捜索・救出作戦 2
事態は急速に切迫し始めた。
やっと今からあたり一面を調べまくろうとしていた矢先に、この敵の接近である。焦らないわけがなかった。
「シノビよりHQ、敵の位置はどこだって?」
『西にある新大橋通りを南下中。直線距離で800mの位置、座標CB-453F』
「すぐそこじゃねえか!」
座標を聞いた和弥が思わずそう叫んだ。この座標地点なら、もうあと数分としないうちにここに到達できるか、少なくとも視界範囲内に入る。
相手はロケットランチャー持ちだ。おそらくRPG-7だろう。そんな奴らと鉢合うなんてまっぴらごめんだ。
「急いで探そう。和弥と新澤さんは死角から見張っててください。俺とユイで探します」
「了解」
「オッケー。ほら、さっさと隠れるわよ。急いで」
「アイッサー」
一先ず警戒は二人に任せた。ここからは捜索は俺とユイが担当する。30×30mのそこまで大きくない範囲だが、代わりに狭苦しい敷地内にビッチリと建物が敷き詰められている。しかも、すべて2~3階くらいはあるため、すべてを調べるとなるとどうしても時間がかかる。
敵はいないはずなため屋内での警戒はそこまで必要ないが、念のためユイに常時中をスキャンさせながら入る。一つ目の木造の建物から始まり、次々と部屋を確認していった。
鍵がかかっているものはユイのスキャンで熱源を探させた。人体がいるなら熱を感知できるはずだが、それでもいない場合はすべて無視する。
そんな流れで最初の木造建屋は調べたが、結局誰もいない。この時点で、すでに2分弱ほど使った。
「こんなペースじゃマズイ。手分けしよう。そっちはそっちで半分頼む」
「でも中調べにくくなりますよそっちは?」
「構わねえ。今はとにかく全体を調べれればいいや」
何かしらのバックアップが必要になった時のために、本当はユイが後方から室内をスキャンしながら俺が直接調べるやり方でいきたかったが、このやり方じゃ妙に時間がかかるようだ。もう手分けして探したほうが、多少はリスクはあがるが手っ取り早い。
「ボール投げるからリンクして捜査してくれ。主に2階だ」
「了解」
捜索には必要ないとは思っていたが、時間短縮のために手札を切ることにした。
『ボール』は手投げ式の無人偵察ロボットである。手持ちサイズの小さな黒いカプセル状のものだが、これを室内に投げ入れると自動的に変形。走行可能な超小型装輪走行ロボットと化し、内蔵カメラを通じて内部を隠密裏に偵察できる優れものだ。簡易的ながら熱源スキャン機能も搭載されている。
本来は俺自身が外から遠隔操作するのだが、操作権限をユイに委譲し、ユイ自身が他の建物を自分で捜索している間、こっちの遠隔操作も同時並行させることとなった。二つの作業を同時にこなすことは人間ではほぼ不可能なのだが、ここら辺はロボットだからこその面がある。使用する演算領域を分けることで役割分担を指せている。
ユイと俺は二手に分かれて別々の建物に入る。2階には窓はあったものの、鍵がかかっているのか開いていなかった。仕方がないため、ハンドガンにサイレンサーをつけて窓を打ち抜き、そこに空いた穴にめがけて投げた。穴の周りはひびが入っているため、それを壊しながらすんなり入ってくれた。
「ユイ、入ったぞ。リンクよろしく」
『リンク入りました。2階確認します』
ボールの操作権限を委譲し終え、俺はさっさと中に入った。相変わらずボロッちいというか、どちらかというと昭和染みた雰囲気があるが、ここにも誰もいない。相当急いで出たのか、色々と乱雑に置かれているだけだった。
2階に向かうが、ちょうどその階段でボールが降りてくるのが見えた。同時に、ユイから無線が響く。
『2階にはそれらしい人はいません。熱源がさっぱりです』
「了解。んじゃ次いこう。どんどんいくぞ」
そういった感じで、次々と建物を調べに行く。中には鍵がかかって入れない建物もあったが、無理にこじ開けてでも入る。こういう時はなりふり構ってはいられない。
GPS信号は未だに発信されてるようなので、間違いなくここにいるはずではある。しかも、さっきは何らかの無線通信をしているような兆候もあったらしいので、携帯が放置されてたということでもないらしい。
「(でも、どこにもいねぇ……)」
少しばかり探しても中々見つからないため、もしかしたら見落としでもあったんじゃないかと思い始めた時である。
和弥の無線が響いた。
『―――マズイぜ祥樹、奴らが一部こっちにきそうだ』
「ッ!? マジで?」
厄介なことになった。和弥の無線を引き続き聞く限りでは、例の南下していた敵の一部がこっちに来るしぐさを見せているという。
正確にはまだ来ていないようだが、あの新大橋通りからここまではもうただの狭い直線道路で即行で来れる場所だ。普通に視界にも入っているだろう。
「つっても、こっちもあと一つだってのに……」
目の前には、調べる敷地内にある最後の建物があった。
……だが、その建物が寄りにもよって、
「なんでコイツだけ“5階建て”なんだかなぁ……」
近所は5~6階ぐらいの建物が乱立している中、このGPS信号があった場所だけは2~3階の建物が集中していた。だからこそ、捜索は比較的容易だったのに……。この、最後に残った白くて半分くらい廃墟状態のアパートだけは、ご丁寧に5階建てとなっている。
まあ、面倒なので最後に回しただけなのだが……あまりにタイミングが悪い。
「チッ、しゃあねえ。二人とも、一旦こっちに合流してください。白いアパートの出入口前で警戒を」
『了解』
二人を一旦下がらせる。どうせこの建物で捜索は最後なので、終わったらすぐ合流できるよう玄関前に配置した。
敵が来ないうちにそそくさを俺たちの元に合流した二人を正面玄関前に置き、俺とユイは最後のアパートに進入。
随分と使われていないのか、それとも掃除やら補修やらをこれっぽっちもしてこなかったのかわからないが、随分と中は荒れていた。1階のほうは駐輪場や各部屋ごとのポストが集中していたりしたが、そこら辺も錆びている。触ったら手が汚れそうなものだ。
アパートなので、一つ一つ調べていく必要がある。しかも、ドアや壁も金属だったり鉄筋コンクリートだったりするため、通常の熱源スキャンでは探せない上、X線もうまく通りにくいときた。寄りにもよって、地味に機械的に探しにくい建物にあたってしまったようである。
「……どうやら入居者はほとんどいないらしいな」
「ですね。でないと、こんなに荒れる理由が見つかりませんし」
部屋の鍵もほとんど開いていた。避難命令が出た際に鍵をかけずに行ったらしい。かかっていても、それは長い期間鍵をつけた状態で放置された結果、錆びて固まってしまっているだけのものだった。
こんな状態では、とても人が長い間隠れたりするのに適した環境とは言えないだろう。
その荒れような4階まで同様だった。ほんとに、ほとんどの人がまともに住んでいないらしい。
『祥樹、ちょっといいか』
「なんだ?」
唐突に和弥が無線を開いてきた。敵が来たか? そう不安に思いながら聞いていたが、飛んできたのは気になるモノだった。
『ちょっと上から財布っぽいのが落ちてきたんだが……これ、上に誰かいるのか?』
「なに? 財布だと?」
『ああ。中を確認したらクレジットカードがびっしり入ってるんだが……あ、でも名前とかまともに書いてるやつねえや。名前ぐらい書いとけよ』
いや、一々書かないだろそんなの、とは思っていたが、同時に俺はふと思い出した。
このアパートは当然ベランダがあるが、そのベランダは正面玄関のある方向に面している。和弥がいる場所に落ちてきたとなると、ほぼ間違いなくそのベランダから落ちてきたことになる。
……寄りにもよってなんでそんなとっから落ちてきた?
「ちょっと待て。それ、汚れてたりしてないか?」
『んにゃ、結構綺麗だぞ。しかも可愛らしい花の絵柄してやがる。新澤さん好きそうだなこれ』
『なんでバレたのよ』
『え、マジっすか』
気になるなその絵柄、ってのはおいておいてだ。
汚れていないなら、少なくともしばらく放置されたものではない。今まで見てきた部屋は荒れていて、いろんなものが乱雑に置かれてはいたが、ベランダにまでそれが及んではいなかった。もっぱら室内の方だったのだ。
4、5階に限ってはベランダも荒れているとは考えにくいし、仮にそうだとしても綺麗な綺麗な財布が落ちてくるというのはもっと考えにくい。
……もしや、
「(……上に誰かいる?)」
様子を見るために、無謀にもちょっと外に顔を出して、その時にポケットにでも入れていた財布を落としてしまった可能性は否定できない。仮にそうだとすれば、俺たちが探していた要救助者をようやく探し当てたことになる。
「……4階は今調べてるが、それどこらへんに落ちた?」
『ちょうど正面玄関の真ん前だ。たぶんここの真上の部屋だぞ』
「4階でそれにあたるのはもう調べましたよ」
「だとすると……」
……可能性があるのは、5階か。
「……いこう。もしかしたらそこにいるかもしれない」
「了解」
『敵が相変わらずここから新大橋通りに出る道を塞いでる。いつ来てもおかしくねえぞ』
「反対側からの可能性もある。こっちも確認してはいるが、UAVの情報しっかり貰っとけ」
敵が新大橋通り方面から来るとは限らない。実は南の方から迂回してやってくる可能性も十分あった。市街地故に、こういった形で侵入経路が多くあるのが一番厄介なのだ。守る側にしてみれば、警戒する方向が多くなってめんどくささしかない。
『了解。でもここ、妙に電波届きにくいんだよな……時折データリンクが途切れる』
「我慢しろ。さっさと見つけてくるから」
『いたらな』
いるだろう、確実に。少なくとも何かしらの痕跡はあるはずだ。ヒントになればそれでいい。
一先ず、俺らは5階へ急いだ。このアパートは屋上などはないため、階段はそこで途切れる。
5階も相変わらず荒れていた。しかし、建物の構造上部屋の数が他の階より少なくなっており、そのちょうど中央に俺たちは向かった。
その部屋のベランダの真下は、ちょうどこのアパートの正面玄関に繋がっていたはずだった。
「鍵は……あれ?」
すると、ドアの時点で妙な点に気づいた。
「……強制的にあけられた形跡があるな」
「というより、無理くりぶっ壊してますねこれ」
鍵が、ドアノブごとぶっ壊された形跡があった。
床を見ると、見事にドアから外された……いや、千切られたとでもいえばいいのか。そんな形となっていたドアノブが転がっていた。
「元々は鍵がかかっていたか、もしくは錆びて開かなかったんだな」
「ノブのちぎれ面の金属が綺麗になってます。そんなに時間は経っていないみたいですね」
「ますます和弥の情報に信憑性がでる。中に行くぞ」
俺はドアをあけ、念のため少し中を警戒しながら侵入した。
案の定ではあるが、ここも荒れていた。しかし、下の階よりはそこそこ広くなっている。使われてはいないようだが、家具などが乱雑に放置されてはいても、広い分そこまで窮屈さも感じない。
そのままベランダに繋がる広い居間へと向かった。このアパートの中ではここが一番スペースが広く取られている。
「……ッ! おい、ベランダを見てみろ」
「……あー」
すでに誰かいることを警戒して小声で言葉を交わす。ベランダを指さすと、ユイも俺の言いたいことを理解し、すぐに調べ始めた。
「……これも、強引にあけられた形跡があります」
「レールの部分が錆びていないな。あのドアノブの奴とおんなじか」
居間の床と若干の段差があるベランダへと繋がる大きな窓も、やはり強引にあけられた形跡があった。
金属のレールの部分がさびれおらず、銀色の金属が綺麗に残っている。ベランダから下を見ると、そこにはやはり和弥たちのいる正面玄関前のコンクリートがあった。
「財布はここから落ちたんだな……場所もぴったりだ」
「ということは、もうここに誰かいる……?」
「ああ。だが、運の悪いことにそいつは要救助者じゃなかったなんて可能性も……」
否定は、できない。
ちょうどここを調べていた一人の武装した奴が、敵である俺たちを引き付けるためにGPS信号の付いた携帯を使っておびき寄せる、なんてことも十分考えられる。現に、羽鳥さんら司令部からもその点注意がされていた。
ここに誰かいるのは間違いない。探しはするが……警戒を解くことはできなかった。
何人いるかわからないが、そんなに大人数が隠れれるスペースはない。室内をスキャンして、それでもわからないところを慎重に探す。……が、居間以外ではそれらしいところは見当たらない。
「ここら辺金属多いからな……スキャンで見つけられないところといったら割と色々ありそうだが……」
「下手すれば屋根裏なんてことも……」
「勘弁してくれ。こんなところの屋根裏なんて俺は行きたかねえぞ」
そんな愚痴のような何かを呟きながら、今度は今の隣にあるタンスの中を調べていた時だった。
ガタンッ
「ッ!?」
一瞬、何かが動く音が聞こえた。
俺とユイはすぐに反応して銃口を向ける。そこは、金属の板や倒れたタンスなどで覆われていたためよく見えなかったがが、その板をちょっとどかしてみると……
「……押入れか、これ?」
「なんかそれっぽい取っ手が見えますね……」
金属の板の隙間から、押入れのものらしい取っ手が見えた。最初のスキャンなどでも、この金属やタンスのせいで阻害されていた上、こんなに目立たない様に細工されているとは……、最初気にはしなかったが、改めてみると若干怪しさはある。
「(……隠れてるのか?)」
フタゴーを構えた状態で、俺はユイにタンスや金属の板をどけるよう指示。
金属の板はまだしも、タンスなんて何も入っていなくてもそこそこ重いはずのもんだが、ユイは軽々と左手一本でどかしてしまった。相変わらずの怪力である。
目線でユイが「どうぞ」と促すと、俺はそのままハンドシグナルで「銃口を向けて押入れを監視」するよう指示を出す。
ユイが一歩離れて銃口を押し入れに向けた状態になったのを確認すると、俺は押入れのドアの取っ手にゆっくりと手をかざした。
『中に熱源が見えました。確実にいます』
「了解。3つカウントする。構えろ」
『了解』
閉口無線を通じて小さな声で指示を出すと、小さく3つ数えた。
「3……、2……、1……、0ッ」
その瞬間、一気にドアを開けてすぐにフタゴーを構えた。仮に敵だったとしてもすぐに応戦できるように体勢を取った。
……が、
「「「うわぁあああッ!」」」
「……え?」
いきなり人が倒れてきた。いや、なだれ込んできた、とでも言えばいいのか。
中には3人ほどいたらしい。それも結構若い女性。だが、中が異様に狭かったのか、開けた瞬間雪崩れるように居間のほうに倒れてきた。若干呼吸が荒いあたり、相当狭苦しい思いをしていたらしい。
一気に倒れてしまったからか、すぐに起き上がれなかったようだが……
「……ん?」
俺はその3人の女性……いや、女子? の顔に妙に既視感を覚えた。あれ、前にこの顔どっかで……
「……あれ、この3人まさか……」
隣でユイがそう呟いたのと同時に、倒れたときに一番上にいた一人が肩をさすりながら顔を上げた。
……瞬間、
「「…………あああッ!!」」
思わずお互い相手を指さした。そしてユイと思わず顔を合わせる。ユイも「マジで?」と言わんばかりに顔をひきつらせていた。
「……あ、あの時の……」
「あの時の……ですよね?」
お互いそう確認しあう。さらに、その下で下敷きになっていた二人も顔を上げたが……うん、間違いなかった。私服姿ではあるが、顔は間違いなかった。先月、東京エキサイトシティホールでのライブ時に警護した、SEA GIRLsの3人である。
ライブの後、和弥のお誘いでこの3人と話す機会を貰って以来面と向かって会うことすらなかったが、この3人は、すでに俺たちと顔見知りの存在だった。ユイも確認するように言った。
「これ……SEA GIRLsの3人ですよね?」
「だねぇ、間違いねえわ。下ろせ」
「イエッサー」
即行で銃を降ろした。皆のアイドルに銃口向けるとはとんでもない所業である。
念のため、けが等がないかの確認もしよう……と、
「……う」
「?」
そう思って近づこうとした時だった。
「うわああああああ助かったぁぁぁああああッ!!!」
「え、えええ!?」
徐々に涙を流し始めたと思ったら、涙腺が一気に消え去ったのか3人一斉に泣きついてきた。俺のほうに。一斉に俺のほうに。
思わず倒れそうになるところをどうにかして踏ん張るが、わんわん泣く彼女らに対してもううまく動くことができず、そのままの状態で静止せざるを得なかった。
……とはいえ、ぶっちゃけそうもなろうってもんである。
「(アイドルとはいえ一般の民間人だからなぁ……そら恐怖の度合いもすごかっただろうな)」
助けが来たという安心感は、時にこうした感じで恐怖をはじき出そうとする。ましてや3人とも未成年で、こういうものの耐性などほとんどない。あのエキサイトシティホールの時とは比べ物にならないぐらいの恐怖があっただろう。
ユイも「しょうがない」といった感じで両手を軽く胸のあたりまで上げていた。正直急ぎたいところではあるが、これはしばらく泣き止むのを待ったほうが得策っぽい様子である。
そういった形で、しばらく頭なでたり涙吹いてあげたりしながら好き勝手に気が済むまで泣かせた後、ようやく落ち着きを取り戻したところで、緊張を解く意味も兼ねて軽く会話を挟んだ。
「……で、何してんすか、こんなところで」
そこで、即行で考えたのが、これだった。ようやく泣き止んだ一人の娘が言った。
「いやぁ、それが……J-ALERTなったじゃないですか」
「はい」
「逃げようとしたじゃないですか」
「はい」
「もう周り銃持った人ばっかなんだよね」
「なんてこったい」
つまり、詰んでたと。運の悪い事態に陥ってしまったらしい。
「ああ、お二方はそういえば空挺団出身でしたね」
「まあ、一応は。うちらも捜索に駆り出されてましてね。……まさかここであなた方に会うとは」
「偶然って怖いよね~篠山さん」
「まったくだねぇ~那佳ちゃん」
というより、アイドルがこんなところに隠れるなんて夢にすら出てこないとも思うので、はっきり言って偶然どころじゃないのだが。
一先ず、要救助者は確保したのでさっさと和弥に無線いれる。
「和弥、要救助者確認。これよりそっちに合流する」
『了解。やっぱいたか?』
「ああ、いた。それもマジでヤバいのいた。くっそ予想外のが居やがった」
『なんだ、大物政治家か芸能人でもいたか?』
「お前こういう時いつも半分くらい当てるよな」
『……え、マジで? え、ちょ、誰だよそいつ教えてくr』
そのまま俺はいったん無線を切った。続きは後にするとして、さっさと降りることにする。
「よし、ではここからはレッドゾーン外まで護衛します。持ち物は最小限にしてください。あとでちゃんと回収しますんで。あと、この後は俺たちの指示に従うようにお願いします。いいですね?」
「オッケー。でもこういう時篠山さんたちって妙にカッコいいねぇ。那佳ちゃん好きだよそういうの」
「そりゃどうも。元々これが本職ですので」
「右に同じく」
「いいよねぇ、皆を守るために体を張るっていう感じ。……次の曲これ題材にする?」
「姉さん、それ作曲家にいいましょうか……」
その場合俺がモデルにでも何のかね。パッケージ撮影は国防省通してくれよ。
そんなジョークを交わして緊張を解させながらも、ユイが外の安全を確認。さっさとこの階を降りて行った。
その間に、簡単にこれまでの経緯も聞いた。それによると、どうやら、数時間前まで中央区のとあるレストランで、プロデューサーとの打ち合わせのための待ち合わせをしていた時、J-ALERTでテロの発生を聞いたため逃げようとしたが、場所がすこぶる悪く、すでに周りは武装した連中ばっかりだったらしい。
プロデューサーに連絡しようとしたが、携帯では通信がパンクしてしまっているのかこれっぽっちも繋がらず、仕方なくここまで逃げたんだという。
「プロデューサーがさ、こういう時は目立たない場所を“作れ”って言ってたからこんな感じで……」
「ああ、そういえばあの人元情報本部にいたって和弥さんが……」
「だな。あの人の入れ知恵かな?」
「まあね。暇さえあればよくその当時の話するし」
和弥の知り合いの関係で、あの人のこともいくらか聞いていた。元情報本部の人なら、ある程度のことは知っていてもおかしくないだろう。妙なタイミングで役に立ってしまったな。
「しかし、うまくカモフラージュしていましたね。最初気づきませんでしたわ」
「でしょ? 特に金属の板とかで覆ってたら、今時主流のX線スキャンは通らないって聞いたからあんな感じでね」
「いい判断ですな。こっちもX線とか熱源スキャンを試みたが、うまく引っかかりませんでしたしね」
しかも、荒れている室内であるところを利用して、うまくその光景に馴染むようにおいていた。暇な時のあのプロデューサーは何を教えていたのかめっちゃ気になるところである。ただのインテリなアイドルだと思ってたのだが、これじゃどう考えても危機管理能力もずば抜けてる。大学ですらここまでするかわからんぞ。
「しかも最上階。わざわざ人を殺すためだけにこんなところにまでこようとは思わない。向こうとて人手が大量にいるわけでもないし……よくまぁそこまで思いつくもんですわ」
「でしょ? ちなみにこれ全部仁ちゃん考えた作戦」
仁ちゃんというのは、さっきから誰に対しても敬語しか喋ってないほうの娘。3人の中じゃしっかりものの次女だそうである。実際、しっかり者な感じがある。
ここまで色々と姉妹を引っ張ってきたのも彼女らしい。ちなみに、あのドアノブぶっ壊したのも彼女のようである。
「……え、マジっすか?」
「足振り下ろしたら割とすんなり壊れましたので……」
「うわぁお……」
そのあと那佳ちゃんが小声で言うには、「実は空手やってる」かららしい。これくらいの荒業ならすんなりやってのけるから、ファンの間でも割と有名だとか。ファン歴まだ浅いからこれっぽっちもわからんかったわ。
……そういった会話をしながら、俺たちは1階に着いた。ここまでで、敵が来たといった報告はない。今のうちにさっさと離脱してしまおう。すでに和弥の手で、脱出用のヘリも手配されていた。
「二人とも、待たせたな。連れてきたぞ」
正面玄関前で警戒をしていた二人に声をかけた。敵の監視をしていたその目線をこちらに向けていった。
「ああ、おつかr……、え?」
「おう、お疲れさん。そんじゃさっさととんずr…………、は?」
……まあ、だろうとは思った。こっちを見た瞬間、二人とも固まってしまったのだ。特に、和弥の方なんて綺麗な二度見を演じてみせた。
ユイと俺は思わず苦笑。……いや、失礼。当の本人たちも軒並み苦笑していた。3人も、和弥と新澤さんとは一応例のエキサイトシティホールでのライブの際に面識を持っていたため、誰が誰だなのかは知っている。
……ゆえに、この二人は呆気にとられた。
「……え、ちょっと待って。それ本物?」
「それ呼ばわりは失礼ですよ新澤さん。ちゃんとモノホンさんですから」
「いやいやいやいやでもちょっと待って。今やアジアに名をとどろかせるアイドルがなぜにこんなぼろっぼろのアパートにいるの? 避難し遅れちゃったとかそういうパターン?」
「おいおいおいおいなんてこった。こんなところでまた本物に会えるとか予想外だぞ。お前の言ってたヤバいのってそういう意味かよ」
「な? だから言ったろ、マジでヤバいって」
「ヤバいで済ますなアホ。マジもんならマジもんだって最初っから言えよほんとによ」
一々言わなあかんのかそれ。
「別にいいじゃねえか。それよりだな……」
「あん?」
肩に手を乗せて、俺は若干ニヤケながらいった。
「ちゃんと護衛しような? 彼女らの一ファンとしても、傷一つつけられねえぞこれは」
「……」
和弥は3人のほうを見た。皆笑顔で「よろしくお願いします」と言わんばかりに軽く礼をしている。今のこの構図は、まさしく王女様らとそれと護衛する親衛隊である。
和弥はそのことを「ハッ」と一瞬で理解すると、一つ咳払いすると、さっきとは物凄く比べ物にならないほどイケメン面して、
「……よろしい。では私がしっかり安全圏までお導きいたしましょう。私にお任せください」
声まで若干イケメンにさせやがった。サムズアップ付きで。そこまで喜ばしいことなのかお前にとっては。
……まあいい。親友が妙にキラキラ状態になったところで、そろそろ動くとする。
「……HQ、こちらシノビリーダー。対象確保。なんかめっちゃVIPな方を見つけましたが、とりあえず安全圏へ避難します。ヘリのほうは?」
『すでに向かっている。そこから南西に向かってくれ。そこにある工事中のビルの屋上に行けば、ブラックホークが待っているはずだ。それに移送しろ』
「了解。南西へ向かいます」
南西にある工事中のビルの屋上。この3人を送った後も俺たちは引き続き救助活動を続けるため、やってくるヘリはたぶん敦見さんたちのものではないだろう。どこの所属のものかは知らないが、たぶん別のヘリだ。
「では、これから少し移動します。離れず、しっかりついてきてください。俺とユイでボディガード、新澤さんが後方警戒。和弥が先頭やれ。いいな?」
「了解」
「了解です」
そういって二人はすぐに配置につく。和弥も同様だ。……が、
「了解。それではお嬢様方、私が先導いたします。どうぞこちらへ」
「真面目にやれや真面目に」
「メアリーセレスト号に乗ったつもりでどうぞご安心を」
「それ後に漂流するじゃねえか」
しかも奇妙な無人船になって帰ってくる奴だろそれ。縁起が悪すぎる。
……自分より女が絡むとこうなるんかお前は。でもまあ、それでもちゃんといつも以上に張り切っている以上、結果を出してくれるならそこまで咎めはしないが。
「ジェントルマンってあんな感じだよね。次の曲あんな感じにしよっか?」
「姉さん、それ作曲家に頼んでください……」
そしてそれはそれで好評だからいいのだろうか。というか、それさっきも言ってたろうそこの姉妹方。
一先ず、和弥の先導でUAVとのデータリンク情報を見ながら徐々に南西方向へと進んでいく。敵に会わない様、どちらかというと慎重さを優先して進んでいった。
「よし、次はこの道路を左に……」
先導する和弥が通路の安全確認をした。
……が、次の瞬間には表情が曇った。
「……あー、そうくるか……」
「ん? どうした?」
和弥が小さく舌打ちをしながら返す。
「いや……この先、大通りを通りたくないならここが最善の道なんだがな……」
「おう」
「……この動きからして、奴ら、狙ってたか?」
「え?」
和弥はUAVの情報や各種データリンクを見ながら言った。
「……敵の奴ら、こっちの道をうまく塞いできてる。しかも、さっきから近づいきてるぞ」
「……塞いできてる?」
どうやら、そう簡単には逃がしてはくれなさそうである…………




