第1話 日常の中で
日常と非日常とのギャップを楽しんでいただけたら良いなと思っています。
目の前にあるモノはなんだろう。
ふと気になって側に寄ってみる。
何かを辺りいっぱいに撒き散らしながら、そいつは目も当てられないほどに赤く輝いていた。まるで一面に咲き誇る彼岸花や、旬を迎えた熟れた林檎のような、深い紅色。
美しい。
そう思った。
こんなに美しいモノは今まで見たことがなかった。この世にあるすべてのモノをどうしたって、ここまで美しくはならない。何故かそう確信していた。
手が震える。
ゴクリとツバを飲み込む音が響いた。
「………!……ぁ…は…っ!」
そこでふと我に帰り、しばらく呼吸を忘れていたことに気づき、慌てて深く息を吸い込む。相変わらず手の震えは止まらない。
そこで気付いた。
自分自身の手までも、真っ赤に染まっていることに。
そして気付いた。
赤いモノが、自分と似たような形をしていることに。
そしてまた、思い出した。
思い出さなければきっと、幸せになれたというのに。
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「いらっしゃいませ、ありがとうございます」
「はい、お願いね」
「こちら740円になります」
レジに並べられた花の値段を告げ、客が財布からお金を取り出す合間に、花をすばやくレジ袋に入れた。
「がんばってるわね花宮君」
「いえ、そんなことは」
たわいもない会話のあと、お金と花を交換し、客の礼を聞いてから、ありがとうございましたと頭を下げる。
かれこれ1年間続けてきた一連の動作は、初めの頃に比べれば(無愛想なところを除けばだが)かなり様になってきたと思う。
初めの頃は自分が言葉を発するたびに「は?」と聞き返されていたくらいだ。レジ袋に商品を入れることすらうまくできなかった。
恥ずかしい記憶だ。
「…もうこんな時間か」
気が付けば時計の針は17時を回っていた。
まだ閉店まではあと1時間ほどあるが、今日にやるべき仕事はすべて終わらせてしまったし、どうやら客もさっきので最後だったようで、店内にはレジに立っている自分以外に人影はない。
暇になってしまった。
もうこの時間帯では新しく客もこないだろうと判断し、レジに置いてある椅子に倒れこむように座った。
もう終わりだ、と思った途端、急に疲れが襲ってくる。
「……ぁあー」
おっさんくせぇとは思いながらも、ついつい濁ったため息を出してしまう。
「終わったと思った途端にこれって…」
自分では慣れただの、様になってきただの言う割には、以外と緊張していたのかもしれない。少しだけ情けなくなった。
と、そこで店のドアの辺に人影が見えた。
こんな時間に珍しいなと思いいつ慌てて疲れた体を起こす。
「いらっしゃ…って、なんだ、店長ですか」
「なんだとは失礼だな」
「失礼しました。チッ、店長ですか」
「言い直す必要があったとは到底思えないぞおい」
たった今店に入ってきた赤髪のこの女は、赤井あおりと言う。
この店、花屋『ハッピーライフ』の店長をつとめているのだが、僕からみればこの人が店を開いて今まで経営して来ていることが全くもって信じられない。
商才が無いに等しいのだ。
「あ、花仕入れて来たんですね。お疲れ様です」
「…まぁいいや。うん、ちゃんと仕入れて来たぞ」
「…本当ですね?」
「当たり前だろ。しっかり売れるかわいいやつ買って来たから、安心しろ!」
葉牡丹を買ってくると言ってマリモを大量に買ってきた奴のセリフだったため微塵も安心できなかった。
ちなみに今回、
「暖かくなって来ましたし、そろそろパンジーを仕入れたらいいんじゃないですか?」
「お、いいね。私さ、この時期に色とりどりのパンジーが店に並んでるのを見るのが好きなんだよ」
「あー、わかります。」
「だろ?よし。んじゃ、今度の市場の日はパンジーを多めに仕入れるか」
こんな会話をした後のため、今あおりが手に抱えている段ボールの中には色鮮やかなパンジーがたくさん詰まっているはずなのだ。
なのになぜだろう。
さっきからチラチラと見える段ボールの中身からは鈍い緑色しか見えないでは無いか。
嫌な汗をダラダラ流しながら、違うんだこれはパンジーがまだ開花していないだけなんだきっとそうだと自分に言い聞かせながら、意を決して段ボールを開けた。
大量の食虫植物が詰まっていた。
「……………………………は?」
「へへーん、いいだろこれ!ハエトリグサにモウセンゴケ、ヘリアンフォラ、ネペンテスまであるんだぜ?」
「…………………」
「いやー、本当にこいつら可愛いよなぁ。特にこのハエトリグサのなんか眉毛みたいなとことかさぁ!モウセンゴケのもこもこ具合もいいけどさぁ、やっぱハエトリグサが至高だよな!普段はおとなしく構えてて、いざって時はこうガァッッって襲いかかってさぁ!」
「…あんた今何歳だったっけ」
「29」
「………………」
「痛ぁっ!蹴ったね!?か弱いアラサーの脛を蹴ったね!?」
「全く…29にもなってまともにお使いも出来ないんですか?だから結婚できないんですよ」
「ちょっ、なんでまだ蹴るのやめねぇの!?
青くなる!これ絶対青くなる!」
「こらっ、聞いてるんですか!」
「理不尽きわまりねぇ!」
あおりの脛を散々蹴り終わって落ち着くと、すぐさまとてつもない後悔が身を襲って来た。
「はぁ、こんなことなら無理やりにでも言葉ちゃんを連れて行かせるべきだった…」
この花屋のもう一人の従業員、橘言葉は、比較的常識人だ。
まだ高校生なのに、仕事もしっかり出来る上に、愛想もいいため、この店に来る客の中には言葉目当ての人も少なくない。
本当ならば今日は、あおいの暴走を防ぐために言葉を同行される予定だったのだが、学校の模試と予定が重なってどうしても来ることが出来なくなってしまったのだ。
その結果が、これだ。
「うぅ、悪かったよ…あまりにも食虫植物たちがいるもんだから、パンジーのことなんてすっかり忘れちゃって…」
脛をさすりながら涙目のあおり。
ちょっと罪悪感が出てきてしまった。
「…まぁとりあえずこの食虫植物たちをどうするか考えましょう。そうですね、『春の食虫植物フェア!』とか言ってむしろ盛大に売りつけるのはどうですか?」
「お、いいねぇ!食虫植物の知識なら自信あるし、広告とかも出してパーっとやろう!」
「わかりました。じゃあ、早速準備に取り掛かりましょう」
「おう!……え?今から?」
「当たり前でしょう。こんなに大量に仕入れてしまったら、そう簡単にパンジーも買えませんし。出来るだけ早く売りさばかないと」
「もう18時だよ?」
「朝までかかろうがやりますよ」
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あの後あおりは帰宅した。
広告のデザインなどを作るためにはどうしても家にあるパソコンが必要だそうだ。
さぼってくる未来しか見えないが。
結局、自分だけで店に残り、食虫植物を置く配置や、看板作りなどをした。
これがかなりの重労働で、結局家に帰ることが出来たのは1時を回った頃だった。
絶対に残業代とボーナス大量に貰ってやる、と決意し、帰路に立った。
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歩きながら、明日のことについて考えていた。
どうやって呼びかけようか。
売れるといいけどな。
売れないだろうなぁ。
全く、あの人は相変わらずめちゃくちゃだな。
売れなかったらどうしようかな。
売れなかったらどうしてくれようかな。
何回言っても変わらないんだから。
売れなかったらどうしてもいいのかな。
売れなかったらこんなことしてもいいかな。
売れなかったら。売れなかったら。売れなかったら売れなかったら売れなかったら売れなかったら売れなかったら売れなかったら売れなかったら売れなかったら売れなかったら売れなかったら売れなかったら売れなかったら売れなかったら売れなかったら売れなかったら。
「え!?まじ!?そんなモノ売ってたの!?」
「そうそう!こんなの売れるわけないのにさ、いつまでも置いてんの!うちの店長マジでバァカだよね!」
そこに通り過ぎたのは、いかにも非行少女、と言うような2人組だった。
「……………………ッあ」
気が付けば、あの美しい赤色は、
目の前に転がっていた
どうも初めまして。藤川佐介と申します。日常の中に非日常を織り交ぜる。そんな小説を書いてみたかったんです。優しいやつが実は凶暴だったりとか、凶暴なやつが実は優しかったりとか、そんなギャップとかが好きなんです。ギャップ萌えっていいよね!(笑)