1-4『返らないしっぺはない』
「下w級w雷w撃wしwかw使wえwなwいwwww」
適当な休憩場所を見つけ、リタから諸々の事情を聞いた俺は。
その場で、もう腹が折れるかってくらい笑い転げていた。
「下級雷撃! 下級雷撃ですよキミ! 下級ですよキミ下級! 殺傷能力なくて戦闘では全く頼りにされないシリーズ! 中級使えませんと普通まともな魔法使いとは認めてもらえませんよ! 初級魔導師脱却の必須スキルですよ中級魔術は! アレですか、その魔力で初級魔法使いですか! 学年一位! 学年一位の魔力総量を持つ初級魔法使い! いやーちょっとどうやったらそうなれるのか伺いたいですねぇ!」
「だからぁ……だからバラしたくなかったんですよう……」
対するリタはと言うと、頭を抱えてこれぞ絶望ですって表情で俯いていた。哀れである。まさしく哀れの極みである。
彼女の出生を話そう。
地方貴族の三番目の子どもとして生まれたリタ。地方とはいえ貴族は貴族だ。その子供は当然様々なことを教えこまれ、社交なり政治なり、家の役に立つように育てられる。
はずなのだが。
リタは、そのあらゆる様々なことに対して、とてつもなく才能がなかったのだ。
勉学の才能がない。笑えるくらい暗記が下手くそな上、応用力もゼロ。働き手としてなら役に立てるかと思えば、背も伸びず力も弱い。トドメのように不器用。あらゆる場所で役立たずの烙印を押され、もうなんか色々とダメだと思っていた時、出会ったのが、魔法であった。
魔力総量を幼い時に測ってもらったところ、なんと彼女は通常ありえない驚くべき魔力量を秘めていたのだ。更に更に、魔法の初期適性が雷撃。他と同じように何を使おうとしても雷撃になるパターンだったが、それでも雷撃適正はとてつもなく珍しい。
リタは魔法の才があったことをいたく喜んだ。教えてもらった下級雷撃を毎日嫌というほど練習し、魔法の鍛錬に励んだのだ。
が、生来の不器用は魔法にまで災いした。中級魔法や適性以外の魔法は、魔力操作の工夫によって出来るようになっていく。が、リタはその魔力操作というのがてんでダメだった。
純粋に雷の魔力をぶつければいいだけの下級雷撃はまぁ出来た。だが発動に工夫の要る中級雷撃や上級雷撃は、いくら頑張っても全く使えるようになることはなかった。ついでに言えば、知識もないので下級雷撃以外がどんな魔法かも知らない。
毎日下級雷撃を使い、下級雷撃の威力を上げ、魔力総量を増やすだけの日々。
かくして、学院一位の魔力総量を持つ、下級雷撃しか使えない初級魔法使いは出来上がった。
「で、でも! 全力全開で放てば下級雷撃だってめちゃくちゃな威力が出ますし! 私の身長より大きい大岩をバラバラに出来るんですよ!」
「でも近距離にしか届かないんだろ?」
「そうですけど! そうですけど、でもものすごい破壊力なんですよ! 私はこの魔法に名前を付けました。『アイアスの伝説』に登場する超威力の攻城兵器から名前を取って、その名も『パイルバンカー』。その威力は大岩を粉々にするに留まらず、撃った私の腕に大やけどを負わせ、数分間失明させて、三回に一回は鼓膜を破るほどです!」
「デメリットしかねーじゃねーか」
俺の突っ込みにリタは口をつぐみ、人生の終わりみたいな顔をして俯いた。逆に俺は下級雷撃をそれだけの威力にしてしまったのに驚きだ。普通火傷した時点で何かおかしいと気付くだろうに。
「つーか鼓膜は大丈夫なのか?」
「怪我の治りは早い方なので……」
俯きながらリタはぼそぼそと言う。鼓膜って治るもんなのか。どんぐらいで治るのかと聞こうと思ったら、ぼろぼろとリタが涙を流していることに気付いた。
「あーまぁその……なんだ? そう気を落とすなよ。誰だって魔法学校入った直後は初級くらいなんだって。というか初級だったらいい方なんだ。だからほら、泣くなよ?」
「ぅぅ……いいじゃないですか、嬉しかったんですもん……。一位取って、上級って言われて……。ちょっとくらい、えっぐ、夢見たって、いいじゃないですか……すごいって言われて、嬉しかったんですよぅ……」
うわー、悲痛だ。とはいえ、言いたいことは分かる。魔法学院入ってすぐ「もしかして天才?」って持て囃されたのだ。そんなことされれば、俺でなくても調子に乗ってしまうだろう。
いよいよ本格的に可哀想に思えてきた。こいつがデキる上級魔導師でないと分かれば、俺も邪魔する必要はないわけで。うーむ。とりあえずと、生温い目でリタを泣き止むまで見守ってやった。
「はぁ……同級生からも羨ましいって眼差しで見られてたんですよ? それがもう、これ、これで終わり……」
ぼそぼそ言いながらリタは俺の後ろを付いてくる。一方俺はショートソードでばさばさと進む先の枝を落としながら、手際よく山の奥へと歩を進めていた。
「そんなもんだ。いいだろ、一時はいい思いできたんだから」
「ダスク先輩、他のみんなには黙っててくれませんか? もうちょっとくらい、私だって夢見てたいです……」
「嫌だね。帰るなり出来る限りの一年生を捕まえて、お前の笑い話を演技交えて実演してやる」
「うぅ……ダスク先輩、ちょっと性格悪くないですか……?」
山に入って約半日。俺達は結構な山奥へと進んできていた。兎石は見かけるには見かけるのだが、数も減っているし起きててすぐ逃げる奴ばっかりで、収集の進み具合はさっぱりであった。おそらく、他の一年グループが通り過ぎた後なのだろう。
俺の籠の中にいる兎石は、七つか八つ程度。リタの方は一つだけだったはずだ。ノルマにはまだまだ及ばない。
「学校一位……一位ですよ? ちょっとくらいいい思いしたってバチは当たらないじゃないですか……。ダスク先輩のけち」
リタはと言うと、あれからずっとこんな調子であった。ぶーたれた顔で嘆きと小言を繰り返す。調子に乗った奴が綺麗に足元を掬われて、俺としては満足なことこの上ないのだが、しかしリタとしてはまだ夢を見ていたいらしい。夢は覚めるからこそ夢だというのに(笑)
「一位なのに……紙の上でだけなら最高評価じゃないですか。別にそんな、下級しか使えないことバラさなくったって……」
「一位だからこそバラすんだよ。一位のお前には正当な評価を受ける義務があるのさ」
ぶつぶつと呟くリタににやけ面で言い返してやれば、リタは紙を手に持って悲しげにそれを見ていた。何かと思って覗き込めば、校内魔力総量順位表である。
「よく持ってたな」
「ポケットに入ってたんです。嬉しくって、貰った時からずっと入れてて……」
そういや確かに、学校販売のローブにはポケットがついてたっけか。――んん? 魔力総量順位表?
「へへ……私の栄光はもうこの中にしか――」
「いやあそれはお前ちょっとよくないよダメだって!」
俺は叫んで順位表を引っ掴む。リタはぽかんとした顔をした。
「過去の栄光にすがっちゃダメだよ! そう未来を見据えて歩いていかなきゃあ! だからお前その紙は俺に渡せ? もう見るのはやめとけお前、な? ちょっと俺に渡せ?」
「ええ!? い、嫌ですよそんな、紙の中でくらいいい気分に浸ってたいじゃないですか! なんですかちょっと掴まないで下さい紙破れちゃいますから!」
奪おうとする俺に抵抗し、紙を引っ張り返すリタ。
「いいから! そういうの別にいいから! 早く俺に渡せって! 見ない方が幸せになれるから!」
「なんですか先輩ちょっとおかしいですよ! どうしたんですか急に!」
全力の抵抗が中々のもので、順位表は奪い取れない。何かって決まってるだろう、その紙は見ちゃいけないんだよ! 特に下の方!
「やめてください危ないですって! なんなんですか、何か見られたくないものでもあるんですか!」
「はあああああああ!? あるわけねぇじゃんしそんなもん! ねぇよ!? んなもんこれっぽっちもねぇよ!? ねぇけどいいから渡せってぇぇぇ!」
「言いながら引っ張るのやめてくださ――」
取り合いになっている最中に、リタが突然紙から手を離した。
突然のことにバランスを崩し、なんとか体勢を整え転ばずに堪える。見ればリタは驚いたような顔をして、俺の手に収まった順位表を見つめている。
見つめ合い、数秒。
そっと俺がポケットに紙をしまい込もうとすれば、それに飛びつかれた。
「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!」
順位表の下辺りを掴んでリタは叫んだ。
やっべ。やっっっべ。
俺は紙から手を離し、素知らぬ顔をして元の方向に歩いて行く。
「最っ下位じゃないですかああああぁぁぁぁっ!!」
数歩も進まないうちにリタが俺の前に回りこんできた。突きつけられる順位表、リタが指さした先にはダスク・クラインの文字があった。ご丁寧に、カッコ付けして最下位って書いてある。
「……はっはっは」
いかにも意味ありげに笑ってやったら、腹をぶん殴られた。さっぱり痛くないが、何度も何度もぼかぼかと殴ってくる。ちょっと、ちょっと、や、やめてくれ。
「最下位! じゃっ! ないですか! 全然、魔法、上手くないじゃないですか! 先輩だって初級なんでしょう!?」
「い、いやお前、中級とか目じゃないとは言ったけどさ、俺自身が中級だとか上級だって言ったわけじゃないし……」
「否定しないじゃないですか! 先輩初級なんでしょ!?」
「ま、まあ、そうね? 初級よ? 紛れもなく初級よ? だけどまぁ待てって、人間的魅力とかそういうのだってある」
「落ちこぼれじゃないですかっ! 散々私の事バカにしといて、先輩だって初級じゃないですか! 私以上の落ちこぼれじゃないですか! なんなんですか、なんで私あんなに言われなきゃならなかったんですか! 先輩の方がひどいっていうのに!」
「はあああ!? そりゃお前確かに俺は言ったよ!? お前のことをこの上ない稀代の落ちこぼれだと! 魔法学院始まって以来のおもしろびっくり初級魔導師だと! 俺の持てる語彙の限りを使ってバカにしたよ!? だがそれとこれとは話が違う! 人をバカにする時は自分のことを棚に上げないでどうする!」
「棚に上げないでくださいよ! て、ていうか、そんなにひどくバカにしてたんですか? ちょ、ちょっとショックなんですけど……」
「はああああ!? お前人をバカにできる時は最大限バカにするのが礼儀だろうが! 例え俺が戦闘ではお前以上の役に立ずだとしても! 人の揚げ足を見つけたならば、全力で取るのが俺の流儀だ!」
「胸を張って言わないで下さい!」
リタはぼこすかと俺の胸元を殴ってくる。まったく効かない、俺は無視して先に進んでやることにする。
俺の後ろになる位置に移ったリタが、今度は「ばかー!」とか「あほー!」とか騒ぎながら背中を殴ってくる。
「最下位ー!」
「そういう心に来るのはやめろ初級魔法使い!」
殴ってくる手を掴みながら言ってやれば、リタは涙目のまま蹴ってきた。くそ、器用なやつである。
「先輩こそひどいことばっかり言うじゃないですか! ばか! 先輩なんて呼び捨てて十分です! ダスクです! ダスク! ばかダスク! あほダスク! 人間のくず!」
「人間のクズは流石の俺でも凹むぞ!」
とめどなく叫び続けるリタを引きずりながら、俺たちは山の奥へと進んでいった。
課題達成の目処は、立たない。