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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第5章 ~勃発~
93/181

犯行声明

 


『―――えー、NHUより、繰り返しお伝えします。本日は予定を変更し、緊急ニュースをお伝えしております。えー、本日午後、インターネット上の動画投稿サイト『Our Tube』にて、今回の世界同時多発テロを実行したテロ組織からの犯行声明が発表されました。これは日本語を含む世界5ヵ国の言語に同時翻訳されており、日本語翻訳版はすでに動画再生数が3000万を突破し、今もなお急速に増加しています。動画には、今回のテロの実行理由と意義を、組織のリーダー格と思われる男が―――』






 動画自体はそんなに長いものではなかった。たったの10分弱である。

 しかし、たったの1時間弱で2000万突破するほどの異常な再生数を誇るのには十分な理由といえた。そりゃ、誰だって一目見に来るはずだ。いや、来ないほうがむしろおかしい。


「これが……犯行声明なんですか?」


 和弥が顔をひきつらせながらそういった。二澤さんは小さく頷いて続けた。


「ああ。奴らのリーダーらしい男が、カメラの前に立ってただただ演説するだけの動画だが、中身は完全に犯行声明そのものだ」


「ですがこれ、さっき2000万がどーのって言ってましたが、これ再生数4000万ってなってますよ?」


 確かに。さっき二澤さんは2000万を超えてなおも増加中といっていたが、実際の再生数は4000万を超えている。今もリアルタイムで数が増えて言っている。それも、急速にだ。再生カウントが早すぎて、数字の変換処理が間に合ってない様にすら見える。


「あー……たぶんマスコミにも流れたからだな。リアルで見ようとする奴らが出てきたんだろう」


「もう流れてるんですか?」


「当たり前だ。むしろ、俺らはそれを見てこれを持ってきた」


 二澤さんによれば、すでに各国のマスコミが取り上げ、それぞれの国の言語に翻訳された動画を流すか、母国語で翻訳された動画がない国は英語版を流して母国語字幕を付け足す形で報道しているという。

 当然、運よく日本語訳されてた日本では、この日本語訳版を繰り返し流しては、専門家らに意見を求めたりしているという。また、国会前や首相官邸前は記者でごった返し、内閣官僚をはじめ政治家らにコメントを得ようと躍起になっている状態のようだ。


「まあ、とにかく見てみろ。俺らだってまだ見てねえんだ」


「え、見てないんですか?」


「見るまでもなく動画を持ってきただけだ。情報はマスコミの報道から聞いただけ、中身を完全に見たわけじゃない」


 マスコミで流れてた一部を見ただけか。まあ、それなら一々動画を全部見ずともさっき言った情報ぐらいは出せるか。


「とりあえず再生してみろ。一応俺たちはまだ時間あるし」


「了解。じゃ、再生っと」


 和弥が動画の画面をタップし、動画を再生した。

 下のツールバーが少しずつ右に動いていく中、さっきまで静止していた画面は唐突に動き始める。


「廃墟ビルか……これは?」


 いつ取られたのものかはわからないが、室内にある窓は全部割れている。外壁はすべてボロボロのコンクリート。まるで紛争地域にある典型的な廃墟建屋の中のようだ。動画の最初は、誰も写っておらずその廃墟の室内が固定カメラによって写されているだけだったが……


「ん? 誰か出てきたな」


 脇のほうから、何やらラフなシャツを着た中年男性が入ってきて、その動画の中央に立ちカメラへと目線を向けた。

 中肉中背で、プロレスあたりをやってそうな強面の風貌を持つ白人の男性だ。二澤さんの話の通りなら、おそらくこの男が例のリーダー格とやらなのだろう。

 男はカメラの中央に立つと、静かに語りだした。


『―――世界の人民に告げる』


 英語だった。しかし、若干ロシア訛りがある。ロシア系の英語圏の国の人間なのか?

 下には日本語の字幕が同時につ追加されている。動画編集時に付け加えたものだろう。


『結論から申し上げる。今回、お前たちの目の前で起きている行動を起こしているのは、我々である。だが、これは決して“テロ”ではない。“新たなる創造の準備”である』


 思わず軽く「ブフッ」と吹いてしまった。おい、犯行声明だと思ったらコントが始まったぞ。


「二澤さん、犯行声明じゃなかったんですか。漫才かコントが始まりましたよ」


「俺に言うな。コイツに言え」


 二澤さんも若干苦笑気味だった。そりゃ、これがテロではないなんて言われてそうならない奴はいないだろう。ここにいる連中は全員そうなっていた。

 動画は続く。


『世界は今、混乱と腐敗、そしてつまらぬ不変の意志に満ち溢れている。民主主義、資本主義が台頭する中、それらは、確かに世に新たなる秩序を築き上げ、多くの発展の芽を植えていき、育んだ。それは、疑いようもない事実であることは、我々を含め、誰しもが認めるところである』


 いきなり民主主義やら資本主義やらの話になった。ここら辺からまた長くなる。


『3世紀もの昔。イギリスの産業革命より始まった資本主義の台頭。そして、それに反発してできた社会主義の台頭。だが、これは人類の“システム”には馴染まず、ほぼすべてが消え去った。同時に、全体主義に基づく、人間による間違った強制力の行使は、自由を持つ民主主義に打ち勝つことはできなかった。時代に合わせ、柔軟が変化を持つ者が、勝利を手にしたという事実は、この歴史が示すところとなる』


 ここら辺はただの歴史授業である。結構前に、俺がユイに教えたことが一部入っていた。なんだかんだ言って、アレ教えといてよかったなと、ユイとチラッ目線を合わせながら思っていた。


「しかし、これの歴史授業っていつまで続くんですか?」


「わからん。だが、10分あるからもうちょいじゃないか?」


「うへぇ……」


 さっさと趣旨に入れよ。とは思いつつも、すべてを見るために早送りせず見続ける。

 結局、民主主義が今の時代の先頭に立ち、世界を支配し発展の礎となるきっかけを作ったのは事実であるという趣旨を説明した。

 しかし、今度はそれについて一転して異を唱え始める。


『―――しかし、それはあくまで“今まで”の話である。今の世界に目を向けていただきたい。民主主義の名のもとに自由を手に入れた民衆は、どうなったか。果たして、“本当の意味での”自由を、民衆は手にしたのか。民主主義が与えた自由は、果たして我々が理想とする自由と同義であったか? 同義であったなら、このありさまはなんだ!』


 大きく声を荒げる男性。彼はそのテンションのまま続けた。


『“自由”の名の元、民衆は政治との調和をまともにすることができたのか? 自由の名の元、争いは終結したのか? 自由の名の元、どこまで争い事が収まったか? ……自由の名の元に行動した結果、徐々に我々の生きるためのシステムがガタついてきていることを露呈し始めてきている!』


 自由。民主主義の根幹にあり、一般の人々の意志や行動に制限を課すことは許されないといったものだ。それがなかった社会主義やその他全体主義は、割と歴史を早く閉じることとなってしまったのだ。

 しかし、自由を標榜したシステムは、もはや今の時代についていくことはできないと男は話す。


『我々人類は、“自由”という言葉に過度に依存してしまっている。それも、それは間違った自由である。自由さえあれば、何にでも許されてきてはいた。時には、自由の名の元、あろうことか戦争の火種を起こし始めた国さえ出てくる始末だ! それも、自由を標榜し、世界をリードしようとしていた、あの大国がだ!』


 自由を標榜しリードしようとしていた大国。これを聞いて、出てくる国家なんて一つしかない。


「アメリカのこと言ってやがる……」


「だな。間違いない」


 和弥と意見が一致した。

 確かに、アメリカはかつての20世紀後半。自由な民主主義社会を増やすため、社会主義からの解放をするためなどと言って、世界各国へと軍隊を派遣していた。もちろん、これは当時のソ連との冷戦に備えていたものもあるし、単に紛争解決に乗り出しただけのもある。一時期は“世界の警察”とまで言われるようになった。

 だが、今ではそれがなくなり、アメリカは世界への大規模な軍事的進出をやめた。結果、いきなり放置された国などの秩序が乱れ、新たな争いの種を生むきっかけを作ってしまった。9.11の首謀者ともなったイスラム過激派組織『アルカイダ』の司令官だったウサマ・ビンラディンも、元々はCIAやサウジアラビア当局の支援を受けた武装組織に参加してソ連と戦っており、要はアメリカの味方だったのである。それが、ソ連戦後は組織ごと反米に回り、さらに湾岸戦争時のアメリカからの米軍駐留圧力を受けて、一気に反米へと転じてしまった経緯がある。


 進出したからには、すべて責任をもってその種をできる限り少なくするべきだったという声は、未だにいろんなところから見受けられる。日本でも、反米系の人たちの間でそんなことがいわれている。

 おそらく、この男はそこら辺のことを言っているのだろう。


『自由とは、無責任なものではない。一定の責任と管理を持ってこそ、初めて“正しく機能する自由”が手に入り、行使されるのである! それがない自由は、自由とは言わない。ただの“放任主義”の成れの果てである! 今の人類は、そのような“誤った理想”を追求している!』


 ここいら辺からさらに熱は上がり、拳を突き上げたりするなどのしぐさも追加されていく。その様子に、俺たちはのめりこんでいった。


『しかし、今までの人類の歴史で、果たしてその放任的な自由があっただろうか。自由の名のもとに、一応の秩序が保たれている今は、果たして“本当の自由”か? 自由の名のもとに選ばれた政治家は、その職務を理由にあまりに横暴な生き方をする! まともに国のために生きた政治家が、今まで何人いたであろうか? まともに国のために政治をしようとした政治家が、あまりにも少なすぎた結果、その民主主義の名のもとに埋もれてしまった。少数意見の尊重は、すべて多数決という民主主義の基本的原理によってほとんどが潰される。自由を求めた結果、もう一方の自由が潰されるこの現状が、果たして“自由”か!』


 日本人的にはなんとも耳が痛い話である。だが、彼の話はまだ続く。ここでやっと5分が経過したところだ。


『自由の名の元で行われているのは、結局は一種の“無責任と抑圧”である! 私は、本当の意味の自由は、放任的なものではなく、責任と程よい管理があってこそ初めて成り立つといった。今の人類は、実はもしかしたらそれ自体は最初から無意識で出はあるが理解していたのかもしれない。だが、人類にそれが完璧にできたか? いや、それならこのような有様にはなっていない。管理できていなかった結果、中東ではどうなった?』


 これもおそらく、例のアメリカの話であろう。


『最初は自由だなんだといって、その国の秩序に介入した結果、最後は投げたではないか! 管理も責任も持たず、新しい火種ができただけではないか! だが、これは氷山の一角に過ぎない。多くの自由を認めた結果、新しい火種を作った例などいくらでも挙げることができる! 自らを振り返ろ。自由を名目にして、貴様らは今まで相手に何をしてきた? 自らの自由のために、何を行ってきた? それは、相手にとってはただの“問題の火種”にしかならなかったのではないか?!』


 ……随分と偏った考え方である。


「(……確かに国益の問題はあっただろうが、アメリカは好きでああしたのか? 究極的にはアメリカだけでなく、そもそも混乱を起こす根本のほうにも問題と責任があったはず……)」


 それこそ、彼の言うところなら自由の名のもとに争いが起こってしまったことに対する責任は、自分たちにだってあるはずである。すべてをアメリカのせいにはできない。


 だが、彼はそれを失念したようである。


『今までの人類の歴史で、自由を“管理する”ことができたことは、ほとんどないといっていい。人類は、自由を勘違いし、それを放りっぱなしにしてきた結果、新たなる火種を作り始めている。……このままでいいのか? 否! これは、変えなければならない!』


 それとこのテロの何の関係があるんだ……結局やってることはただの破壊じゃんか。自由の名のもとに破壊はするのか。その自由は本当に管理できているのか?


「(……今の人間が自由を勘違いしてるかもしれないのは一理あるかもしれんが、それブーメランだな)」


 そんなことを思いながら、続きを見た。


『最初にも言ったように、時代に合わせ、柔軟が変化を持つ者が、勝利を手にしたという事実は、この歴史が示すところとなる。自由を手にした人類は、もはやそれを管理し、扱うことには限界がきたというべきだろう。……変化の時である。我々人類は、変化をせねばならない時が来たのである。……だが、臆病な不変の意志が蔓延し、誤った自由に依存してしまっているこの世界で、誰が変えるというのか? 一学者は力には程遠い。少しの集団ができたところで、すべてもみ消されるだろう。はたまたは、“連合国”か? かつての戦争の勝者が、わざわざその規範となったシステムを変えるはずもない。たとえそれが、時代に合わない腐ったシステムであってもだ! だからこそ、我々は立ち上がった! 新たな、人類が管理できるシステムを、秩序を作るために!』


 ここの字幕、『United Nations』を“国連”ではなく“連合国”と訳したあたり、何らかのメッセージがあると見れる。翻訳者が国連という言葉を知らなかった可能性があるが、ここまで精密に訳しているのに国連の言葉をピンポイントで知らなかったとも考えにくい。


「(かつての連合国を意識しているということか……?)」


 先ほどからしきりにアメリカを意識した演説を展開していることもあるし、可能性は否定できない。

 すると、男は先ほどまでのテンションとは一転。一旦落ち着いて比喩を使い始めた。


『……人間は、二つの種類しかない。“作る人間”と、“壊す人間”だ。長い年月をかけて形作られたワイングラスは、金槌で叩くと簡単に割れてしまう。すべての破壊と創造の関係にこれは当てはまるといえるだろう。だが、破壊で終わらすことはない。破壊によって、またそのガラスをすべて溶かし、そこから新しいワイングラスを作ることだってできるのだ。これが、“新しい創造”だ! 我々は、破壊して終わるのではない。さらに、溶かしているのだ!』


 リアルで首都高ぶっ壊してるのにか。あれ爆弾だろうよ。


『確かに一旦壊しはするが、我々は、すべてを壊すつもりはない! 確かにワイングラスは割れるが、より美しく華麗で、より理想的なワイングラスを作り上げて差し上げよう! 真に新しい創造は、すべて破壊から始まる。破壊無くして創造なし、悪しき古きが滅せねば誕生もなし。時代を開く勇者たれ。これは、かの今は亡き偉大なる日本のプロレスラーが言った言葉であるが、我々は、すべてを壊すつもりはない。我々は、今の腐った伝統を打ちこわし、新しい時代を作る勇者とはなる。これは、新しい創造のための、準備なのである! そして、壊して終わるような愚かなことは決してしない。我々は、さらに溶かして、新しく想像するのである! この先に待っているのは、より新しく美麗な、今とは違う理想に近づいた“新秩序ニューオーダーという名のワイングラス”である!』


 ここら辺で大体8分くらい経過した。だが、最初こそのめりこんでいた俺たちは、徐々に呆れ半分唖然半分になっていった。

 破壊というか、そこにある何かを新しいものに作り替えるという意味での創造は正しい。その過程で、ワイングラスみたいに一旦取り壊すことはあるだろう。その破壊は否定しない。


 ……だが、それを理由にこのテロを肯定するとはとんだお笑い草である。今のテロは、ワイングラスを金づちではなく爆弾でぶっ壊すようなものである。跡形もなくなり、バーナー吹き付けて溶かして再構成するまでもなく粉々になる。再生など無理だ。


 ……このテロを例えるとしたらそれである。銃や爆弾は金槌ではない。銃や爆弾は破壊するだけの者であり、そこから創造できるものなどたかが知れている。


「……世界各国で無差別テロをするのが、破壊じゃなくて溶解して新しい創造の前段階だとおっしゃる。……これ、何かのコントか?」


 俺は思わず半笑いしながら和弥に聞いたが、和弥は真剣みな表情を一つ変えずに一言で返した。


「……コントならもうちょいセンスのあるモノがほしいな」


 その声は嫌悪に満ちていた。「ふざけたこと言うなクソッたれ野郎」とでも言いたげなものだ。たぶんあとでつばでもそこら辺にはき捨てるんじゃねえかな。

 動画内にある演説は、佳境に入っていた。


『我々は、この古い秩序を作り返る“先兵”となる! 我々に同調する同志たちはすでに行動を起こしている! 人民よ! 今こそ立ち上がる時である! 我々とともに創造を起こす者は、歓迎しよう、盛大にな! しかし! 逆に我々の創造にあだ名す者たちもいるのも事実である! それは、特に先にハワイで行われたG12でよくよく表れた!』


 G12? 例のハワイサミットか? 一応その場にいた俺はユイと思わず目を合わせる。


『G12コミュニケで、アメリカは我々を極悪非道な危険分子であると罵った。しかし! 断じてそれは否である! 危険分子は、むしろアメリカをはじめとする全世界の国々であり、また、それらを支持する人民すべてである!』


 G12コミュニケ……、G12の最後で、世界各国が採択したあの共同宣言か。宣言国のアメリカの過激な発言に対して、後ろの日本を含む諸外国から冷や汗付きの目線を送られていたのを記憶している。


「(まさか、こいつらはあれの中のどれかか?)」


 あの時、特に名前に上がったのは、共産系中華組織コムニーズチャイナにイスラミア、北朝鮮系韓国組織ノーザンコリアの3つだった。うち二つは日本でも活動している組織だ。宣言国のアメリカは、特にこれを痛烈に非難していた。


 ……あれで、当の本人らの逆鱗に触れたというのか? しかし、あれは特に非難する組織を上げただけであり、他のテロ組織も同時に避難していると取れる言い方であるため一概にそうとは言えない。また、自分たちがどんな組織なのかを言っていないため、実際はどの組織なのかもわからない。投稿者ユーザー名にも何らそれのヒントになりそうなものは書かれおらず、『ABCDEF』としか書かれていない。おそらく、この動画を投稿するためだけに即興で適当に作られた単発アカウントなのだろう。


『アメリカという名の大国が、リーダーとしての素質を失っているところを、そのまま野放しにしていることのほうが危険である! アメリカという、自由の名のもとに無責任な種をばら撒いた国はもちろん、それらを放任的に見ているだけの各国も同罪であり、自分たちの行動が、世界各国を危険に晒していることを自覚せねばならない! 古き秩序に依存する、アメリカをはじめとする各国が、よっぽど危険分子である!』


 アメリカ嫌いすぎるだろこの男。ここにいる全員がそう思ったに違いない。さっきからアメリカのワードを出しまくっている。


「ひでぇ言い草だ。まるで俺らにこいつらの両親でも殺されたかのような言い分だな」


「ハハハ……」


 とはいえ、たぶんこの男は間違いなくアメリカ軍に親殺されたんだろう。でないとここまで罵りはしないはずだ。


『我々の同士が、あのG12に抗議するべく無残に散ることとなった。我々は、彼の勇敢なる行動に大きな感謝をするとともに、この意志を捉えようとしない世界各国に断固として抗議する! 少数意見を聞き入れるのが民主主義ではなかったのかと、我々はこの事実に深く失望するとともに、我々はやはり、この腐敗した世界を変えねばならないという決意に至る所存である!』


 ちょっと待てや。あれお前らのお仲間さんなのか? 何もせず俺が超えかけようとしたらいきなりダッシュで突っ込んでいったようにしか見えなかったが? あれの前何か口論でもあったのか? そんな話これっぽっちも聞いたことがない。


「お前、アイツ何か言ってたの聞いたか?」


「これっぽっちも。ただの自爆テロにしか見えませんでしたよ」


 ユイに確認してみるが、ユイすら聞いていないのなら間違いない。俺の記憶違いでもなんでもなく、あれはただの自爆テロだ。メッセージ性などどこにもない。だが、動画内で「裏で色々あった」とかどうとか抜かしているあたり、 適当に難癖つけて正当性を助長させるためのエサにするつもりだろう。人民舐めすぎてるとしか思えない。


 ……そうしているうちに、動画は10分を超えた。演説もラストに差し掛かる。


『―――最後に、我々は、新たなる創造のために、さらなる同志を求めるものである。このままの世の中でいいのか? 不変した状況のまま、今後も未来永劫腐ったままの旧秩序オールドオーダーでいるつもりか? 否! ボロボロのワイングラスをいつまでも使い続ける必要はない。時には壊し、溶かして、新しく作り替える勇気も必要である。新しいワイングラス、新秩序ニューオーダーを作り、共に祝杯をあげようではないか! 我々が杯を掲げるとき、それは、新たなる世界が、我々の手により実現されたときである!』


 俺酒飲めねえけど、飲めたとしてもそんなワインは飲みたくないわ。頼まれての飲まん。


『ともに歩もう。我々は、諸君らがぜひとも我々に協力してくれることを期待する。そして、我々にどうしてもあだ名すものは……誠に遺憾ながら、この手で阻止するしかない。だが、決して、無碍に扱うことはしないと約束しよう』


 演説も最後となり、「よくある文言だなぁ……」と、誰もがうんざりというか、辟易した様子で見ていた。


「(……典型的な宣言演説だなぁ。よくあるパターンと同じだ)」


 適当に理想でっち上げて、今までの悪い点を大げさに表現して自らの正当性を誇張宣伝。そのあとはどうなるかなんて、この男が言うように歴史が証明している。社会主義だって、最初は「公平・平等」を標榜し、多くの国民を引き付けた。だが、そうして一身の期待を受けていざやってみた結果、その平等性を担保する政府が腐り始め、元々の平等性は失われ強制的なものとなり、やがて社会主義は崩壊した。ソ連や共産制中国が、なんで年月経って崩壊したかって、その理想に乗っかったら実際はそんなに甘いもんじゃなかったからだ。


「(……理想がそううまく事が進むわけねえってのに)」


 人間は理想の世界ではなく、現実の世界に生きている。そこを踏み間違うと、あの国になることを、彼らは歴史がどーのとか言いながらこれっぽっちも理解できていないらしい。盲点というか、語るに落ちるとはまさにこのことだろうか。


 もう、どうせ最後は高らかに拳上げて「立ち上がれ勇者よ」みたいなこと言うんだろうな。それで動画が終わって、皆から呆れ笑われるという結末が見える。あとは俺たちの仕事だ。その同志たちとやらをさっさととっつ構えるのみである。


「(……もうそろそろ終わるかな)」


 この時すでに演説の中身は半分くらい入ってなかった。聞いても無駄だと、俺の脳が自動的に判断していたのである。


 さっさと終わらんだろうか。そんなことまで思ってみていた。


『―――ともに歩もうではないか』


 動画の最後の最後になって、俺たちは、とんでもないワードを聞くことになる。


『我々の同志たちとともに、新たなる道を歩もうではないか。多くの人類が成し得なかったことではあるが、我々には実現するための力がある! 人材がある! 我々を信じる心が多ければ多いほど、その可能性はより高くなる! ……我々の同志はすぐ身近にいる。だからこそ、我々に協力し、共に歩もう。……我々、』






NEWCネウスの、同志たちとともに! 今こそ、“改新”の時である!!』






「……ハァッ!?」


 動画に飽き始めていた俺らは、その言葉に一瞬にして反応した。

 動画の最後には、そのNEWCが用いている定規やペンを交差させたような形のシンボルマークがでかでかと流され、そして、動画はそこで終了した。


 一瞬呆然としたまま固まったが、新澤さんがその沈黙を断ち切った。だが、大いに焦燥感を持った様子である。


「え、ねNEWCって……あのNEWCよね?」


 NEWCのことは新澤さんも知っていた。色々と言われている団体だったため、TVなどで名前ぐらいは聞いていたのかもしれない。


「間違いありませんね。ロゴマークが例のNEWCと同じです。モノホンの、あのNEWCですよ」


「しかも、裏で世界牛耳ってるとかって噂が立ってたあの、な」


 俺の言葉に二澤さんが続いた。二澤さんも、少し信じられないといった様子だ。


「え、で、でも、あれって実際はただの慈善友愛団体じゃなかったの!? それってただの陰謀論者とかその道のマニアが大好きな都市伝説の類でしょ!?」


「そのはずなんだがな……どういうことだ?」


  二澤さんは腕を組んで不審そうな顔を浮かべた。彼だけではない。ここにいる全員がそうだった。


 おかしな話だ。あれはあくまで都市伝説で、実際はそんなことができるほどの能力がなかったはずだ。たしかに、世界中にコミュニティと人材はあるが、これを一斉に世界各国でやらかすほどの統制力を、一体どこから持ってきた?


 実は単にNEWC名乗ってるだけで実際は違うんじゃないかとすら思えてくる。だが、それにしては、所謂本物のNEWCが何らコメントを発表していない。普通に考えたら名誉棄損どころではない。彼らが即行で無罪を主張してもいいはずだ。


 だが、それでも出てこないということは……その事実が意味することは明白だ。俺らが想像しにくい予測が、現実で起こっていることを示している。


「でも、伏線はあったな」


「え?」


 唐突に和弥がそんなことを言った。伏線? 何のことだと問いただすが、和弥は顎に手を当て思い出しながら言った。


「東京駅対策室にいた時の会話を思い出してみろ。向こうから届いた新幹線テロの宣言文で、『これは決して虐殺を目的とするものではなく、“変革”をもたらすためのものである』とあった。先の犯行声明と内容は一致しているし、変革と改新は同じものだ。それに、2枚目のほうには、最後のほうに『我々は理想実現のため、最大の効果を持つ行動を起こす』ってあった。NEWCの基本理念の一つに、『理想実現は最大の効果を持つ行動から』ってのがある」


「宣言内容がNEWCの言ってることと一致してるってことは、意志が一致してるってことだから、奴らで間違いないと?」


「間違いない。特に2枚目の奴なんて、なんか言い回しが変だなとは思っていたが……考えてみれば、このNEWCの奴を当てはめれば、わざわざそうした文面にしたのも納得がいく」


「最初から答えを示していたのか」


「ああ、だろうな。それに、何だかんだで人材は豊富だ。……統率力とか交戦能力とかは抜きにすれば、一応、行動を起こすだけならできなくはない」


「マジかよ……」


 にわかに信じがたい話だった。ただの都市伝説だったものが、より悪い方向に派生して、しかも現実で実行に移した。和弥の言う通り、人材だけは滅茶苦茶豊富だ。そして、実際にそれによって首都の中央で大きな混乱が起きている。


 ……考えられないような事態だが、現実に起きていることだった。


 和弥はさらに続けた。


「それに、今現在世界各国で起きているテロの発生国と、先のG12ハワイサミット出席国を思い出してみたんだが、完全に一致してた。もしかしたら奴ら、あれにあった国をターゲットにしてるんじゃねえか?」


「じゃあ、それに加わってた日本も……」


「当然、ターゲットだな。たぶん、あのG12コミュニケが原因だろう。少なくとも、数ある実行動機の一因だろうな……」


 G12には先進主要各国にプラスアルファが参加していた。奴らが、あれに出ていた国に対してやったということは、つまり、これが奴らなりのあの声明に対する“答え”ということになるのか? 答えで人を殺しにかかるバカがいるか。


 すると、結城さんが声を荒げた。


「だ、だが待ってくれよ!」


「―――? 何です?」


「あの共同宣言って、確か組織名名指ししてたろ? それの中にNEWCなんてあったか?」


「いや、確かなかったはず……、祥樹、そこはどうだ?」


 和弥が俺に確認を求める。当然、当時どこでもない現場にいたからだ。


「声明で名指しした組織の中に、NEWCの名前なんてない。あったのは、共産系中華組織コムニーズチャイナにイスラミア、あと北朝鮮系韓国組織ノーザンコリアの3つあだけだ」


「じゃあ、なんでNEWCがこの名指し批判に反発するんだ? これは関係ないんじゃねえのか?」


「そこはわかりません。一応、あくまで特に名指ししたのがこれだけですので、もしかしたら名指ししてはいないけど、暗に自分たちを非難してると勝手に思い込んだ可能性も……」


「だが、名目上はただの慈善・友愛団体であったアイツらが、この声明に一々反応する必要性がない。……自分らが、この名指ししたテロ組織と同類でない限りは。しかも、危険分子と言われたことに対して痛烈に反発したあたり……」


「……まさか?」


 和弥の言わんとすることが少し見えてきた。だが、其れだとすると厄介なことになる。あまりそうであってほしくはないと思った。

 しかし、和弥はそれを肯定した。


「ああ……。その痛烈に非難された3つの組織と、何らかの関係がある可能性が見えてくるな。でないと、あの『危険分子』のところであそこまでブチ切れたりはしねえよ」


「うっそだろオイ」


 ただの慈善友愛団体が、テロ組織と関係を持っていた? いや、まあNEWCは会員は大量にいるので、テロ組織にもその会員が混じってる可能性は十分に考えられるだろう。だが、今回の声明は、それらと少なくとも同調関係にあることを示唆することとなった。これだけでも、慈善友愛の名前なんてただの看板でしかなかったこととなる。


 慈善友愛団体は、テロ組織と関係を持っていた。少なくとも、彼らと同類の意識があるということになる。この事実は、俺らに大きな衝撃を与えるには十分すぎるものだった。


「(……総理が言っていた懸念が現実になった……)」


 政府専用機に乗っていた時、総理が政府専用機ハイジャックテロにNEWCが絡んでいることを仄めかしていた。テロに、彼らが絡んでいた時の対策として、俺たちをのせたことを明かした時に知ったものだ。


 NEWCがテロに絡んでいる。この懸念は、現実のものとして、しかも最悪の形で露呈してしまったのだ。


 相手は一大秘密結社だ。会員がわからないため、誰が敵で誰が味方なのかが正確にわからない。全国にあるテロ発生区域にいる奴らが、日本にいるNEWC会員のすべてとは限らない。


 ……非常に厄介な事態になる。


「……どうすれば……」


 とんでもない敵を相手取ることになった。そんな事実に唖然としていた時である。


「……ッ! はい、二澤です……」


 二澤さんが無線を開いて交信を始めた。おそらく、皇居前広場にある特察隊司令部のほうからであろう。少し言葉を交わすと、すぐに無線を切って俺たちに伝えた。


「出番だぞ。お隣の中央区のほうに出向いて、避難が遅れた一般人の救出任務が下った」


「やっと特察隊らしい役目が回ってきたっすね」


 和弥の言葉に、二澤さんも真剣みをもって頷いた。


「ああ。これより一旦司令部に戻って指示を仰ぐ。ヘリを使うことになるだろう。たぶん、ここから分かれるぞ」


「了解。そんじゃ、時間もないんで行きましょう。早めにいかないと」


「ああ。いくぞ。急げ」


 二澤さんを先頭に、急いで東京駅のホームを離れた。急いで司令部に戻り、さっさと指示を受けてヘリに飛び乗らねばならない。また、敦見さんと三咲さんの世話になる。


 ふと、横目に見えたユイが気になって声をかけた。


「ユイ、右肩抑えてるが、さっきの傷大丈夫か?」


「え? あ、ああ、大丈夫です。もう傷ふさがりかけてますので」


「へぇ、便利だねぇ。その体。俺もほしいよその機能」


「いや、人間の体って大抵小さい傷は勝手にふさがりますよね?」


「そりゃそうだけどさ……そんなすぐには塞がんないよ。俺にその皮膚くんね?」


 と、ちょっとした冗談で左首あたりを軽く手の甲であてた時である。


「ひゃッ」


「え?」


 思わずビックリしてその当たったところを手で押さえてしまった。……あれ、これマズかった? セクハラ認定されるパターンだったか?


「あ、わ、わりぃ。マズかったか?」


「あ、い、いえ! 違うんです! そういうつもりじゃなくて……」


「お、おう、そうか……あ、マズかったら言ってくれよ? 即行で自重するから。あと戒めのために新澤さんに殴られてくるから」


「それはさすがに要らないです」


「ハハ、冗談だよ。ほれ、さっさと行くぞ。時間がない」


「は、はい……」


 まあ、例の不明な感情やら何やらが関係しているんだろう。だが、今は悪いがそれどころではない。あとでそこに関してはもう一度ちゃんと謝っておこう。こういうのあまり刺激するといい影響ないかもしれないし、少し慎重になったほうがいい。


「……勘違いされたかなぁ……」


「ん? 何か言った?」


「え? い、いや! なんでもないです! ほら、早くいきましょう!」


「―――? お、おう……」


 周りの雑音が煩くてよく聞こえなかったが、まあ、どうせ雑音は雑音だろう。たぶんユイの声と勘違いしたんだな。こんなに人がいるんだ。ユイに似た声がいたって割と不思議じゃないだろう。



 その後は、二澤さんらとともに東京駅を後にした。帰り際、駅長や警視長らの人たちに感謝の言葉を受けたりしたが、それはあとで正式にもらおう。今はちょっと時間がないからな。


 それでも、見送りは受けた。感謝の声を受けながら、俺たちは一路司令部へと向かう。




 そして、司令部に戻った俺たちは、





 舞台をお隣の東京都中央区へと移し、新たな戦いへと身を投じることとなった…………

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