第28話:俺の薬とガロの家。
「ガロ、居るかい?」
初めて貧民街を訪れてから5日後。俺は単身、ガロの家に訪れた。
柔道着のような風合いの、生地が丈夫で分厚い俺謹製の肩掛け鞄には、アセトアミノフェンの錠剤が入った瓶とサリチル酸メチル入り軟膏の瓶が5組ずつ入れてある。
先日ガロに渡したのは試供品だったが、正式にご購入となるかもしれないと考えたからだ。
そして。今回は、異世界に来た頃に木炭製造の副産物から興味本意で作った、“腹痛・下痢止めの丸薬”を小瓶に30粒ずつ詰めて5つ分、追加して持ってきてみた。
多分こちらの街では、公衆衛生的に需要があるはずだからね。水質とか気になるし。
「誰だ? お前」
今日は、入口の土間からつながる小上がりの板の間に、別の男が座っていた。
警戒したように俺を睨み付ける眼は、ガロと同じく金褐色だが、目元には若さがある。背丈は俺よりちょっと高いくらいだろうが、筋肉の付きが羨ましいくらい良いためか、一回りは大きく感じる。
推察するに、この男はガロの息子だろう。
「ガロに用があって来た。俺の名はソーマと言うんだが。名前を出せば分かるはずだ」
「ふん、親父の客か。…ちょっと待ってろ」
男は左脚に体重を乗せるようにして、板張りの床から立ち上がった。
(うわ…右足、ケガしてたのか。申し訳なかったかも)
男の右足首には、包帯の代用品らしき布が巻かれていた。痛みで体重が右足に乗せきれないようで、右足を摺りながら部屋の奥に歩いていった。
(親父、客だ)
(あん? 客だぁ?)
(ソーマとか言ってやがるが、どーする?)
(裏に連れてこい。で、テメェも座ってねぇで手伝え!)
丸聞こえですぜ、ガロの旦那。
「裏に来い、だそうだ」
「了解です」
ガロの息子殿は、不機嫌だった。
この親子、御機嫌斜めがデフォルトなのだろうか? …ガロにはにかまれても、それはそれでちょっとしたホラーだが。まぁいいか。
息子殿に連れてこられた裏庭には、炉の前で金物を打ち直しているガロが居た。
相変わらず、金褐色の瞳は肉食獣のようにギラついている。…まさかのデフォルトでしたか。わかりました。
握られた鎚は、鈍器にしか見えず。
怒らせたら挽き肉にされるよね? …とか失礼な感想を抱きつつ、俺は本題を切り出した。
「こんにちは、ガロ。薬の具合はどうかな?」
「ああ、悪くねえようだな。そこの馬鹿息子に訊いてみろ」
「はは…バカ息子、デスカ」
口の悪いのはガロの口癖…と思っておこう!
最初と比べたら、だいぶ丸いよね。丸いよね?
「息子さん、使った感じ…いかがです?」
「息子と呼ぶな。気持ち悪い。俺はイオだ。年は17」
気持ち悪いって言われた…。親子だなぁ。
「失礼しました。じゃあイオ、使った感じは?」
「4日前、狩りのときに足首をヤった。骨は折れてないが、痛みで動きに支障が出ることもある感じのケガだ。だが今回、飲み薬を飲んで膏薬を塗ったら、同じようなケガをしたときと比べて痛みがだいぶマシになった。痛いことには変わらないが」
うわぁ。丁寧な解説がもらえるとは正直思わなかった。
「膏薬の1つは、隣のハル婆に渡した。膝とか腰とか、塗り始めたら少し楽になった気がする、とか言ってたな」
「そして、弟分のやつらも打ち身が痛くなくなるのが早かったと言っていた。あれこれ痛みに嘆いてた花街の姐さんも、飲み薬で頭痛も月のモノも軽くなったとか浮かれてたな」
「月のって…なるほどね…。副作用というか…体に害があったとかいう話は?」
「まだ無い」
「なるほど」
とりあえず今のところ、副作用は無し、と。
「あ、それとだけどさ。この辺、水の事情とかはどうかな?」
「最悪だな。水は絶対に沸かしてから飲むぜ?」
やっぱり。
「じゃあ、腹痛とか下痢とかは?」
イオがの身体が、下痢という単語にピクッと反応した。
「よくある。子供が100人いたら、1人2人は下痢で死ぬ。俺の弟も母親も下痢で死んだ。だから、何だってんだ?」
イオの眼は、最初は憤りに爛々としていた。それが、言葉を吐き出すにつれて、どんどん哀しみが混じっていく。
いたたまれなくなって、俺は話を切るように、言葉を割り込ませた。
「俺は異世界生まれだから、下痢の事情なんかもこの世界の人間より知ってるつもりだ。この世界に合うようななにかいい案が思いついたら、試したいなとは思う」
「………」
“異世界”の単語にガロは渋い顔をしたが、まあいい。
「俺、実は、腹イタの薬も作れるんだ」
イオは、俺の言葉に食い付いた。
「…お前…作れるのか…。…値段は?」
「最初は試供品ってことで30粒入りの瓶5つは無料で」
「なに、無料だって?!」
「腹痛とか下痢があるときに1日3回まで、大人3粒・大人前が2粒・子供1粒ずつ服用の錠剤。通常、60粒で銅貨8枚にする予定です」
「大事な薬が銅貨8枚…? 赤字じゃないのか…?」
「いいえ、大丈夫です。そもそも俺、商人じゃないし」
「役に立ちたいんですよ、俺」
俺は、無意識にペンダントを握っていた。
「…やってみろよ」
「え?」
ガロが、小さく言葉を吐いた。
こちらに背を向けて鍛冶場作業をしているので、表情はわからない。
「やってみろ、と言った。その耳はお飾りか?」
ガロが、賛同してくれた。
口は相変わらずだが、振り向いて見せてくれた眼に、いつもの剣呑さが無い。
ゴツい顔についた眼には柔和さという単語が見当たらないが、俺を肯定してくれている。
「ありがとうございます! 俺、頑張ります!」
「お前、鍛冶もやるんだってな」
「はい! 鍛冶も化学もやってます!」
「…化学ってなぁ何だ?」
「基本的に、魔法を使わなくても出来る錬金術です」
「魔法を使わない錬金術だと?」
「俺のいた世界では魔法が無かったんです。そんな世界で物質を操る技術です。」
「…ほう。ここでも出来るのか?」
“出来るのか?”ってことは、出来ることを前提に出された疑問だよね?
「出来ます。さらに言うと、実験器具によって、出来ることはかなり広がります」
「よし、明日からやってみせろ。隣の炉とそこの部屋は自由に使え。井戸も勝手に使え」
器用に鉄を打ちながら、許可だか命令だかわからないセリフがガロさんから出てくる。…ま、ガロだから仕方がない!
薬の具合も聞けたし衛生事情も聞けたし、第2の実験室も貸してもらえたし、満足です。
“わたし、幸せ過ぎて怖いの”
…という死亡フラグはガンガンへし折らせてもらおう。…主にヴォルトとかラギィとか兄貴とかの力で。
周りを巻き込んで、幸せにならないとね?
…ね?
ガロに礼を言ったあと、俺は第2の実験室を造るべくガロさん宅を後にした。
そして、石英を大量に採取しまくった。
…兄貴とヴォルトを引き回して。




