第3話 非日常へ
言葉は帰り道を歩いていた。
「……ふふ」
今日の事を思い出すと、思わず笑みがこぼれる。
いつもは無愛想でクールな花宮が、レジでわたわたしている姿は最高に面白かった。
いつもは男勝りな堂々とした態度をしているあおりが、店の前で必死に子供たちに向かって売り子をしている姿も可愛らしかった。
「楽しいなぁ」
このアルバイトを始めて良かった。最近、心からそう思える。
この人達と働くのは、すごく楽しい。
私は幸せだ。
「……あれ?」
そこでふと気づいた。
家の鍵が無いのだ。
「あちゃあ、ロッカーに掛けたままにしちゃったのか」
面倒だが、もう一度ハッピーライフに戻って鍵を取りに行くしか無い。
「はぁ、もっとしっかりしなきゃ」
深くため息をついて、言葉は来た道を戻り始めた。
「これって……」
ハッピーライフに戻って鍵がちゃんとある事を確認して一安心すると、レジの上に何かが置いてあるのが目に入った。
近くに行って持ち上げる。
「花宮先輩の携帯……?」
間違いない。これは花宮の携帯だ。
いつもは忘れ物など絶対しないのにな、それほど疲れてたんだろうな。と考え、また笑いがこみ上げて来た。
「届けてあげよっか」
幸い花宮の家は知っているし、自分の家からそこまで距離があるわけではない。
届けに行ってもさほど時間は掛からないだろうと判断した。
花宮に会える事でなぜだが高揚する気持ちを抑え、言葉は花宮の家へ続く道へと向かった。
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「あれ?言葉ちゃん、どうしたの?」
「…………」
「君とは道は少し違ったはずだよね?」
「…………」
「……あ、それ、僕の携帯か。届けてくれようとしたんだね。ありがとう」
1歩、近づいて来る、
「いやぁ、流石に今回は疲れちゃってさ、ちょっと集中力が薄れちゃってたみたいだね」
「……先、輩」
1歩、近づいてくる。
「どうしたの?言葉ちゃん。顔色が随分悪いけれど」
「……ぃ」
うまく声が出せない。
状況が理解できない。
また1歩、近づいてくる。
問いかける。
「……それは、何、ですか」
震える指で、路地に転がっている赤い何かを指差す。
「え?……………………ぁ」
あたかも、今その事に気付いたような反応を見せた。
「…………そっ、か。また……また僕は……」
先程の余裕のある態度とは打って変わり、顔がさっ、と蒼くなるのがこちらからでもわかった。
「糞……ッ……なんで……なんでまた……」
赤く染まったままの手で、顔を覆う。
白い肌に、べったりと赤色がこびりつく。
そこに、いつもの花宮の顔はなかった。
「ひ……っ」
その形相に、思わず1歩後ずさる。
「糞っ、畜生……!!」
「嫌だっ、もう傷つけないって、決めただろうが!俺が!俺が護るって!なのに、なのになんでだ!」
「嫌だ、やめろ!やめろよ!やめ……」
今にも暴れ出しそうになほどガタガタと震え、身を抱えていた花宮の体から、突然、ダランと力が抜ける。
「……な……に……?」
花宮の顔が、目の前に現れ、
叫ぶ暇も無いうちに、言葉の意識は刈り取られた。