神槌の女神
思いつきで書いてみました。
暇つぶし程度に、ご一読して頂ければ幸いです。
「ここ……どこぉ……ふえぇ……」
薄暗い森の中、一人の少女が泣きながら歩いていた。
見たところ、十五歳ぐらいであろうか。
尖がった長い耳に緑色の髪、真っ白な肌、薄い緑色のチュニックで腰に大きな皮のベルトを巻いており、人間離れした美しい少女だ。
身長は百五十センチ程度と若干低いものの、出るところは出て、引っ込むところはちゃんと引っ込んでいる身体つき。
背中には細く美しい弓を背負い、腰にぶら下げた筒には矢が十本ほど入っている。
それは森の妖精と異名を取るエルフ族である。
その異名の通り、森の中は彼らの庭であり、領域だ。
決して迷うことはない。
迷うはずがないのだが、なぜか彼女は泣きながらふらふらと歩いていた。
「もうやだぁ……お母さぁんどこ……」
とうとう我慢の限界に来たのか、少女はその場にうずくまり、嗚咽混じりに泣き始めた。
彼女の名は古河島美歩。
つい十分前に、この世界へと引き寄せられたばかりの、日本に住んでいた元八歳の少女である。
美歩は高級マンション住まいで、隣の部屋に住む同じ年の少女とは、ほぼ毎日一緒に遊ぶほど仲が良かった。
そして今日も一緒に近所の神社で遊んでいたところ、かくれんぼをしようと言う事になった。
じゃんけんで勝った美歩は、隠れるところを探そうと神社の中を歩いていると、ふと不思議な黒い物体が空中に浮かんでいるのを見つけた。
「なんだろ、これ?」
無邪気な子供だからだろう、何とも思わず無用意に小さな手がその物体を触った。
その瞬間、まるで掃除機に吸い込まれたかのように、美歩の小さな身体が黒い物体の中へと吸収された。
その黒い物体は満足したかのように、球体をぶるりと震えさせ、そして徐々に小さくなって消えていった。
異次元空間。
神隠しと呼ばれる現象である。
それに吸い込まれた美歩は、別の世界へと飛ばされたのだ。
「……つかれた」
一頻り泣いて疲れが押し寄せてきたのか、大きな木の側で座りながらもたれた。
いや、森の妖精は森の中ではそうそう疲れはしない。
これは森の力を吸い取っているからだと言われている。
となると、おそらく美歩は精神的に疲れたのだろう。
「なんでいきなり、おねーさんになっちゃったんだろう」
泣いても歩いても、元の神社には戻れない。
諦めたのか、座りながら自分の身体を見始めた。
神隠しの現象は、別の世界から別の世界へと繋がる空間に吸い込まれる事だ。
しかし神の理により、本来その世界に存在しない生命体は、身体が勝手に作りかえられる。
どのようなものになるのかは完全にランダムで、下手をすれば小動物、あるいは虫などになる可能性もある。
そして美歩は、非常にものすごく運が良かった。
とある宝くじで、美歩の選んだ六桁の数値が過去何度も当選したことがある。
そのお金で美歩の両親は高級マンションを買ったのだ。
逆に神隠しなどという滅多に起こらない現象に引き寄せられたのも、ある意味運が良いのであろう。
その運の良さは、作られた身体にも影響が出ている。
エルフ族という高度な生命体になる事など滅多にない。
ちなみに身体が作られるとき、自然とそのものに合った服も同時に作られる。
素っ裸で森をさ迷う事はないので、安心して欲しい。
そしてもう一つ重大な事がある。
「こんなところにエルフの女が一人か」
「げへへへへへ、俺ら運がいいっすね、兄貴」
みすぼらしいぼろぼろの服に凶悪そうな顔。
兄貴と呼ばれた男は、身長二メートルに達するほどの巨体に、大きな両手剣を軽々と片手で持っていた。
そしてもう一人は小柄だが、いかにも俊敏そうにぴょんぴょん跳ねていた。
「ひっ、お、おじさんたち……だれ?」
恐怖に怯えたように身を竦ませ、身体を縮みこませる。
そんな美歩に少しだけ疑問を持ったのか、兄貴が呟く。
「んー? なんか行動がガキっぽいな」
「でも十五歳くらいっすよね。ちょうど商品にするには良いくらいですぜ?」
「だがエルフ族だし、実は五百歳という事もありえるよな」
「うげっ。でも見た目いいから俺っちは問題ないですぜ」
そう言いながらも、男二人組は油断無く美穂を見続けながら、左右に分かれてゆっくりと近づいている。
木を背にしている美穂は後ろへ逃げにくい。
「……こっちこないでぇ」
涙ながらに弱々しく言うものの、その行動は逆に男たちを喜ばせるだけになった。
「兄貴! 俺たまらんっすよ! 美少女の涙なんて!」
「確かに売るのはもったいないよなぁ。この玉なら一回くらいやった後でも高く売れそうだし」
「でしょでしょ? お楽しみといきやしょうぜ!」
そして男二人はとうとう美歩の側へとたどり着いた。
「なんだ、拍子抜けだな。逃げもしないとは」
「楽でいいじゃないっすか! それより早く楽しみやしょうぜ!」
「それもそうか。おら! 酷い目に合いたくなきゃ、大人しくしてろよ!」
「そうそう、大人しくしてりゃ、俺たちがあとでたっぷり可愛がってやるからさ」
兄貴の方が美歩の腕を掴んだ。
それにびくっと反射的に身体を震わせ、そして開いている片手で兄貴の方を叩こうとする美歩。
そして重ねて言おう。もう一つ重大な事がある。
「ぎゃははは、何だその子供ぱんち……」
小柄な男は最後までセリフをいう事は出来なかった。
美歩が弱々しく兄貴の方を叩いた瞬間、美歩の手からものすごい衝撃波が噴出し、五十メートル四方を綺麗に跡形も消し飛ばした。
当然先ほどまで居た男二人組も、肉体どころか分子レベルまで粉々に吹き飛ばされたのだ。
「え? え? なにこれ?」
前述したがこの世界に来るとき、身体が作られる。
そして当然身体には性能差が生まれる。
身体の弱い人も居れば、岩すら持ち上げられるほどの巨漢もいる。
強さも運によるのだ。
そしてもう一度言うが、美歩は非常にものすごく運が良かった。
それはエルフという種の枠を遥かに超え、この世界最強と呼ばれている真龍を足蹴に出来る、神に匹敵するほどの身体能力を持つほどに。
「こわいおじさんたち、いなくなった。よかったぁ」
彼女はまだ知らない。
自分の力がどれほど強大なのかを。
「そういえば、おなかすいた。木がいっぱいあるし、けったらリンゴとかおちてこないかな」
昔読んだ本に書いてあったことを思い出した美歩は、即実行した。
しかし軽く木を蹴るだけで、百メートルほど先まで見通しの良い道が出来上がった。
もちろん木は跡形も無く消えている。
「あれ、またきえた。これおもしろい?」
ぺちぺち周りにあるものを叩きまくる美歩。
そのたびに衝撃波が巻き散らかれ森が消えていき、地面には大穴をいくつも作り、あげく最後に大きくジャンプすると空高く舞い上がり、そしてその勢いで地面に激突しクレーターを作り上げた。
「びっくりしたー。ミホあんなにたかく飛べたんだ」
神槌の女神。
遠くない将来、彼女はこう呼ばれる存在となることをまだ知らない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「懐かしいなぁ。あれから十年かぁ」
広い荒地に十五歳くらいの少女が懐かしそうに周りを見ながら歩いていた。
ここはつい十年前までは鬱蒼と茂る森だったのだが、とある少女の手により荒地へと生まれ変わったのだ。
「あの時は、破壊神でも舞い降りてきたのかと思ったよ」
その少女の隣には、まだ十二歳くらいの女と見まごう程の、白髪で澄んだ青い目をした少年が付き添っていた。
その少年に向かって少女は「破壊神ってひっどーい」と文句を言う。
「森が消えていくのを感じて、僕が急いで飛んで行ったらミホが、でっかいとかげだっ! とか言いながら手で叩き潰そうとしてくるし。あれ本気でハエのように潰されかけたんだけど、覚えてないの?」
しっかり覚えているミホは、少しだけ顔を赤らめた。
「細かいことをいつまでも覚えてないの! 男らしくないよエルデは」
少年の名は真龍エルデロース。
この世界最強だった真龍が人の姿になったものだ。
「潰されかけるのは細かくないよっ!」
「潰されたとしても、エルデならすぐ復活できるじゃない」
真龍は殆ど不死の存在である。
身体を潰されようが、切り刻まれようが、例え衝撃波で肉体が分子レベルまで分解されようが、魂さえ無事であれば身体を再構成できる。
それでも百回ほど潰されたら、身の危険を感じる。
「痛いものは痛いんだよ! それより僕の炎を浴びても、怪我どころかかすり傷一つついていないミホが異常なんだよ」
真龍の吐く炎は、岩ですら蒸発する数万度の超高熱に達する。
どんなものでも、例え神の加護を受けた武具だとしても、溶けてしまうレベルである。
「エルデの炎って、ちょうどお風呂に浸かったくらいに感じるから、とても気持ちいいんだよ?」
「……お風呂レベル」
「しかもばい菌とか、炎で消毒されるしね」
「何だよその便利道具扱いは! 数万年を生きている僕をここまで愚弄するなんて!」
「あら、別にあたしはエルデと一緒に居なくてもいい訳だけど?」
「それはだめだ。僕以外じゃミホの突っ込みを受けた時点で、この世から消え去る。それにミホを引き取ったのは僕だ。僕が責任を持ってミホの面倒を見なきゃいけない」
エルデは口を尖らせながらも、内心は必死でミホと別れたくないと思っている。
真龍は孤独だ。
世界最強だった存在である。
軽く前足でつつくだけで、殆どの生命体は無残にも切り裂かれるであろう。
人の姿になったとしても、その力は龍の時と殆ど変わらない。
人に敬れ、称えられる事はあっても、一人として対等な存在はいない。
それは同じ竜族でも。
そんなエルデが全力を持ってしても勝てない相手、ミホに惹かれるようになるまで時間はかからなかった。
生きている時間は数万年にも及ぶが、こと恋愛については人間の子供以下だ。
そもそも恋などという感情が生まれるという事自体が、真龍にとって異常なのだ。
そんな感情に戸惑うエルデを、ミホはついついいじめてみたくなる。
「素直じゃないなぁ。おねーさんは悲しいよ?」
「僕のほうが遥かに年上だよ!」
「なんだショタジジイ」
「うわ、何その呼び方は?! ジジイじゃないよ!」
傍から見ると仲の良い姉弟に見えるだろう。
「それにしても、突然こんな所に来てどうしたの?」
「あたしがここに来てから今日で十年なんだ。それはエルデと出会ってから十年ということ。鈍いエルデにはわかるかなー?」
「十年? うーん、なんだろう」
数万年を生きる真龍にとって、十年など一瞬である。
それが分からないのも無理はない。
「ま、分からなければいいよ」
「なんだよ、教えてくれたっていいじゃないか。全く昔のミホは無邪気だったのに、今のミホは陰険だよ」
「アーシアさんの努力の賜物だね」
十年前、エルデがミホと死闘(ミホ的には遊び)を繰り返した翌朝、疲れて寝てしまったミホをエルデは、自分の住処へと連れて行った。
そして一年ほどミホに、この世界の事や、力の制御の仕方を教えたのだ。
その後、自分の支配する町にある神殿の長であるアーシアに、ミホを人として育てるよう託した。
支配と言っても五百年ほど自分が寝ている間に、人間達が勝手にエルデを神と称え、町を作っただけなのだが。
エルデ自身もたまに神殿を訪れ、ミホと一緒に遊んだ。
「アーシアが一番適任だと思ったんだけど、失敗だったな」
「アーシアさんは立派な人だよ。ただ恋愛だけは五月蝿かったけど。さて、十分見たしそろそろ帰ろう」
「また僕の背中に乗ってくの? たまには運動がてら走ったら?」
「別にあたしはエルデをお姫様抱っこして走ってもいいけどね」
途端に真っ赤になるエルデ。非常に初心である。
「なっ、なななんで僕を抱くんだよ!」
「その反応がかわいいから」
「可愛いって……いいかい? 僕は真龍なんだよ? いい加減ミホも僕を敬ってもいいじゃないか!」
「あれ、そうしたほうがいいのかな? ボク」
「……やっぱミホは陰険だよ」
「ふふ、エルデじゃまだまだあたしには勝てないね。ささ、早く龍になってなって」
「分かったよ」
エルデが人の姿から一瞬で白い大きな龍へと変化する。
ただし、目は青いままだ。
ミホは軽くジャンプして、真龍の背に飛び乗った。
「はいよーシルバー!」
「シルバーって何なの?!」
「あたしが昔読んだ絵本に載ってた馬の名前」
「馬?! よりにもよってこの僕を馬扱い?!」
「ほらほら、いいから早く帰ろうよ」
ぺしぺし背を叩くミホにため息をついたエルデは、翼を広げ大空へと舞った。
そしてぐんぐんとスピードを上げて飛んでいく。
「やっぱりエルデの背が一番だね」
「何と比べて一番なんだよ」
馬扱いされたエルデは、まだ憤慨モードらしい。
十周年記念と言う事で、今日はちゃんと言ってやるか。
ミホはそう思うと、エルデの背にもたれかかり、そしてささやくようにエルデへと伝えた。
「エルデが世界で一番好きだよって事」
「え?」
「きゃぁ?! いきなり姿勢を崩さないでよ! 落ちそうになったじゃない!」
「そ、そんなこといきなり言うミホが悪いんだよ!」
「なによ! 言って欲しくなかったの?!」
「そ、それは飛んでるときに言わなくてもいいじゃないか!」
「こういう時じゃないと言えないのよ! 分かれや小僧!」
ミホとエルデは町につくまで、騒々しく賑やかに飛んでいった。