2-1・選んだ理由
夜の帳に包まれた世界。
ふと窓からの景色を見て、フィーアは少し口許を緩ませた。
ふうと一息着く。
ソファーに背を預けながら少しうとうと、としていた時、
脱衣所から風呂上がりの少女が、濡れた髪をタオルで乾かしながらリビングまで来た。
「濡れたままでいると風邪引くわよ?」
「……分かってる」
そう言いながら、床に座ると視線を伏せる風花。
血の繋がりは無くとも自分にとっては可愛い妹の様な存在だ。
フィーアは微笑ましくそう思い、笑みが少し溢れて両手で頬杖を着く。
「あの人を送ってきたの?」
「……うん」
「良かったわね。また更生者が見つかって」
「何処が良いのよ? また面倒な事が増えた」
フィーアの微笑に、覇気のない声音で風花は受け流す。
彼女は時々悪戯混じりで、人を遊ばせようとする。
長く一緒に居るのせいかお互いを理解して受け答えや聞き流しはもう慣れっこだ。
普通の様に振る舞ってタオルで水気を拭き取り
自然乾燥で乾し“聞かないふりをするつもり”だった。
だが生憎、その時に限って。
「……何処が、って風花が一番、分かってるんじゃない?」
「……………………」
一瞬、タオルで髪を乾かしていた手が止まる。
風花が見せた少し目を見開いてから悟った様に伏せた事はフィーアは理解出来た。
彼女は“あの事”を指して言っているのか。
風花はつい
「勘違いしないで、私は当然の事を学んでいるの」
「本当にそれだけ?」
「……それだけよ」
(_________嘘つき)
フィーアは風花の考えを勘付いて、見透かしていた。
本当は隠している振りをしているだけ、彼女は誰よりも自分の立場を理解している。
北條家の現当主から一目を置かれているのは後継ぎだから、という事情だけではない。
(______私に付いて来て欲しいの)
あの日、風花が発した言葉が脳裏を過る。
優秀な人材で北條家に不可欠な人間である事は
確かだが、風花は自分の"本当の立場"に気付いてから
実家と距離を置き始めた。
家元の家訓に則り、全てを叩き込まれてきた。
けれどそれは彼女にとってはどうなのか。
風花は、その“素”を見せる事はない。
この更生者制度は、彼女にとって特別なものだ。
例えるのなら大事な身体の部品と言っても過言ではないだろう。
それを切り取ってしまえば。
(……………いつか、はね)
フィーアにはその末路が見えてくる。
顔見知りになって時が過ぎてしまうと互いに慣れてしまう。
それは、同時に効き目が切れてしまう、という事だ。
だから。
他人任せではないが、彼女が心開ける相手を一人でも
増やして欲しい。自分も何時までも居る訳じゃない。
本当は寂しがり屋な少女が、誰かに心開けるように。
「大丈夫よ。私は何時でも風花の味方だから」
「……ありがとう」
「そうだ。髪、乾かしてあげる。こっちに来て?」
分かってる。
分かってるのだ。風花が一番、自分の立場を。
フィーアは静かに見守って彼女の行く末を見詰める事しか出来ない。
もどかしくて心配しても、今の自分に出来る事は側に居る事しか出来ない。
こんな穏和な時間を過ごせるのも、あと何時ぐらいだろうか。
嗚呼。可哀想な少女よ。
風花は自分で自分の首を締めて生きている。