3ー1・花の逆襲
最終章となります。
人命維持装置の無機質な音が、絶え間なく
一定のリズムを刻みながら響き続ける。
呼吸の補助として酸素に繋がれた当主は、遠い遠い青空を見詰めた。
嗚呼。
今日も、あの少年の姿を思い出し
少年の双子の妹である女に怯え続けるのだ。
「いらっしゃい」
華鈴を、風花は玄関で出迎えた。
が、華鈴は仏頂面で風花を上目遣いながらに睨む。
此方は歓迎される立場なのだ。本当の孫娘は、自分であるのだから。
「お祖父様、お久しぶりです」
離れの祖父の部屋へと誘うと、すがり付く様に厳造に飛び付く華鈴。
心な無しか厳造の表現も和らいでいる様に感じる。
否。日々、少年の懺悔と彼の双子の妹に威圧される中で
厳造にとっては心休まる日々が無かったせいか。
本当の孫娘である彼女が来て、
ほんの少しだけでも心は安堵に和らいでいた。
労る孫娘と、孫娘が来た事に安堵の表情を浮かべる祖父。
端から見れば美しく絵になるのだろう。
そんな厳造と華鈴の姿を見て、風花は思う。
(そう、今の内に安心に浸っていて……)
「お祖父様、少しお時間宜しいですか____?」
花の様な優美な微笑み。
この再会の時間を邪魔するなと、
華鈴に睨まれたのを知っておきながら
リクライニングベッドを起こし、テーブルを授けると
風花はノートパソコンを置き、ある画面を厳造に見せた。
「此方は、北條葬儀社の口コミです。
日々書き込みが綴られているのですが、最近とある
書き込みによって社内が混乱しておりまして」
風花ぎ見せたのは、あの北條葬儀社の口コミ欄。
長野圭介、北條風花の誹謗中傷が書かれている書き込みだ。
風花の行動に華鈴は驚いて、風花に視線を向ける。
華鈴にとっては、とても不都合なこと。
しかし同時に風花がこんな大胆な行動に出る事に驚きを隠せなかった。
風花は名前の通り、静かな少女であまり自ら自己主張や行動を示さない筈だ。
(何をするつもり?)
中傷の書き込みを見せると
厳造は大きく目を見開きやがて___驚いた顔を見せている。
厳造の中では怒りが込み上げていた。
自らも長年守り続けてきた北條家、北條葬儀社を侮辱する様な内容。
北條家を蹴落とす様な書き込みだ、許しは出来ない。
そして、風花に視線を遣った。
「これは北條家にとって、北條葬儀社にとっても不利な事です。
中傷の対象となりました社員は在宅謹慎の処分を下しました。
現在は出社しておりません」
機械の様に淡々と、けれど淡い微笑を含ませ話す風花。
その姿と表情に厳造ははっとさせられながら
華鈴は、敵対心の目で風花を見た。
風花は手際良く、キーボードを弾き出すと
今度は中傷で名指しされた青年の経歴書を見せてから
「お祖父様。
ご覧になられてお分かりかと思いますが、
この誹謗中傷の本人の経歴はデマであり嘘です。
当時は○○大学の大学二回生でした。
私が推薦状を出したのは、
短期間と言えどお世話になった身であり、
私は恩恵の意を込めて彼を北條葬儀社へ推薦致しました」
「…………(ふむ)」
ぱちり、と了解の意味を示す瞬きをする厳造。
風花の嘘偽りの無い理由に納得しながらも、
再び変わった書き込みの画面を見詰める。
「これはお祖父様が見守り続けてきた北條家に
とっては痛手であり北條家とお祖父様の為にも
この数日間、この中傷の書き込みをした犯人を探しておりました。
書き込みから、書き込み主の端末情報を探ってみた結果、
そうしましたら、この中傷の書き込みした犯人が解ったのです」
そう冷静に風花が告げた瞬間に、華鈴の顔色はみるみる青ざめていく。
まさか、風花がここまでの知能犯で行動力の有る人間だと華鈴はリサーチしていなかった。
あの強気な厳造の操り人形だった様な少女。
(…………風花、まさかこの為にあたしを呼び寄せたの!?)
か弱い、自分の立場が危うくなるからと傍聴して
風花を追い出し北條家の、厳造の孫娘に戻れぬかもしれないと
期待を膨らませながら来た筈だったのに。
あれは、魔性の囁きだったのか。
華鈴の中で、怒りと焦りが生まれる。
まさか風花が中傷の書き込みを犯人を見つけ出し、
直接、青年に祖父に報告するなど考えもしなかったからだ。
だが、今更、風花を睨み付けたところでもう遅かった。
厳造は、端末情報の相手の名前を、読み驚く。
それは、紛れもなく、己の孫娘である華鈴の名前が映されていたからだ。
最初は誠かと思ったが、華鈴の青ざめた表情を見て脱落する。
(_______華鈴が、書いたのか………)
厳造の驚いた表情と、青ざめた華鈴の表情を見てから
風花はいよいよ身を乗り出した。
「______そろそろ認めたらどう?
貴女が、この中傷の書き込みをした、と」
華鈴に冷たい視線を投げ掛けながら、そう呟く風花。
その貫かれてしまいそうな怜俐な表情と眼差しを向けられ
無意識の内にわなわなと、自然に震えが止まらなくなってくる。
この女は、こんなに冷たい面持ちと眼差しが出来たのか。
そもそもこんな人を蹴落とす様な真似が、出来る様な人間だったか。
華鈴の知っている風花と、目の前にいる冷たい女は
どうも同一人物には見えない。
「………ち、違う!! あ、あたしじゃない。
違うのよお祖父様、あたしがしたんじゃないわ!!」
静寂な離れの部屋で華鈴の大きな声が叫びとなり、木霊する。
厳造は顔をしかめながら厳しい眼差しで華鈴を見詰め
相変わらず風花は怜俐な眼差しで、わなわなと震えている彼女を見ている。
華鈴が否定した中で、風花は微笑を浮かべ
「………貴女が否定しても無駄よ?
貴女の端末情報は、此方に完璧に書かれているわ。
もう逃げ場はないの」
「違うわ!違う!!
ねえ、お祖父様、あたしを信じて、やってないの!!」
そう叫びながら、祖父に泣き付こうとしたが
厳造の厳しく睨み付けられ、腰が抜けて畳に佇んだ。
風花に厳しくても、自分には優しくしてくれた祖父に睨まれた事は
もうどうにも弁解出来ぬ事を知らしめていた。
厳造は、華鈴を見て
厳しいながらも、何処が悲しそうな眼差しと表情をしていた。
まさか、北條家の本物の孫娘たる者が北條家を蹴落とす様な真似をするなど。
離れて暮らしていたとは言えど、
華鈴は北條家の何、一つ解っていなかった。
北條家の人間としての精神が一欠片もなく、現に北條家にこんな仕打ちをしている。
見損なった。
見限った。
段落した。