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クライシス・ホーム  作者: 天崎 栞
第2章・7年の時を経て動き出した歯車
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2ー5・溢れた本音

タイトル『こぼれた、ほんね』です。

一応……。


集いは無事に終わった。

風花と厳造我が家に帰る為に、

秀明、孝義は、北條家当主を見送る為に北條家へと足を運んだ。



「厳造様、お疲れ様でした。お休みなさいませ」


父と息子は深々と頭を下げた後に、帰っていく。

婚約者わ見送った後、風花は再び、厳造の元へと帰ってきた。

床に伏せた義理の祖父の布団を整えた後に、風花は目線を落とし


「お祖父様、今日はお疲れ様でした。

ごゆっくりとお休みなさい」


そう言いながら淡く微笑んだ。

月夜に照らされくっきりとした儚い美貌が現れ、美しいと思った。

が、同時に厳造にとって“跡継ぎの孫娘”が見せる微笑は恐怖に駈られる。


(______ごゆっくりだと?)


この侮辱に晒された、

気持ちも休まらない部屋でゆっくりと休めるものか。


そう目で訴えた。

けれど風花の浮かべる微笑は変わらない。

本当は祖父の言い分を感じ取ってはいたが、風花は内心、厳造を睨んだ。


(…………ゆっくり休める訳がないでしょうね。

けれど。これが貴方の罰よ。ー直人が受けた痛みと無念を痛感すればいい)


直人が息絶えた部屋。

この部屋には本人が居なくとも、信濃直人の存在感が確かにある。

一つは本人の存在感、そしてもう一つは、目の前に居る信濃直人の双子の妹の存在だ。


厳造に挨拶を済ませ、部屋を出る。

初夏の夜風に誘われる様に、夜空を見上げた。

月光の満月に、ぽつりとぽつりと咲いた星々。


ぼんやりと見詰めていたその刹那、

廊下に誰かがいる気配を感じて目線を向ける。


深紅の派手な、胸元の空いたパーティードレス。

カラーコンタクト、目元を濃く縁取れた濃いアイシャドウに赤いルージュ。

綺麗に纏められた髪に着いた派手な髪飾り。

集いでも一番に目立っていた。忘れる筈がない。


「………華鈴」

「こんな離れにお祖父様はいるのね。こんな所に離れがあるなんて」


華鈴は興味深く、けれど呆れた物言いで告げる。

北條家の本当の孫娘でも、基本的に分家である西郷家で生活しているので、北條家の屋敷をあまり知らない。


「けれど。此処は庭や風景が綺麗でしょう。夜空も見渡せるわ」

「でも、こんな寂しい離れに追いやられて可哀想。

もっと良い部屋はなかったの? あたしが迷っちゃったじゃない」


(____何も知らない癖に)


風花は珍しく癪に障る。

華鈴の不服ながらも詰まらなそうに小言を言っている態度。

風花も好きでやっている訳ではないのに。


北條家の跡継ぎとして言葉を求められ

『信濃風花』という孤児は要らない。周りは求めていない。

自分自身を棄てて『北條風花』という周りから求められたものを演じこなしてきた。



本当の孫娘はそちらの癖に、葬儀が怖いと言う理由で

分家で自由で暮らしている癖に………。

風花には、自由すらないというのに。




「_____何よ。その()


腹立たし気に、華鈴は言った。

華鈴にとって、風花は自分に向かって睨んでいる様に見えた。


「所詮は、孤児(みなしご)の癖に。

あたしから孫娘の権利を奪って、のうのうと自分は跡継ぎ顔?

腹が立つ。あんたは何様?」

「………私だって好きでなりたかった訳じゃないわ。

貴女の代わりに務めているだけよ」

「当たり前な顔して、大口叩いて!!」


かっとなり、感情的に華鈴は手を振り上げた。

自分の立場を奪っておいて、他人が大きな顔して当たり前に居るのが許せない。


華鈴が振り上げた手は、風花の頬を叩く。



_______筈だった。



「何をすんの……よ………」


威勢に満ちた華鈴の物言いが、最後に語尾が弱くなる。

風花を叩こうとしていた手は目の前にいる彼女に止められていた。

風花の手首に込められた力は物凄い。

否、これが風花なりの怒りなのかも知れない。


が。

華鈴は、それに驚いた訳ではない。

目の前にある薄幸な端正な顔立ちに浮かんだ

威圧の表情に思わずに腰が抜けそうになった。


見たことのない表情(かお)

その凛とした力のある漆黒の瞳に射抜かれてしまいそうだ。

暫く風花は華鈴を睨んでいたが、手首が痛みを

感じ出した頃合いに、風花は(ようや)く、放る様にして離した。


「そちらこそ、出来もせずに、かといって努力もせず

ただ逃げた癖に大口を叩かないで」

「……………あたしの立場を奪った癖に。

何時からそんな大口を叩く様になったの? 気持ち悪いわよ!」



風花の冷たい表情。

その無表情な表情に、自然と浮かんだ微笑み。

風花が浮かべた微笑みに思わず、華鈴は腰を抜かして床に佇む。


風花は、嘲笑にも似た

微笑を浮かべながら、冷たくぽつりと呟いた。


「それは悪かったわね。

でも……貴女が北條家を継いでいたら、“あの子”は生きていたのかも知れない」


華鈴が、跡継ぎになっていたら。

そんな願いの事のない『もしも』を考えてしまう。


「………何を言ってるの?」

「初夏の夜は冷えるわよ。早く帰ってはどう?

気を付けて。………お休みなさい」


そう言い捨てると、華鈴の存在を無視して

風花は離れから去っていく。


(何、今の………)


風花が微笑を浮かべた姿を、初めて見た。

けれどそれは己を嘲笑かの様に冷たく、何処か寂しいものの様に感じた。


(………あの子、って誰?)


風花が、言ったあの言葉。

けれど意味は解らない。



やるせない腹立たしい気持ちを抱えながら

華鈴は離れを、北條家を飛び出す様に出ていく。



華鈴が向かった先は……。





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