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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第5章 ~勃発~
96/181

捜索・救出作戦 3

 和弥が険しい顔でその場で足を止めた。

 狭い通路の脇の数ある建物の陰に身を隠し、一旦しゃがむよう俺たちのほうにハンドシグナルで促す。


 護衛対象である3人にも静かにするよう諭し、その場にしゃがませた。お守りを新澤さんとユイに任せ、俺は和弥の元に急ぐ。


「で、何がいるって?」


「HMDでデータリンクとUAV画像を確認した。この先にすでに敵がいる……そこまで規模は大きくない」


「装備は?」


「全員AK持ちみたいだな。2~3人グループが確認できるだけで4つ。今ここで出て行ったら、間違いなく見つかる」


「チッ、めんどうだな……」


 この先はしばらく狭い道路を使って、敵の目から隠れて進もうと考えていたが、向こうもそれを理解していたのか、それともただの偶然か……。道が塞がれては、そこは使えない。

 別の道はあるにはある。ただ、敵の分布位置や、まだ見つかっていないと思われる敵勢力の可能性を考えると、道の選択によっては逆効果を招く可能性もある。


 今まで選んできた道も、和弥があらゆる情報をまとめて最善の選択をしてきたから比較的安全だったようなものだった。その和弥が、道を変えようともせず足踏みしているということは、その行為が意味することなど考えるまでもなかった。


「……いったん戻るか?」


 押してダメなら引いてみろ。無理に進むより、時には退いてみる姿勢も大事だ。確かに彼女らを早く安全地域に移す必要性はあるが、急いでヘマを犯してしまっては本末転倒だ。来た道を一旦戻って、そこからまた再度他の道に移る手も十分有効だろう。


 だが、和弥は首を縦に振らなかった、


「それも微妙だな。さっき彼女らがいた場所はすでに敵が入ってきている。徐々にだが、こっちに迫る奴も出てきてるらしい。UAVがいい位置にいないのかは知らんが、時折データリンクが途切れてるし、不用意な行動はできない」


「押しでもダメ、引いてもダメってなると……」


「……参ったな、こりゃ」


  和弥がまた頭のヘルメットを親指でつついて首をひねらせた。敵がいつの間にか死角を使って囲み始めている状態だった。市街地がどれだけ戦いにくい環境かを改めて思い知ったが、うかうかしてはいられなかった。

 俺たちの目的地である工場ビルはここからまだ数百メートルも先にある。工場ビルは湊3丁目、その隅田川に位置する。


「他の開けた場所って何かあったっけ? このまま向こうに行くにもちょっとキツいんじゃない?」


 いつの間にか近くにいた新澤さんが聞いてきた。彼女なりに近くに固まったほうが安全という配慮だろう。

 新澤さんの指摘も一理ある。合流地点は必ずしもそこである必要はない。俺たち地上部隊か、若しくはヘリ側の判断で、場所を適宜変えることも可能だ。ヘリに伝えて、そこへ向かってもらうこともできる。


「ですが、他に使えそうな場所ありましたっけここ?」


 俺のその疑問に、ハッとなってすぐに反応したのは彼女ら3人のうち一人の娘だった。次女のほうだ。


「東京中央小学校ならどうでしょう? 私たちは元々、幼稚園と小学校時代はそこの生徒でした。あの学校は屋上が校庭となっていて、屋根も可動開閉式です。いつもは天井は開けていますので、そこに降りてもらえば……」


「あ、サトちゃん頭いいッ」


 3人のリーダーたる那佳ちゃんが指を鳴らしながら思わずそう言った。彼女の言う通り、ここから少し歩けば都立東京中央小学校があった。中には付属幼稚園もあり、狭い都市内部の学校らしい工夫として、本来校舎に隣接している校庭を、丸ごと校舎の屋上に置くという斬新なデザインを持つ学校である。

 そこの屋上は開閉可動式で、随時操作できる。仮にしまっていても、電気はまだ通ってるはずだからどうにかして操作をして開けることは可能だ。そこにヘリを呼び込んで、そこでさっさと拾ってもらうということも確かにできるだろう。


「あそこも確かに広い屋上はある。そこはどうだ?」


 和弥に意見を求める。悪い線ではないはずだが、しかし和弥は乗り気ではなかった。


「悪くはないと思う。だが、場所が悪い。隅田川ラインから近いとはいえ、ギリギリ内陸側に位置しているから、敵が潜伏している可能性はそこそこある。それに、あの学校は校舎がそこまで高いもんでもないから、下手すれば敵の対空火器の餌食になっちまうかもしれない。スティンガー持ちが今どこにいるかすべてを把握しきれていない以上、そこの近くにも居ることを考える必要がある」


 和弥の言ったことは間違いではなかった。確かに、考えてみればあの校舎もそこまで高い建物ではない。近くにスティンガーを持っている敵がいたとしたら、ヘリが屋上校庭に近づくために降下した時を狙って一発ロックオンして撃ってしまえば、発射したときのヘリとの距離等の状況によっては、撃墜され二次被害が起きる可能性もある。それが屋上校庭に落ちてこようものなら大惨事だ。


「(あそこはじゃあ使えないか……)」


 せっかくいい場所だと思ったが……そうなると、別場所か……。


「……スティンガーってなに?」


「え、カワちゃん知らない?」


「知らない」


 3人のうち長女らしい娘のそんな小声が聞こえてきたが、一先ず、


「ユイ、説明よろしく」


「え? あぁ、はい……」


 これは、向こうに任せよう。


 そうこうしている間にも、敵は徐々に包囲を狭めてきていた。向こうはこっちを包囲している自覚はないのだろうが、結果的にそうなっている以上、もはや手段を選んでいる暇はない。


「敵の位置がもう少し詳しければなぁ……」


 そうぼやく和弥も、時間がないことを考え、すぐに決断した。


「……しゃーない、一先ず西だ。西に行こう」


「西っつったって、そっちは敵が狭まってるはずだろ?」


「そっちはまだ薄いほうだ。道の選択によってはギリギリかわせる。合流地点より逆方向になるが、仕方ない。そっちに行こう」


「オーケー。先導頼む」


 結局、来た道は戻らないが半分引いてみることとなった。

 一旦西に進み、敵がまだそこまで多くない地域へと進む。またもや狭い道を、3人娘を護衛しながら静かに進んでいった。相当なストレスなはずなため、さっさと終わらせたいところだが、急ぐに急げないジレンマである。


 ついでに、俺は無線を開いて司令部に聞いた。


「HQよりシノビリーダー。近くに誰か味方はいないか? ハチスカが近くにいるって話だったはずでは?」


『ああ、近くにいる。そこから西のほうで付近敵性勢力の調査中』


 ちょうど俺たちが向かっている方向だ。ちょうどいい。何かあったら援護を頼んでもオーケーだという話だったので、すぐに無線を繋いでもらった。


「ハチスカ、こちらシノビ。どうぞ」


『こちらハチスカ。シノビ、よく聞こえる。援護が必要か?』


「ええ、お願いします。ちょっと地味に包囲されかけてる上、守ってる対象がちょいVIPすぎてほんとに傷つけられないんですわ。こっちと合流してください。場所はデータリンクで送られてるはずですので」


『……確認した。今から向かう。そんで、そのVIPってなんだ?』


「知りたけりゃご自分の目で見てみることです。傷どころか、ストレスすら与えることが許されませんよ」


 そういって無線を切った。二澤さんたちも彼女らのファンだったはずだ。護衛対象が彼女らだとしったら、向こうも黙っているわけにもいくまい。張り切るどころか、いつも以上に真面目に、かつ“カッコよく”やってくれることだろう。張り切りすぎて何かやらかさないか心配ではあるが。


「西に行くと新大橋通りが見える。そこは出るのか?」


「出たところで、向こうと合流したいところだな。二澤さんたちも新大橋通りとはそんなに離れてないはずだ」


「敵がいたら?」


「共同で潰す」


 物騒な言葉を言うもんだ、と思ったが、元から俺ら物騒なことしてたと思い直す。

 敵としては新大橋通りなんていう見通しの良い場所に部隊を置かないはずがないだろう。さっきは軽トラとロケランを持った奴らもいるというデータリンク情報があった。アイツらが最初俺たちが捜索に当たっていた区域に入っているなら、情報よりは少なくなっているはずだが……、おそらく、希望的観測に終わるだろう。


「ここからまた少し慎重になるぞ。動いたり止まったりを繰り返す。俺たちはいいが、そっち大丈夫か?」


 和弥がこっちを向いてそう言った。その先は間違いなくここにいる3人であろう。先ほどから、若干息が上がり始めているように見える。


「遅くしたほうがいいですか? こっちはそちらに合わせますが」


 ばててしまってはこちらの行動にも支障が出てしまう。ここは民間人側に合わせるのが最適の道であるが、彼女らはその提案を退けた。


「大丈夫大丈夫、那佳ちゃんたち体育会系の番組出まくって鍛えたから」


「体育会系って何あったっけ……」


「どっかの番組じゃ全力で坂道駆け上がったりMRJと徒競走したり、あとスポーツカーと徒競走したり」


「ほとんど徒競走じゃないっすか」


「ちなみにサトちゃんよくそれに引っ張り出されるよ」


「SEA GIRLsの運動娘ここに極まれり」


「ハハハ……」


 芸能界ってのは恐ろしい世界である。未成年少女がなして飛行機やスポーツカーと全力競争せにゃならんのだ。まあ、TVだからできるといわれればそれまでなのだが。

 とはいえ、一応それだけのことをこなしてこれたのならある程度の体力はありそうである。元より、ライブなどで大量のスタミナを消耗させる経験をしてきた彼女らだし、簡単にへたばりはしないだろう。


「もうすぐ新大橋通りに差し掛かる。敵がまだ若干いるから二澤さんたちの動きを待とう」


 もう数十メートルで新大橋通りに入る距離となった。二澤さんたちのほうは、無線によればもうまもなく新大橋通りに差し掛かるとのことだった。

 そんなに時間はかからないはずだ。データリンクで場所を確認しても、向こうもあと100mを切っているようだった。


「敵の待ち伏せを警戒しよう。ここいら辺は裏路地が大量にあるから、UAVや衛星が確認できない奴らがいてもおかしくは―――」


 そう呟きながら、和弥はさらに前進をした。その先は新大橋通りに差し掛かる前の最後の小さな十字路……


 ……だったのだが、


「―――え?」


 その十字路の陰から、誰かが出てきた。3人。こっちがそのその材に気づいたころには、向こうもこっちを向いていた。彼我の距離は50mと離れていない。そして、その手には……



「……ッ! マズイ、AKだッ」



 運の悪いことに、敵だった。


「ッ! いたぞッ!」


「左よ! 隠れて!」


 反応は同時だった。

 敵が射撃をし始めたと同時に、新澤さんはすぐに機転を利かせ、すぐ左にあった賃貸住宅同士の隙間に彼女らを押し込んだ。ギリギリ人が二人ぐらい入れる幅だったが、完全に日陰なためほぼ真っ暗となっている。

 和弥は俺たちとは若干離れたところにいたが、運よく近くに屋内駐車場の陰があった。そこに転がり込み初撃をかわすと、銃撃は近すぎて危険だと見たのか、手早く破片手榴弾フラググレネードを準備し、迫ってくる3人の元に投げ込んだ。


「(よし、ナイス判断)」


 慌てて投げたこともあり、投擲精度はお世辞にもいいとは言えなかったが、それでもこの狭い路地である。敵の前に適当に投げ込めば、その効果範囲でこの路地を塞ぐことができ、向こうは引かざるを得ない。

 4秒の時間猶予があったため、敵はほぼ目の前から投げられた手榴弾に一旦足を止めざるを得なかったが、すぐに破裂。敵は手榴弾が放った破片に巻き込まれ、前進する足を負傷した。

 足だけでなく、胴体や腕等、他の部位にも傷を負ったらしい。しかし、致命傷にはならなかったようで、まだ十分五体満足で生きている。


「和弥、後退しろ。こっちにこい」


「了解」


 その隙に和弥は屋内駐車場の陰から出て、俺たちの元に合流する。


「スモーク投擲!」


 その間、俺はさらなる妨害として煙幕弾も投擲する。煙を周囲に充満させることで敵の前進を妨害するための手榴弾で、これで仮に向こうが再起したとしても、俺たちがどこに行ったか分からない様にさせた。


 効果はあったらしい。向こうが起き上がる前にこっちを若干見たようだが、銃を持って撃つほどの力はなかった。敵の将来予測の思考を誘導させるため、わざと俺は路地裏から出て、路地裏に逃げ込んだ新澤さんたちを手招きするしぐさをしながら、今来たのと反対の方向に走る行動をとった。

 こうすることで、敵は煙が充満する前の最後の俺の行動を基に、次の行動を決めるはずだ。敵は俺が路地裏にいる味方を連れて、今来たのと反対方向に逃げたと錯覚するだろう。


 その間に、俺たちは暗い路地裏を進む。


「チッ、チクショウ、運がねえぜ。あんなとこに敵がいるなんてデータリンクになかったぞ!」


 和弥がそう吐き捨てた。今日はほんとに空からの監視が役に立たないというか、当てにできないというか。空の監視が甘いと市街地がこんなにも戦いにくくなっちまうのか。ここにいる俺らはそんなことを思っていた。


「路地裏だったんだ。UAVや衛星の監視が届かなかったんだろう」


「それでもだ、タイミングが悪すぎる。何とか路地裏があってよかったものの……この先はどう行くか……」


 和弥がHMDに地図データを表示させて通路の再検討をし始める。その間、俺はさらに二澤さんに連絡を取った。


「シノビよりハチスカ。緊急事態エマージェンシー。こちらのほうで敵の部隊と遭遇。現在追跡されているかは不明。そちらと合流を急ぎたい」


『こちらハチスカ。識別ビーコンが確認できない。今どこだ?』


 路地裏だからだろうか、味方の位置を示すビーコンが届かないらしい。ついでに、無線も若干ノイズが混じっている。


「現在ポイントC45-445。そこの路地裏に今います。まもなく一車線道路に進入」


『了解。新大橋通りまでこれるか?』


「一応行きます。ですが、場合によってはそっち単独で渡ってきて下さい。敵の場所もわかりませんのでうまく進めない可能性があります」


『了解した。すぐにそちらに向かう』


 そこで無線は切れた。ビーコンが受信できないため、二澤さんたちが今どこにいるかわからない。だが、最後に受信していた位置は、新大橋通りのすぐそばだったため、もしかしたらもう向こうで渡るかどうかの判断を待っているところかもしれない。


「もうすぐ一車線道路に出る。さっきこっちの方角から敵が来てたから、たぶん何かしらいると見たほうがいいな」


「そうなったらどうすんだ? また戻るなんてできねえぞ?」


「わかってる。こればっかりは誰もいないことを祈るしかねえ。運否天賦って奴だ」


「民間人居る中で運に頼りたかねえなぁ……」


 運否天賦。運の良し悪しは天が決めるからそっちに任せろ、みたいな感じの意味だ。だが、それは俺たち軍人だけの時ならまだしも、民間人もいる中でそんなの正直やりたくはない。神様が民間人3人にまでいい顔してくれるかわからんからだ。


 とはいえ、実際問題そうするしかないのも事実だった。一先ず路地裏を進み、一車線道路のほうに出る。

 先導の和弥がすぐに周囲を確認。すると、微妙な顔をしながら、


「……いるっちゃいるんだが、これはどう評価したもんかな。こっちをこれっぽっちも見てない」


「見てない?」


 抜けた先の一車線道路の右手を見たところ、数十メートル先に敵らしい奴はいるようだった。しかも、軽トラに乗ったロケラン持ちである。

 だが、そいつはこっちを見ていないらしい。なんかさっきもこんなことあったなとデジャヴな何かを感じないわけではないが、再び舞い戻ってきたチャンス……といえばいいのだろうか。不幸中の幸いというのもまたちょっと微妙な状況である。


「向こうがどう動くかで変わるな……、どうする和弥?」


「敵さんはどうやらこっちを見る気はないっぽいし……二澤さんにこれ潰してもらえねえか?」


「二澤さんでなくても、ヘリでもいいだろう。さっきから何度か飛んでるし」


 ここでいうヘリとは攻撃ヘリだ。さっきからそのローター音が大きくなったり小さくなったりとしているが、おそらくAH-64DアパッチJAH-1サムライのものだろう。

 都合よく大通りのほうに出ているため、空からの攻撃はできると思う。だが、和弥に言わせればそれも微妙だという。


「奴ら、車自体はバックしてすぐにこの一車線道路に隠れれる状態にしてる。たぶん、ヘリからの攻撃の時にすぐにそっちに逃げれるようにだな。ヘリ側がこの一車線道路と正対する位置に入って、奥に入った軽トラを攻撃する姿勢になるのもいいが、この一車線道路の先は十数階建てのビル群だ。道路はないから、一直線にこの道路を目指して攻撃するってのはできない」


「立地が最悪ってことか……」


 となると、ヘリは新大橋通りを南北どちらかから低空で侵入して通りすがりに攻撃するってことしかできないということか。ちょっと路地の陰に隠れれば一瞬でかわせるじゃないか。

 この一車線道路を、新大橋通りの逆の方向から攻撃するという手もあるが、ここは大小の建造物が入り乱れているため、そもそもヘリが飛行するのには向かないし、第一まだもしかしたらいるかもしれないスティンガー持ちの存在を考えると、迂闊に低空をあれよあれよと飛行しているわけにもいかない。


 ……空からの攻撃は、頼りにならなそうだった。


「マルチファイヤは? あれ誘導性能あったから仮に建物に逃げてもギリギリ行けるんじゃない?」


 新澤さんの言うマルチファイヤとは『MIAGM-122JマルチヘルファイヤIII対地多弾頭誘導ミサイル』の事だ。日本がヘリファイヤを改造して作った小型多弾頭ミサイルで、攻撃ヘリのデータリンクを連接し、仮に建物の陰に逃げても、建物を避けて自動的に敵を追尾する対地ミサイルである。

 今回みたいに、何かあるとすぐに陰に隠れる敵に対しては、事前に目標を設定しそれに対して発射すれば、後は勝手に建物を避けるため有効となるはずだ。


 だが、和弥はそれすらも否定した。


「ここも結局一車線道路なんでミサイルの機動が間に合わないんですよ。新大橋通りから撃って直角に曲げるとしても、絶対機動が間に合わずに近くのビルにあたります。そうなったらがれきで俺たちの道がふさがれかねません」


「あー……じゃあもうヘリ使えないじゃない」


 敵が読んでるのかどうなのかはわからないが、うまいところに立地を利用して空からの攻撃を妨害しているようだった。これだと、もはや陸からの攻撃しか頼れない。

 ……俺たちがやるのもいいが、他に敵がいる可能性を考えると、注意を引き付ける原因を作るのは得策とは言えない。潜水艦がアクティブソナーを撃つようなものである。もし失敗すれば逆効果な上、仮に成功しても周りの味方が追ってくる結果となる。


「二澤さんに頼もうぜ。それしかない」


「だな……」


 そういうわけで、一先ず二澤さんの場所を確認。何とかギリギリでデータリンク受信ができた。すでに新大橋通りのそばで待機しているようだった。位置からして、たぶん敵は見えるだろう。


「シノビよりハチスカ。攻撃支援要請。ポイントC44-112。軽トラック、荷台にいるロケットランチャーを持っている敵1」


『……確認した。狙撃でいいか?』


「狙撃で構いません。何でしたら燃料タンクぶち破ってもいいですよ」


『わかった。任せろ』


「え?」


 そのまま無線が切れた。ジョークのつもりで行ったのだが、まさかな。そりゃ、最近の自動車はコンパクト化やら軽量化やらで薄くなってるため、狙撃銃使えば案外簡単に貫通する。AKくらいでも普通に通ってしまうため、市街地ではこれは盾には使えないくらいだ。


 軽トラも見る限り最近の奴なため、狙撃銃なら余裕で貫きはするだろうが……


「(……当たるのかよ、そんな簡単に)」


 トラックの燃料タンクって車体の底にあるはずだが……しかも後部の方。その車体後部は今俺たちのほうを向いてるからどうやっても撃ち抜けな―――


「―――うわぁッ!?」


 いきなり、ドカァンッと大きな爆発音が届いた。轟音に全然備えていなかった俺らは、突然の音に思わず心臓を跳ね上げて驚いてしまった。当然、この3人も同様だった。

 和弥が爆発音の音源を確認する。すると……


「……おい、トラックが爆発炎上してんだけど」


「ええッ?」


 和弥の言うトラックとはもちろん俺たちの行く先を塞いでいた敵である。ロケラン持ちの敵が荷台に乗っている奴だったが……それが、爆発したという。


 ……まさか、


「……シノビよりハチスカ。今どこ撃ちました?」


 ほとんど確信に近かったのだが、念のため確認した。

 ……が、案の定な回答が返ってきた。


『こちらハチスカ。狙撃完了。燃料タンクが吹っ飛んで花火と化した』


「いや、トラックの燃料タンクって車体底の後部にありましたよね? どうやったら撃てるんですか?」


『世の中跳弾ってもんがあってな』


「アホちゃいますかマジで」


 つまり、車体の底で狙撃で撃った弾を跳弾させて、そのまま燃料タンクに当てた……とでも言いたいのか。なんだそのユイですらするとは思えない神業。

 向こうにる狙撃手は相当な腕らしい……いや、前々から和弥と一緒に狙撃練習してたからそんなもんだろうとは思っていたが、まさかこんなことをしでかすとは思わなかった。


「跳弾で狙撃……なるほど。参考にしよう」


「おいおい……」


 ユイがそんなことを言っているのを聞いて思わず苦笑してしまった。お前の場合、さらに発展させて高層ビルの部屋の天井にある目標を、地上から二重で跳弾させて当てたりしそうで怖い。


『邪魔者は消えたぞ。早くこっちにこい』


「了解。お待ちを」


 何はともあれ、敵は消えた。俺たちは裏路地を出て、新大橋通りに向かう。

 爆発した軽トラが見えたが、そこのすぐ近くを通過することにした。すでに燃料にすべて引火したはずなため、再度爆発することはないはずだが、念のため急ぐ。

 新大橋通りに出て、熱風を感じながらその軽トラの隣を横切った時、再び無線を入れた。


「軽トラがいたとこから北上します。準備願います」


『了解。援護射撃は任せろ。合流後は東のほうへ―――』


 そこまで言った時である。突然、二澤さんの口調が変わった。


『―――ッ! 待て、データリンクが更新された。北からまた何か来るぞ』


「北? 何ですか?」


『これは……』


 そのデータリンクはこっちも受信した。その瞬間、和弥が「マズイッ」と呟いたのが聞こえ……



『……バンだ。4台のバンがこっちに接近している!』



 トラックではないが、代わりのものがやってきた。


「バン? 大型のあれですか!?」


『ああ、間違いない。クソッ、奴ら、トラックだけじゃなく移動用の大型バンまで用意していたようだな。しかもサンルーフみたいに天井を開けてそこから機関銃をぶっ放す体勢の奴らまでいる。うちらでいう装甲戦闘車か、もしくは装輪装甲車か何かのつもりか』


「奴ら本当にNEWCがけしかけたただの武装テロリストなんすよね? めっちゃ格安なPMCと違うんですか?」


『知るか! そんなの本人に聞いてくれ!』


 予想外の勢力の出現に二澤さんも焦りを隠せていない様だった。

 ただの武装組織がここまでガチな装備を持ってくるとは思えない。ていうか、一体全体どこにそんなの隠してた。車はまだしも、それを持ってくるってことは中身はガッチリ武装した連中か、若しくは大量の重火器だろ?


「(ただのテロリストが、ここまで本気になって都市部ぶっ潰しにくるかよ!)」


 裏にはNEWCの連中が絡んでるとはいえ、ここまでの装備を整える資金や手段をどこに持っていたんだ? NEWCはそれを成し遂げるほど実はえげつない組織なのか?


「(……ただモノじゃないぞ奴ら。これは“お遊び”じゃない)」


 あの動画では、よくテロリストが言う革命やら何やらというガキらしいお遊び程度としか思えない自己満足的内容ばかりが目立ったが、あいつらはそれを他のテロリスト以上に本気になってやろうとしているようだった。でないと、ここまで入念な準備を起こしたりはできない。改めて、そのことを思い知らされた。


 バンは高速で新大橋通りを南下。すぐに俺らも近くのビル陰に隠れるが、このままでは合流が困難だ。


「二澤さん、こっちにこれますか?」


『これなくはないが援護をくれ。もうすでに向こうの視界に入ってる』


「了解。じゃあこっちで二人ぐらい援護に向かわせ―――」


 ……たかったのだが、和弥がそれを遮っていった。


「マズイ、祥樹。こっちの後方から誰か来てるぞ」


「はぁッ? どこだよ?」


「新大橋通り南方。もうすぐ入船橋信号を通過する。クソッ、あいつらもしかしてこっちの居場所わかったうえで連携とってんじゃねえのか!? ただのテロリストがやる連携攻撃とは思えない!」


 和弥がそう吐き捨てるのを見て頭を抱えたくなった。

 つまり、完全に南北から挟まれた状態となったわけだ。このままでは、確実に敵に挟撃を許してしまう。

 一旦東のビル群に隠れるのも手だが、さっきからそっちは敵が遊弋していることがすでに確認されている。またそっちに行って、さっきみたいに敵と鉢合わせる事態にはなりたくない。

 しかも、そうなると二澤さんたちへの援護ができなくなる……。二澤さんたちも、一旦西に言って市のお箸通りを離れる選択もできるはずだが、それをしないあたり、おそらくそっちにも敵がいることもあり慎重になっているのだろう。


 ……となると、


「(……残された道は、一つか)」


 一番危ない方法なのだが、これが敵が見えているだけ攻撃を回避しやすい。二澤さんにもそのことを伝えた。


『―――だが、リスクがあるぞ? いいのか?』


「やるしかないです。VIPは任せてください」


『そのVIPってのはなんだよ?』


「絶対生き残らないと拝めない相手ですよ。あなた方全員大ファンでしょ。東京のライブでも会ったし」


『ファン……?』


 ……その後2秒だけ間があったか、驚きやら歓喜やら何やらが混じった声が聞こえてきた。


『……おいマジか!?』


「マジだから言ってんですよ。ですから早くこっちにダッシュできて下さい。こっちも“北上”を急ぎますので」


『了解! っしゃあお前ら! 偶像を拝みに行くぞォ!』


 なんだその掛け声は……だが、そのあと二澤さんたちの識別ビーコンが猛スピードで南下を始めたあたり、もう俺が何を言いたいのか大体察したのだろう。

 こちらも行動を急ぐ。


「今からここを北上する。敵は後ろと前から。何があっても俺たちが盾になるぞ。新澤さん、後方の敵どうですか? やれますか?」


「任せて。ちょうど軽トラのとこに偶然生き残ってたロケラン落ちてたんだけど、あれ拾ってきて潰すってのが早いと思う」


「了解。援護は?」


「心配いらないわ。敵は軽トラ一台だけみたいだから、単独で拾ってきてロケランぶっ放してきて戻ってくるわよ」


「了解。じゃあお願いします」


「了解」


 新澤さんはそのままここを離れた。偶然、さっきの軽トラの敵が持っていたロケランが生きていたらしく、そいつを使って後ろから来る軽トラ一台を潰しにかかる。その間、この3人のボディガードは俺たち3人で担当した。


 俺たち側の援護射撃もあって、敵はバンでの突入をやめ、中からぞろぞろとAK持ちの歩兵……というワードをテロリストに対して言えばいいのかはわからないが、それに相当する複数の敵を降ろした。そこそこの数がいる。コンクリートなどの陰に隠れながら、徐々に北上して距離を縮めていった。


 二澤さんらも“張り切って”南下。敵の妨害などお構いなしに突っ込んでくる。それを何で今まで訓練とかでやってこなかったんだろうかとあとで問いただす必要があるだろう。

 だが、敵も中々の手練れである。バンを盾にしながら、こっちの攻撃をかわしていった。前に言ったように、今時の車は結構薄くなっているはずなのだが、これは改造されているのだろうか。弾が貫通したようには見えない。


「(……ここでも用意周到さが見える)」


 そう考えながらも、何とか合流するのに十分な距離にまで接近した。

 そのころには、新澤さんも単独でロケランぶっ放して後方の敵を仕留めたという報告が上がっていた。ほんとにやっちゃうのかよ、という和弥の呟きに俺は全力で同意した。


 二澤さんたちがもうすぐそこまで見えたとき、ちょうど右手に小さな狭い路地が確認できた。二澤さんたちとの合流ができるなら、もうこっちに入っても大丈夫だろう。

 一旦ビル陰に隠れた後、和弥を先行させて路地の警戒。さらに俺が盾になりながらまず二人を路地裏に移し、最後はユイが、3人目の娘を守りながら路地裏に逃げ込む。最後は、先に姉妹を行かせた那佳ちゃんが移るらしい。


「行きます。祥樹さんカバー」


「あいよ。……行けッ」


 タイミングを知らせ、それに合わせて援護射撃。そして、ユイが彼女をすぐ目の前で盾になりながら護送する。ユイも時折射撃し、彼女もユイの足に合わせた。


 そんなに距離はない。すぐに路地裏に移れる……


「―――あッ!」


「ッ!」


「あッ!」


 ……はずだったのだが、


「いったッ」


 那佳ちゃんが躓いた。見ると、足元には先ほどまでの銃撃でめくれ上がったコンクリートなどが散乱しており、それに足を取られたようだった。

 そのまま速足で行くと思っていたユイが思わず彼女の前を通り過ぎてしまい、一瞬だけ、彼女の目の前から盾が消えた。


 ……瞬間、


「(―――ッ! しまった、狙ってる!)」


 敵が彼女を狙っているのが見えた。バンの上にある開けられた天井から、AKと思わしきアサルトライフルを狙っているのが見えた。お前、コイツ民間人なんだが!?


「(クソッ!)」


 間に合え。俺はそう願いながらすぐにそいつを狙い撃ちした。


「危ないッ!」


 同時に、ユイの声が聞こえ……



 ダダダッ



 数発だけの発砲音。そのあとは、それを撃った敵は俺が撃った銃弾に倒れたが……


「……ッ! ユイ!」


 ユイは倒れていた。倒れた那佳ちゃんを抱いて、文字通り盾になっていた。


「……え?」


「大丈夫?」


「え、あ、あぁ、うん……大丈夫……」


 しかし、心配するほどの大けがではなかった。ユイはいきなりのことに戸惑う那佳ちゃんにそう優しく声をかけると、すぐに起き上がり、彼女を抱えながらすぐに路地裏に飛び込んだ。


「大丈夫か? けがは?」


「問題ありません。怪我らしい怪我があったら褒めてやりますよ」


 そんだけ軽口叩けるなら、確かに問題はないな。確かに、目立った外傷はないようだった。





「……あれ……?」


「ちょっと、那佳ちゃん大丈夫!? 怪我は!?」


「う、うん……怪我はないんだけど……」


「けど?」


「……さっき、あの女性の人に銃弾当たった時に肩から電気走ってたような……?」


「はぁ? そんなわけないでしょ。単に防弾チョッキにあたっただけだよ。気のせいだよ気のせい」


「まあ、さっきからひどい状況ですし。仕方ありませんよ。幻覚って奴です」


「そ、そうかな……あれぇ……?」





 姉妹たちが相当心配そうに那佳ちゃんに話しかけていた。よくは聞こえないが、あそこまでの焦った様から、その姉妹愛が伺えるだろう。

 そのあとすぐに、二澤さんらも強引に新大橋通りを突破してきた。また、新澤さんも合流を果たし、ハチスカとシノビが完全に合流する。


「よう、またせたn―――ってええ!!??」


 案の定、二澤さんは彼女らを見て思いっきり叫んだ。私服姿で分かりにくいのに即行で見分けるあたりねぇ……。


「ま、マジで……?」


「おいおい、あの無線本当だったのか……」


 他の人たちも驚愕していた。彼らも、この3人とは例の東京エキサイトシティホールの件で面識はあった。だから、彼女たちも二澤さんたちを見ると驚きの表情をしていた。妙なところで、妙な再会を果たしてしまったものである。


 ……が、


「―――ッ! マズイ、まだ追ってくるわよ!」


 新澤さんが新大橋通りのほうを見てそう叫んだ。敵が入念に防御行動を起こしたこともあり、敵がそこまで減っていなかった。こっちも、あくまで合流を優先し撃破を後回しにしていたこともあり、ここまで数が残ったのだろう。

 そいつらも、依然としてこっちに接近しているようだった。


「このままじゃ後を追われるな。どうする?」


 二澤さんが俺に効いてきたが、俺は即決した。ユイともアイコンタクトで意志を確認しあう。


「俺とユイでひきつけます。その間にさっさと逃げてください」


「おいおい、こんな時に俺たちだけでって話は勘弁だぞ?」


「ですが、今はできる限り護衛が多いほうがいい。二澤さんたちが主体となって早く回収させてやってください。……今は、俺たちより彼女たちです」


「……」


 二澤さんもそれ以上は言ってこなかった。間違ったことではないからだ。今大事なのは、俺たちより彼女たちの命だ。それが第一な以上、手段を選んでいる暇はなかった。


「……わかった。頼むぞ。死ぬなよ?」


「わかってますよ。簡単に死にはしません」


「俺たちの援護は必要か?」


「いや、お前は新澤さんと彼女たちの護衛を頼む。すぐに追いつく」


「わかった。勝手に天に召されんなよ」


「わかってるっつの」


 そういうわけで、ここで俺とユイはいったんここを離れることにした。二澤さんは護衛の指揮を執り、厳重なボディーガードの元、急ぎ東へ足を進める。

 分かれる際、那佳ちゃんがユイのことを心配そうに見つめていたが、それに対してユイは優しく微笑んでいた。心優しい彼女らしく、心配かけまいとする配慮だった。

 二澤さんたちが東に向かうのを見送ったところで、俺たちは新大橋通りのほうを見た。


 ……では、




「……始めるか」


「ええ」





 ここからは、命がけのロスタイム作りの時間である…………

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