から去った後に

引っ越した事も、花屋を開いた事も誰も知らない筈だ。


何故と疑問を思いながら、華鈴を見詰める。

あれから更にメイクが濃くなっただろうか。

黒く縁取られたアイシャドウがきつい印象を与えている。



「花を買いに来たんじゃないわよ。

昔の北條家で聞きたい事があってね、

わざわざ此処まで足を運んで上げたのよ」


見下す様にふんと自身を鼻に取り、ジェシカを見詰める華鈴。

そんな昔から変わらない態度を示す華鈴に呆れながらも


「聞きたいこと?

悪いけれど、私は北條家を去った身よ。

北條家を離れた今、語る事は何もないわ。

北條家の事を口にすれば情報漏洩になるでしょう」


落ち着いた声音で、正論を華鈴に告げる。

北條家を去って今更、北條家の内密を話す気もない。

ジェシカは話さないと決めている様だった。


しかし

そんなジェシカに一人前に説教された気分になり

華鈴はかっと頭に血が昇り、カウンター越しに彼女の胸ぐらを掴んでいた。



「あんた、誰に向かって口を聞いてるのよ!?

あたしは北條家の、お祖父様の一人孫娘なの。

そんなあたしに、大口を叩くなんて何様のつもり?」


北條家に居た、過去の人間。

ジェシカは今更、北條家について語るつもりもない。

自身は追い出された事になっているのだから。


目覚めた猛獣のの様な勢いと

般若の形相で、ジェシカの胸ぐらを掴み前後に振りながら睨み付けている。


(あんたも、あたしを北條家の人間じゃないと思っているの?)


自身は北條家の人間としか扱われないのか、という

悔しさと悲しさが華鈴の感情に交わっていた。

そんな中。





「_________“母さん”に何をしているの?」



凛とし澄んだ声音。


声の方に視線を向けてから、華鈴は唖然とした。

白髪のふわふわとした柔らかなロングヘア。

華奢な彼女は、疎ましげに何処か睨む様な眼差しで華鈴を見ている。



芽衣はゆっくりと此方へ来ると

ジェシカの胸ぐらを掴んでいた手を離し、素早く手首を掴み、

ぐい、と此方へ引き寄せた。



「貴方が、何故、此所に?」




威圧感のある、据わった声音。



凛とした芯のある真紅の瞳。

あどけなさが残る穏和で柔くも神秘的な美貌。

華鈴は芽衣にぎりり、と手首握りしめられた。


見た目は華奢で物静かな彼女からの握力は意外なものだ。

現に自由に身動き一つ、出来ない。

芽衣は据わった目付きになり、


「理性を失って人の店で騒がないで貰えるかしら?

迷惑だわ。警察を呼ぶわよ。____“北條の孫娘様”」


その神秘的な美貌に浮かぶのは、微かな微笑。


「…………フィーア?」


間違いない、あの車椅子に座っていたあの少女だ。

その少女が何故、今此処に居る?

驚く華鈴に、芽衣は微笑しながら唄う様に、告げた。


「………フィーア。その名前、懐かしいわね」

「なんであんたが此処に居るのよ!」

「あら、娘が母親を庇って何が悪いのかしら?」


(…………フィーアが、ジェシカの娘だったの?)


フィーア・トランディーユは、小川芽衣。


フィーアが、ジェシカの娘。


まさか。

いきなり突き付けられた現実に、

思わず華鈴は腰を抜かしてしまいそうだった。




【お詫び】

直斗の名前を間違えて執筆しておりました。

直人と表記しておりましたが、正しくは直斗です。

読者様に混乱を招いてしまう事態となり、大変申し訳ありませんでした。


これからは

何度も同じミスをしてしまう形となり、ごめんなさい。

気を引き締めて、ミスのないように更に気を配りながら執筆して参ります。






補足


・芽衣は、風花と再会した事をジェシカには離してはいません。

(話すとややこしくなる、そっと、風花を見守っていくという理由から)


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