表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クライシス・ホーム  作者: 天崎 栞
最終章・危機の果てに
113/120

3ー6・投げやり


これで終わりだ。

自分自身を知る者は誰一人といなくなった。


(これで良かったのかしら)


心の片隅に思うが、首を振る。

北條家に関われば、誰もが危うくなるだろう。

北條家に、自分自身に関われば、誰かの人生を狂わせてしまう事は確かだろう。

ならば。


(そうよ。例え、冷酷だと言われても構わない。

北條家に巻き込まれるよりも早く、逃してしまわないと)






「逃げた事にはならない。

北條家から、離れて下さい」


この言葉の意味はどういう事だ。




そんな事を思いながら

茫洋(ぼうよう)な瞳で目の前を見詰めていたが、

不意に聞き慣れた音が鼓膜に飛び込んできた。




スコープで誰が来たのかを確認した後、疑問符が浮かぶ。

何故ならば自身に見覚えのない若い男性が荷物を持って佇んでいる。

最初こそ疑問に思っていたが、やがてドア前に立つ青年を思い出した。


________あの集いの際に、風花の隣に居た青年だ。




見知らぬ彼が何故、自分の前に現れたのか。



扉を開けると実物の彼に会う事が出来た。

彼は器用に片手で箱を持ち、空いた手で、

軽く手を振って、此方へ淡く微笑みを浮かべている。


「………あの」

「こんばんは。長野さんの荷物を引き上げさせて頂きました。これはお届けに」

「………わざわざありがとうございます」


穏和な声音と、柔らかで優しい表情。

その優しい表情故に何処か心内が読めない雰囲気だ。

面倒臭い面持ち一つせず、彼は箱を玄関先に置いた。


元々、部署違う上に、彼とは面識はなかった。

だからからか、何処か余所余所(よそよそ)しく、他人行儀だ。

そんな一歩引いている圭介に、秀明は変わらない態度と表情で接している。

だが、ある事を挟みながらも秀明は身を乗り出した。


「お疲れ様でした。

貴方の事はよく知っていますよ。

北條葬儀社の若き先輩(ベテラン)としても、

…………風花のボディーガードだった事もね」


態度も表情も柔らかだ。

けれど語尾が据わった口調で、尋ねてきたのも、

明らかに身を乗り出してきた事は圭介は察した。

北條葬儀社に勤めている人物は、自身が北條風花のボディーガードである事を皆、承知の上だが。


しかし。



(この人は、風花の“婚約者”だったか)



華鈴から聞いた、この青年が婚約者だという事を。



箱を玄関先に置いて貰い、中身の説明を丁重に受けた。

あまり会社には物を持ち込まない主義だったが、

7年分、北條葬儀社に残っていた資料は膨大なものでかなりの量だった。

かなりの年月、北條葬儀社で働いていたのだと実感する。


わざわざ持ってきてくれたお礼を告げると、秀明は




「…………最後に一つ、聞いていいですか?」

「なんでしょうか」

「…………貴方にとって北條風花さんは、どんな人でしたか?」

「何故、僕に聞くんです? 北條さんの事は貴方が解っているのでは?」


そう冷静に尋ね返すと、秀明は首を横に振った。

そして一瞬にして、その口調が変わる。




「君は、一番風花の近くに居たんだろう?」




迫られる様な、威圧の加わった声音。

柔らかな表情の中で潜む、何か。


秀明にとって、風花を知る人間に会いたかったのも事実だ。

成人を迎えてから出逢った自分自身とは違い、彼女が家出をしている間

風花の傍に居た人物を。


けれど。

彼女を愛している感謝にとっては、嫉妬が伴う。

先に彼女と出逢い傍に居た目の前の青年に、

秀明は嫉妬と羨ましさを感じていたのかも知れない。


「僕は大人になってからの風花しか知りません。

けれど長野さんは風花のボディーガードとして一番、傍に居たんでしょう?

風花の事を知っている筈です。


僕はそれ以前の彼女は知らないので、知りたいと思って」

「…………………」


秀明の言う言葉は確かだ。

きっとクライシス・ホームを畳み、北條家に帰省してから知り合ったのだろう。

7年前の出来事だから遥か昔の事になってしまうけれど。





「では。貴方にとって、風花はどんな人ですか?」


逆に秀明に、圭介は尋ねた。

一瞬、秀明は予想外でむっとした顔をしたが、

心を落ち着けてから口を開いた。


「風花は……美人で冷静で、物怖じしなくて凛とした人です」

「………そのままですよ」

「え?」


圭介の言葉に、秀明は呆然とした。


「北條さんは今も昔も変わりません。

それは一番、貴方が解っているじゃないですか。

北條風花さんは北條風花さん、そのままの方ですよ」


(形を崩さない事が一番だ)



彼が抱いている“北條風花”をそのまま、保てば良い。

下手に答えてしまえば、彼女の人物像が崩れてしまうかも知れない。

それに、“北條風花”に自分は過去に関わった人間だ。

関係も何も在りはしないだろう。


冷静に言った圭介に、

秀明は最初こそ疑問に思ったが、やがて納得した様子だった。

視線を落とし、圭介の言葉を受け入れた。


「北條さんをお幸せに

二人で末永く歩いて行って下さい」


あの幸薄い彼女を、幸せにしてあげて欲しい。

彼ならば大丈夫そうだから。

圭介は微笑んだ。






帰り道。

長野圭介に荷物を渡し、

北條家へと歩いていた秀明はふと立ち止まった。






(…………幸せに、か)



なれるだろうか。

未だに指一本、彼女に触れた事すらないのに。

秀明は風花をどれだけ思っていても、婚約者止まりになるのでは、という事を感じていた。


彼女は婚姻を望んではいない。

どれだけ彼女を思い、婚姻を願おうとも、

それが結ばれない事は秀明自身が一番、知っている。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ