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夢はでっかく大魔導師!  作者: 木材
第1話『大抵やりたいことの才能はない』
3/9

1-3『急いでいる時の足元ほどおぼつかないものはない』

「『エーレンベルグ』って結構珍しい名字だよな? 『リーゼロッテ』も長くて上品な感じの名前だし、やっぱ貴族の出なの?」

「あ、はい……地方貴族ですけど、一応……」

「しかし『リーゼロッテ』って長くて呼びにくいな。さっきから口に出す度に思うんだよ。なんか愛称とかねぇの? 友達相手のニックネームとかさ」

「そ、それなら、『リタ』って呼んで下さい。家ではそう呼ばれてました……」

「へー、リタ? 珍しいな。リーゼロッテなら、リーゼとかリズとか、そういう愛称になりそうなもんだがなぁ」

「姉がリズだったので……ていうかあの……」

「ん? どした?」

「今って、喋ったらまずいんじゃないですか……?」


 実習先にて。

 一年生の集団の前で、今はヒゲ先生が課題を説明していた。その集団の後方で、俺たちは大声で雑談をしていた。一年生の半数は真剣な様子で先生の話を聞いており、もう半数は俺たちにちらちら不可解気な目線を、あるいは不快気な目線を向けていた。


「ああ、気にするこたねーよ。説明なんて聞かなくても内容は俺が知ってるんだ。そもそも上級魔導師にとっちゃ課題なんてあってないようなもんだろ? お前は気楽に無駄口叩いてればいいんだよ」

「そ、そういうもんですか……?」


 リーゼロッテが不安げに周りを見渡す。辺りにはのどかな田園風景と農家の家々があり、家々の向こうには木の生い茂った山が……いやまぁ、もちろんリーゼロッテが見ているのは、周囲の一年生たちだ。しばらく見回した後に、彼女は申し訳無さそうに目を伏せる。まったく、上級魔術士のくせに卑屈だなー。堂々としてればいいのにまったくー。


 さて。こいつを悪目立ちさせる計画はなかなか上手く行っている。俺は心の中でほくそ笑んでいた。




 ここは魔法学校から馬車で一時間程度の山の麓の村。名前は確かオーソンだったかオーエンだったか。ここが、今回の野外実習の舞台であった。俺は以前来たことがあり、その時の授業内容も覚えていた。片手間に聞いていた先生の話の範囲でも、内容は変わっていないようだった。


「『兎石(うさぎいし)』っていう石を集めるんだ。灰色でこぶし大の丸っこい石で、兎みたいに、耳っぽい膨らみとしっぽみたいな膨らみがあるのが特徴。一人十個がノルマだから、もらった籠半分くらいまで拾わなきゃいけないわけだな。何か質問は?」


 腰につけた籠を叩きながら、隣に座るリタに声をかける。


「ぜはー……ぜはー……はひっ、はあ……はぁ……」


 対してリタは息苦しそうな喘ぎ声を返してくる。汗をだらだら流しながら、座っている木の根の幹に寄りかかっていた。


「課題って……ぜは、いつもこんなにきついんですか……?」

「いや、お前の体力が無いだけだ」


 俺の言葉に、リタは惨めな顔をして俯いた。


 兎石集めの課題は、山に入って行われる。というのも、兎石が山の中にしか落ちていないからだ。もちろん、全一年生は山登りをしながら課題をこなしていくこととなる。俺達も他のグループに負けまいと木の生い茂る山の中へ分け入ったのだが、ものの数十分歩いたところでリタがダウンしたのである。なので、こうして今は休憩を取っていたわけだ。


「だって、今まで外での力仕事とか、やったことなかったんですもん……」


 俺の水筒から水を飲みながら、拗ねたようにリタが言う。タオルを渡せば、彼女は申し訳無さそうに顔を拭く。


「しっかし、野外実習に出るのに何の装備もなしとはなぁ」

「反省します……」


 リタの様子はと言えば、塩をかければそのまま消えてしまうんじゃないかと思えた。服装は、学校で着ていたローブそのまま。その下に上下は着ているようだが、手ぶらなのが外出慣れしてない様を表している。現状持ち物は腰の籠とタオル(俺のもの)だけで、まぁつまりは着の身着のままだ。


「……にしたってダスク先輩も、そんなに持つ必要あります? 一年生には用意できないですよ、そんな装備」

「元冒険者だからな。事前準備は入念に、だよ」


 一方俺はというと、冒険者然とした装備一式を身に纏っていた。厚手で丈夫な地の長袖に長ズボン。リュックとウエストポーチには、ロープやら火打石やら、冒険者時代の装備品がそのまま入っている。極めつけは腰のベルトに差してあるショートソードとダガーの存在である。冒険者ギルドで依頼を漁っていても不自然でない、物騒な格好だ。リタの言う通り、野外実習にしては少々重装だった。


 まぁこれは、不自然でない範囲で的確にこいつを課題に失敗させるために、便利そうな物を全て持ってきたためだった。条件が違う以上、重装備になるのもやむなしなのである。


「さて、十分休憩したな? そろそろ行くぞ」

「……はい」


 情けなさそうな顔をしてとぼとぼと付いてくるリタ。うーむ、これを見る限り、放っておいても勝手に失敗しそうなのだが。


「何か、探しものを簡単に見つける魔法ってないんですかね? 先輩、そういうの使えませんか?」

「はあ? ねーよ、馬鹿なこと言ってんな。初級が炎熱、中級が冷気、上級が雷撃。魔法の種類はこんだけだ。魔法学の基本だよ、上級魔導師なら知ってんだろ?」

「あっ、えっ? あ、は、はい! し、知ってますよ……?」


 狼狽えて答えるリタ。知らねーなこいつ。まぁ、魔法の才能と学は比例しない。魔法学院以外ではそう勉強出来る場所もない、簡単に雷撃まで使えてしまったなら、もっと魔法の種類があると誤解もしようか。……自慢じゃねーか。


「いたっ! 何するんですか!」

「でこピン」

「何をしたか聞いてるんじゃないです!」


 矛盾したことを言うリタを尻目に、俺は木の根を越えて先へ歩いて行く。リタは慌てたように後ろを付いてくる。何度か木の根につまずいているが、なんとか転ばずに耐えているようである。


「……見つからないですねー、兎石。本当にあるんですかね、この山に」

「は?」

「え?」

「いや、あるぞ? さっきからちょいちょい転がってるけど」

「ええええええええええっ!?」


 驚くリタに、手近な草の根をかき分けて兎石を見せてやる。金槌を取り出して兎石を一度強く叩き、拾って籠に入れた。リタは、その様子を呆然と眺めている。


「分かってるんなら拾ってくださいよおおっ!」

「や、いつ気付くかなと思って」

「『いつ気付くかな』じゃなくて!」


 詰め寄って殴ろうとしてくるリタを頭を押さえて止める。

 まぁ、いつ気付くかなというのはジョークとしても。わざと言わなかったのは当然、こいつを陥れる作戦の一つだったためだ。少々卑怯とは思ったが、やると決めれば俺は容赦しない男なのだ。甘んじて受け入れてくれたまえ。


「……他にもあります?」


 不貞腐れたような顔をして、リタは辺りを探し出した。まぁ、自分から探すというなら、方法を教えるのもやぶさかではない。


「ああ。草の影とか葉の下とか、そういう所に隠れてることが多いんだ。だから慣れないと見つけにくいんだよ」


 リタが雑草をかき分けて探しているが、見つけられないようだ。そうしている間に俺は二つ目を見つけ、叩いて籠に入れる。


「あと、あっちに崖……っつーか壁みたいなとこがあるだろ? そこに穴が開いてるから、その中に入ってたりもする」

「穴?」


 俺が指さした先にあったのは、がけ崩れの後の地面のような、茶色がかった土の斜面だった。少し遠いが、いくつか穴が開いてるのが見える。


「なんで穴なんか……」


 ぶつくさ呟きながらリタがそちらへ歩いて行く。俺も後ろに続く。地面は木の根の露出だらけのものから、茶色の土が露出するものへ変わっていた。


「土が柔らかいんだよ。だから穴が開けやすいんだ。ああ、気をつけろよ。地面も同じ土だから、落ち葉が積もって天然の落とし穴になってるとこがあるぞ」

「え? わっ」


 言ってる間に、リタが片足サイズの落とし穴を踏み抜いた。転びそうになっていたので、フードを掴んで支えてやる。「ぐえっ」と呻いた後に、不満気に「ありがとうございます」と言ってきた。どういたしまして。


「あっ、ありました!」


 いくつかの穴を覗いた後、ある穴を覗いてリタが声を上げた。手を突っ込んで、兎石を引っ張り出す。嬉しそうな顔でリタは自分の籠にそれを入れようとするが、あー、それはまずい。


「おい、それ危ねぇぞ」

「え、何ですおっぶえっ!?」


 その瞬間、丁度石のしっぽの付け根、足の部分から兎石の両足が勢い良く伸び、リタの脇腹にキックをかました。ああ、悪い予感が思った以上に当たった! 兎石はその現れた両足でぴょんぴょんと器用に跳ねながら、俺達から遠ざかっていく。


「おい、大丈夫か! 逃げられた、追うぞ!」

「えっ、なっ、えっ……?」


 目を白黒させるリタに平手を打ち正気に戻し、立ち上がらせる。くそ、もう既に結構遠いところまで行ってるな。


「思ったより速ぇ。走るぞ、行けるか?」

「えっあれ、なんなんですか!? 石なんですよね、兎石って!?」

「はあ? 何言ってんだお前」


 ああ。そうか、こいつ説明聞いてないんだっけか。



 動鉱物。そんな風に呼ばれる生き物が、世の中には存在する。動物は肉と骨を体にして動くが、動鉱物はその代わりに鉱物を体にして動いている。柔らかい鉱物や硬い鉱物が、肉や骨の代わりをしているのだ。珍しい生き物だが、伝説というほど稀にしか存在しないわけではないし、群れているところには普通にたくさんいる。

 そして、それら動鉱物は、もちろん普通の動物のように割とバリバリ動く。


「んで、兎石は活動期と休眠期――起きてる時と寝てる時とがあってだな。寝てる時に強い衝撃を与えて気絶させないと、起きて勢い良く逃げられるんだよ」

「そんな大切なこと、最っ初に言ってくださいよぉっ!!」


 リタが珍しく大声を上げている。声の距離からすると、前を走る俺に必死で付いてきているみたいだ。木の根を飛び越えながら、俺も聞こえるように大声で返す。


「先生が言ってたぜ?」

「ダスク先輩が聞かせなかったんじゃないですか!」


 付いてくる声からすると転んでもいないようだし、やればできるじゃないか。前を跳ねていく兎石とは付かず離れずの距離だ。木の根がなくなって茶けた地面になった。しめた、と俺は速度を上げる。


「ま、恨むなよ! お先に行かせわあああああぁぁぁぁぁ!」


 突然、俺の体が肩まで落下した! でかい落とし穴を踏み抜いたのだ。手を穴の縁にかけて力を入れるが、土が崩れ、ああこれは数秒で上がれる代物じゃないな!?


「追え、早く! 急げ!」


 追い付いてきたリタに指示を投げる。リタは慌てながらも俺の言葉に頷いた。


「は、はい、わかひゃあああああぁぁぁぁぁ!」


 俺の少し前まで走ったところで、こいつも同じ大きさの落とし穴に落下した! くそ、何のコメディだ! 兎石はもう少しで木々の間に消え去ろうかという距離まで離れている。いや、だが、この距離なら……。


「リタ! 魔法だ! この距離ならぎりぎり届く! 雷撃でも何でも使って気絶させろ!」

「えっ!? しょ、下級雷撃(ショック)じゃ届きませんよ!?」


 慌てた様子でこちらを振り返るリタ。歯痒い思いを押し殺しながらも、俺は大声で叫ぶ。


「じゃあ中級だ! 中級雷撃(ライトニングアロー)! 中級炎熱(ファイアボール)でも中級冷気(フロストバレット)でもいい! 全速で飛ばせ!」


 リタは歯噛みをしつつも、兎石に向かって腕を伸ばした。伸ばした腕から雷撃が放たれる。派手な音と閃光がして、リタの放った雷撃は兎石から逸れ、近くの木の枝を黒焦げにした。


 ……。


 兎石はもう見えなくなった。腕全体を使って穴から這い上がり、俺は考える。うん、さっきのは下級雷撃(ショック)だな。中距離までしか飛ばないやつ。すぐ近くの木に向かって逸れたもんな。届かないから俺は中級使えって言ったのにな? 俺は穴に入ったままのリタの顔を覗き込む。


「どういうことなんですかねぇ?」

「……」


 目を逸らされた。目線の先まで回りこむ。


「……」

「……」


 逸らされる。回りこむ。

 逸らされる。回りこむ。

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