2ー12・“北條家の孫娘”
人生は山あり谷あり、そして時に残酷だ。
青年は書き連ねた文字を見詰めながら、ペンを置く。
無造作に置かれたペンは机の上を微かに転がって止まる。
青年の瞳には憂いが混っている。
(…………どうせ、俺は死んでいたんだ)
少女に助けられて生かされていた様なもの。
“自分自身”なんて当の昔に壊れてしまっていたのだと。
気付くのに遅すぎた。
最後に白い封筒に文字を連ねた。
______辞職届、と。
晴天の空に、優雅に飛んでいる鳥。
北條家の屋敷から伺える、整えられた庭の情景。
専属の庭師によって彩られたこの庭と、伺える空は非常に絵になる。
風花は険しい面持ちで、
『北條葬儀社は大変みたいね』
媚びを売る様な、
楽天的な声音はあまり聞き心地が良いものではない。
葬儀社を混乱を招いた張本人だというのに、華鈴は
気にもしていない様だった。
事の種を蒔いた本人は、のうのうと過ごしている。
最初こそ驚いたが、彼女がやりそうな事だと
幼馴染の風花は納得した。
(………浅はかな人)
昔から彼女のやる事は単純で浅はかだ。
楽天的と呼べば聞こえは良いが、裏を返せば全く後先を考えない思考である。
風花にとっては慣れていて既に被害を被ってきた。
自分自身だけに被害を被るのならば問題なく、相手にはしないのだが、
今回は、北條家、北條葬儀社____そして青年まで被害が及んでいる。
北條家の跡継ぎとして、代理当主の司令塔として
これは見過ごせない事であった。
電話口からそう責任感ない楽天的に聞こえた声に、
内心、心が無情になっていくのを感じながら
風花は静かに告げた。
「華鈴、これから時間はある?」
『急に何よ?』
「お祖父様に報告したい事があって………。
その場に貴女も同席して欲しいの」
『どうしてあんたの私情にあたしも同席しなきゃいけないの!?
跡継ぎとしてのうのうとお祖父様の前で事を離して、
あたしを侮辱する訳!?』
音量の利かない声音。
電話口から十分に聞こえる罵声に、風花は携帯端末を耳元から遠ざけた。
風花はのうのうと跡継ぎ面して、自分を侮辱する。
華鈴はそれが腹立たしく、自分自身を馬鹿にしているとしか思えない。
彼女相手にはつい、喧嘩腰に罵声を浴びせる癖が出来てしまった。
(本当のお祖父様の孫娘は、あたしなのに___)
「私だけの話じゃない。貴女も相席して貰わないと
貴女がお祖父様の前に現れないと話が聞いて貰えないの。
大事なこれからの北條家に関わる話よ。
話によっては私が、お祖父様から見放されるかも。
だから北條家の本当の孫娘である貴女に同席して欲しい。
……………駄目かしら?」
尋ね気味に、物腰低く告げてみる。
自分自身が危うい立場になると話してみれば、どうだろうか。
最初こそ苛立っていたが、風花の話を聞いてから華鈴はふと
(風花の立場が危うくなる?)
拾われた孤児。自分の立場を奪った憎い女。
風花の立場が危うくなるなんて、どんな話だろうか。
最初こそ全く乗り気ではなかった華鈴であったが
ある目論見が生まれる。
(もしかしたら、あたしが孫娘に戻れるかも知れない)
単純な華鈴は、そう思いたった。
あの書き込みが満を持ししてようやく叶うのかも知れない。
風花さえ消えれば、自分が自動的に孫娘に戻れるのだから。
最初は青年を陥とす為だった。
それなのに容易い方法で
風花まで陥れられるなんて、思いもしなかった。
そう華鈴は、内心腹の底から喜んでいたのだ。
二言返事で、華鈴からの了解を得た。
単純な人だと冷めた心で風花は思いながら、端末の名前に視線を落とす。
ため息を吐きながら、思う。
(さあ、お祖父様は、貴女になんと言うのかしら?)
北條家を、北條葬儀社の名を傷付けた孫娘に。
いつもクライシス・ホームを読んで下さる読者様
深く感謝を申し上げます。ありがとうございます。
さて、
これから物語は、どうなるのでしょうか。
そして作者からお知らせです。
長らくお付き合い頂いたクライシス・ホームは
次話からいよいよ最終章を迎え、佳境となります。
よろしければ
クライシス・ホーム、最後までお付き合い頂けると幸いです。