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12-1 地獄からの使者だったのか

「…まだ気にしてるんかよ」


 かすれた、小さな声が、彼の耳に届く。

 真夜中に目が覚めてしまって、奇妙に目が冴えてしまって、眠り方がよく思い出せない。申し訳程度に付けられた仕切りの布の向こうに気付かれないように、BPは身体を起こして、膝を抱えていた。


「そりゃあな」

「別にいいじゃんかよ? どう言われたトコで、オマエが思い出せるってワケじゃねーし?」


 それはそうだ、と彼は思う。


「ほらこっち、来いよ!」


 相棒はそう言って彼の腕を引っ張った。バランスを崩して、彼はそのまま敷いた毛布の中に倒れ込む。気分がいきなり高まってしまったのか、と思いきや、そうでもないらしい。

 あの冬の惑星でよくそうしていた様に、ただ強く自分を抱きしめているだけだ、ということに彼は気付いた。触れる身体に、欲望の存在は無い。


「だいたいオマエ、過去が過去がってこだわりすぎなんだよ? いったいそれが何だって言うんだよ? いまさら」


 相棒の言うことは、間違ってはいない、と彼は思う。実際、考えたところでどうにもならないことなのだ。

 だが、そう割り切るには、あの集団の人間達が証言する自分の姿というのは、ひどく自分の中では重いものだった。


   *


「七年前、私はウシュバニールの近くのエンゲイで参戦していました」


と傷跡の無い方の青年が、代表ウトホフトの許しを得て、当時の話をし始めた。


「同じ様な場所です。やはりそこも、反乱軍の方が優勢になっていました。当時の辺境武装地帯における軍は、どちらかと言うと、軍における外れ者がふきだまった場所でした」

「つまり、良くも悪くも寄せ集め」


 ヘッドは青年の言葉を言い換える。青年はうなづいた。


「はい。統制の取れた軍隊ではありませんでした。無論その中には、それなりに手練れの者もおりました。手練れで、しかし中央の空気には馴染まなかった者などが、半ば処罰の意味を込めて流されてきていた場合も多かった様に思われます」

「そりゃーそーだよなあ。そんな、タノシミも無いよーな場所に戦いにだけ行けーっなんて言われちゃ」

「ですので我々の方が逆に、地道に統制をとって行き、次第に軍を追い込んで行った訳です。我々にとっては死活問題でしたから」

「彼らの地方は当時、天災により、農作物の収穫がひどく落ち込んでいた。その状態であったというのに、当時の政府は、彼らに通常の税を要求した。死活問題だ。彼らは当初はただの抗議という形だった。だが」

「政府の方が、軍を差し向けてきたという訳ですか」

「そうです。…起きたのは、大きな竜巻でした。当時私はまだ、初等学校の終わりぐらいでした。いつもの年でしたら、家あたりでも、中等へ行かせてやろうと言ってもらえたのに、それができなかった」


 学費はこの星域においては、そう高いものではない。中等学校は義務ではなかったが、普通に税を納めている家庭が行けない所ではなかった。場合によっては援助も出る。


「それどころでは無かったのです。まず家々が壊れた。家畜が死んだ。農作物に被害が出た。そして、…家族が怪我をした。それが一つ二つの家なら、我々もお互いに助け合うこともできたでしょう。ですが、通り過ぎる竜巻は、我々の住んでいた地帯を一度に」


 それはひどい、とジオは顔をしかめた。


「そういう場合には、政府が援助を出すのが当然だ」

「ですが、結局政府は視察に来ることも無く、我々には、毎年と同じだけの税が課された訳です」


 妙だな、とヘッドはつぶやいた。


「何で、視察に来なかったのかな? 政府にしたところで、そんな風に被災地帯を見殺しにすれば、星系民の信頼を失うことくらい、よく知っていたろうに」

「情報が、何処かで寸断されていた、と我々は見取ります」


 ウトホフトは静かに口をはさんだ。


「中央政府まで、その情報が届かないままに、お役所は毎年のようにその要求を出したということです。さてそこで、気付いたらすぐに行動すればいいのに、そこでまた何かが停滞していた様に見受けられます」

「それは」

「この青年の故郷の場合、中央政府がそれに気付く前に、煽動された訳ですな」

「された」

「幾ら不平不満があろうとも、普段の生活に反乱とか反抗とかいう概念が無い様な地帯の人間が、幾ら窮したからと言って、いきなり反旗を翻すというのはおかしいと思いませんか?」

「思うね」


 ヘッドはうなづいた。


「何かの意志が、働いている」

「そういうことになります。そもかくそれで、彼らはそれでも勇敢に立ち上がった訳ですよ。そうだね? アリケ」


 はい、とアリケと呼ばれた青年はうなづいた。


「我々は、元々確かにそんな、反乱だの武装だのということとは無縁な生活を送ってきました。いくら家族が増えすぎても、軍隊に入ることはさせない、という風潮があった程です。ただ、その時は、何故か、皆その気になってしまった、というように思われました。私も、何故その時その様になってしまったのか、今になっては判りません。ただ大人達が、ひどく熱狂していたことを覚えています。その大人達を見て、我々子供は、手助けをしなくては、と考えました。その程度です。でも一生懸命でした」


 うんうん、とリタリットは何故か感心したように腕組みをしながらうなづく。


「…私くらいの子供も、銃を取った訳です」

「訓練を受けたのか?」


 マーチ・ラビットは訊ねた。はい、とアリケは答えた。


「誰がそんなことをしたんだ?」

「誰だったか、今となってはよく判らないのです。外から来た誰かだろう、とは思うのですが」


 それはくさいな、とビッグアイズはつぶやいた。


「歳はそう関係無かったです。とにかく素質がある者は、どんどん前へ前へと持っていかれました。そして、そのせいか何なのか、我々はとうとう、ある時軍の基地を一瞬占拠するというところまで行ったのです」


 ほお、とBP以外の彼らの口から一斉に声が上がった。


「…しかし、それは束の間のことでした。占拠した、その夜に、それが来たのです」

「それが、コイツってわけ?」


 リタリットは相手の先手を打つ。


「そうです。そうだと思われます」

「そうだと思ってるんだろ、アンタはさ」


 おい、とBPはまたリタリットの服を掴む。だが今度はそれにも構わずに言葉を続けた。


「コイツが、アンタらに夜襲をかけたんだ、って言うんだろ? 言いたいんだろ?」

「…まだ、同じ人であると確定は」

「でも、アンタらは、皆そう思ってるって言うんだろ? どっちでもイイじゃないか、んなことは」

「おいリタ」


 BPは今度は肩をぐっと握った。そして、続けて、と彼は言う。


「俺も聞きたい。俺であるかどうかは判らない。しょうもないことだし、それがどうしてなのかあんた等も判っていると思う。俺だって、俺が何をしてきたのかは知りたいんだ」

「だけどBP」

「それに、さっき二人の男、って言ったよな? もう一人、俺…らしい奴以外にも、居たのか?」

「はい」


 アリケはうなづいた。


「今でも、覚えています。その時の夜襲の様子は。…軍用の陸上車が唐突に突っ込んできて、裏側からあっという間に、管制室を占拠したのです」

「えらく簡単に言うなあ」


 マーチ・ラビットは物足りない、という表情でつぶやいた。


「ですが、実際、その場に居た私としては、そういうしか無かったです。私は、その時足を撃たれ、その場に動けなくなり、見ていることしかできませんでしたから」

「足だけで、済んだのか?」


 ヘッドは訊ねた。はい、とアリケはうなづく。


「その二人は、とにかくそこに居た者の足と武器を止めることに全てを集中している様でした。だから実際の、彼らによる死者はさほどではありません。ですが」

「彼らが来たことで、応戦しようとして、反撃を受けた者は多い、ということかな?」

「…そういうことです。ただ、あまりにも、その二人の行動は、見事すぎました」

「どんなふうに?」


 リタリットは短く訊ねた。そして短すぎたと思ったのか、こう付け足した。


「その二人は、どんなふうに、アンタには見えたんだ?」

「…おそろしく、いいコンビネーションでした。今から思えば。一人は…あなたであると仮定させて下さい、BP」


 勝手にしてくれ、とBPは内心思う。


「小柄で、ちょっと見には華奢な… 子供の様だ、とは思わなかったけれど、ちょっと信じられなかった程でした。それが、長い髪を後ろで束ねて揺らせて走って行くんです。…私は足を止められて、痛さで何もできなくて、見ていることしかできなくて… けどその小柄なほうが、私のほうを見た時には、正直、かなり怖かったです」

「怖かった」

「ひどく冷たい目で、見下ろされた時に」

「こいつらしい奴ってのはどうなんだ?」


 ビッグアイズはBPを指して訊ねる。


「…とにかく、素早かったです。そして銃の腕が正確だった。正確に、銃と手と足だけを狙って、それこそ、こっちが狙う一瞬前に、こっちがやられるというような」

「…お前って凄い奴だったんだな」


 マーチ・ラビットは苦笑ともつかない表情を浮かべて彼を見た。彼はそれを敢えて無視し、アリケに向かって問いかける。


「そういうことを、そいつは、当たり前にやっていた、というんだな?」

「はい」

「それと、もう一つ聞いてもいいか?」

「はい」

「そいつと、その小柄なもう一人、って奴は何って呼ばれていた?」

「…それは覚えています。彼らは名乗りましたから。一人は、ザクセン。もう一人はアルンヘルムと。…だけど、ザクセンというほうは、そのもう一人をヘルと呼んでました」

「地獄?」

「そう聞こえただけです。どういう意味かまでは」


 アリケはリタリットが不意に返した発音に対してそう補足した。だが、そんな補足など構わず、リタリットは続けた。


「なるほど、地獄からの使者って訳かよ? すげえ。似合いすぎじゃん」

「おいリタ」

「だから、それが、どうしたって言うんだよ?」

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