2ー11・青年を貶めた首謀者
(けれど、誰がこんな中傷の口コミを書き込みを?)
長野圭介が、北條風花の推薦状_____コネクションで
北條葬儀社に入社した事は誰もが知っている。
ある意味若くして己のキャリアを確立した青年は、
会社ではある意味、会社内では有名人だった。
そんな有名人ならば
若手の青年の入社の経緯もある程度、知れ渡ってしまう。
お局の社員なら尚更、新入社員でさえもいつかは知り得てしまうのだから。
けれど、彼が
北條家の跡継ぎである孫娘のコネクションで入社した事を
知っている人物は今までに沢山居る。
だが事は荒立てず、平凡な筈だった。
なのに突然にして、こんな事態を招いたのか。
北條家葬儀社の口コミは、ある青年の事で炎上していた。
社員ならば誰でも書き込みの出来るサイトは荒れに荒れている。
____北條家のお嬢様の力で、入社か。
____お嬢様ならなんでも曲がり通るのかよ。
長野って奴、北條家の権利を逆手に取ったんだ。
_____最低な奴。
そんな口コミを見ながら、微笑みを浮かべる女。
歪んだ心が満たされる瞬間に笑みは止まずに口角は上がるばかりだ。
(あたしを裏切った罰よ。良い気味ね)
7年も思い続けたというのに、呆気なく棄てられた。
無性に悔しくて悲しく青年に恨みを抱いた華鈴は、
この歪んだ闇の感情を吐き出さずには居られなかった。
誰かを不幸に陥れさせずには居られなかった。
だから。
この北條葬儀社の口コミに
己の勝手な私情を、吐き出してしまったのだ。
被害妄想も交えながら華鈴が、圭介のキャリアを、
そしてコネクションで入社させた風花を悪者にして。
(良いじゃない。もっと炎上しなさいよ)
口コミの効果は絶大だ。
その人物の思い込みをがらりと変えてしまうのだから。
これで長野圭介の積み上げてきたキャリアも、終わるだろう。
それに推薦状で入社させた風花にも被害が及ぶだろう。
自分を裏切って屈辱に晒した圭介も、自分の立場を奪った風花も。
華鈴にとっては、どちらも憎い人物だ。
二人とも、終わる。
そう思うと、
腹の底から嘲笑いが浮かび止まらなかった。
(二人とも消えて。そうしたら、あたしは
北條家の、お祖父様の孫娘になれる)
草木は眠る夜。
北條家の屋敷も明かりは消え、深い夜に眠る中で
一部屋だけ微かに明かりが灯された部屋があった。_____風花の部屋だ。
風花は作業の手を止める事はなかった。
早く対応を処理し、事態を急速に納めなければ。
北條家の代理当主として、司令塔として、これは自分自身の役目だ。
北條家とコネクションのある警察官から習った、
掲示板の書き込み主を直接にして探る方法を、風花は取った。
書き込み主の端末情報に乗り込むという形になってしまうが
北條家がかかっている故に、手段は選んでいられない。
USBメモリーをパソコンに差し込み、
乗り込んだ中身___情報をUSBメモリーにコピーしていく。
これで相手が解れば、終わる。
USBメモリーに情報がコピーされていく間。
片手で頬杖を着きながらも、不意に風花は考えた。
こんな誹謗中傷の口コミを書いたのは誰かと。
(______恐らく北條葬儀社の社員では出来ない筈よ)
彼らは、圭介の事を
“北條家のコネクションで入社した”としか知らない筈なのだから。
だから北條葬儀社の社員が仕出かした事とは思えない。
(また、あの人には悪い事をした)
北條家の内情に巻き込んで、傷付けてしまった。
やはり北條家に留めるべきではなかったのかも知れない。
現に、彼には迷惑をかけてばかりだ。
時折にして片手で頬杖を着き、項垂れる様に塞ぎ込む。
闇の中で思考を巡らせ、意図を探ってみる。
口コミには、7年前の事が供述されていた。
だとしたら
7年前の事を知る人物の仕業か。
7年前の自分自身の人間関係を思い返してみる。
(…………まさか)
7年前の人間関係。
最も自身の身近に居たあの母娘が、脳裏に浮かんだ。
もう何年も前に離縁した、自分を救ってくれた女性と慕ってくれた少女。
冷たく突き離してしまう事に、良心が痛んだ。
風花には不本意な形で突き離してしまったが
風花にとっては二人を、
自分の元に居させてしまう事が残酷だった。
義理の祖父からのあの脅迫___。
北條家は人を貶める為ならば手段は厭わない。
あの北條家の当主の魔の手が彼女達に及ぶ事を風花は恐れたのだ。
だから不器用だとしても、
彼女達を北條家から遠ざけるしかなかったのだ。
彼女達の顔が脳裏に浮かんだが、
(そんな筈はないわ)
けれど風花は頭を横に振った。
ジェシカも芽衣も姑息な手口を使うのは最も嫌っていた。
青年を悪くも思っていなかった様であるし、
それに彼女達の人間性を考えた時点で、こんな手口は使わない。
だとしたら。
(………もしかして)
風花の人間関係は狭い。
圭介も、芽衣やジェシカが違うとしたら。
風花がある人物の疑惑に辿り着いた刹那に、USBメモリーのコピーが完了した。
脳裏に、あの人物が浮かんだ。
7年前に自身の人間関係に関与していた人間は、もう一人。
母娘、青年の他にたった一人。
コピーされた情報の文字を凝らして見詰める。
呪文の様に並べられた相手の端末情報と共に、浮かび上がった名前。
カリン サイゴウ。
(やはり、貴女だったのね………)
華鈴。
圭介を貶めたのは、華鈴だった。