第33話:お仕事事情と酸化鉄。
翌朝、取り急ぎで、裏庭の炉とは面していない実験室の格子窓のところに強制排気用の魔方陣を設置した。
大きさは色紙大で、真ん中に直径15センチくらいの穴が開いている物。魔石の取り付け・取り外しでオン/オフするタイプで、穴から屋外に空気が流れていく仕様だ。
これで、防爆は大丈夫だろう。
実験室内で扱う有機溶媒に対する引火の対策が済んだので、続いて新炉の試運転にうつった。
今日は休みの人も多い土曜日だが、俺は来週アタマに計画している炉の試験に向けて、ひとりガロ宅の裏庭に来て作業をしていた。
しかし。午前9時を回ると、作業仲間がみんな集まってきた。あれ? 休みって言ったよね俺?
「あれ? 皆さん、今日はお休みでは?」
「まあ、そうなのですが。ソーマ殿は今日も作業をされているだろうから、手伝うことがあるのではないかと思いまして。」
「たしか契約だと固定給の毎週“月曜から金曜”出勤の週休2日みたいですけど、大丈夫ですか? それって、無償労働になりませんか?」
「問題ないですね。それ以前に、ソーマ殿は下町生まれの人達の収入がいくらになるか御存知ですか?」
「ごめん。分からないや…」
お金に対してあまり頓着しない性分なうえ、研究室暮らしだったので、そういうことは全く分からなかった。
肉の串焼きが1本小銅貨8枚だとか、焼き魚定食が銅貨2枚と小銅貨5枚だとか、『何がいくら』は覚えたけど、『誰がいくら』にはあまり興味がなかったんだよね…。
俺が教えを乞うと、雪白さんが親切に教えてくれた。
「王国騎士は役職による固定給です。衛兵は、役職による固定給に加えて実務の実績による加算が付きます。研究員は、固定給と研究実績加算。職人は、生産物の“【鑑定】結果”により品物の価格に技能料金を加算して販売出来ます。店の売り子など正採用された者については月給で、準採用された者は時間給で、職業紹介所にある短期依頼請負窓口で仕事を請け負う者は依頼の達成報酬という形で支払われます」
うーん。正採用と準採用は正社員とアルバイトの違いか。短期依頼とかいうのは、単発ミッションか…。
「短期依頼がきっかけで正採用になることもあるので、仕事としては安定的とはいえませんが、けっこう人気なんですよ」
「ああ。わかる気がしますね、それ」
働きぶりを見て逆指名っての、短期バイトとかであるよねー。稀に。終わりぎわ店長に『You、ウチでバイトしない?』的な声を掛けられたり。
「因みに統計によれば、王国騎士は年収金貨30枚から金貨50枚、衛兵は金貨25枚+実績加算、研究員は金貨10枚から金貨40枚、職人は金貨9枚から金貨80枚、正採用は月給で銀貨10枚から銀貨15枚、準採用は時間給で銅貨5枚から銅貨8枚、依頼は一件黄銅貨1枚から小金貨1枚がおよその金額となります」
「兄貴は?」
「………」
「…あの御方は色々と規格外でございますので」
なんか、わざとらしく視線を逸らされた。
雪白さんの感じからすると兄貴、騎士以上の稼ぎは確定だな~。
荒事の処理を嬉々としてやる人間からな。ヤツは。
しかし雪白さん、あなたの情報収集能力は半端ないですな。
…兄貴、どういう教育したの?
「なるほど。街ではそんな状況なのね?」
「はい。しかし、下町の事情は全く異なります」
「へえ。どんな風に?」
「正採用されることはまず無いですね。準採用されましても、先ほど言いました賃金、時間給で銅貨5枚から銅貨8枚ではなく、銅貨1枚から銅貨2枚程度しか得られません」
「え!? それだけ…!」
俺は驚いた。まさか、そんなに酷いとは。
「ですので。真っ当とはいえ身に余る賃金を頂いている私どもとしては、心情としてどうにも収まりが悪いので…。是非、本日も作業をさせていただきたいのですよ」
「うん? 金銭的な話は聞くのも憚られるけど…、ここだけの話、いくらくらいで頼まれてるのかな…? 頼んだ手前、“何も知りません”ではまずいしね」
「そうでございますね…。私は中堅の雑務員として月額で銀貨12枚、クログ殿とサリア殿は新人の職人扱いで月額銀貨8枚を頂くことになっております」
「なるほど。一般的な収入レベルと揃ってるね」
「ウォーカー家の方々に下町の者は皆感謝しております」
ひとしきり雪白と話をしたあと。
俺はクログとサリアを呼び集めて本日の作業内容を説明した。
驚愕の70%台を叩き出した低純度の残念な鉄塊たちを硝酸に溶かしたあと、成分の分離工程を経て採取した、赤褐色の水酸化鉄(Ⅲ)ゲル…の乾燥物。
研究所の実験場に置いておいたこの物体を全てガロ宅に運び、バリバリに砕いて嵩を減らす。
次に、細く割り裂いた薪を地面に置いて、水酸化鉄の乾燥物を上にのせたところで薪に火をつけた。
ここでは魔法は使わない。
理由は単純。水酸化鉄を空気中で焼いて、酸化鉄にするだけだから。
充分に焼き終わったところで鉄箸を使って薪の燃え残りと炭を取り除き、風で灰を吹き飛ばしながら、鉄を集める。
元々がボーリング球数個分と、鉄の量は大したことがないが、やっとここまで来たという感慨深いものがある。
鉄の還元反応が進みやすいように、焼いた酸化鉄のカケラと、砕いた木炭に少量の生石灰と石英の粉を混ぜたものを、炉の中でミルフィーユのように何層も交互に敷いていく。
炉のセットが終わったので、俺はいよいよ炉に火を入れることを宣言した。
「では、点火します!」
まずは、細く裂いた薪に火を点けて炉床の穴からホイホイと熱源を投入する。積んだ原料はあれど、内部がギッシリ埋まっているわけではないので、縁に沿わせて出銑口と出滓口から火の着いた薪をどんどん入れる。
「おぉ。そろそろ木炭が自然発火し始めますな」
クログさんが、目を細めながら薪の投入を止めるタイミングを教えてくれた。
「クログさん、ありがとうございます」
「いやいや。種族特性のものゆえ、礼は不要ですぞ」
「それでも充分凄いですって!」
俺たちは、木炭の不完全燃焼で発生する一酸化炭素による還元反応で、酸化鉄を金属鉄にするため、厚手の皮手袋を手にはめて空気穴を全て塞ぎ、炉から外気を遮断した。
今日も、初運用祝いとして4人で食事処へ繰り出した。…まだ昼間だけどね。
土曜日だから、居酒屋でパーっと弾けることにした。俺奢りで!




