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夢はでっかく大魔導師!  作者: 木材
第1話『大抵やりたいことの才能はない』
2/9

1-2『すごい奴ほど弱点は大したものじゃない』


「あぁ……」


 翌日。学院の総合掲示板に張り出されている紙を見て、俺は思い出した。


『野外実習』


 実地での実践的な訓練により、実戦での魔法の使い方を覚える。という名目で、学校の外で行われる授業だ。


 まあ、早い話が危険度の低い低ランクの冒険者の仕事である。近隣の村で荷運びをしたり、遠くの街まで出向いて清掃活動をしたり。まあ、その時々によって色々やる。そんな難しいことでないし、危険も少ないが、地味で面倒くさい作業ばかりだ。というか、作業に魔法なんて関係も必要もない。名目うんぬんよりは、学校が人手として生徒を使って収入を得ているんだろう。


 そういう事情もあってか、一年生は全員参加。二年生以上は忙しい奴も増えるので参加自由である。先生としては、勝手を知っている上級生の手があると便利なのだろう。とはいえ。


「ハッ! 出るわけねぇだろ、面倒くせぇ!」


 掲示板に向かって啖呵を切ると、隣にいた一年生らしき男女がびくっと身を縮こまらせた。

 上級生がこの授業に出て何の得があろうか。いやまあないとは言わないが、出先の関係者に感謝される程度。俺ももう四年。それだけのためにわざわざ面倒なことをしてやる義理はないのだ。

 学校ぐるみでの実習のため、今日は上級生も授業はない。俺は訓練用具室のマット上で一日中サボろうと心に決めた。




 訓練場の脇には、訓練用具室がある。まぁ訓練場で使う用具をしまっておくための場所で、ただのみすぼらしい小屋である。しかし俺にとっては、贅沢に使えるマットがあり、寮よりも近い、絶好のサボりスポットであった。

 いつもの感覚で扉を開けようとして……。がちゃり。鍵がかかっていることに気づいた。


 んん? ここの鍵は内側からの古びた閂だけだったはずだが。いや、外からの閂もあるにはあるが、明らかに外れている。中に誰か居るのか? 聞き耳を立ててみるが、人が作業しているような音は聞こえず。

 ま、いいか。少し考えたが、たぶん何かの拍子に中の閂がかかってしまったのだろう。古い鍵なんだ、この際壊してしまえば丁度良いい。と、そう俺は考えた。


 扉から離れて、助走距離を取る。走って速度をつけ、扉に向かって跳び上がり、そのまま空中で両足を揃え、扉に蹴りを――ん? 今扉の裏でなんか物音がしたなまずい中に人いたのかでも今更勢い止められねぇどうしようか当たったら困るよな


「ふんっ!」


 どうしようもねぇや! 気にせずぶちかました。


「に゛ゃっ!」


 扉は派手な音を立てて跳ね開くと同時に、奥の何かに当たって鈍い音を立てた。そして奥の何かは、妙な声を立てて奥に倒れていった。


 ……やっちまった。


「あー……すまん。大丈夫か?」

「ひべ、らいりょうぶれす……」


 入っていけば、見知らぬ女生徒がうずくまっていた。だいぶ年下……というよりか、幼い感じの少女だった。くせっ毛でくすんだ色の金髪を短く切って揃えていて、目つきやら口元やらは丸っこい印象だ。歳は大体十二か三ってとこか。鼻をおさえていて、運悪くそこに扉が直撃したのだろうとは推測できた。


「悪いな、でも用具室の中で鍵閉めてるってのも悪いんだぜ? ここの鍵は元々――うおお!? 本当に大丈夫かお前!」

「うえ? おわぁっ!」


 顔を上げた女生徒の鼻から、ぼとぼとと鼻血が滴っていた。鼻から流れた血は、手と腕を伝ってローブの袖口に垂れている。


「ずっ、ずいませ……」

「あーあー手で拭くんじゃねぇ、ほら布やるから、これで鼻押さえろ。そんでそこのマットに座って下を向く。迂闊に息吸って血を吸い込まんようにしろよ。むせるからな」

「は、はい……」




 数分後。鼻に布を詰めたその女生徒が、俺に頭を下げてきた。


「あ、ありがとうございます。私、新入して来た、リーゼロッテ・エーレンベルグと言います。鼻血なんてあんまり出したことなくて、焦って……その、助かりました」


 お礼を言われた俺の方は、忍びない気持ちでいっぱいだった。いやいっぱいという程ではないが、原因が俺にある点で申し訳ない気持ちが割とある。まぁ、無闇やたらに謝るのも面倒だし、ほどほどに流すことにした。


「ああ、いいさ。元は俺のせいだからな。俺の方こそすまねぇ。で? そのリーゼロッテさんはここで何を?」

「あ、いや、その、えと、何を、と言うか、ですね……」


 俺の質問に、リーゼロッテとやらは目に見えて狼狽えた。何か後ろ暗いことでもあるのだろうか。いや、こんな狭い小屋に閉じこもろうとしたのだ、そりゃあ後ろ暗いことの一つや二つあるだろう。しかし、逆にこんな何もない小屋でどんな後ろ暗いことが出来るというのだ。


 うー、とか、あー、とか、なんとなーく説明しづらそうに、彼女はうろうろしている。目が合ったかと思ったら、すぐ逸らされる。挙動不審だ。落ち着かなげに丸っこいブラウンの瞳をきょろきょろさせる仕草は、完全に小動物のそれだった。


 ……。


 ブラウンの瞳?


「ああああああああああああああ!!」

「ひああ! な、ななななんですかきゅ、急に!?」


 ポケットから丸まった校内魔力総量順位表を引っ張り出す。広げて見やれば、その一番上にその名前は鎮座していた。



一位 リーゼロッテ・エーレンベルグ



「ああああああああああああああああああああああ!!」

「やっ、ちょ、ひっ、ごめんなさいごめんなさい! 謝ります、誤りますからゆるして下さい!」


 俺が詰め寄ると、チビっ子は頭を押さえて縮こまった。直前にされた目を逸らされる動作が、完全に記憶の中のそれと一致していた。こいつ――


「お前! 修練場で雷撃使った奴だろ!」

「すいませんすいません悪いことだとは分かってたんです! でもだって仕方ないじゃ……へっ? は、はい?」

「昨日の昼! お前修練場で雷撃使ってたよな!」


 こちらを見上げてくるチビっ子に、指を突きつけて問い詰める。指に怯えながらも、チビっ子は首をぶんぶん縦に振った。間違いない。こいつ。


 ――あの上級魔導師だ。




「上級魔導師ですかぁ~、えへへ、上級魔導師……。ま、まぁ、そうなっちゃうんですかね? 魔力総量も学校一位ですし、雷撃魔法を使えるんなら、そうなっちゃうってことでいいんですよね?」

「……まぁ、そうだな」


 改めて確認したところ、この小動物は、確かに修練場の雷撃の奴と同一人物であるようだった。信用ならなかったので小さい魔法を出させてみたところ、本当に指から雷撃が出た。少なくとも、上級なのは確定だった。


「上級魔導師かぁ~……今まで周りに魔法使いなんていませんでしたから、比べたことなんてなかったんですけど……。そうかぁ、上級魔導師ですかぁ~……えへへ……」


 それにしても、こいつの調子に乗り様がうっとおしい。


 俺が上級魔導師と呼んだら、こいつはやたらと調子に乗り始めたのだ。体をくねらせて、全身で照れと喜びを表現している。非っ常に、うっとおしい。控えめに言って、殴り倒したいほどムカつく。


「先輩は何位なんですか? あっ、そういえば名前聞いてなかったですね。聞いてもいいですか? なんて言うんです?」

「ダスク・クライン」

「……」

「……」

「……あの、順位は」

「なにか?」

「……す、すいません」


 俺の威圧に気圧されたのか、リーゼロッテは再び縮こまっていった。少しだけ溜飲が下がった。今なら倒れない程度に全力で殴るだけで許してやれる。


「ハッ、で? なんでしょうか上級魔導師様がこんなところでお一人で? お早く野外実習の授業にでも行ったらいいんじゃないですか? そんで好成績取ってこれからの覇道の第一歩としたらいいんじゃないですか? 俺はこれからここで静かに寝ますので? こんな凡愚には構わず、お好きに神話に名を残すなり伝説の悪竜を倒すなりしたらいいんではないでしょうか?」


 残りの不愉快な気持ちをぶつけ、しっ、しっと俺は手を振った。こんな奴に俺の一人の時間を邪魔されてはたまらん。ジェスチャーも表情も使って、出て行け、の意思表示をする。しかし意外なことに、リーゼロッテは目に見えて顔を青くしていた。


「え、ええ、そ、そうですね……。い、行きますよ? い、行きます行きます。野外実習ですからね……?」


 狼狽える姿からは行きたくない気持ちが容易に読み取れる。


「なんか行けない理由でもあんのかよ」

「……その。二人組じゃなきゃダメ、らしくて……」


 ああ。するってえと何か。


「上級魔導師様は、パートナーを見つけられなかったと」

「え、や、わ、ち、ちひゃいます! 申し込んでくる人はいたんですよ! いたんですけど……」


 そう言って、リーゼロッテは黙り込んだ。のっぴきならぬ事情があるらしい。まぁ素直に、こいつのコミュニケーション力不足が原因なんだろう。少し喋れば分かるが、こいつは話が下手くそである。……別にのっぴきなる事情だな。


「あんな実習なんてどうにでもなるっつの。集合場所に行きゃお前みたいにあぶれた奴がいるから、そういう奴見つけて組みゃいいんだよ。どうせお前なら課題は楽にこなせるんだし、相手とさして喋る必要もねぇだろ?」

「あっ! そ、そうですよね……上級魔導師ですからね……」


 俺は積まれたマットに飛び乗って、横になった。後ろからぶつぶつと不安げな呟きが聞こえてくる。


「あの……ダスク先輩……」

「ああ? なんだよ?」

「魔法とか……上手かったりします……?」

「はあ?」


 なんで今俺にそんなことを聞く必要があるんだ。そりゃまぁ、俺の魔力総量は一般的に見ればアレだが、いやまぁしかし


「そりゃお前、超上手いよ? 中級魔導師とか目じゃないよ? ワンチャンあれだよ、上級のお前よりもすごい魔法使えるかもしれないよ? それはもうアレだよ、世界取れるレベル?」

「あっ、相方とか組んでくれたりしませんか!?」

「はああああ!?」


 脈絡が分からん! 何故俺にパートナーを求める!


 ああいや、そうか。魔法の得意な上級生が相方なら、課題もより上手くこなせる、と。魔法が上手い上に授業の経験も持ってる奴がいるなら、頼りに出来るしな。


「ハッ、やなこった」

「ええええええ!?」


 もちろん回答はノーである。こいつの声は泣きそうであった。そもそも、何故俺がこいつに協力してやらなきゃならんのだ。そんな義務も義理もないし、更に言えば未来の天才大魔導師様の手伝いなんてまっぴらゴメンである。


「そんなこと言わないでくださいよう! 魔法上手いんでしょう? 助けてくださいよう、お願いですからぁ」


 すがりついてくるリーゼロッテ。邪魔なので引き剥がす。


「お願いですダスク先輩! 授業の間は絶対言うこと聞きますから! 邪魔もしないです! 本当に、一生のお願いですから! 助けてください!」


 しつけぇなぁ……いや、ああ、そうか。一応こいつは、ちゃんと俺を実力者と思ってるのか。お生憎様なことに実際の俺はポンコツなのだが、新入生が上級生の実力を把握なんてできるわけなく、俺の嘘を信じ込んでしまっているのだ。哀れなことよ。


「魔法学院、やっと入って、最初から失敗だなんてやなんですよう! お願いします! 助けてください! お礼だったら後から何でもしますからぁ! お願いですよぅ!」


 涙声である。本当に哀れに思えてきた。つったってなぁ、そもそも俺が組んだところでどうせ上手くいかないんだよな。下手に戦闘混じりの内容だった場合、俺は完全に上級魔導師の足手まといになるし……。


「お願いでず! ダスク先輩、どうか――」

「ちょっと待てよ!?」

「はびっ!?」


 いや。


 そうかそうかなるほど、こいつは学園来て初の授業なわけだ。おそらく不安不安言いつつも、このまま行けば現地で適当なパートナーを見つけるだろう。そして、授業は適当に上手くこなすはずだ。なんだったらおそらく、雷撃以下適当な魔法を使ってこいつは派手に活躍するだろう。

 しかし逆に。逆にだ。俺がここでコンビを組み、現地で的確に足を引っ張ってやればどうだ? おそらく課題には失敗するだろう、いや失敗させてやる。そういうことだけは俺は得意なのだ。他の一年たちにも俺がポンコツだとバレていないから、こいつには「先輩にパートナーを組んでもらったのに、課題に大失敗したダメな奴」という烙印が押される。こいつの華々しい学園デビューの第一歩に、大きな泥が塗られるわけだ!


「いいアイデアだな、それ!」

「え、え? 何がですか……?」


 戸惑うリーゼロッテの肩に手を乗せ、俺は完璧な笑顔を作って親指を立ててやった。


「任せろ。俺がパートナーばっちりこなしてやるよ。俺だってそれなりの魔法使いだからな、お前の役に立てるはずだ」

「……えっ、えっ? ほ、本当ですか?」

「ああ。なんだったら俺が全部こなしてやる。お前は俺の後ろで寝てたっていい。大船に乗ったつもりで、俺に全部任せとけ」


 何故ならその方が俺に都合がいいからだ。俺を見つめていたリーゼロッテだったが、途端に目を潤ませて、というか普通に泣きだした。


「ありがどうございまずぅダズグぜんばいぃ……ごれでじっがで胸を張れまずぅぅぅ……」


 うわっ、哀れ。

 なんか事情を聞く気にもならなくなった俺は、こいつを引き連れて野外実習の移動の馬車の元へと向かった。


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