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10-2 BPの記憶の断片

 そんな予感はしてはいた。

 床に敷かれた毛布の中に潜り込んで数分、疲れた身体に睡魔が襲いかかってきたところで、背中から腕が回る気配がした。BPはそのままくるりと身体の向きを変えられるのを感じる。

 昼間からそんな予感はしていたのだ。あの路上で、相棒がポスターの13枚目を切り裂いた時から。

 相棒のポケットには、加工したばかりの水晶のペンダントが入っていた。あの惑星から脱出した時の「分け前」の一つだった。他のものは全て「要らない」と供出したリタリットだが、この一つだけは、ずっとそのポケットの中にあった。そしてつい最近、エンジニーヤがそれだけでは売れないようなくず宝石をアクセサリに加工する時に、ついでにと作ってもらったものだった。どうやらそれをつけようかつけまいか迷っている最中だったらしい。

 その僅かに尖った部分でもって、一気にこの男は、あの貼られたばかりの、まだ糊もついているだろうポスターを、斜めに切り裂いた。

 理由を聞くと、リタリットは答えた。


「だってオマエ、ずいぶんと熱心にあのポスター見てたじゃん」


 腹立つじゃんオレとしてはさ、と相棒は続けた。BPはその言葉の意味が分からない訳ではないが、とりあえず言ってみる。


「そりゃあ、今現在の俺達の打倒する対象なんだから」

「そぉじゃなくてさ」


 歩きながら、相棒は掴んで走った手首をぐっと引き寄せた。


「オマエもしかしてさあ、コイツ、知ってんじゃないの?」


 やや上目遣いの瞳が、凶暴な色に変わっていた。

 そしてその結果が出るのだろうな、とは彼も予想していた。それが泊まりに来た他人の部屋であっても構わないらしい。

 眠いことは眠いのだが、別段拒む程の理由も無かったので、彼は相棒の髪をくしゃ、と一度かき回す。そして眠っている家主が目を覚まさない様に、彼は声をかみ殺す。

 この三年の間に、知ったことは色々あった。

 そんな、嫌いな血を見て吐き気を覚える様な夜、相棒が自分を抱きしめる力が強くなること。相棒は地下鉄にも降りられない。足がすくむのだという。眩暈がするのだという。吐き気がするのだという。

 そして眠っている時に、やっぱりうなされる時もある。あの冬の惑星で、凍えて縮まっていた本能がアルクの暖かい大気で解放されると同時に、押さえ込んでいた強い感情をも引きずり出されたらしい。

 そして自分は。

 はあ、と彼は息をつく。

 暗い部屋の中でも、判る。一度重ねた唇が離れた時、相手の目が、じっとそのまま自分を見据えていることを。そして自分はそれに捕まって、逃れられなくなっていることを。

 背中から抱きしめられて揺さぶられる時に、耳元に、あの大気を震わせる様な声が、注ぎこまれるのが判る。


「オマエはさあ、オレのなんだよ?」


 繰り返される。呪文の様に。もしくは、戒厳令下で交わされる情報文の様に。だからあのポスターの中の顔を、気にするな。そんな裏の意味を込めて。

 そんなことを言われたって。彼は溶けそうな意識の中で、内心つぶやく。俺すら判らないものを、俺にどうしろって言うんだよ。

今でも、自分の唯一の記憶は、夢に出てくる。しかも、それは日々鮮明になってくる。

 長いゆらゆらとした栗色の髪、華奢な身体。泣きながら、じっと自分を見据え、…抱きついて、くる。そしてその身体に付けられているのは、…軍服。だけど、何か、奇妙な。

 だがその何か、が見つからない。

ところが見つからないまま、ある日偶然見た映像は、彼の呼吸を一瞬止めるに充分だった。あれは、中央放送局の、政見放送だった。

 脈絡は何処にもない。

 なのに、自分の中の、あの記憶の中の顔が、最近は、あの顔とだぶる。ずっと、ずっと空白だったその顔に。

 髪の長さも、その質も違うというのに。

 そして相棒がそれに気付くのには、時間は大して掛からなかった。

 彼は自分の中で膨れ上がるものを感じ、喉の奥から微かに声をもらした。


   *


「あれ?」


 相棒は不意に声を上げた。そして横に立っていた彼を肘でつつく。何、とBPは相棒の指す方向を見る。彼は思わず両眉を上げた。


「ジオ?」


 都市間列車はゆっくりと止まる。そのさほど待ち人の多くない小さな駅の、改札を抜けた向こう側に、彼らは知った顔を見つけた。それは、居るはずの無い顔だった。

 彼らは慌てて改札を飛び出す。穏やかな顔の、この研究者は、偉丈夫とまだ少年くささが残る青年の間に挟まれて、ひらひらと手を振った。


「…ジオ…」

「やあ久しぶり、二人とも。ヘッドとビッグアイズは?」

「二人とも後で来る…それよりあんた、何でここに居るんだ?」


 BPは答えと質問を同時に放る。


「やだなあ。帰ってきたに決まってるだろう?」

「って… けどあんた」


 聞きたいことはあった。何せ、ここに居る筈のない男なのだ。この目の前でにこやかに笑う地質学者は。


「ま、それもおいおい話すよ。ちょっと一口では言い切れないんだ」


 そうだろう、とBPは思う。そうでなくては、いけない。何故なら、この男はあの時、あの惑星に残ったのだから。


「や、それにしてもお久しぶりですう」


 眠そうな猫の様な顔でキディはBPに向かって笑いかけた。するとマーチ・ラビットはぐい、とその襟を後ろから掴む。ぐび、とキディは喉から音を立てた。


「何だよお前、ずいぶんと違う態度じゃねえか」

「あんたに今更何言えっていうんだよ」


 そう言ってキディは斜め後ろの相棒にひじ鉄を食らわせた。ひえい、と思わずリタリットは指をくわえる。


「お前強くなったのね…」


 ふんっ、とキディは両手でポーズを取った。


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