あなたもできる異世界転生
「え~……なになに? ヒロイン、マジかわゆす。僕も、こんな世界に転生してハーレム状態になりたい……っと。よし、コイツにもメッセージを送信だ」
男は自宅でパソコンの画面を見ながらキーボードを叩いた。彼が見ているのは小説投稿サイトの感想欄で、異世界に転生する作品に寄せられたものになる。
先の感想を書いた投稿者の名前をクリックし、その人のマイページからメッセージを送る。そこには“メッセージ機能を利用しての営利目的の活動は禁止”とあったが気にしない。
送るメッセージの文面は決まっているので、文章をコピーして貼り付ける。
『あなたも異世界に転生しませんか?
○○さん、はじめまして。
“転生倶楽部”というサイトを運営している鈴木です。
突然のご連絡、失礼します。
あなたの感想を拝見し、当社のアイテムに興味があるのではないかと、メッセージを出させて頂きました。
是非、最後までご確認ください。
一億総活躍社会などという言葉が叫ばれる昨今、人は死ぬまで働くことを余儀なくされつつあります。このブラック企業が幅を利かせる世の中にあってです。
何が楽しくて、働き続けなくては、いけないのでしょうか?
社会に貢献したとして、至る結果は同じ死です。
それならば、こんなツマラナイ世界など捨てて、新たな世界で楽しい人生を謳歌したいと思うのは人の情。腐った世界に居続ける時間が勿体ないとは思いませんか?
当社では、現世に希望を見出せない方向けに、理想の異世界に転生する為のアイテムを販売しております。
この転生アイテム“魔法のタリスマン(お守り)”さえあれば、あなたもハッピー異世界ライフが送れます!
もはや、異世界転生は現実逃避から来る願望ではなく、より良い生を全うする為の手段となったのです。
詳しくは……』
“○○さん”のところを書き換えて投稿者に送る。
男は小説投稿サイトで“異世界転生願望”を持つ者を見つけては、片っ端から同じ内容のメッセージを送っていた。
転生倶楽部なるサイトを運営しているのは彼だが、鈴木という名前ではない。本名を使わないのは個人を特定されない為だ。つまりは、特定されては困ることをしているという自覚が男にはあった。
「今日の入金は……」
男はオンライン口座を開き、入出金明細の文字をクリックする。今日の日付で幾つかの入金があった。
「ヘヘッ、ボロい商売だぜ」
次に受注管理用の表計算ソフトのファイルを開き、注文者の情報と入金状況を照らし合わせる。入金があった人だけをリストアップして宛名ラベルを印刷。プリンターが印刷している間に、机の引き出しから金属製のペンダントを複数取り出す。
これが“魔法のタリスマン”である。
元は、近所に住んでいた外人の露天商が大量に持っていた物で、本国に強制送還された際に、ゴミとして出されていたのを拾ってきたのだ。
これを“魔法のタリスマン”と称し、転生希望者に売りつけるのが男の仕事だ。タリスマンは形や大きさが違う為、松竹梅の等級をつけて効果に差があるとしている。等級が高い方が転生時の希望が叶えられやすいという設定だ。
使い方は簡単で、このタリスマンを首から下げて高い所から飛び降りるだけ。そのとき、“お願い、助けてタリスマン”と言いながら、転生した自分をイメージすることで、希望する世界に転生すると説明している。
「“お願い、助けてタリスマン”なんて、本当に言ってんのかな? 自分で書いておきながら何だが、こんなことを言って飛び降りるバカがいたら見てみたいよ」
同封する使用説明書を手に取り、男は鼻で笑った。
今のところ、効果に不満があるといった苦情は受けていない。なぜなら、使用者は須らく死んでいるからだ。効果を疑う者には、自分が転生しているから薦めているとした。
「死んだら終わりだってのに、どいつもこいつも転生を信じやがって。どんな宗教を信仰してんだろうな、まったく」
男は鼻歌を歌いながら、安い茶封筒にタリスマンと使用説明書を入れ、印刷した宛名を貼り付ける作業を始めた。
音が無いのも寂しいなと思い、テレビをつけてみると情報番組がやっていた。メインキャスターの男性が特大パネルを指しながら、何やら熱く語っている。
「この相次ぐ飛び降り自殺なんですが、自殺者が同じ物を持っていることを、当番組のスタッフが突き止めました!」
メインキャスターがパネルに貼られた粘着紙を剥がすと、“魔法のタリスマン”の写真が現れた。男はビクッと体を震わせ、持っていた物を床に落としてしまう。
「彼らは自殺前に“転生”を口にし、同じ装飾品を身に着けていたことから、ある専門筋では宗教によるものではないかと……」
それを聴いて男は少しだけホッとした。メインキャスターの見解を聴く限り、自分のところに辿りつかないように思えたからだ。だが、安心したのも束の間、コメンテーターの女性が驚くべき発言をする。
「それって、どうなのかしら。その装飾品の入手経路を調べれば、わかるとは思いますけど……」
入手経路なんか調べられたら一発でサイトが見つかる。男はサイトを閉鎖しようとパソコンに向かった。
ドンドンドンと、玄関のドアを叩く音がし、ドスのきいた声が聴こえてくる。
「いるんでしょ? センテンス・スプリングって週刊誌の記者だけどさぁ、ちょっと話を聴かせてよ! おたくが販売してる“魔法のタリスマン”のことで」
これはヤバいと思った男は、とにかく逃げようと、窓を開けて飛び出した。
路地に面した場所に降り立った男だったが、彼の前にはカメラを持った男が待ち構えており、目が合った瞬間を激写される。
写真を撮られたことで、自分の顔が世間に公表され、非難を浴びる光景が思い浮かぶ。
男は全身から血の気が失せていくのを感じながらも、半ばパニック状態で走り出した。
ここにいてはマズいという強迫観念に捉われ、何処でもいいから早く、遠くへと無我夢中で走る。
気が付けば、男は車道に飛び出していた。
クラクションを鳴らされ、振り向くと大きなトラックが目の前に――
男が目を開けると、見知らぬ女性が自分を抱いていた。いや、女性らしき人物といった方が正確だ。男の視力は落ちてしまったのか、視界がぼんやりしているので、ぼかし処理を施した顔が目の前にあるのに近い。それも白黒だ。
視力が落ちただけではなく、トラックにはねられた衝撃で、色彩感覚が麻痺したのだろうと結論付ける。しかし、男の手は赤子のように小さくなっていた。
男が違う世界に転生したことに気付いたのは、判別できる色が増え、視野が広くなってからだった。どうやら、赤子というのは判別できる色が少なく、視野も狭いらしい。視力が落ちたとか、色彩感覚が麻痺したのではないと知り、少しだけ安心する。
歩けるようになると、母に手を引かれて裁判所へと連れて行かれた。裁判所と言っても、外観は西欧の教会のようで、中には長い椅子と机が幾つも並べられていた。男は建物の奥へと通され、演台の前へと押しやられる。
「それでは、前世裁判を始めます」
演台の後ろに立つ白い法衣をまとった男が言うと、建物内にいる者が一斉に立ち上がった。法衣の男は大きな鏡を演台に載せ、歌い上げるように言う。
「この神聖なる世界に、前世で悪しき行いをした者が転生していては、いずれ世の理を乱す存在となりましょう。天よ、どうか新たな命を見定め下さい」
その言葉に呼応するかのように、天から光が降り注ぎ、大きな鏡に何かが映し出される。それは男がタリスマンを封筒に入れながら、ほくそ笑む姿だった。
「こいつ、転生詐欺師よ! 望んだ世界に行けるなんて、真っ赤な嘘じゃない! 私を好きなイケメンは何処よ!?」
男の後ろにいた幼女が叫ぶ。彼女は男が売りつけたタリスマンを持っていた。ちなみに等級は松だ。
「ほぉ~、では彼が話にあった……」
法衣の男が顔をしかめて言う。彼の手にもタリスマンが握られている。等級が竹のものだ。
「これに見覚えがありますよね? そうです、あなたが売っていたものの複製品です。騙された方の話を聴いて作ったんですよ」
「俺をどうする気だ……」
まさかの展開に男は恐れおののく。
「さきほど言いました通り、天に見定めてもらうのですよ。天よ、この者に判決を!」
「死刑!」
即答だった。
だが、答えているのは集まっている人々で、個々に“死刑”を口にしているだけである。
「あぁ、なんてことなの……。痛い思いをして生んだのに……」
男の傍で母が泣き崩れていたが、死刑コールは止みはしなかった。白い法衣の男は大きな杖を取り出すと、真上に突き上げて叫ぶ。
「死刑執行! 来たれ、白き鉄槌」
母は泣きながらも男から離れ、彼には豆腐のような塊が幾つも降りかかる。豆腐に見えたそれは非常に硬く、男はその角に頭をぶつけて再び死ぬこととなった。
男が目を開けると、周りには見たことのない機械が置かれていた。どうやらカプセル状の透明なケースに入れられているらしく、体を動かすとクッション性のある何かにぶつかる。またしても色が無く、視野が狭まっていた。
また転生したのかと思い、男は溜め息をついた。
その世界は元いた世界よりも科学技術が発達したところで、男が入っていたのが育児用のカプセルだと知る頃になって初めて、父と母に会うことになった。どうも、この世界では立って歩けるようになるまで、機械によって育てられるのが普通らしい。
初めて会った母は、男をカプセルから出して言う。
「初めまして。私が、あなたのお母さんよ。これから能力診断と適正チェック、あと前世確認をしますからねぇ~」
“前世”という単語を聴いて、男は嫌な予感に身震いした。
「そんなに怖がらなくても平気よ。ちょっとね、確かめるだけだから。あなたが転生詐欺という犯罪を犯していないか。重罪だから、一応の確認よ」
「犯していたら?」
「勿論、死刑よ。大丈夫よ、だって見覚えないでしょ? こういうのに」
新たな母が取り出したのは、魔法のタリスマンだった。等級は梅である。
「そ、それは……」
このままでは殺されると思い、男は母からタリスマンを奪って逃げだした。大きなビルの中を駆けまわっていると、ベランダになっている場所を見つける。
ドアを開けてベランダに出ると強い風に頬を殴られる。風の強さによろけて下を見ると、そこには雲が広がっていた。どうやら地上が見えないほど高いビルにいるらしい。道理で息苦しいわけだと思いながら、ベランダの端へと移動する。
ここでも転生詐欺は重罪。二度あることは三度あると言うし、また転生しても死刑が待っているかもしれない。だったら、転生詐欺で死刑にならない世界に転生する以外に、この絶望のループから抜け出す手段はない。
「一体、どうしたら……」
ふと、自分の手を見ると、咄嗟の勢いで奪った魔法のタリスマンがあった。
もう、これを使うしかないのかと思うと、幼女が持っていた松でやればよかったと思えてくる。
男はタリスマンを首から下げると、ベランダのフェンスをよじ登って飛び降りた。
地上に向かって落下する中、“スカイダイビングって、こんな感じなのか”と思いながら、死刑にならない世界をイメージして叫んだ。
「お願い、助けてタリスマン!」
それは魔法のタリスマンの使用説明書に書かれている言葉だった。無論、それを書いたのは彼なので、効果のほどは知っているはずだが……。
彼の目には、ビルのガラスに映る自分の姿が見えていた。彼が言うところの“お願い、助けてタリスマン”と言って飛び降りるバカの姿だ。