ロスタイム
時間をかけるといっても、どれくらいの長さがいるかはわからない。撤収の状況によっては、予想よりその時間は長引くだろう。
二澤さんたちのところはまだ敵がちらほらいた。妨害の可能性を考えれば、こっちの時間稼ぎで伸ばす時間が増えに増えることは十分想定される。そこも念頭に入れて行動する必要があった。
まずは、敵の注意を引き付けなければならない。
「奴を引き付ける。大っぴらに目立ってやろう」
「前面に出ちゃっていいんですか?」
「好きなだけ暴れろ。ただし無茶はするな。あくまで引き付けるだけだ」
「ラジャ」
派手に暴れるのはユイの特権だ。敵の前面に出て、あえて目立つ。それこそSEA GIRLsのような売れっ子アイドルの如く、敵の注意を最大限引き付けるのはアイツの役目だ。
敵はすでに新大橋通り上にいくつかの車両部隊を置いていた。さっきは黒い改造バン3台程度だったが、気が付けば増援が到着しているようだった。
……ほんとに、一体どこにそんな戦力を仕込んでいたのかわからない。冗談抜きでPMCでも雇ってたんじゃないかというレベルに達しかけていた。
一先ず、ユイがその新大橋通りに出て敵の注意を引き付けにかかった。人間離れした俊敏な機動性をもって敵の銃撃を翻弄。その間に、俺が脇から銃撃を加え撃退する形をとった。ユイを盾に使うようだが、これが現状一番有効、かつ合理的な方法だ。事実、これもこれでしっかり効果は出ていた。
おそらく薄いながらも、鉄板などをつけて改造した車を盾に使っている敵は、そこから顔を出して銃撃戦を展開。しかし、ユイは休む暇なく小刻みによけて動いているため、うまく狙いが定まらない。狙いを定めようとグダグダしているところを、一発俺のほうから頭部なりに当てれば一瞬で葬れる。ユイもユイで銃撃に応戦しているため、俺のほうにまで気を回している余裕はなさそうだった。
……つくづく、ユイが俊敏な戦闘用ロボットでよかったと実感する。
『ハチスカよりシノビ、聞こえるか』
「はいシノビ、どうぞ」
途中、二澤さんの声が無線から聞こえた。しかし、微かにだかが銃撃音っぽいのも聞こえる。
……ということはまさか、
『こっちは合流ポイントに急いでいるが、若干敵の妨害に会っている。そっちは大丈夫か?』
「何とか。そっちは大丈夫ですか?」
『問題ない。……と言いたいところなんだが、敵さん、こっちの位置わかってるんだがなんだか知らんが、妙にピンポイントでつけ狙ってきやがる。徐々に増えてるな』
「持ちますか?」
『一応は。護衛対象は無事だし、できる限り急いで護送するが、これ以上敵が増えては厄介だ。……悪いが、もうちょいそこで耐えててくれ。すでにHQにも支援要請は出した。終わったら必ず援護に向かう』
「了解。こっちはお構いなく。相変わらずな相棒がついてますんで」
『すまない、頼む』
無線はそこで切れた。何とか護衛は大丈夫そうだが、しかし厄介なことに発展しそうだった。
案の定、向こうは向こうで戦闘になっている。そうなると、余計ここでできる限りの足止めをしなければいけない。二澤さんらに差し向けられる戦力を少しでもこっちで吸収しなければ、満足に護送することは難しい。ましてや、その護衛対象も護衛対象だからな……。
「(……ここでじっと引き付けてるのもマズイか)」
まだ二澤さんらが完全にここから離れ切っていない段階で、ここでそのまま引き付けているというのも少々マズイ可能性が出てきた。ちょっとでも撃ち漏らしをすれば、そいつらはすぐに二澤さんらの元に追いついてしまう。こうなると、引き付けるどころか“引き離す”ことも必要となる。
……とはいっても、どう引き離す?
「(奴らの目的が俺たちならいいんだが……)」
敵の目的は一般民間人に限らないはずだ。要は、自分たちの邪魔をする奴らを撃退できればいい。一般民間人にこだわるなら、今すぐにでも一旦退いて、別の小路から東に移るなり、もしくは今俺たちと交戦している部隊の一部を東に送るなりしてもいい。ここは碁盤の目のように入り乱れた市街地で、少しでもその地形を利用して動き回れば、たった二人の軍人など簡単に翻弄できる。わざわざここに留まる必要はない。
敵だって、わざわざ俺たち二人が残ってる理由がただの陽動に過ぎないことぐらいわかっているはずである。それでも、ここに残って俺たちを殺さんと銃撃戦をする理由は明白だ。
……敵の第一目標は、一般人ではなく俺たち軍人だ。自分たちにとって、一番の脅威である俺たちが最優先で、一般人はそのついででしかない。
「(……なら、できる限りここから遠ざけよう)」
目的が明白なら、行動は自ずと絞られる。俺はすぐにユイに指示を出した。
「ユイ、一旦そっちに合流する。新大橋通りを横切るから援護してくれ」
『了解。何秒かかります?』
「……10秒かな」
『5秒』
「ワオ」
即答できびっしいの返すなや。だが俺が新大橋通り渡ってる間は一時的に孤立無援になる。あまり被弾は好ましくないし、これが限界といいたいのだろう。
……よろしい。全力疾走でここを渡ってやろう。途中は中央分離帯の柵があるが、あれもどうにかして飛び越えるしかない。
「……よし、カバー!」
合図とともにビル陰から出て全力疾走。ユイは高機動戦法からさらにフタゴーをフルオート射撃状態にして弾幕を張った。
鉄柵をモンキージャンプの要領で全力疾走の後に飛び越えに成功。着地の衝撃吸収のためにコンクリートの道路を受け身で転がりながらも、反対車線側の歩道に滑り込んだ。
「オッケー。カバー交代。こっちこい」
『了解』
すぐにユイとカバーを交代。フタゴーによる5.56mmの弾幕を張ると同時に、ユイは目にもとまらぬ……というのはさすがに大げさだが、それとどっこいなスピードでこっちに合流した。5秒とかかっていない。
「ちょっと弾幕弱めてみろ。向こうがこっちにくるか確かめたい」
ユイにそう指示し、意図的に弾幕を薄めた。すると、敵はこっちの様子をうかがいながら若干前進。東に向かう様子もなく、あくまでも注意は俺たちに向いているようだった。
やはり、第一目標は一番の脅威である俺たち軍人か。
「(向こうは二澤さんたちには興味ないらしい……。だが、俺たちを排除した後は間違いなく向こうに行く。なら……)」
やはり、手は一つしかない。
俺たちに注目が来ているなら、最大限に使わせてもらおう。
「ユイ、敵はどんくらいだ?」
「また増えてます。今度は軽トラ勢も追加。改造バン4台に軽トラ2台。それぞれに4~5名のAK持ち。一体どこの傭兵部隊連れてきたんだといわんばかりの奴らばかりですがどうします?」
「というか絶対雇ってきたんだろ。どっかの資金力豊富に使ってよ」
さっきからこんな大量の旧式AKやらRPGやら持ってきやがって。どこの先進都市をぶっ潰しにかかるテロリストがこんな大量なの持ってくるんだ。ISILあたりですらここまでの武装を首都に持ち込むには難しいってのに。
……だが、今はそれは重要ではない。
「どれ、ちょっとずつ交代しろ。うまく引き付けろ。あまりに早く逃げると向こうにいっちまうかもしれない」
「地味に難しい問題をよくもまあ」
「やれるだろ?」
「余裕」
「だと思った」
お前は最初乗り気じゃないと思ったら、今度は一転余裕さを強調する答えを返すのがブームなのか。しかし、ユイがうまく調整しながらこっちに引き寄せているおかげもあってか、うまく連れられてきている。一旦南に後退した後、ちょうどいいところで西に転進。
そのころには、二澤さんらもだいぶ離れているはずなので、仮に一部がそっちに行ったとしても護衛対象の護送には間に合わないだろう。
……同時に、
「シノビよりHQ。“タイタン”がどこにいるか教えてくれ。一番近い奴だ」
タイタン。ギリシャ神話に登場する巨人の神様の名前だが、この場においては別の兵器に対してのコードネームとして使われる。
『そこから西北西200mのところに定点監視につかせているのがある。だが、先ほどから識別ビーコンの反応がない』
「だが、そこの近くにいるってのは間違いないんだな?」
『間違いはない。ビーコンがわからなくなったのは5分前だ。まだ近くにいるだろう』
「どうも」
ビーコンが確認できないが、近くにいるのは間違いない様だ。場所も悪くない。なら、使わない手はないだろう。
「ユイ、巨人の手を借りるぞ」
「巨人って、タイタンですか?」
「そうだ。あれを使う」
タイタンはある兵器のコードネームだ。アイツなら、あの火力をもって敵を一気に薙ぎ払うことができる。
「(奴らを一網打尽にするなら、これしかない)」
たった二人でどうにかできるものでもない。元から近くにいることは知っていたし、最初からコイツの力を借りるつもりでこの時間稼ぎに出たのだ。
最後のビーコンがあった場所に向けて移動を開始する。敵が二澤さんらの方向に行かない様うまく調整をしつつ、じりじりと西のほうへ移動。敵も、車を軽装甲機動車と同じ感じで両扉を盾にしながらゆっくり押して前進。あくまで俺たちが狙いであることを確認すると、後退の速度をさらに早めた。
「(よしよし、うまくこっちに来ているな……)」
後は近くにいって、タイタンを見つけ出してさっさと撃破してもらうだけだ。ビーコンが確認できなくなったとはいえ、それは単に遠隔操作に必要な無線電波が届かなくなっただけで、そうなったら全自動で移動からIFF認識、そして攻撃まで実行するモードに変わる仕様になっている。味方のデータはすべて入っているため、俺たちの後ろにいる敵を見つけたら即行で攻撃してくれるだろう。
アイツの火力を、初めての実戦においてこの目でしっかり見届けるつもりだった。
『……あー、祥樹、聞こえるか?』
「ん? なんだ、どうした?」
ふと、和弥が無線に声をかけてきた。だが、妙に小声である。銃声が鳴り響いてるのでもうちょい大きな声で言ってもらいたいが、そこはユイが音量補整をかけてくれた。
和弥は続ける。
『あぁ、今こっちは敵を追い払いつつも回収地点に向かってる。もうすぐ着く頃だ。そっちは今大丈夫か?』
「大丈夫だ。ちょいと後退してるが、近くのタイタンに火力支援をしてもらうつもりだ。即行で終わる。心配すんな」
『そうか。それならいいんだが……』
「なんだ、何かあったのか?」
和弥の様子が少しおかしい。変にしどろもどろである。周囲の様子を窺っているようにも聞き取れた。
すると、和弥はさらに小声になっていった。
『……念のため聞くんだがよ、ユイさん何かしたか?』
「は?」
こんな時に何聞いとんじゃ、と思い変に呆気にとられた。思わずユイと「ハァ?」と顔を見合わせてしまうが、和弥の声は真剣だった。
『なんかよ……那佳ちゃんがさ』
「なんだ、彼女に何かあったのか?」
『何かあったっていうか、まあ……あったんだろうなぁと思って無線今かけてんだよ』
「何が?」
さっぱし意味わからんかったが、和弥の次に言った言葉に少し驚愕することになった。
『なんかさ……さっきから俺とか新澤さんに対して「さっき那佳ちゃんを助けてくれた人の肩から火花が出てるの見えたような気がしたんだけど、右腕に何かあったりする?」みたいなこと聞いてくんだけどよ……ユイさん、火花みたいなの出した?』
「「え゛ッ」」
銃撃戦の最中だが、思わずそんな声を上げた。そして、何時ぞやの新幹線の時のように顔をユイと見合わせる。案の定、「ゲッ」といった顔だった。
……火花? 右腕? それ、間違いなく銃弾掠めたときの奴じゃないかね。ユイのことを知っている俺はすぐにそう察した。
「……マジ? そんなこと言ってた?」
『偶然目に入ったらしくて……彼女、さっきから気になってるらしい。俺は一応「気のせいだろう。火花が出る要素はない」って言っといたし、他の姉妹たちもそんなのありえないって言ってくれてるから、疑問以上のことは聞かなかったが……』
「マジで?」
『マジで。単にストレスで幻覚か何か見ただけだって姉妹たちから言われても、「はっきり見えた気がしたんだけどなぁ……」って納得してない感じだな。サトさん曰く、ユイさんに助けられた直後からずっとあんな感じで悶々としてるってさ。……んで、ユイさん何かやらかしたりした?』
「……」
俺はユイのほうに視線を向けるが、妙に青ざめた顔で視線を合わせようとしなかった。
……その時点で、大体を察したようなものである。
「……もしかして、掠めた?」
冷や汗を出しながらそうゆっくり聞くと、ユイもゆっくりと頷きながら、
「……右肩のほうに、先の新幹線の時掠めたところとちょうど同じ所に1発だけ……」
「ピンポイント……」
運が悪いというかなんというか。時間をかけてれば塞がるとはいえ、まだ完全にふさがり切れてないところにまた銃弾を掠めれば……確かに、下手すれば内部の配線にまで影響が言って火花の一つや二つは散るかもしれない。
あまりに小さいものだったため、ユイの胴体のほうでも異常と感知されずに放置されたようだった。しかし、これは間違いなく肉眼で、彼女の目にしっかり映ってしまっている。
「(あの時か……)」
幸い、火花自体は一瞬だったようで、あくまで疑念程度で済んだようだが……あそこまで執拗にこだわるあたり、相当はっきり見えたのだろう。
念のため、和弥にもその点については話した。
『なるほどな……運が悪いなこればっかりは。至近距離で抱かれた状態だから、彼女も思いっきり至近距離で見えたことだろう』
「どうにかバレないようとりなせるか?」
『任せろ。一応そこら辺はこっちでやってる。新澤さんにも事情は話しとくよ』
「すまん。よろしく頼む」
一先ずそこは和弥に任せる。これくらいの対応なら和弥や新澤さんでも十分どうにかできるだろう。
……にしてもだ。
「……あの状況でよくあんなの見分けたな……」
もちろん、単に偶然という可能性はあるが……それでも、それはそれで今度はものくっそ運が悪いということになる。
「迂闊でした……ここは一度掠めて切れてるので警戒しておけば……」
「今更言ったってしょうがない。和弥に任せよう。それより、もうすぐタイタンのとこだ。急ぐぞ」
「了解」
引き付けは十分してきた。今は狭い小路に逃げ込んでいるが、妙に執拗に追いかけるあたり、ほんとに俺たちを排除するまであきらめるつもりはなさそうであった。……そんな無理くりバンやら軽トラやら押し込んでこなくても。
タイヤをパンクさせてみるのも手かと思いタイヤに銃撃を加えるものの、パンクはすれど、それはそれで結局文字通りの力押しで徐々に前進するため何ら意味はなかった。一体どんな怪力を連れてきたんだアイツらは。
「よし、着いた。ここいら辺にいるはずだ」
西に進んで、少し開けた道路に出た。最後の識別ビーコンはここの近所から発せられていたらしい。近くにまだいることは間違いないので、すぐに探すことにする。
一先ず敵を二澤さんたちからさらに引き離す意味も含めて北上を開始。ビル陰などに隠れながら、中々減らない敵に悪戦苦闘しながらも北へ進んだ。
……すると、
「……ッ! 近くにいます。すぐ北の十字路」
「お?」
ユイが真っ先に反応した。自身の三次元センサー探知範囲内に何かがいるらしいことを察知したようだ。
この先の北の方面はちょっとくねった十字路となっていた。そこそこ開けたところで、あのタイタンでも一応通れる場所だろう。
「まもなく来ます。もう少し向こうに近寄りましょう」
「オーケー」
ユイの提案通り、俺たちはさらに北上。敵をさらにひきつけながら、タイタンの元へと近寄った。
そして、ちょうど十字路の近くに差し掛かったところである。
「十字路出ます」
ユイがそういったのと同タイミングだった。
「―――ッ! 来た! タイタンを確認!」
その巨体が、十字路脇のビル陰から姿を現した。
ゆっくりと二足歩行で歩く、人の2~3倍ぐらいのデカさを持つその巨大な物体こそ、俺たちがタイタンと呼んでいた兵器だった。
ユイが形状をチェックし、その兵器の型式を確認した。
「“AHI・MTG-013”……確認しました。機体番号TT-0058認証」
「確認。やっと来たか」
その巨人の姿を見て、俺は安堵の声を漏らした。
MTG-013。数ヵ月前に幕張で行われたTIRSで見た、あのでっかい二足歩行型の移動砲台だ。現在、機動戦闘車や10式戦車といった重量火器を持つ兵器がまだ本格的に投入されていない。そのため初期対応として、無人で遠隔操作か、若しくは事前に設定された一定の行動規範に則って、搭載AIによる全自動戦闘行動が可能なこのMTGが投入された。
一定区域ごとに配置されているはずだから、奴のあの火力を借りれば十分対処は可能だ。相手はRPGなどのロケット系武器は持っていない。対してこっちはガトリング砲から中型グレネードライフル砲まである。1機しかないが、その数的劣勢を十分補えるだけの火力はあった。
その巨体は、ゆっくりとこちらに向きを変えた。妙にゆっくり過ぎる気がするが、気のせいだろう。
すると、ガンタンクのように背中の右肩後ろあたりに備えられた中型グレネードライフルが、ゆっくりと俺たちの後ろ側に指向した。
……その数秒後、
「ッぬぉッと!?」
突然の轟音。いや、発射音だ。
専用の鉄鋼榴弾を発射したタイタンは、後ろにいる敵を一斉に攻撃。2発連続での砲撃となったが、直撃とはならなかった。だが、手前近距離に着弾したこともあり、コンクリートは思いっきりめくれ上がり、バンやら軽トラやら率いていた敵はその衝撃によってその場に車もろとも倒された。中には、その倒れた車に下敷きになった奴もいるようだった。完全に、戦闘するうえでの体勢を失ったようだ。
完全に撃退はできていないが、これだけでも少しの間は怯んでくれるだろう。少なくとも、一時的な足止めにはなったはずだ。あとは、トドメを指すだけである。
「(ほぼ死に体の奴に対してトドメってのも気が引けるが……すまん。文句はコイツのAIにいってくれ)」
ロボットのAIの辞書に手加減なんて文字はない。生体反応が消えるまでしつこく攻撃をするモードとなっているのがタイタンだ。容赦はしないだろう。
次弾装填を完了した中型グレネードライフ砲から、もう一発ぐらい鉄鋼榴弾を放てば敵は一瞬に……
「……ん?」
……と、思っていたのだが、
「……なんだ、なぜ次を撃たない?」
タイタンの様子がおかしかった。
タイタンに搭載されているAIの行動規範からして、間違いなく、怯んでいるとはいえまだ生きてはいる敵を見逃すはずはなかった。中型グレネードライフル砲がだめなら、左肩側に備えているガトリング砲でもいい。
……が、それを撃とうとしなかった。
それどころか、よくよく見てみるとさっきから動きがぎこちない。TIRSで見たときはもっとスムーズな動きができていたし、広報PVでももっと素早い動きができていた。そして何よりも、何度か訓練でコイツと一緒だったが、こんなにぎこちなくノロくはなかった。
AHIが開発した高性能電動モーターによる高度なバランス制御のおかげで、二足歩行移動兵器としては破格の運動性を持っているタイタンが、なぜこんな状態なのか。俺は理解できなかった。
「(……なんだ、どうしたんだ?)」
ふとそんなことを疑問に思っていた時……
「……おかしい」
「え?」
ユイはそう呟いてビル陰から出て道路の路上中央に出た。俺も後を追いかけてその道路の中央に出るが、ユイはタイタンのほうを見て怪訝な表情をしている。タイタンは相変わらず、動きがぎこちない。というより、何をしたいのかわからないぐらい砲や細かな姿勢が変な方向に向いている。ギチギチと、まるで錆が入って動きにくいロボットのようだった。
……明らかに、異常である。
「どうした。何かあったか?」
ユイが怪訝な表情を崩さないため、俺は思わずそう聞いた。
すると、タイタンに向けるその視線は変えず、声だけ返してきた。
「……受信ができません」
「なにが?」
「……受信ができないんです。“IFFの応答信号”が」
「IFF応答信号?」
IFFとは敵味方識別装置のことだ。タイタンに乗せられているIFFは、常に自動的に敵味方を識別するための信号を送受信している。
ユイもロボットなため、少なくともIFFに相当する敵味方識別装置は備えているし、他のIFF搭載兵器ともそこら辺の信号情報を共有できる。電子的なサポートをするうえでの必須な機能だ。
……しかし、そのユイが、タイタンのIFF応答信号を受信できないとはどういうことか? 通常なら、向こうから自分は味方であるという意味を示す専用の信号が来るはずだ。ユイが疑念を抱くのも無理はない。
……だが、それだけではなかった。
「それに、ここ一応開けた路上ですよね? ここなら識別ビーコン届くはずじゃないですか?」
「え? ……あ、ほんとだ。受信できてない」
「でしょ? こっちも、何度確かめても、識別ビーコンが友軍のデータリンク上で受信されていないんです」
ユイの言った通りだった。
HMDに、近隣の味方の識別ビーコン情報をMAP上に表示させた。すると、俺とユイのものは発信されているのに、目の前にいるはずの子のタイタンの分は発信されていない。俺たちが受信できていないのではない。そもそも、発信すらされていないのだ。
「(……目の前に肉眼ではいるのに、電子的にはいないことになっている?)」
そんな馬鹿な。映画『バトルシップ』の冒頭にあった宇宙船じゃないんだぞ。
受信できていないならまだしも、発信すらされていないのはどうもおかしい。計器の故障でもあったのか? 前の段階で、何らかの敵の攻撃があった可能性もある。それなら、今こうして動きがおかしいのも説明がつくが……それにしては、機体に傷がない。
「……なんだコイツは……」
おかしな状況だった。トドメの攻撃をせず、変にぎこちない動きをする移動砲台。発信されない識別ビーコン。受信できないIFF……。
……何かがおかしかった。俺の考えていたシナリオと違う。
「……祥樹さん」
「あん?」
思わず熟考してしまっている俺に対して、ユイは声のトーンをそのままに俺に聞いてきた。
「……現在の状況、過去のデータ。想定される未来予測の中から現実的にありえそうな確率のものを厳選して再検討。そののちにさらに精密な予測データとして整理した結果……」
「結果?」
それと同時に、移動砲台がやっとこっちを向いた。砲もこっちのほうを指向しはじめ……
「……みょ~に考えたくない予測結果がはじき出されたんですが……」
狙いがうまく定まらない中、その砲が後ろの敵……、ではなく、
「……これって、どういう感情で表せばいいんですかね? あまり感じたことのないものでして」
……さらに、その“もう少し下の方”を向き始めた。
「……」
……ほう。ここにきて新しく不明な感情を会得したか。でもお前、それ前々から感じてたことやろ。こんな時にボケのつもりかね。
だがまあ、乗ってやろう。今回のこれは、たぶんそうしないと精神的に参るものになるかもしれない。
「……そうだな。似たようなのなら人間も感じたものがあってな」
「ほう?」
タイタンは相変わらずギチギチと動きがぎこちなく、狙いが定まっていない。しかし、それでも大体目標を指向したところで……
「……人はそれをな」
ガチャンッ
小さく装填音が響き……
「……“嫌な予感”って、いうんだぜ」
瞬間、
バァンッ
驚く間もなく、2回目の斉射がされた。
“俺たちに向けて”。
「ッ!」
狙いは外れた。砲弾は俺たちの後ろの方に着弾し、ドでかい爆発音を響かせた。。
……え?
「(…………はい?)」
俺とユイはゆっくりと後方を向いた。
俺たちと敵の間当たりのコンクリートがめくれ上がっていた。おそらくそこに着弾したものと思われる。
しかし、タイタンの本来の主砲指向精度から考えると、あれは後ろの敵を狙ったものとは考えにくい。というか、最初砲口は露骨に“俺たち”を向いていた。
「…………は?」
あまりに突然の事態に、俺たちは呆然とした。
事前に考えていたシナリオになかった事態。それはユイと共有していたはずだった。だからこそ、このような展開になったことに対して唖然とせざるを得なかった。
「……え」
「えっと……あれ?」
困惑する俺たち二人に対して、タイタンは動きを止めなかった。
再びギチギチと金属的に鈍く重い音を発すると、また変な動きをし始めた。どうやら、砲塔の指向を調整しているらしい。調整になってないと思うのだが。
だが、どんどんと動きが滑らかになっていっているのが確認できた。最初ほどぎこちなくない。徐々にそれを克服しているようだった。
「……ユイ」
「はい」
未だに呆然とする中、俺はユイに言った。
「……もしかしたら」
タイタンは、さらに動きを滑らかにしながら、砲口をこちらに向け……
「お前の感じた嫌な予感……」
……そのまま、固定した。……そして、
「……当たったかもしんねえわ。“一番最悪な奴”で」
ガチャンッ。という小さく響く装填音。
その音を聞いた瞬間、俺はハッと我に返り瞬時に叫んだ。
「―――マズイ、走れ!!」
刹那、
バァンッ!
「うゎッ!」
走り出した瞬間、その砲口が火を噴いた。
今度は俺たちのすぐ後ろ。走るために180度回転した直後に喰らったため、後ろからの衝撃に押されてそのまま前のめりに倒れた。
俺とユイはそのまますぐに立ち上がるが……
「……ッ!?」
振り向くと、タイタンはもはや俺たちの知っているタイタンではなくなっていた。
ぎこちない動きはなくなり、確かに滑らかな動きは復活していた。しかし、その矛先は、間違いなく俺たちに向いていた。中型グレネードライフル砲は完全にこちらを指向し、ガトリング砲も動き始めている。
……間違いない。“ガチ”で殺す気で来る。
「な、なんで!? 私たち味方なのに!?」
ユイの困惑しかない叫びを聞きながら、俺はさらに上に重ねるように叫んだ。
「いいから走れ! とにかく走れェ!!」
面一杯叫び、俺とユイはいったん後方に全力で逃げた。途中怯んだ敵がいるが、知ったことではない。
どう考えても、脅威度はあのタイタンのほうが高いのだ。
全力で逃げる。しかし、タイタンは持ち前の機動性を完全復活させ、機動戦闘車とどっこいの速度で追いかけてくる。これっぽっちも、差が縮まらなかった。
自分の足に鞭を撃ち逃げる中……、
「クソッ……」
俺はこの状況に舌打ちをうった。
「……ウッソだろオイ……」
直前まで考えもしなかった予想外の事態に、俺たちは突然飲み込まれることとなった…………




