第30話:貧民街とウォーカー家の裏話。
俺、トラブル発生。
買い物を終えたら強盗に出くわすとか、面倒すぎるわ、ほんと。
「手持ちの荷物、寄越したら無傷で助けてやる」
「…えっ?」
俺は、目の前に立ちはだかる柄の悪い人族のハゲおっさんへ、耳に手を添えながら聞き返すというわざとらしいリアクションをつけながら見せつけてみた。
おっさんの左手には大柄なナイフ。
え~? …たった、それだけ?
不機嫌な人型ヴォルトや無手の兄貴のほうが、文句なしに危機感を覚えるのは、悲しいかな対戦相手が悪いのか。兄貴とか、本気で怒らせたら笑顔で相手を壊すタイプだし。あー怖い怖い。
どうしようかね…と思案していると、おっさんはしびれを切らせたのか、いきなり斬りかかってきた。
うわぁ、太刀筋が素直すぎるわ。
刃先ギリギリのところで避けてあげると、俺は肘の関節を締め上げながら、力の流れを妨げないように工夫した足払いで、おっさんを転けさせた。
「…野郎!」
おっさんは諦めず、刃先をこちらに向けたまま突っ込んでくる。
…面倒だよなぁ。
『あとは私が引き受けます。ソーマ殿が相手する輩ではありません。…ここは私に』
「うおっ?!」
何処からともなくスッと現れたのは、鷹の羽根と嘴を持ち、白虎の下肢と尻尾、体幹の骨格は人族という人?だった。
背丈は俺と同じくらい。細身の背中に付いた翼で、実際より身体が大きく感じられる。
「すまないけど、…あんた誰?」
『私はクロード様の配下です。詳しくは現状を処理してからお話しし致します』
「あー、了解」
俺は彼におっさんの処遇を任せると、ガラス器具が割れないように鞄を持ち直しながら、彼の戦いぶりを観察した。
(あー、なるほど。認識阻害能力を使ってる訳か。戦闘スタイルは…無力化重視の近接型かなぁ)
任せて間もなく、後ろ手に縄で縛られた強盗?のおっさんが転がる結果となった。
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「いやいや、どうもありがとうございます。鮮やかなお手際で」
『コレくらいは出来ないと、クロード様に申し訳ないですので』
「兄貴に?」
彼(雪白と名乗った)によると、彼の出自は貴族の筋らしいことがわかった。しかし、先祖返りで鷹・白虎・人と3種族の特徴を持ってしまったため、魔獣として忌み子扱いとなり、下町に棄てられていたところを兄貴に拾われたということだ。
兄貴はというと、前世知識で幻獣グリフォンを知っていたから、“育ったら絶対カッコいいから!”と捨て子の赤ちゃんを飼う?ように両親を説得したらしい。当時5才とか、どんな子供じゃい。
…厳密に雪白さんはグリフォンじゃないけど、仕事絡み以外はアバウトで良しとする性格がすごい出てる。さすが兄貴、といったところか。
で、育て上げられたのがこちら、雪白さんで…えーと? 俺と似たような歳かな?
今が9月で、…確か、兄貴のIDを見たとき、8月生まれの29歳だったから…うわ、30歳かよ。雪白さんは24歳くらいか。で、俺は7月生まれだから18歳、…実年齢は22歳。うん、どちらにせよ俺が年下だね。
「えーと、雪白さん?」
『はい。何でしょう?』
「雪白さんは、なぜここに?」
『クロード様から、ソーマ殿の実験補助兼護衛の指示がありましたので。ソーマ殿の武芸の手腕を拝見しましたところ、護衛に就くのは烏滸がましいかと存じております。が、ヴォルト殿とラギィ殿の居られる西の森や北の山以外の地域は、ソーマ殿が単独行動するには多少なりと危険が伴います。特に、東の湿地帯は未開拓が故に、注意すべき地域です』
「ああ、単独行動の危険性は分かった。でも、実験補助っていうのは?」
『鍛冶仕事は体力勝負でございますよね? つまり、力仕事のために私をお役立て下さいということです』
初耳だよ!?
助手って…お給料とかどうするの?
《えー、兄貴。きこえるかな?》
《聞こえるぞ~》
急ぎで兄貴に念話を飛ばしたら、すぐ出た。
《人を寄越すときには、前もって教えること! …まったく、雪白さんに手伝ってもらえるって話はありがたいけど、いきなりの登場でビックリだよ!》
《え? 聞こえない聞こえな~い。給料はウチ持ちだから、そこんとこよろしくな!》
《兄貴は…ったく! …とりあえず、以上!》
「あー、事情は分かった。お給料、ウォーカー家からの支給になるらしいけど…」
『そうですね。その辺りの話は貰っています。ソーマ殿はご存じですか? 貧民街とウォーカー家の繋がりなどの話は』
「さぁ…。初耳ですけど」
『一昔前の、動乱の後のことです。経済活動もままならず、富めるものは富み貧しいものは更なる困窮に喘ぐ時代がありました。この頃に、貧民街の前身のような集落が形成され、仕事を求める人で溢れました』
「はい…」
『ここで、ウォーカー家が出てきます。一般労働者へ“ハロウワァク”という名前の職業紹介所、つまり仕事の斡旋事業を始めました。ウォーカー家の奥様が一念発起、立ち上げられたらしいです。しかし、流民や獣魔人、傷病者は差別を受けていたために紹介所は利用できませんでした。あくまで一般向けだったんですよ…表向きにはですがね』
ハローワークですか。その奥様、現代日本人組だよね。
「なるほど。表向きということは、裏では斡旋してたんですね」
『若干違いますね。被差別民向けには、斡旋というか就業の基礎となる職業訓練が行われました』
「へぇ!」
“誰でも、いつでも、差別なく”
それが奥様のモットーだったようで。
読み書き計算、裁縫、炊事洗濯。
読み書き計算ができれば、騙されない。仕事の機会もできる。
炊事洗濯裁縫ができれば、見た目や衛生が保たれる。
奥様の手腕に、はぁ…と、思わず軽い溜め息が出てしまう。
素晴らしいよね。
使用人が被差別対象の獣魔人であることを外に指摘されても、“ちょっと変わっているけど有能な獣人族”ですが何か? …という感じでするりと躱す。
実際、ウォーカー家に採用されたメイドや執事、庭師などの使用人は有能なので、皆が“そんなもんか”と納得しているあたり、一般人が考える獣人と獣魔人の種族の線引きは曖昧だと思う。
雪白さんも兄貴に拾われ、ウォーカー家で教育を受けて才能を認められ、今に至るというわけだ。
「ちなみに、雪白さんは計算は得意ですか?」
『ある程度は。複雑な暗算は少し苦手ですが、式を紙に書ければ解けます』
「充分ですよ!」
苦手なのは3桁×3桁の掛け算やら3桁以上の割り算やらだったので、納得した。というか、出来てたら…俺、負けてた。
「では、行きましょうか」
『はい、よろしくお願いします』
ハプニングがあったせいで、予定が圧してしまったではないか。まったく。
俺たちは強盗のおっさんを衛兵に引き渡すと、ガロさん宅の研究室に向かった。




