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10-3 地質学者の幸いと反乱分子の次の行動

 もう一組の待ち人が到着するのは一時間程後の予定だった。

 リタリットはキディと一緒に、広場に溜まる鳩をからかい、BPは煉瓦でできた花壇に座って煙草をふかしていた。偉丈夫は何やら小腹が減ったらしく、近くのサンドイッチ屋へと入っていった。


「それで、どうやってあんた、帰ってきたんだ?」


 ふう、と煙を吐き出しながらBPは訊ねた。隣に座っていたジオに一本勧めると、吸わないんだ、と手を振った。


「まあ、帰ってくる気は無かったんだけどね…」

「あん時は皆びっくりしたんだぜ?」

「そりゃあそうだろうね。誰だって帰りたいだろうから」

「でもあんたは違ったじゃないか」

「僕にとっては、あそこは宝の山だったから」


 それは確かにそうだったろう。ジオは当時からそこで働くこと自体が好きだった。あの頃の強制労働ですら、この男には楽しみでしかなかったのだ。


「三年。でも三年は大きかったよ。おかげで僕は色んなことを知った」


 ばさばさばさ、と鳩がキディの持つポップコーンを狙って大挙する。それを見てリタリットは何やってんでえ、とげらげらげらと笑う。


「例えば?」

「うん、…何って言えばいいんだろう…」

「長くなるのか?」

「かなりね。ここでちょっと人待ちで話すには」

「ふうん」


 BPは再び煙を吐き出す。


「じゃあ、どうやって帰ってこれたか、だけでいいんだけど」

「ああ…ちょっとばかり、帰還組に混じってね」

「帰還組。って言うと、もしかして軍の…」


 彼は新聞の文化欄に載っていた記事を思い返す。


「そ。僕はずっと、あの調理人達の間に混じっていたんだけど」

「ああ、元気だったかい? あの料理長は」


 彼は赤ら顔の料理人を思い出す。思えばあの男のおかげで、皆何とか健康なまま、あの冬の惑星を生きてこられたのだ。


「ま、さすがに彼らも三年の期間延長には参ったらしいけどね…でもその三年で、あの収容所を閉鎖するって、やってきた科学技術庁の特派団が言ったから、しょうもないな、とか言いながら、任務を全うしていたけど」


 おそらくは、その三年自体が、むざむざと囚人達を逃してしまった彼らへの失態の処罰なのだろう、とBPは思う。


「平穏な生活に戻っていて欲しいよな。ラルゲン料理長は」

「全くだ」


 ジオはうなづく。


「ところでジオ」

「何だ?」

「向こうで、あんたは囚人だったってこと隠してたんだろ? 今度の科学技術庁長官に抜擢されたって奴とは、話したことあるのか?」

「ノーヴィ・ケンネルのことかい?」


 ああ、とBPはうなづいた。現在の政府は、首府改造計画の様な物理的な部分を大きく変えているだけではない。政府内の組織もかなり変えてしまったのである。


「あれは滅茶苦茶な人選だ、と皆言ってたよ」

「ああ…… でも僕としては、別に構わないとは思うけど」

「構わない構わなくない、じゃなくてさ」

「そりゃまあ、BPの言うことはよく分かるよ。だから何の実績もさっぱり分からないぽっと出がいきなり長官、ってことだろ?」

「そう」

「でもそれを言ったら、今をときめく総統閣下だってそうだろう? 大きな声では言えないけど」

「…まあな」


 BPはその人物のことを話題に出されると緊張する自分に気付いていた。気にしすぎだ、とは分かってはいる。だが。


「そもそも総統なんて地位が、今までのこのレーゲンボーゲンにあったか、って言えばそれも無いだろう? 首相の代行、で、首相にはならない代わりに、そんな地位を作ってついてしまった。僕はね、BP、向こうで会った軍の科学技術庁関係の連中と話をするたびに、向こうの連中が首をひねっていたのを知ってる」

「そういえば、放送が入ってきてたんだよな」

「一応料理人の中に紛れていたから、食堂の放送は僕も目にしたしね。向こうの機材を使ってもみたかったから、『すいませんお手伝いさせて下さい~』ってちょっと愛嬌なんかもふりまいてね」


 似合わねえ、と思わずBPは頭を抱えた。


「…そんなこと言ってもしょうもないだろう? 僕はそういう時には何でもやるからね。…まあそれはともかく、おかげで、向こうの連中の研究という奴にも結構参加できたし…」

「本当にあんたはそういう点では見境無いなあ…」

「お誉めにあずかってどーも」


 誉めている訳ではないのだが、とBPは苦笑する。


「目的があるんだから、そのためだったら何でもできるさ。僕はそもそもがどうもノンポリらしいし。…ああ、そう言えば君は、BP、何か記憶の断片でも増えた?」

「増えたと言えば増えたかもしれないけど…謎も増えたというべきかな。あんたはどうなんだ?」

「僕は別に。もともと皆の様に残っているものも無かったから、思い出そうという気も起きない。しいて言うなら、僕に残っていたのは、研究への熱意、って奴だろうし… だとしたら、僕は… ねえ?」


 全くだ、とBPは再び苦笑する。


「僕はかなり、幸せな部類だろうな」


 そう言ってジオは子供の様に鳩と遊び続ける二人に視線を移す。肩にふんをされて馬鹿ヤロ焼き鳥にしてやる、と怒鳴るリタリットをキディがばぁか、とげらげらと笑い飛ばしていた。


「ドクトルKから前に聞いたことがあるけど、キディの唯一の記憶って、親、らしいよ」

「親?」

「どうも断片的な部分をつなげると、彼、親に通報されたらしい。…て言うか、親に殺されかかって逃げたとこを、通報された、って感じなのかな。つなぐとそんな感じらしい」

「つなぐと、か…」


 BPは眉を寄せた。


「君の相棒も、そういう意味ではひどい部類じゃなかったっけ?」

「ドクトルは奴にも聞いたのか?」

「彼が来たばかりの時、ひどい躁鬱が激しかったから、話を聞いたことがあるらしい。でも君が来てからずいぶん良くなったって言うんだけどね」

「俺は何もしてないぞ?」

「だろうね。でもねBP、居るだけで何か気が楽になる、って相手ってあるじゃない?」

「…」

「おそらく彼には、君がそうなんだろうね」


 その割には、することがとんでもない様な気がするのだが、とBPは内心つぶやく。そこから先は、プライヴェイトだ。

 彼自身は、格別何かに対して欲望を感じたことが無い。少なくとも、相棒が自分に対している様には、何かを特別欲しいと思ったことが無い。それが元々の性質なのかもしれない。

 だからこそ、何故自分があの「誰か」に固執しているのか、よく分からないのだ。

 あれが自分の「好きな誰か」だとしたら、何かつじつまも合わなくもないが、だとしたら、何故あの「総統閣下」とそれがだぶるのだろう。


「…ジオ」

「何」

「もし自分の過去が、認めたくない様なものだったら、どうする?」

「認めたくないもの?」

「例えば俺は軍関係だったらしい、だろ?」

「…ああ、そういうことね。でも、僕らは君が向こうでどうだったか知っているじゃない。君が何であったとして」

「そうかなあ?」

「そうだよ。あそこで生きてきた仲間は、それしかない分、そこに居た記憶が全てだから、君がどんな者であったとしても、今そこに居る君が君だと認めると思うよ。僕だってそうだし」

「そうだな。そうあってほしい」

「気弱だな、BP」


 くす、とジオは笑った。

 鳩が一斉に舞い上がる。列車の到着のベルが鳴ったのだ。



 こっちだ、と夕刻になってから、マーチ・ラビットとキディは、五人をその街の真ん中にある一軒の店へと連れて行った。

 そこはごくごく当たり前な居酒屋に見えた。少なくとも、BPの目にはそう見えた。

 白く塗られた壁の上に、見せるかの様に木の梁や柱が顔を見せている。黄色みがかった照明の下では、丸い焼き板のテーブルがあちこちに並び、そこで仕事帰りのブルーカラー達が、一日の疲れをいやしている様な所だった。


「この街には、地上車の生産工場があってな、そこの従業員が結構溜まってたりするんだ」


 マーチ・ラビットは普通の声で説明をする。もっとも「普通の大きさの声」はこの喧噪の中では、小声に過ぎない。実際、辺りを見渡すと、同じ様なくすんだ水色のツナギを着て、腕まくりをしている様な男が多い。時々女も居るが、やはり同じ様な格好だった。


「ご注文は?」


とその中では花が咲くような可愛らしい少女ウェイトレスが銀色の丸いトレイを持って訊ねる。キミがいいなあ、などという相棒をBPは丁重に真上から頭をはたく。いてぇーっ!!と相棒がわめいたのは言うまでもない。


「えーと。ビールをとりあえず」

「はい。皆さんジョッキでよろしいんですね?」


 マーチ・ラビットはにやり、と笑う。


「ああ。それにタンクもつけてくれないかい?」


 途端に、可愛らしい少女ウェイトレスの顔がこわばった。


「少々お待ち下さいませ」


 ひらり、と白いエプロンを翻して、彼女は厨房の中へと入っていく。


「かーわいいねえ」

「何を言ってる、何を…」

「あ、妬いてるのー?」


 そしてうりうり、とリタリットは相棒の肩を肘でこづく。しかしそうは言いながらも、その目は笑っていない。


「可愛いけど、何か手がね」

「やっぱり思ったか?」


 ビッグアイズは更に目を大きく広げる。


「ああいう風にタコができるかねえ? 普通のおじょーちゃんは」


 にやにや、とそう言いながらリタリットは少女の入って行った厨房を眺める。やがて少女と入れ替わりに、一人の男が中から出てきた。BPはそれを見た途端、ぞく、と背筋に寒気を感じた。何てえ迫力だ。

 見たところ、小柄な一人のウェイター、という印象なのだ。白いシャツに蝶ネクタイを締め、黒いギャルソンのエプロンを付けている。腰も低い。既に中年を越しているだろうか。頭の半分が白い。

 そんな男が、ゆったりとした口調で偉丈夫に問いかける。


「タンクを御所望で、お客様」

「そう。できれば氷もつけて。水晶の様に綺麗な」


 すると男は、口元に微笑を浮かべ、右の腕をふわりと上げた。


「…かしこまりました。それはちょっとここでは出せませんので、奥へどうぞ」


 誘われるままに進んだ奥の部屋には、会議がそこで行われるのではないか、と思われる様な大きなテーブルが置かれていた。

 どうぞお座り下さい、と男はいつの間にか二人の男を従えてそのテーブルについていた。椅子の数は、八つ。初めからここにやってくる人数を知っていたかの様に、それは配置されていた。


「ようこそいらっしゃいました、お客様がた。この辺りの反政府組織の仲介役をやっております、ウトホフトと申します」

「我々は…」

「よう存じております。皆様がたが脱出した折りの出来事に関しては、我々の中でもずいぶんと話題となりましたことです」


 思わず彼らはその言葉に肩を引く。どうもこちらの方が分が悪いのだ、とBPは反射的に思う。


「然るに、皆様がたのこちらに対するご要望というものも、ある程度は推測が立ちます」

「…それでは、協力体制を取ってくれると?」

「それはこちらも同じでございましょう。皆様がたの中には、非常に様々なご経験をお持ちの方も多いはず。そちらが我々にご協力を進んでしていただければ、その分こちらからも、それ相応の援助をさせていただこうと思う次第」

「目的が同じであるなら、それなりの協力はしましょう」


 ヘッドは奇妙なほどの威圧感のあるこのウトホフトと名乗る男に対し、平然と答える。BPはそういうところが、この自分達のリーダーは貴重だ、と思うのだ。何なのだろう、この悠然たる態度は。


「しかし、我々はあくまで、独立した個人がただ集まっただけ、という集団に過ぎませんから、結局は参加する個人の意志が問題となりますが」

「個人の意志、とおっしゃる」


 男はふっと笑う。


「まあそれも宜しいでしょうな。まあ少なくとも、悲願叶った暁に、不要になったから消してしまおう、などとは我々は思いませんが」


 そしてちら、とリタリットの方を見る。リタリットは口を露骨に歪めた。


「個人個人の参加を呼びかけていただければ、我々は皆様がたを我々の連絡網で結ばれた各地の組織で歓迎致しましょう。…しかし」

「しかし?」


 ヘッドは即座に問い返す。


「そこの、あなた」


 BPははっとして顔を上げた。声が、自分の方を向いている。声だけではない。ウトホフトの視線が、自分の方を向いているのだ。


「あなたは、いけない」

「何だって?」


 キディが思わず立ち上がってきた。


「このひとは、ウチでも指折りの闘士なんだぜえ!」


 闘士と言われては気恥ずかしいものがあるが。しかし確かに彼がこの脱走集団の中では、指折りの使い手であることは事実だった。


「それは判る。それは我々もよおく判っているのです」

「だったら何故」


 マーチ・ラビットも口をはさむ。元々この男は最初にBPと対戦している。入所したばかりのぼうっとした頭のままなのに、よりによって自分を負かした相手が、この様に言われることにはひどく不満の様だった。


「そこの方。あなたが非常に強いことはよおく我々は判っているのです。しかし、それだけでは、あなたという人物に関しては、我々はなかなか難しいものがあるのです」

「だから何だって言うんだよ!」


 ばん、とリタリットはテーブルを叩いて立ち上がった。よせ、とBPはその服の裾を引っ張る。


「ウトホフトさん」


 そして顔を上げ、彼は問いかけた。


「俺はそんなに強烈に反骨精神を持っているという訳ではないが、仲間と一緒に戦っていきたい、という気持ちはある… だから、聞きたい。何故俺は、まずいんだ?」

「言わない方がいいこともありますが」

「それは、俺が誰か、ということを、あんた達は知っているということなのか?」

「はい」


 あっさりと、ウトホフトはうなづいた。


「しかしそれを知ってあなたはどうなりましょう? 知りたいのですか?」

「知りたい」

「知らないほうがいいこともあるのですよ?」


 男は、そのまま右斜め後ろに立つ若者に合図をした。すると同じ様にギャルソンのエプロンを掛けていた若者は、それをまずするりと取り、また、その下のシャツをも取り去った。

 あ、とキディは声を立てる。ち、とビッグアイズは舌打ちをした。そこには、肩から斜めに走る大きな傷跡があった。


「彼は、七年前に、ウシュバニールの反乱軍で少年兵として、参加していました」


 ウシュバニールは、西の辺境だ、と彼の知識は告げる。一年のうち、雨の降る日がひどく少ない、乾いた土地。


「彼は当時、ある程度まで、自軍が勝利する可能性があった、と信じていました。実際その可能性はありました… 二人の男が、彼らの目前の敵である、辺境武装地帯の警備隊の中に配属された時まで」

「…」


 BPはひどくその言葉の調子の中に、嫌なものを感じていた。悪意ではない。悪意ではないのだが。


「はっきり言って、彼らの軍は、その配属されたばかりの二人に壊滅させられた、と言っても良かったそうです。彼もまた、ひどい手傷を負いましたが、運良く近くの民家に保護されたらしいです」


 そう言って、ウトホフトは、若者にもういい、と服を元に戻させた。


「それが、我々の仲間と何の関係があるのですか」


 ヘッドはあくまで冷静に、問いかけた。それは答えの判っている問いだった。彼自身、次に来る言葉を、簡単に予想ができた。


「つまり、我々の仲間、BPは、その一人だ、と言われるのですね?」

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