第22話:俺と世界の境界線。
不定期更新で申し訳ありません!
第22話、よろしくお願いします。
研究と称して、累計数百キロ~数トンの銅・鉄・ニッケルを生産する日々。
俺は鍛冶場にいるドワーフのガドさんと竜人のヴェズさんに、合金製作の試験用素材としてこれらを提供している。
合金のレシピは日本から持参した教科書に書いてあるので、これを王国の標準語である中央大陸語にひたすら書き直していくのだ。
大陸の東部に位置する王国と西部諸国では、話し言葉におけるイントネーションや母音の発音が微妙に違うが、書き言葉はさしてかわらないのでサクサクと翻訳を進める。
俺には高次魔獣とも会話可能である『多言語理解:C級』という実にズルっこいスキルがあるので、翻訳のスピードは半端じゃない。
ネイティブが意図するところにバチッと収まる厳密な翻訳には到底至らないが、意訳は出来る感じだから大陸東西間の言葉の差異なぞ、あって無いものだ。
俺は、合金に係わる内容のセクションについて要点を纏め、積み重ねたレポート用紙に錐で穴を開けてそれらを紐で綴じ終えると、椅子から離れて柔軟体操をした。
「飽きた…」
翻訳作業、さすがにマンネリ化してきた感が否めないので西の森へ狩りに行くことを考えてみた。
理由は一つ。『美味い和食が食べたいから!』
西の森は、北の山から流れ出る川が横断しているので、森の恵みだけでなく川のものもゲットできるのだ。
そんな楽しそうなこと、やらない手はないよな。
うん、やろう!
兄貴に仕込まれて戦闘力がついたからというか、ヴォルトと知り合ったからというか。ヴォルトの縄張りである西の森エリアが俺単独ででも比較的安全に行動出来る範囲になったのが、なんか嬉しい。
更なる安全確保のため、武器兼道具として刃渡り約40センチ、幅約10センチ、グリップ込みで長さ60センチくらいの肉厚の鉈を背負い、街を出る準備をした。
いちおう、兄貴には念話で出掛ける旨を伝えておく。危険は無いだろうか、保険としていつも行き先を伝えておくのがいつのまにやら暗黙の了解となっている。…子供の頃と変わってないよなぁ。この辺は。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
街を出て3時間。
森の中の川原に到着したので、さっそく魚とりをはじめることにした。
方法は…
俺は釣りが苦手なので、岩に岩をぶつけた衝撃で魚にショックを起こさせる獲りかたに決めていた。
何故にあんなグロテスクな生物を餌にするのか分からない。そして生臭い!
考えたら負けな気がしたので意識のスミに蟲を除けると、自身に【身体強化】をかけて。
「そぉい!」
…といった感じで岸辺にあるスイカ大の岩を持ち上げ、川にバシャバシャと入り、
「うりゃっ!」
…と、岩を川の底に向けてぶん投げる。
前に跳弾で怪我をした反省から、ちゃんと入射角度も考えた!
ゴキュンッ! …という超音波的な、なんか岩として出てはいけないように思われる音が川辺に響くと、あまり間もあけずに魚が何匹か浮かんできた。
鯉みたいなのが2匹、鮎みたいなのが3匹に、鯰みたいなのが1匹。
そして、人間? …えっ?…
…ドウイウコト?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
えぇ、えぇ。
それはシコタマ怒られました。
正座スタイルで小一時間説教されました。
まさか、ヴォルトが人化出来るとは知らなんだ…。
前もって教えてくれても良いのに。ねぇ。
人型をベースに、漆黒の角がこめかみから2本。茶褐色のザンギリ頭にそのテの方のような凶悪な風貌。そしてデカい。
大人も泣くね! 命乞い的な意味で!
『人化するのは漁のし易さからの選択であって、何であれ能力の劣る人型を晒すのはオレのプライドが許さない』とか言われましても、ねぇ。
否定はしないよ? 否定は!
はっきり言おう!
「もう赦して下さい! 心が折れそうなのです!」
とりあえず許しを頂けたから…
はぁぁ、良かった良かった。
何故に川に浮いていたか訊いたら、『魚を獲っていた』と。
素潜り漁をしていたら、高魔力込みの衝撃波に当てられて、一瞬意識を刈られた…と。
「あれっ? 弱点晒して大丈夫なん?」
『オマエだから大丈夫なだけだ』
「あっ…そうでしたか」
ヴォルトのムスリとした様子に、俺はこの話は忘れることにした。
「ごめん」
『…何だ?』
「いや、何でもない…」
『………』
「………」
何だか心がスッキリしない。
頭のモヤモヤが晴れない。
黙々と、森の道を歩いていく。
そして、目の前の景色が、ユラユラ遠ざかっていく。
え…? 遠ざかる…?
何かがおかしい。
ヴォルトは気が付かない。
…アレ…?
…ドウイウコトダ…?
俺の視界は白に閉ざされた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ヴォルト…!」
俺は叫んだ。
しかし、声にならなかった。
視力が戻るかのように、周りを埋め尽くしていた白は消えていった。
そこには、見覚えのある白。
白い天井に、白いカーテン。
病院の白だった。
(どうして…?)
機械に繋がれた俺は、茫然とすることだけしか出来なかった。
『大野先生。佐藤さんの意識が回復しました』
不意に、看護師と目が合った。
そのヒトは俺の覚醒を、無機質に、医師に告げた。




