3ー3・花への屈辱
北條家には“責任者部屋”という部屋がある。
垂直に言ってしまえば、北條家の当主の部屋であるのだが。
長年、その玉座に座っている現当主、北條厳造の姿はない。
彼が7年前に倒れ、
病床に着いた際からこの部屋の時は止まったままだ。
主のいない部屋はこんなにも無情で、寂しく伺えた。
その代わりに____。
表向きの北條家の跡継ぎ、厳造の孫娘である北條風花が其処にはあった。
しかし北條家の当主が座るべきである
和室の真ん中に存在感を放つ座椅子と机には、当主の姿はない。
ただ、彼女はその当主の玉座には決して座らなかった。
一つ目は、北條家の人間ではないこと。
二つ目は、あの憎き老人の座る玉座に身を預ける事はしたくはない。
座ってしまえば、穢れに満ちた北條家の血に染まってしまいそうな予感がしたからだ。
(私は、貴方の玉座に座る権利も、貴方を許す気もないわ)
一生、死ぬまで、死んでからも憎んでやる。
風花は、その玉座を冷たく見詰め、物憂げに目を伏せるだけであった。
風花にとって
強いて言えば入りたくない部屋なのだが、今回ばかりは仕方ない。
北條家の決まり事を、当主の決定権を下すのは、この部屋で下ねばならない。
そんな古くからの北條家の風習、決まり事があるからだ。
そんな風花が佇む部屋の、襖が開けられた。
当主の部屋に入ってきた人影___見慣れた男性だった。
荻原 孝義。彼は北條家のお局であり、北條厳造の“右腕”の様な存在だ。
孝義は、此方を向いた風花に告げた。
「お嬢様、長野圭介の処分はどうされるおつもりですか?」
そうだ。
華鈴が招いた北條家の混乱によって、犠牲者となった青年。
彼の処分はどちらにせよ、当主の代理人であり司令塔となっている風花が下さねばならない。
「………彼の中傷の書き込みによって、北條家の名が落ちたのは事実です。
中傷の犠牲者とはいえ、北條家の名を落とした彼にも処罰は考えています」
淡々と、冷静な声音で告げる風花。
その姿勢は凛とし瞳は芯を持っていて、当主に相応しい姿だった。
その雰囲気は何処か祖父を思わせる、威厳のある姿で
まるで開花を見せた花の様だった。
(風花は、こんな人間だったか?)
孝義は北條風花の後見人を任されていた。
長年、厳造の指示で孤児の少女を見張り続けてきた。
孝義にとって静寂の風の様なか弱き、薄幸の少女。
他人だと蔑まれ、それでも耐えてきた彼女は
一時、北條家を距離を置いていた事も、
その北條家を離れていた間に風花が、何をしてきたのかは
厳造から後見人の見張り役として、彼女を見てからか
彼女の事は深く存じているつもりだ。
その表情に、あの弱き少女の面影はなかった。
今、此所に居るのは北條家の跡継ぎとしての
威厳を備えた、凛とした女性の姿だ。
(本当に、北條風花なのだろうか)
孝義の瞳に映るのは、目の前の威厳のある美貌の女性。
目の前に居る彼女は、まるで違う人物の様にも伺えた。
あの数年前の少女の面影は、消え去ったというべきか。
最早、昔の北條ではない事は見るからに解る。
この屋敷の家にとって、温情など要らない。
厳格な北條家は昔の風習を重んじ守り続けるだけでいい。
その北條が求める人格に、今の風花は相応しいと言える。
長野圭介の処罰について、
風花は暫く黙り混み、脳内が考えていたが。
「……………彼の処分については、
私自身が彼に直接、伝える形として私が出向きましょう」
「……………しかし、お嬢様」
「大丈夫です。彼の人間性は承知しております」
「しかし長野圭介はお嬢様が自ら、推薦した社員でありますよね。
彼にはどんな処罰を、下されるおつもりですか」
暫くの沈黙の後に、風花は告げた。
「_______”解雇”が相当でしょう」
淡々と告げられた、怜俐な言葉。
しかし自ら推薦した社員を解雇を選択するとは。
薄幸な面持ちで、物憂げな視線を横目を送っている風花に、
孝義は絶句していた。
彼女には、北條家代理人当主としての立場がある。
けれどこんな冷酷な判断を下すとは、意外なものだった。
「解りました」
「まだ明かさないで下さい。
詳しい事は本人と話した末に、報告致しますので」
凛とした表情に最後、淡い微笑が混じる。相手を安心させる為に。
仮にも彼は自身の後見人、婚約者の父親なのだから。
厳しい顔を見せ続ける事は出来ない。
「わざわざお時間を割いて、頂きありがとうございました」
ぺこり、と頭を下げる風花。
背に流している黒髪が、はらりと溢れ落ちた。
「いえ。了解致しました」
では、これでと、孝義は当主の部屋を去る。
しかし何を思い立ったのか、再び風花の方へ振り返った。
流石、厳造が見込んだ娘だけある。
彼女ならば、華鈴の代わりに、北條家の司令塔となってくれそうだ。
孝義は微笑みながら、告げた。
「風花お嬢様、
だんだんと厳造様に似てなされてきましたね」
『…………………………」
(_____私があの人と?)
その刹那。風花は、黙り込む。
心から喜べない。寧ろ、そんな言葉は欲しくなかった。
それは風花にとって、兄を殺した憎い老人と同じように見られていると実感すれば
憎悪とともに、兄を殺した老人に近付いているという嫌悪感が、無情な中で風花の心に迸った。




