1-6『後悔した時にはもう間に合わない』
道中少々迷ったものの、なんとか無事に下山出来た。
どうやら、あの神殿は山の裏の方の面倒くさい位置にあったようだ。村まで戻ってくるのに結構な回り道をしてしまった。
「あ、あの……流石に恥ずかしいので、下ろしてもらえます?」
今俺達は、丁度先生が課題の説明をしていた村の入口に来ていた。周囲には課題を終えて戻ってきたらしい一年生が何人もいる。
しかし、なんだかバタバタした様子で騒がしい。何か事件でもあったのだろうか?
「あの、言い出したのは私ですけど、こ、ここまで来たらちょっと、下ろして欲しいです。視線が、視線がですね?」
辺りを見回すと、髭面で難しい顔をしている先生を見つけた。とりあえずは報告だな。と、先生に近づいてく。
「おっダスク、お前来てたのか。珍しいな。背中のはなんだ? 新しいプレイか?」
「プレイじゃないです! 全然プレイじゃないです! 下ろしてもらえないんです、助けてください!」
「ようようご無沙汰振りだな先生。聞いて驚けよ、なんと俺は今回、ノルマの三倍の量の兎石を集めたんすよ! ものすごいでしょうこの成績は。こりゃもう俺は大魔導師と呼ばれて差し支えないっすね。世紀の大魔導師ですね」
「あの! 無視しないで下さい! そろそろ、本当に、勘弁して下さい! お願いですから!」
背中で暴れ始めたリタ。面倒だなぁ、と思いつつ俺が手を離してやると、リタは急に支えを失ってべちゃりと地面に落っこちた。恨めしげな視線を向けてくるが、堂々と無視する。
「しかし、騒がしいっすね。何かあったんすか?」
「ああ、まぁな。この山の神殿に祀られてる女神像があるんだが、どうやらそれが動き出したらしい」
動き出した? 頭の中でクエスチョンマークが浮かぶ。
その後、急激に冷や汗が吹き出してきた。
いや、え? どういうこと? 動き出した? 何が? なんで?
「えっ……え、なんで、ですか?」
「ん? ああ、この集落では、山の神として豊穣の女神って女神様を信仰してるんだよ。それで、山に神殿と女神像が祀られているんだが、どうやらその像、魔導石像になってたらしくてな。前回のその女神像への供物集めの時にそのことは分かってたんだが、村の人の信仰の対象を壊すわけにもいかんし、そのままにしておいたんだ。まさか、今回動き出すとはなぁ。予め、ちゃんと壊しといた方が良かったのかもしれん」
なんだそれは。初めて聞く情報だぞ。ちょっと重大すぎない?
リタが焦ったような表情で俺を見ている。やめろ、見るな、俺たちには何も関係のないことだ。何の関係もないはずなんだ。
「その、それ、どこ情報っすか? 見間違えた、とかそういうんじゃないんで?」
「歩いてる女神像を遠くから見たってペアがいるんだよ。くぐもった声で怒鳴りながら歩いてた、って話でな。とにかく怒った様子でな、運よくペアの片方が魔導石像を知ってる奴だったから、一目散に俺まで伝えに来た、ってわけだ」
怒った様子って。怒鳴りながら歩いてたって。
あっ、やっべぇ。なんかもう心当たりありすぎる。
「あ、あの……ゴ、魔導石像って、どういうものなんですか?」
控えめに手を上げながら、リタが聞いた。「あー」と言って、先生が説明し始める。
魔導石像。物語で動く石像と描かれるそれは、よく動鉱物と混同されるが、全く別種のものだ。
動鉱物は普通に生殖を行う生物であるのに対し、魔導石像はそもそも生物ではない。精巧に作られた人形や石像に、魔力が宿って動くようになったもの。それが、魔導石像だ。細かい原理は知らんが、普通命あるものに宿る魔力が生物の形を模した石像に宿ることによって、動くようになるんだそうだ。
基本的には人が作るものだが、こいつはたまに自然発生することがある。精巧に作られた石像が、周囲のものから魔力を吸って、動くようになるのだ。ダンジョンとかに出てくる魔導石像は大抵がこれだ。
特徴として。総じて、強靭で、強い。具体的に言うと、熟練冒険者でもダンジョンで出会ったらなるべく避けるレベル。つまり、俺たちみたいな落ちこぼれ二人が戦ったら、まず間違いなく全滅するので、全力で逃げ出さなくてはいけないレベルだ。
リタはその事実を聞いて、ぽかーんと口を開けている。
(えっえっ、でもだって、あの時は動いてなかったですよね?)
(物語の魔導石像だって突然動くだろ。基本は兎石みたいにじっと動かないんだよあいつら。外から何らかの刺激があると動く……みたいな、感じなんだが)
嫌な予感しかしない。『何らかの刺激』とかぼかす必要なく、原因は絶対アレだろ。
……そして俺は、もう一つ懸念があった。
「先生。例えばなんですが」
「なんだ?」
「例えば、魔導石像が動いた責任が、生徒の誰かにあったら?」
じっとりと俺を見つめる先生。
「や、やだなぁ、例えば、の話ですって……」肩をすくめて笑ってみせる。見ればリタは引きつったような笑いを浮かべていた。バ、バカお前、もう少し自然に笑えって。
「まぁ、不運な巡り合わせって奴だな。一応事前の説明で近づくなとは言っておいたんだが、道に迷って近づいちまった奴がいるのかもしれない。だからどうこうってことはないさ」
やっっべ。説明してたのかよ、なんだよ前回は説明なかっただろ。リタがあからさまにほっとしたような顔をしているが、いやでも、一応、一応これも聞いておかねば。
「じゃあ例えば、その生徒が、なんか、悪意を持って魔導石像さんを怒らせるようなことをしてたんだとしたら……」
どこか呆れたような表情で俺を見つめてくる先生。「例えばですって!」なるべく明るく聞こえるような声で付け足す。大きくため息をついて、先生は言った。
「まぁ……最悪、退学かな」
「よぉしリタ! そんな危ない奴を放って置くのは良くないよな! 治安維持の観点から非常に危険で危ない! ここは他の一年生を守るために、上級生である俺と上級魔道士であるお前のペアが、そいつを討伐するべきだよな!」
「えっ、え?」
思考の追いついてない様子のリタ。ぽかんとした表情の彼女に、た・い・が・く、と先生に見えないように口の形を作ってアピールする。
「だ・よ・な!?」
「はっ、はい! そうですね! たいが――せ、正義の上級魔道士として、罪のない人々が傷付くのは見過ごせませんね!」
「と、いうことで! 僕たちは魔導石像の討伐に向かいますので! 先生は他の一年生たちをそいつに近づけさせないようにしてください!」
ぐっと拳を握ってアピールする俺に、先生は眉をしかめた。
「一応、学院から応援呼んで討伐する予定だったんだが……」
「大丈夫! ここにいるのは学院一位の魔力総量を持つリーゼロッテ・エーレンベルグと、魔法学院四年生、熟練中級魔道士の俺、ダスク・クラインですよ!? 何も心配いりませんから俺達に任せておいてくださいって!」
「そ、そうですよ! 私達がなんとかしますから!」
がじがじ、と頭を掻く先生。任せておいてくれ。頼むから本当に。マジで。瞳を上げて俺を見た先生に、俺はぐっと親指を立てて返した。はぁー、と先生が大きくため息を付く。
「一応お前だから心配はしとらんが……」
「大丈夫ですよ! マジ心配いりませんから!」
「何かやりたいことがあるなら止めん。だが、危なくなったら逃げろよ。どうせ俺たちも討伐隊作るんだ、無理せん程度にな」
「はっはっは、大丈夫ですって。引き時くらい見極めますし、なんせ俺らは最強ペアなんですから。先生たちは大船に乗った気持ちで構えててください。出来れば気持ち遅めに待っててくれて、ほどほどなところで助けに来てくれると嬉しいです」
「リーゼロッテには怪我させんなよ。大事な一年なんだから」
「俺は大事じゃねぇと!? あ、ああいやいや、当然ですよ怪我なんてさせるもんですか。彼女には後衛でアタッカーを担ってもらいますから。なぁリタ?」
「えっ、あっ、はい! だ、大丈夫です! 心配ないです!」
再び、一際大きくため息をつく先生。
「じゃあ、まぁ……いい。行って来い。死ぬんじゃねぇぞ」
気持ちいいほどの苦笑いで、俺とリタはその言葉に応えた。