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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第5章 ~勃発~
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vs タイタン 2

 目の前は長くまっすぐな歩道である。人っ気のない閑散とした空間を、後ろから迫る爆音と衝撃波を受けながら全速力で疾走した。

 右手には木々が連なっている。タイタンにとってはそれは何より邪魔なはずなのだが、奴はそれらも堂々となぎ倒しながら強引に進んでくる。まるでスペインの暴れた猛牛だ。


「(アイツ、あんな速度出せたのかよ!)」


 こっちは全速力で走っているが、そんなに距離が開いているとは思えない。確かに重量は重いが、それをも支え、安定し、そして速度を出すほどの人工筋肉と姿勢制御システムを備えているというのは、現代の日本のロボット技術の高さを実感するとともに、敵に回すとこれほどまでに厄介なものであることを身をもって実感した。

 時折、残っていた手榴弾の一部を投げるなどして牽制はするものの、墜ちて爆発するどころか、むしろ投げた場所によっては空中で撃ち落とすというCIWSめいたことまでしてのけてきた。お前は海軍軍艦じゃねえんだぞと思いっきり叫んでやりたかったが、こんな轟音の最中ではまず間違いなく聞こえない。


 牽制が無駄だと知ると、俺たちはもう諦めて逃げることに徹した。すると、


『祥樹さん、あの煙ってそうじゃないですか?』


「ん?」


 閉口無線でユイが走りながらそういって指さすと、その先には確かに黒い煙が上がっていた。

 黒煙自体は、東京都内から幾つか上がっていたのでそこまで注意はむけていなかったが、改めて見ると和弥の言っていた墜落地点と一致する。テロの混乱もあって火災の消火が満足に行えず、未だに燃え続けているのだろう。いい目印だ。


「落ちた場所と一致する。未だに燃えてるってことは燃料はまだあるぞ」


『誘爆に巻き込めますかね?』


「どうだろうな。航空機の燃料って燃えにくいから微妙じゃねえか?」


 航空機の搭載するジェット燃料は発火温度が高く、普通は燃えた焚き木やらを放り込んでも簡単には燃えない仕様になっている。だが、極端に温めたり、空気に触れて混ざったりすると逆に燃えやすくなり、エンジンで燃焼させる際は噴霧状にして発火現象を起こして燃やしている。

 墜落の際、燃料が漏れて空気と触れた際に、その過程で燃料が空気中に拡散して混ざったりしてしまえば、それは間違いなく発火の原因となる。墜落後も、その発火した燃料が墜ちたりしてしまうと、墜ちてきた燃えカスや燃えた燃料などにより熱せられた燃料や、他の可燃物に燃え移るだろう。あの煙は、それによるものと思われる。


「(燃えてるなら、できるだけ瓦礫の近くで燃えてくれれば……)」


 そう都合よくいくものとも思えないが、一先ずそう願った。トマホークの着弾時、それらも誘爆してくれるなら好都合だ。

 ビルや放置された車両で見えないが、若干倒壊した建物も見える。うまく瓦礫が積み重なってることを祈りながら、俺はユイに聞いた。


「八丁堀駅前交差点まであとどんくらい?」


『あと400m』


「ものくっそ微妙な距離だなおい!」


 そんなことを叫んだ時である。


「ッツァ!?」


 すぐ後ろで大きな爆音と衝撃波が飛んできた。一瞬だけ振り返ると、タイタンが中型グレネードライフルを本気でぶっ放し始めたのだ。ここ、歩道なんだが? お前が守るべき一般人が使う公共の道路なのだが? どうやら奴のAIは守るべきものを見失っているらしい。


 歩道じゃたまらんということで、策を乗り越えて道路に出た。大量にある放置された車を避けるため、大体車道の中央側を使って全力で逃げることになる。……が、タイタンは策をぶっ壊し道路に出たと思うと、邪魔な車を思いっきり蹴り飛ばすわ、鉄鋼榴弾で掃除するわしながら相変わらずの速度で突進してきた。もう無茶苦茶だコイツ。


『……まんまスペインの闘牛ですね。さながら私たちは闘牛士マタドールですか』


 そしてお前はなんでこんな状況でそんな軽口のたまえるのだろうか。数ヶ月ほど相棒をやっているが、これだけはわからない。


「俺たちは赤色の杖布ムレータなんて持ってねえぞ。「オーレ!」って叫んだんじゃねえだろうな?」


『そんな掛け声初めて知りました』


「じゃあお前赤いハンカチでもひらひらさせてんじゃねえのか?」


『生憎そんなものは持ち合わせてなくてですね』


「だろうと思ったよ」


 そんな受け答えをしながら、再び手榴弾を投げた。近くにあったフロントなどが壊れているワゴン車。おそらくテロリストの攻撃で破壊されたのだろう。

 その車体の下に手榴弾を投げて爆発させ、下にある燃料タンクに誘爆させた。新澤さんが10年前に実際にやった手法らしく、少し前に伝授されたものだ。直接投げたら効果はないが、こうすることで、せめて爆発の影響で少しは怯むかと思った。


 ……が、


「……ウソだろおい」


 ほぼ燃料満タン状態だったらしく結構大きな爆発が起きたにも関わらず、向こうは突進速度を緩めなかった。それどころか、その爆発した車両を、中型グレネードライフルの砲身を右に振って弾き飛ばすという想定外すぎることをやってのけたのだ。


 ……そんなことができるなんて聞いてない。脳筋どころでなくほんとにAIに人工筋肉染みついてるんじゃないだろうか。


『向こうは火なんて目じゃないようで』


「ふざけんじゃねえぞマジで! おい、ユイお前ロボットだろ? 同じロボットのよしみでなだめたりできねえか?」


『すいませんがちょっと遠い親戚過ぎてどうにもできないです』


「おいおい、そこを何とか頼むぜ。俺みたいなか弱い人間じゃ到底相手にできねえよ」


『バンデリェーラス付けた銛か短剣でもくれれば、一発で背中か首に指してきますけど?』


「それピカドールか? それともバンデリジェロか?」


 ほんとにコイツはこれをスペイン闘牛か何かにしか思っていないらしい。正直、正気の沙汰とは思えない。闘牛どころか、その性格をふんだんに取り入れた巨人だというのに。

 しかし、その巨人の動きはまさにブレーキが利かなくなった闘牛めいた動きで俺たちに迫っていた。たかだか400mだが、それがものすごく長く感じたのは久しぶりだろう。

 もはやアイツをまともに止める手段はないことを改めて実感した。無駄に何か回避策を考えることもせず、とにかく和弥の言われた通りに逃げることだけに集中した。


 ……すると、その和弥から無線が入った。


『祥樹、聞こえるか? トマホークを撃ってくれる奴を司令部が見つけてきた』


「ッ! 本当か和弥?」


『ああ。ちょうど東京湾にいた奴だ。都合よく実弾演習から帰ってきたところで、予備が余ってるらしい』


 ナイスタイミングだ。都合のいいことに東京湾にトマホークを持つ海軍艦船がいた。そいつにすぐに例のポイントに撃ってもらう必要がある。


『コールサインはワービックだ。そいつに連絡して着弾ポイントを座標指定してもらえ』


「了解。ワービックだな」


 地味に変なコールサインを持ってるな、とも思いながらも、さっさと無線を繋いでもらった。無線は司令部経由で向こうに繋がる。


「ワービック、こちらシノビ。応答を」


『シノビ、こちらワービック。感度良好』


 すぐに反応があった。なんか聞いたことあるような声だが、気にしている暇はない。すぐに指示を出す。


「状況はそちらで把握していますか?」


『把握している。トマホークはいつでも発射体勢にある。目標を指示してくれ。一発必中の一撃をお見舞いする』


「了解。今から送る座標に向けて撃ってください。タイミングはこちらで知らせます。……ユイ」


 すぐにユイに座標を指示する。まずは大まかなもの。そこに大体向かうことを知らせて、後から細かいポイントを指示し、適宜修正してもらう。これは場合によってはトマホーク飛翔中もリアルタイムで行える。

 データはユイを通じてすぐにワービックに送られた。


『……座標データ取得。FCS誘導システムへ転送』


「発射はもう少し待ってください。こっちで細かくまた知らせます」


『了解。待機する』


 一先ずこの状態で待ってもらい、さらに俺たちは移動する。

 もう200mをすでに切ったといったところだが、やはり遠く感じる200m。後ろからは相変わらず鉄鋼榴弾が放たれ、ついさっきからはガトリングまで火を噴き始めた。

 自らも動いているからか、若干狙いは定まっていない。FCSの性能上割と当てること自体は難しくないはずだが、事実当てれていないということは、そこはたぶん故障か何かでもしてるのだろうか。


「(つっても、このまま撃たれちゃ間違いなく蜂の巣だな……何かないかなぁ、適当な障害物)」


 そうはいっても周りは放置された車ばかり。あとは近くにゴミ箱や運用停止中の自動清掃ロボット等があるが、それらを何に使えというのか。巨人に対抗するにはちょっと心もとない。

 周りをいくらか見渡して使えそうなものを探していると、ユイが唐突に言った。


『すいません、ちょっと先行きますね』


「え?」


 そう言い残して、ユイは走る速度を速めて先へ行ってしまった。まさか見捨てたわけじゃないだろうが、一体何をしでかすつもりなのか。あと、案の定だが物凄く早い。

 すると、少ししたところにある軽トラの陰に隠れた。一先ずユイのほうに注意が向かない様、もう一個手榴弾を目の前に投げる。もちろんCIWSめいたガトリングさばきによって爆発する前に迎撃されるのだが、それによって一時的にユイを視界から外した。

 アイツが持っていた赤外線識別装置やX線走査装置では、金属製の軽トラの奥にいるユイは見えないはずである。


「ユイ、何してんだ。もうすぐ近くだぞ」


 一向にそこから動かない相棒に向けてそう忠告するが、それで帰ってきたのは返事じゃなく指示だった。


『合図送るんでそれに合わせて一気に右によけてください』


「はい? いきなり何を―――」


『はい、今!』


「え、ちょ、マジで!?」


 何が何だかわからんが、一先ず右に瞬時によけた。ちょうど目の前には放置された軽トラがある。


 ……すると、


「おいっしょォ!!」


 ユイの叫び声が聞こえた。それと同時に、


「はぁあ!?」


 さっきまでちゃんと止まってた軽トラがいきなり右に傾き、そのまま横倒しに倒れた。そこはちょうどタイタンの走る針路上で、いきなり目の前に倒れてきた軽トラにさすがのタイタンも思わず足を止めようとした。

 ……が、重量物というのはすぐには止まることはできないもので、タイタンも慣性の法則によって少しの距離はブレーキが利かなかった。結果、その軽トラに躓きその場で盛大に倒れてしまう。


「よし、今のうち。ほら、さっさと行きますよ。また起き上がりますから」


「え、お、おう……え?」


 正直まだ色々と整理がついていないが、一先ずチャンスとばかりに即行で逃げた。タイタンはああいう状況でも起き上がることぐらいはできるが、時間は少しかかるはずだ。今のうちに距離をできるだけ稼いでおく。

 ……でも、それよりだ。


「……お前、今何した?」


 恐る恐るユイに聞いた。だが、大体予測はついている。


「何って、軽トラ持ち上げましたが何か?」


 だろうと思った。


「いや、何か?じゃねえよ! 軽トラどんくらいの重さあると思ってんの!?」


「そういや幾らでしたっけ」


「700キロだよ! 大体700キロ前後くらいは余裕であるよ!」


 荷台には何もなかったので単純に軽トラ自体の重さとなるが、それでも人一人が持ち上げるにはちょっとキツイ重量である。でも我が相棒は、


「ああ、余裕ですわ」


「700キロの重量物を持ち上げることを余裕と言い張る勇気だよ」


 やっぱり、何かがおかしかった。何かが。


「考えてみればこれ使えますんでこの先でも使います?」


「使うならせめて何も乗ってない一般トラックでな……」


 一般乗用車は民間の人が避難の時に放置した奴だから、後々取りに来ることは間違いない。その時になんかぶっ倒れてたらちょっとかわいそうだ。いや、軽トラにも十分言えることなのだが……。

 しかし、できる限りそこら辺の被害が少なそうな、何も荷台に乗ってない軽トラや、若しくは中身があまりなくてボロい乗用車を使うことにした。ユイに先行させてそこら辺を調べて選別させた後、それを的確に針路上に倒していく。幸いにも、先の軽トラみたいに、そういった方面での被害が小さく済みそうな車がいくつかあった。その間は、俺ができるだけタイタンを引き連れて車に躓く針路をとらせる。


 この戦法は案外うまくいった。車の大きさによっては、先の軽トラのように突進が聞かずに躓いたりすることが多発。一方の俺はその車がどんどん倒れるたびにひらりひらりとかわしていくため、向こうが躓くたびに少しずつ距離を開けていった。

 ただ、位置は常に把握しているようで、どれだけ開いても俺たちを追い続けてくる。


「(もう少し距離を開けないと……)」


 文字通りユイの足手まといになってしまうことはできる限り避けたい。ユイの本来の足なら、俺に構わず突っ走ればとっくの昔に遠くに逃げきってる頃なのだ。無理に突き合わせている以上、何かしらの方法で貢献する必要がある。


 ……とはいえ、これ以外の方法は想像できないので、残るは俺のほうが無茶することである。


「ユイ、俺に構わず近くの車とにかく倒し続けろ。もちろん選別はしろよ?」


『え? でもそれだと祥樹さんが……』


「大丈夫だ、俺は後で追い付くからとにかくぶっ倒しまくれ。そして先行って状況を確認してこい」


『……了解。勝手に死んだら殺しますよ』


「泣きっ面にハチじゃ済まんわそんなん」


 死人に口なしとはよく言うが、それはさすがにあんまりだ。俺は死んだ後も銃弾喰らわねばならんのか。

 とにもかくにも、ユイは指示を受けてさらに先行。車を選別しながら、できるだけ多くの車を針路上になぎ倒す。もうそろそろ2桁ほどの車がアイツによって横倒しにされるが、あれだけのことを連続してやり遂げる主力はどっから持ってきてるのやら。高出力の人工筋肉もそうだが、それを支えるバッテリー性能もちょっとおかしなところがある。


 そこから俺は多少の無茶をした。煙幕弾を2つほど前に投げて煙幕を展開。ちょうど煙幕が前面に展開すると同時にその煙幕の壁を突き抜け、小さな車などは乗り越えながらとにかく突っ走る。

 煙幕によって視覚や赤外線情報を使えなくすると、向こうはX線を用いたスキャンを実行する。その隙に俺は先のユイのように近くの金属製の車両に隠れ、煙幕を突き抜けたと同時にすぐ近くから最後の手榴弾を投げた。


 あまりに近すぎたため迎撃が間に合わず、うまい具合に胴体に命中。ガトリング砲の根元付近で爆発し、むき出しになっていた弾帯に繋がっていた弾薬に誘爆。それによって少しの間タイタンは怯んだ。その隙に、さらに俺は一気に距離を開けるべく全力疾走を開始した。

 金属製の乗用車の陰に隠れることによって、X線スキャンしか使えなくなったタイタンの視覚から逃げたのだ。タイタンの構造は知っているので、近くからならピンポイントで投げれなくはない。

 タイタンは自体は割とすぐに動き出したが、ガトリングは撃ってこなかった。目論見は成功し、タイタンはガトリングをまともに使うことはできなくなったようだった。


 なお、ユイはその様子を遠目から見ていたようで、


『……祥樹さんって前々から私の事おかしいって言ってますけど、人の事言えませんよね?』


 妙に正論なことを無線で言ってきた。ほぼ無感情で。


「たまにはこんくらいしねえと見劣りするだろ?」


『対抗意識燃やすことなんですか?』


「人間ってのは些細なことで負い目を感じちまうんだよ。覚えておきな」


『はぁ、さいですか』


 少々納得いかないようなそうでないような、そんな含みを残してユイはさらに先に行く。少しして、ユイは八丁堀交差点に到着。例の事故現場を確認した。


『見えました。瓦礫が綺麗な山築いてます。その少し奥には墜落した機体も確認。そっちはただの鉄くずか何かになってます』


「了解。使えそうな穴あるか?」


『今から調べますが、これほどの高さでしたらたぶん乗ったら落ちますよ。タイタンの重量からしてもそう長く穴にはまらずにいれるかわかりません』


 よし、ここら辺は和弥の計算通りだ。そうしたら、後はユイが座標を指定してくれれば、それをすぐに向こうにデータとして送ることができる。

 俺もようやく八丁堀交差点に到着した。タイタンは何度も車に躓いた結果、結構距離を開けることとなった。今頃、自身が巨体であることを恨んでいることだろう。


 今のうちに現場を簡単に見る。和弥やユイの言った通り、奥の方には墜落したらしい機体の残骸が見えた。『JAPAN SKY CARGO』と書かれた機体と垂直尾翼のロゴが偶然見えたため、和弥の言っていた貨物機で間違いないだろう。

 その手前側には、その貨物機の左主翼が“切った”らしい建物の瓦礫が大きな山を作っていた。左手にはその切られた建物の無残な姿が残されており、若干煙も上がっている。中で小規模な火災が起きているのだろう。


「こっちです。ここによさそうな落とし穴が」


 ユイが瓦礫の上から手招きして呼び寄せる。瓦礫を素早く登っていくと、ユイが指をさしているところには小さい穴が、中をのぞくと、そこそこ大きな空洞があった。


「崩壊した際に、鉄筋コンクリートの構造や崩れ方などの偶然からこれが形成されたようです。タイタンの体を埋めるにはちょうどいい穴ではないかと」


「よし、じゃあここに落としちまおう。ユイ、座標を送ってくれ」


「発射タイミングは?」


「ちょっと待て……」


 俺はタイタンの場所を確認した。相変わらず俺たちの位置はしっかり把握しているようで、時々躓きながらもこっちに向かってきていた。時には鉄鋼榴弾を針路上にばら撒きながらも突進しようとしている。やはり脳筋である。


「データ送りました」


「シノビよりワービック。座標地点最終修正。修正次第発射願う!」


『ワービック了解。座標設定完了。トマホークを発射する。弾着まで2分30秒』


「了解。2分30秒な!」


 今から2分30秒後にトマホークが弾着する。それまでにはさすがにタイタンも穴に突っ込むはずだ。あとは、そこに留まらせるだけである。

 すぐにタイタンは八丁堀交差点に到達した。俺たちの姿を確認するや否や、こちらに中型グレネードライフルを向けてきたが、すぐに俺らは瓦礫の陰に隠れた。隠れさえすれば、向こうはこっちの姿を確認するまで攻撃はしない。

 しかし、足は止めない。目の前に瓦礫の山があるため、それを乗り越えるべく上り始める。あの脳筋AIなので、もしかしたらその瓦礫も鉄鋼榴弾でぶち壊してどかす可能性は考えていた。そうなったら、せっかく見つけた穴も役に立たなくなってしまうが、それをしなかったのは、弾薬の面を考えての事であろう。タイタン特有の弱点である、保有弾薬の少なさである。


「上ってきました。瓦礫の山の頂点に達したら、ボッシュートです」


 瓦礫の山の下でスタンバイする間、ユイがそう呟いた。

 そして、その通りタイタンが瓦礫の頂点に足を踏み込んだ時、


 ガラッ……


 その音とともに、一気に足元の瓦礫が崩れた。鉄筋コンクリート製の瓦礫はタイタンの重さに耐えきれず、コンクリート同士がこすれ合うことを何重にも響かせながら、そこにあった足場を下方へと消し去ってしまう。


 そして、タイタンはそれに思いっきり巻き込まれた。


「よし、嵌った!」


 俺は思わずガッツポーズを取った。案の定、タイタンの重量に瓦礫は耐え切れなかった。まさに、地盤の安定しない降り積もったばかりの雪に突っ込んだ人間の足の如く。タイタンは右足から瓦礫の下へと導かれ、そこからさらに、左足もつられて下へと落ちていき、若干向かって左側に傾く形で静止した。

 ガトリングは上を向き動かせず、中型グレネードライフルは向かって右側に傾いたせいか、構造上うまく動かせなくなっているようだ。アイツが持っている武器はこの二つがすべて。これでアイツは、起き上がったりしない限りは手も足も出ない。


「よし、穴に嵌ったぞ。こっちの作戦勝ちだ」


「弾着まであと2分弱……。もうちょい早めに発射させてもよかったかもしれないですね」


「違いないな。あとは、ここでできる限り牽制して向こうを穴にはめ続けるだけだ……」


 向こうはそれでなくても重いため、簡単には動けない。どうにかして脱出を図ろうとしているところのようだが、そう簡単に脱出できる厚さではない。自身の身長の半分くらいの厚さがある。おまけに、瓦礫自体も重い重い。


 どうやら、万策尽きたようだな。


「(後は、向こうが出てこれない様に見張りを……)」


 そう思って楽観した。


 ……だが、



 ガシャンッ



「……へ?」


 瓦礫の一部が、若干動き始めた。

 タイタンの左足と重なる部分。そこにかかっている瓦礫が、ガキャガキャとコンクリート特有の音を発しながら、テンポよく沸騰しているように動き始めたのだ。


「……なんだ?」


 少しの間その様子を見ていた。弾着まで、大体2分を切った時だろうか。



 ガキャァンッ



「なッ!?」



 俺たちは、そいつがあくまでも“巨人タイタン”である所以を知ることとなった。



「が、瓦礫を蹴っ飛ばしてる!?」


 タイタンは、手が使えないとしると今度は“足”を使い始めたのだ。自身が左に傾いていることを知り、支えとなると同時にうまく動かせない右足ではなく、比較的まだ動作の自由度が高い左足を振り回し、周りの瓦礫を強引にどかし始めたのだ。

 あまりになりふり構わない行動に、俺たちは唖然とした。


「そこまでして俺たちを殺したいか……」


 無機物なロボットではあるが、あまりの執念に若干ながら生物的な何かを感じ取ってしまう。まるで、体に何本もの銛や短剣を刺されても、あくまで闘牛士マタドールを殺さんとする闘牛のようだ。

 タイタンの最後のあがきともいえる行動は、完全に奴を息を引き取らせるには、さらなる攻撃が必要であることを示唆していた。


「クソッ、何かで止めるぞ。牽制射撃!」


「了解。着弾まであと1分40秒」


 俺とユイはタイタンの前面に前進し、残っていたフタゴーの弾薬をタイタンに向け射撃。左足の行為の注意を逸らそうとした。

 しかし、結局はただの5.56mmの弾である。タイタンには通じず、むしろ左足で蹴飛ばしたコンクリートがこっちに向かって飛んでくる事態となった。さすがに危険なため一旦交代するが、当然向こうの動きは止まらない。


「弾着まで1分まもなく切ります」


 残り1分も持つとは思えない。瓦礫は結構取り除かれ始めた。左足で足場を作られたとなると、そこから起き上がるのは大した難易度ではない。ギリギリトマホークの攻撃を躱される可能性がある。


「(マズイ、何とかして止めないと……)」


 近くに何か使えそうなものを探す。奴の動きを止める、何か大きな障害物でもあれば……


「(何かないか? でっかい瓦礫あたりを上に乗っけるだけでも……)」


 残り1分ちょいしかないのだ。逆を返せば、その時間だけ耐えればよい。その時間だけ、あいつの動きを封じる何かを見つけなければ……


「……あッ!」


「?」


 唐突に、ユイは何かを見つけ瓦礫の山に向け走り出した。俺も後を追い、左足で蹴飛ばされる瓦礫を躱しながら瓦礫の山を登ると、ユイはすぐにあるモノに手をかけた。


「これを上にかぶせましょう。やるなら今のうちです」


 それは機体の尾翼の一部だった。金属製の尾翼の破片、墜落時に脱落したものの一部だろう。瓦礫に交じってここに散乱していたのだ。

 尾翼だけあって、そこそこ大きなものだ。これを使えば、確かに奴の動きを封じることができる。


「だが、あまりにデカいぞ。お前持てるのか?」


 軽トラは持てたが、小さめの破片とはいえ、この尾翼まで持てるかは微妙なところだった。ましてや、もうあと1分ギリギリのところだ。

 ……だが、


「……持たないと次死ぬのは私ですから」


 なんともない顔で、そういってのけた。この自信に満ちたような“無表情”。信頼できるこの表情が、俺の次の行動を確立させた。


「……オッケー。じゃあかけるぞ。今すぐこっちにそれを倒せ。俺は邪魔なものをどかす」


「了解。下敷きにならない様にご注意を」


 ユイはその尾翼の破片をその身、両手のみで動かし始める。中々動こうとしなかった破片も、ユイの文字通り人間離れした腕力によって徐々に動き始めた。


 その間に、俺もすぐに動く。時間はない。この破片をかぶせる上で邪魔になるのは、上を向いたまま動かないこのガトリング砲だ。

 だが、動かせなくはないはずだ。さっきここに来るときも、撃ちはしなかったが、動いてはいた。撃てないだけなのだ。

 このガトリングが上を向いたままでは、破片を乗せてもこれがつっかえ棒のような役割を持ってしまい、あまり意味をなさない。こいつを、少しでも下に向ける必要がある。


「(腕ごと下げさせれば……)」


 ガトリングを支えている基部を破壊すれば、自動的にガトリングは下に倒れる。すぐにユイに手榴弾を求め、投げて一個譲ってもらった。

 左肩のガトリング可動基部は、最初弾帯を攻撃した際に装甲が若干剥がれているようだった。すぐに俺は手榴弾をそこにもう一度投げ、装甲を完全に破壊し、むき出しになった基部から人工筋肉に当たる部分に向けて残りすべての弾薬を叩きつけた。

 先ほどまでの戦闘で負荷がかかっていたこともあり、すぐに基部はイカれた。一瞬爆発が起きたと思うと、ガトリング砲は糸が切れたように力なく下に倒れ、二度と動くことはなかった。これで、つっかえ棒は取っ払うことに成功。


「残り30秒だ。急ぐぞ!」


 しかし、時間はもう残されていない。ユイが頑張って持ってきた尾翼の破片を、一旦縦に持ち上げて、そこから二人で一気に力を込めて押し倒した。


「おっしゃ、そのまま倒せ!」


「はい!」


 想像以上に重い破片をなぎ倒すと、ガシャンッという金属音とともにタイタンを下敷きにした。ガトリングという左腕が消えたため、どかそうにもどかせない。これで、今度こそ巨人は袋のネズミと化した。


「よし、これでいい。もう二度と動けねぇ!」


「祥樹さん、あれ!」


「ッ!」


 ユイが空を指さす。そこには、ビルの隙間から見える一つの小さな黒点があった。それは、間違いなくこっちに向かっている。正確には、今俺たちがいる場所の真上へと。


 間違いない。例のトマホークだ。弾着まで残り10秒を切っていた。


「逃げろ! 爆発に巻き込まれるぞ!」


 真上から真っ逆さまに落ちてくる巡航ミサイルに巻き込まれてはただでは済まない。俺たちはすぐに瓦礫を飛び降り、近くの飛行機の残骸へ向けて全力疾走。トマホークが着弾する直前に、その陰に隠れた。


 その瞬間である。


「ッヒャァ!!」


「―――ッィ!!」


 すぐ目の前でトマホークが着弾した。今日感じた中で一番の爆発音と衝撃波が襲い掛かり、機体の残骸を盾にしながら必死にそれが収まるのをまった。時折、着弾時に飛び散った小さなコンクリートの破片が高速で飛来し、盾にしていた機体の残骸にぶち当たる。そのたびに、貫通しないか恐怖に襲われていた。


 ……十数秒後。それらが粗方収まった時、俺たちはやっと盾にしていた残骸から顔を出して様子を窺った。


「……お?」


 すると、先ほどまで暴れていたタイタンは、完全に鳴りを潜めていた。コンクリートの残骸から若干覗かせている体は、ほとんど原型が内容に破壊されていた。ものの見事にトマホークの餌食となったようで、残骸から覗かせているのは、同じく“残骸”だった。


 散々俺たちを追いかけまわして暴れていたのが嘘のように、無残な残骸として静かに横たわっていのだ。


 その沈黙の様はまるで、闘牛に出た牛が、終盤でトドメとして短剣を刺されて死んだ時の、最後の姿のようである。





 スペインの闘牛のように暴れまわっていた巨人タイタンは、


 トマホークという短剣でトドメをさされ、ようやく鳴りを潜めたのであった…………

※この回の戦闘シーンで妙に闘牛ネタが多いのは、実際の闘牛の流れを参考にしたせいだからというのは公然の秘密である。

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