外堀を埋めすぎた男
初の短編小説、現代ものです。
楽しんでいただけたら、幸いです。
※本文中に特定の芸人さんを貶める表現があります。
不快に思われる方がいらしたら、申し訳ありません。
俺は慎重な男だ。
だから初めての恋に落ちた時も、俺は慎重に事を進めた。
将を射るにはまず馬を射よ、という先人の言葉にしたがって、小五から高三までの七年を外堀埋めに費やしたのだ。
彼女を狙いそうなイケメンあれば、行ってその好みの女を紹介し。
彼女を着飾らせたいという友あれば、浚われるから止めろと忠告し。
そうやって、徹底的に彼女の魅力を隠して。
それでも寄ってくる輩を、穏便に遠ざけながら。
然り気無く、彼女の両親にも気に入られて。
ようやく、外堀は大分固まったな…と思っていた矢先。
土曜の賑やかなショッピングモール。
田舎で唯一のデートスポットは、その日も人でごった返していた。
そのなかでも、浮き立つような二人だ。
嫌みなほどすっきりと整った二枚目顔。
日本人離れしたすらりとした長身。
ラフに纏めてるのに、金がかかってるとわかる洗練されたファッション。
さりげなく発揮される、スマートなエスコート術。
そんなハイスペックそうな男の横で。
少し気恥ずかしげに、並んで歩いてるのも美少女だ。
「…葵…」
限られた視界でも、その姿はひどく輝いて見えた。
いつも俺が見る、パジャマがわりのスウェットに瓶底眼鏡の葵とは、桁違いの。
俺が隠し続けてた、本来の姿の彼女。
唇は赤く、睫毛は長く、その夢見る瞳は黒曜石のよう。
その艶やかな髪は今、凝った形に結い上げられ、白いうなじが晒されている。
見たこともない、淡いピンクのワンピース。
これまた見たことのない、パールのネックレスにイヤリング。
足元は華奢なパンプスだ。
まるでガラスの靴のような、クリア素材の靴。
あれは、見覚えがある。
ついさっき、俺がショーウィンドウで目にとめたやつだ。
あまりに高額で、目を剥いたから間違いない。
つまりは、あれはここで今、買ったものだろう。
上から下まで一式丸ごと。
それって…それってもう、間違いなく「彼女」ってことだろ?
眠らせていたはずの、俺のお姫様は。
いつの間にか、王子さまを見つけていた。
どうしてだ?
俺の計画は完璧なはずだった。
どこで俺は間違えたんだ?
「あれー?このウサギ動かないよー?置物??」
小生意気なガキが、後ろから小キックしてくるのを、さりげなく抱きつく真似をして締め上げておいて、俺は二人の後を追った。
二人は歩き疲れたのか、カフェに入った。
王子はコーヒー、葵はチョコパフェだ。
彼女は大の甘党で、本当なら二つは頼みたかっただろうに、今日は一つだ。
その事が俺の胸をざわつかせる。
葵は、王子を意識している。
家族じゃなくて、異性として。
気のせいか、食べ方も上品だ。
いつも、唇にクリームがつく子供みたいな食べ方なのに。
そこまで思って、俺は首をふる。
いや、あれはいかん!
あの唇についたクリームを「ついてるよ?」って拭ってやるのは俺だけだ!
つい、「子供じゃなねーんだから気を付けろよ」とか言ってしまうけど、あれはヤバイ。
本人気づいてないけどエロすぎる。
念をこめて見ていたら、まさしく葵の唇にクリームがついていて、それを王子に指摘されてるとこだった。
葵は頬を染めて、どっかに頭をぶつけたくなるほど可愛いし。
王子はそんな葵が可愛いなって思ってるの、駄々漏れだし。
「あーあ…」
お似合いすぎて、幸せオーラですぎてて、おとぎ話のようだ。
きつく握りしめてた手から、一気に力が抜けた。
「あー!風船ー!!」
誰かの声がしたけど、俺はもう構わなかった。
あー、今ほど、このウサギのキグルミに感謝したことはない。
暑くて苦しくてだいきっらいだけど。
今だけは感謝だ。
この酷い顔を、今は隠して。
家に帰ったら「おめでとう」を言わなきゃいけない。
外堀を埋めた俺は、親公認の彼女の…
幼馴染みなんだから。
そう、決意していたのに。
「やぁ。新くん。待っていたよ」
バイト上がりの帰り道。
俺の原チャリの前にいたのは、忘れもしないハイスペック王子。
「…どなたですか?」
俺の敵対心まるわかりの口調に、王子は余裕の微笑みで応える。
男の俺でも一瞬、見とれる綺麗な笑顔。
「古雅と申します。初めまして」
たぶん、俺より年上だ。
それなのに、この丁寧な対応。
なんだか色々と負けた気分。
もとから勝てない相手だけど。
「ちょっと、お時間いただけますか?」
「無理です、ダメです、さようなら」
大人げないと罵られようと、俺には無理だ。
このハイスペック王子が話したいことなんて、間違いなく葵関係だ。
牽制なのか、懐柔なのか、わからないけど。
そんな話、絶対にできないし、したくない。
そして原チャリのキーを刺そうと、ポケットを探ったとき。
初めてそれがないことに気づいた。
なんて日だ!
頭のなかでハゲのオッサンが叫ぶ。
このショッピングモールから俺の家までは地味に遠い。
日もとっくに暮れて、1時間に数本の田舎ダイヤ丸出しのバスも、もう終わってるだろう。
しかたねえ…歩くか。
田んぼだらけの道をトボトボ歩く。
今の気分にはいっそ、似つかわしいといえる。
似つかわしすぎて、今から泣ける。
俺の表情と動きで、王子は全てを見抜いたらしい。
「良ければ、送りますよ?僕は車なので」
「……オネガイシマス」
ハイスペック王子は、運転も上手だった。
分かりやすい外車じゃなかったけど、国産車でも内装は皮張り。
靴ぬぎますか?って思わず聞いたよね。
「お気遣いありがとう。でも、そのままでどうぞ?」
ホントのイケメンは、男女関係ないんだな。
惚れてまうやろーって、小太りの眼鏡が頭でうるさい。
「…で、話って…なんでしょう?」
ここまでしてもらって、話は聞かないなんて度胸は、俺にはない。
そんな俺に、王子は爽やかに笑う。
「伊原さんのことを聞きたかったんだ。彼女を好きなの?って」
来たな。
つーか、意外と直球なうえ、…豪速球。
どう補るのが正解だろうか?
「幼馴染み…ですよ?」
とりあえず、かわしてみることにする。
「じゃあ俺、遠慮しないで本気出していいかな?」
王子は爽やかな笑顔のままだ。
でもなんだか、禍々しい。
つかいつのまにか、敬語じゃないし、俺になってるし!
「彼女、可愛くなったよね?しかも、誉められ慣れてないから、少しのお世辞ですぐ赤くなるし、あのまま押せばきっと、どんな男でもイチコロだよ?」
「…!!てめっ…!」
俺も命は惜しい。
彼が運転中である以上は、手は出せない。
でも、目線で殺せるなら殺してる位には、睨み付けておいた。
「僕は君に、ありがとうを伝えたかっただけですよ?」
「…なん…だと?」
王子は爽やかな笑みを消した。
そうして表情がなくなると、整いすぎてて、作り物みたいで恐ろしい。
「君が彼女を囲っていてくれたからでしょう?゛ナギ高一番の仲人゛くん?」
その言葉に、俺は黙る。
なにも言い返せないことに気づいた。
車に沈黙が落ちる。
流れていく街灯のあかり。
「なんで、好きって言わないんです?」
ぽつり、と王子が呟いた。
「寄ってくる男を蹴散らして、友達を牽制して、親を懐柔して…そんなことまでして、なんで本人に言わないんですか?」
それは、悪意というよりは純粋な好奇心に聞こえて、俺は知らず答えていた。
「そうしたら…言える気がしたんだよ」
誰よりも美しい彼女に。
俺みたいな平凡なやつが告白するには。
でも、外堀を埋めれば埋めるほど。
気づいてしまうのだ。
彼女は、自分等にはもったいないのだ、と。
「…よかったよ。断られるのがイヤだから、とか言われたら、どうしてくれようか、と思っていたからな」
王子はニヤリと不敵に笑った。
つかこいつ、二重人格なの?!
さっきから時々怖いんだけど!
なにこのトキメキ…これがストックホルム症候群か?!(違
「敵に塩送るのは、趣味じゃないけどな。お前ら両思いだから」
「…は…?」
震えるのに忙しくて、ききのがしそうになって、素でキョトンとした。
「葵が…?俺を…??」
その反応に、王子はにっこり微笑んだ。
あ、これ怒ってるわ。
短い付き合いだけどなんかわかる。
オーラが黒い。
「俺んとこ、化粧品の会社やってんの。で美容とか詳しいって聞いたみたいでさ。あの子、俺に振り向かせたい人がいるから、綺麗にしてくれって。大人の女性が好きなんだって言ってたぞ?」
「そ、…その振り向かせたいのが…?!」
俺?オレナノカ?!
でも大人の女が好きって何??
そんなこと言ったかな?
「つまり俺は、姫を美しく変えるだけの、魔法使いってことだ…不本意ながら、な」
そして、鮮やかなハンドルさばきで俺の家の前に止めてくれた。
あの萌えーなバック駐車で。
いや、♂だけどまじ惚れそうになったぜ。
イケメン…恐ろしい子!!
あたふたとシートベルトを外して、俺は車からおりた。
「…色々と…ありがとう」
なんか色々とフワフワしてて実感ないながら、とにかく礼だけは言わないと、と頭を下げれば。
王子は軽く手を上げて。
そして、ニヤリと微笑んだ。
「あ、忘れてた。これ」
そして、窓から投げてよこしたそれを、キャッチする。
葵が俺の誕生日に買ってくれた、猫の尻尾つきキーホルダーがキラリとひかる。
「あー!!俺の原チャリの鍵じゃねーか!?」
俺の声に王子は、高らかに笑う。
「見本をみせてあげたんですよ?外堀を埋めるっていうことの、ね」
色々と勉強になります…つかイケメン怖いまじ怖い。
だって、こんな軽い窃盗みたいなことされても、許しちゃいそうな自分がいる。
ただしイケメンに限る!ってやつが、これだな…
もー色々疲れたし、ほんとはかえってごろ寝の気分だけど。
帰った俺を待っていたのは、葵だった。
ショッピングモールでみた、お姫様みたいな葵だ。
葵の変身になにかを察して、ニヤニヤしている両親からかっさらうように、部屋に連れ去ってドアをしめる。
「ちょ…!なんだよ!?その格好…にあ…」
何時もみたいに、貶しそうになって。
少し悲しげに眉をひそめてる彼女に気づいて、慌てて思い止まる。
「似合って…るけど…」
あまりの恥ずかしさに、倒れそうだ。
でも、俺に誉められた葵のほうがよっぽど倒れそうだった。
リンゴみたいな頬っぺたが美味しそうだ。
つい、凝視してしまう俺に、葵が更にてれる。
「お化粧でもしたら…ちょっとは綺麗になれるかなって…センパイにお願いしたの」
化粧っていってたけどたぶん、そんなにしてないだろう。
分かるのは唇くらいだ。
いつもよりプルプルの…キスしたくなるそれ。
「俺のこと…好きってほんと?」
そっちに気をとられて、ついうっかり言ってしまった。
その瞬間、葵が倒れそうな位真っ赤になる。
「な、な、なんでそんなこと…?!」
ぷっ。
俺は思わず噴きだした。
なんて分かりやすいやつ。
なんだ、俺は片想いじゃなかったんだ。
外堀を埋めることに一生懸命になりすぎて、全く気づいてなかった葵の気持ち。
今なら、手に取るようにわかる。
俺は葵の華奢な身体に手を伸ばした。
触れたくて、でもそんな資格ないって諦めかけてた彼女に。
「俺は好き。スゲー好きだよ」
俺の言葉に、葵の瞳が揺れる。
「え…?でも…シンはお母さんが好きなんじゃないの??」
「え?椿さん??」
「だって、いつも私よりもお母さんと喋ってるし…誕生日プレゼントとかマッサージとか…色々やってたし…名前でよぶし…」
名前でって…お母さんって呼んでいいなら呼んだけども!
そうか、あの外堀うめはそんな風に取られてたのか。
「しかも、つき合う人は皆、大人っぽいし…」
「そ、そりゃそうだろ?!俺は葵の為に、色々知りたかっただけだから、遊びみたいなもんだし、そういう相手としか付き合ってないから…」
ピキッ
その瞬間、俺はなんか嫌な音をきいた。
氷が割れるときの、最初の切れ目。
「…シンはいつから私を好きだったの?」
胸元から、俺を見上げる葵の目。
微かに微笑んでいるけど。
笑ってない…。
「しょ…小5…ですけ…ど?」
恐ろしさのあまり、敬語になる俺。
「私は中3だったな。初めてシンに彼女ができた時だから」
え?そんな前からなの?
スゴい嬉しいんですけど…
思わずニヤけそうになる俺に。
「だから、ほんとは高校生の時に告白したかったの…でもまた彼女できて…諦めた。でもあれはあそびだったのね?」
フフフ…と笑う葵さん。
怖い…怖い…けどヤキモチやいてくれるのは嬉しい。
ヤバイ、俺。今はぎゅっとかするタイミング違う。
でも、やりそう。可愛い。
押し倒したい。
「私、シンのこと好き。大好き」
ほほを染めて告白してくれる葵。
夢にまでみた、その姿に。
かっと全身が熱くなる。
勝手に涙腺が緩んで、泣きそうになる。
「…だから、シンのことガッカリさせたくないの」
「…え…??」
喜びに力一杯抱き締めようとした腕からするり、と葵が居なくなる。
そっと後ろにさがって、俺を見上げる姿勢はそのままだ。
あれ?なんだ?
俺の押し倒したい願望漏れてた?
戸惑いながらも、行き場のない手を下ろすかそのままか、悩んだ俺に。
葵は最高の笑顔をみせてくれる。
小5の俺を虜にした、その笑顔。
「だから、他の人と勉強してくるね?デートとかそれから…色々と」
ふふふ、と可愛く小首をかしげて、葵が笑う。全く笑ってない目で。
色々と、を強調して。
「あ…葵さん…?俺たち…両思いで…付き合うんじゃ…?」
「うん。付き合うよ?でもその前に、練習してくるね?遊びでいいっていってくれる人と」
「…………え?」
ここにきて、俺は悟った。
俺がせっせと外堀を埋めていた日々は。
もしかしてとんでもなく無駄で。
とんでもなくやぶ蛇だった…のか?
俺の無用な外堀うめをしった葵。
葵の怒りは海よりも深い。
そして、その怒りをヤッパリ嬉しくも感じてしまう俺は…もう色々と終わってるな、と。
誰が葵を好きでも。
似合わないって笑われても。
俺は葵に夢中なんだから。
「それで、俺のとこに葵が来たのか。遊んで捨てて下さいってお願いされた」
「ナンカ色々スミマセン…」
「なんだろ…ご馳走さま?」
小さくなる俺に、王子は笑う。
うっかり後ろにいたOLさんが、誤爆されてキャーってなってるみたいだけど、王子は普通だ。
日常茶飯事なんだな、きっと。
羨ましくない…とは言えないが、俺に必要な能力はそれではなかった。
「…俺どうしたらいいんでしょう…?」
あれ以来、古雅さんとは割と仲良しだ。
どうやら女心に疎いらしい俺の、相談役になってくれている。
練習期間と称して、俺を寄せ付けない葵の代わりに、最近の彼女を教えてくれる。
なんでもゼミの先輩後輩らしい。
最近の葵は…元気らしい。
お洒落にも目覚めた彼女に、告白してくる奴もいるらしいけど、「遊んで捨ててくれる人以外は却下」してるらしい。
…自ら、そんな鬼畜認定を受けたい猛者はいないらしく、彼女はいまだフリーだ。
まぁほんとに鬼畜な人には、王子が釘をさしてくれてるらしいから、安心してられるんだけど。
「まぁ…僕だったら、そんな考えになった時点で監禁して、2度と僕以外の男と…なんて考えられない身体にするけどね?」
うふふ、と笑う古雅さん。
それを、うっとりと見つめる女性たちよ。
このイケメン、ヤバイ人だよ!
だまされちゃダメ!!
王子は楽しそうに微笑んでいる。
「まぁ、悩め悩め。サボってた分、ちゃんとレンアイしなさいな」
「サボってた…」
「サボってたでしょ?好きって言ってないんだから」
俺は思わず、頭を抱える。
まさしく、その通り。
俺は葵の条件にビビって、足踏みしてた。
自分の小心を、外堀埋めって誤魔化してた。
言わなきゃ分かるはずなかったのに。
「…やること分かった?」
全部お見通しだよって目で、古雅さんが俺を見てる。
ほんとに、この人は魔法使いだ。
イケメンで性格いいなんて、ほんと神。
でも所々怖いけど。
「…分かりました」
今度こそ、ちゃんと始めよう。
外じゃなくて、葵自身を見つめて。
「ま、それでキッチリ片付いたほうが、僕も手を出しやすいし?」
やっぱりこのイケメン、性格悪…。
それから毎日、辺りを憚らない好き好き攻撃をして、俺がこの頑固で真っ直ぐな幼馴染みを手に入れるのはーもう少し先の話。
そして、その幼馴染みそっくりの、可愛らしい唯一無二の存在に出会うのはーそう遠くない未来の話。
…のはず、だ。
おしまい