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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第5章 ~勃発~
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奇襲突撃 2

 機体は急降下を開始した。降下に伴うスピードに乗り、『ふぶき32号』の上空を並走するにはこれしか方法がない。ただでさえ、ヘリの最高速度は今の新幹線に敵わない部分があるし、今の『ふぶき32号』の速度はこっちの限界速度のギリギリである。


『ふぶき32号』は直線前の最後のカーブに差し掛かった。与野本町駅を左手に、向こうの速度はある程度落ちている。データリンクによってHMDに送られた情報によれば、向こうは現在252km/h。

 その前後の速度でカーブを突き抜けようとしている。そこから先はかこ型トラスビームがあるため、少しの間は上空に留まることになる。できる限り加速が遅くなることを祈るばかりだった。


「もうすぐターゲットのもうすぐ上抑えるぞ。車内はどうだ?」


『オーケー、敵はまだ気づいてない。防音対策はしっかり機能してるな。さすが最新鋭客車』


 一種皮肉も込めてないか?とも思う和弥の返答を聞きながら、今度は敦見さんの声も聞いた。


『水平入るで。こっちのタイミングで降りるんや』


 敦見さんの言葉と同時に、機体は降下を止め高速での水平飛行へと入った。すぐ下は架線柱が左右に立っており、その下にはトラスビームが伸びている。


 ……そして、そのさらに下には、


「ターゲット視認。最後尾が見えた」


 目標となる『ふぶき32号』の最後尾車両が見えた。上面が白色になっているその鼻先、運転手席とノーズ部分が、機体の下に見えている。

 ポジショニングはバッチリだ。あとは細かな微調整を加える。そこは、ユイの担当である。


「前に2m行ってください」


『前に2m』


「そのまま……あぁ、ストップ。そこで維持して」


『おーし、ここやな』


 ユイの微調整指示に敦見さんが見事な操縦テクニックで答える。障害物がすぐ下にある状況下で、ここまでの細かな操縦は見事なものとしか言いようがなかった。しかし、時間がない。


 すぐに、その時はやってきた。


『もうすぐトラスビーム消えるで! スタンバイ!』


 体の重心を下に持っていき、いつでも降りれる体勢を整えた。右手を見ると、横に伸びていたトラスビームの最後のほうが高速でこちらに近づいてくるのが見えた。

 その最後のトラスビームは、俺たちの下を高速で通り過ぎた。スペースが空く。


 瞬間、間髪入れず敦見さんが叫んだ。


『今や! 行け行け行け!!』


 その声とともに、俺とユイは同時に足をドアの淵から外し、高架上の空いたスペースに上から滑り込んだ。

 目と鼻の先が高圧電流が走ってる架線。その近さに大いにビビりながらも、すぐに高架すぐ上に着いた。あとはさっさと飛び降りて、ノーズにしがみつくだけだった。


 ……が、


「……あ、ちょッ!」


『ふぶき32号』がさらに加速した。そのため、最後尾車両のノーズ部分が、俺たちが飛び降りようとしたポイントから右手に向かって離れてしまったのだ。

 これでは、飛び降りれない。新幹線の線路に落ちて大けが間違いなしだ。


『マズイ、向こう加速早めた。マスコンさらに1段上げてる!』


『敦見さん、もっと前!』


 無線機にユイの声が響いた。すぐにヘリは『ふぶき32号』を追い、徐々に近づき始めている。

 ……しかし、それでも限界がきた。


『これ以上は無理や! 加速が出来へん! 向こうが早い!』


 低空でのヘリの加速なんてたかが知れていた。そうでなくても本気を出せばヘリなど即行で追い抜ける新幹線が本領を発揮し出しているのだ。今の距離を維持するのが精いっぱいだった。ブラックホークの加速能力をもってしても、低空で動きにくい状態での加速には無理があった。


「クソッ。ユイ! この距離で飛び降りるしかねえ! できるか!?」


 これ以上の接近は望めない。距離がさらに広がらないうちに、さっさと飛び降りるしかなかった。

 ユイの判断も同じだった。間髪入れず返答が来る。


『問題ありません。お先失礼しますね』


「え?」


 そういうと、ユイは左後ろと右前方向に順に何度か体を振った後、振り子の原理を使って右前方向にあるノーズに飛び込んだ。

 ユイの持っていたロープは上にある架線にぶち当たり、『ふぶき32号』の後方に吹っ飛んでいった。それにヘリも若干持っていかれて体勢を崩し、俺も左右に振られてしまう。

 しかし、何とか持ち直した。ユイも無事飛びつき、ノーズ部分にしがみついて俺のほうにグーサインを見せる。


「敦見さん、大丈夫っすか!?」


『問題あらへん! それよりさっさと飛び降りるんや! 急げ!』


 敦見さんの叫び声とともに、飛び降りる先を見た。加速が進んでいるのか、ノーズ部分がどんどん離れていく。直線ももうそろそろ終わりそうだった。この後は緩いカーブなので、再び減速されるということはあまり期待できない。したとしても、そんな極端なものではないはずだし、何より、ヘリのほうがもう速度を維持できなくなってきている。

 直線終わり付近に見える埼京線の南与野駅も通り過ぎた。時間で見て、もう残り数秒だった。


「(ええい、儘よ!)」


 正直恐怖しかなかったが、覚悟を決めた。

 ユイと同じく振り子の原理を使って斜め方向に体を振り、そして、


「おらぁあ!!」


 思いっきり飛びついた。ギリギリ、ノーズに届きそうではあった。車体に手が付き、あとはグローブが吸着してくれるはずだった。

 ……が、


「―――ええッ!?」


 グローブが吸着しなかった。うまく電気的に作動してくれなかったのだ。手が滑りそのまま車体の後方に流されるが、再び強く両手を車体にたたきつけると、やっとグローブが作動した。

 吸盤の内側を瞬間的に真空状態にし、車体と両手を密着させた。だが、両手で引っ付きはしても、完全に足は外に投げ出されている。ノーズの連結器カバーの淵に手があるため、体格的に俺の脚は下手すれば線路のほうにあたってしまう。

 必死になって足を上げてはいるが、この状態でそれは長く維持できない。


「(やっべッ、一瞬でも手が滑ったのがマズかったか!)」


 こんな時に不具合起こしおってからに。そんな不満を抱きながら、チラッと左手上方を見た。

 俺の掴んでたロープがユイの時と同様に架線にぶつかっていた。今度はブラケットにも引っかかり、ヘリが体勢を結構崩しまくっていたが、墜落する前にそのロープを自動的に切り離すことによって何とか立て直しているようだった。


『敦見さん、大丈夫ですか?』


 ユイの声に、敦見さんがすぐに応えた。


『大丈夫や! 何とか立て直す! それよりそっちはどうや!』


 どうや、と言われても見ての通りとしか言えない。しがみ付いてそのままどうにも動けなかった。


 右側からの風圧もひどいため、両手で支えるのがやっとだった。こんな状態で片方でも手を取って車体に上ろうとしようものなら、その風圧をもろに受けてもう片方のグローブの吸着力と俺の腕力じゃ足りなくなり、即行で後ろに吹き飛ばされる。

 ……ヤバい、詰んだ。


『祥樹さん、大丈夫ですか!』


 ユイの声が無線を通じて響いたが、それには即答で返した。


「悪いが全然大丈夫じゃない! 両手でしがみ付くのが精いっぱいだ! ちょっと手かしてくれ!」


『了解。数秒待ってください』


 ユイが一瞬両手を離し、俺のそばの位置についた。

 そのまま、右手の実を俺のほうに伸ばす。片手一本で耐えれるのはユイの人間離れした怪力が成せる業か。もしくは右手の電磁板も追加で作動させて密着させているのか。何れにせよユイロボット様様だ。


 ユイは俺の左手首をガシッと掴むと、


『吸着取ってください。引き上げます』


「あいよ」


 指示の通り、グローブを車体からゆっくりはがす。こうすることで、吸着機能を無くし車体からグローブを離すことができる。

 ユイは右腕のみで、力任せに自分の元に俺の左手を持ってきた。再び車体を強く叩いて吸着させると、もう片方の右手も、今度は自分の力で持ってきた。ユイが支えになってなかったらたぶん吹っ飛んでただろう。


 何とか窮地から脱し、ノーズの真上に陣取ることができた。ここはまだ風の影響が少なめで済む。


「サンキュー、助かった」


『お構いなく。力仕事は得意なんで』


「ほんとだよ。……敦見さん、こっちはオーケーです。見えますか?」


『バッチリや! ホンマにやるとはおもへんかったわ』


 驚きと感嘆の混じった声が聞こえてきていた。そして、上をチラッとみると、体勢を立て直したヘリが徐々に高度を上げて遠ざかっていくのが見えた。


『あとはそっちに任せる。頼んだで!』


『それでは二人とも、ご武運を』


「どうも。行ってきます」


 無線はそこで一旦切れた。向こうはこの後、この『ふぶき32号』を現場から監視し、適宜各部隊に情報を送る手筈となっている。この先にいる『あかつき96号』の情報も、一部は向こうからもらう予定だった。

 それでは、次の段階へと移ろう。この車内への突入である。


「和弥、車内はどうなっている?」


『これといった変化はない。そんなにでっかい音は客室には響かなかったみたいだな』


「オーケー。……そんで、どうやって乗り込む? ノックしてドア開けてもらうか?」


 無線を切って、ユイにそう聞くが、帰ってきたのは割とコイツらしいものだった。


『ノックする暇もないでしょう。どうせなら、力づくで』


「ほう?」


 ユイはそういって運転席の窓の前に這っていった。俺もそれについていくと、ユイは右手を振り上げ、右手側面を運転席の窓に振り下ろした。


『おらァッ!』


 勢いよく振り下ろされた拳を握っている右手は、運転席の窓を「バリンッ」貫通し、その下にあるコンソールにぶち当たった。なるほど、確かに“力づく”である。

 穴が空いた場所を起点に、周りの窓も力づくで壊して人一人が入れる分の大き目の穴を作った。そこから中に、頭から入っていき、運転席へ侵入。俺も後に続いた。


 風圧地獄から解放され、一先ずホッと一息ついた。体についたガラス破片などを取っ払うなどの戦闘の準備をしつつ、開いた窓のほうを見て一言。


「……強引にいくねぇ、ほんと」


「それしか頭になかったもんで」


「脳筋か」


 まあ、戦闘用ロボットって大方そんなもんだろうが。


「しかし、これがリニア新幹線じゃなくてよかったな。あれだったらもっと早い上に前後に窓がない」


 所謂中央新幹線である。本州のど真ん中をぶっさす形で通ってるこれは、普通の新幹線以上に早く、突入経路なんてあんまりない。今みたいなやり方はできず、乗っ取られたら最後、何もできず向こうの思うが儘だ。

 しかも、こっちもこっちで通常の鉄道と同じく保安検査システムは飛行機ほど発達していない。ほんとに、こっちが乗っ取られずに済んで幸運としか言えなかった。


「そうなったらそれこそ向こうが諦めるか駅に突っ込むかの二択しかないですね。この新幹線だからこれができたってだけで」


「だが、それでもこれだ。下手すりゃ死ぬぜ」


「駅員さんから「駆け込み乗車はおやめください」ってしょっちゅう言われる理由がわかる気がしますね」


「飛び込み乗車の間違いだろ」


 しかもここ駅じゃねえし。普通の新幹線高架だし。そんでもってあれより命がけの乗車方法だし。


 そんなツッコミもつかの間、さっさと準備を整えた。誰かに気づかれた様子はない。高威力型の衝撃弾の装填を確認し、9mmハンドガンのセーフティを解除する。HMDも、特察隊の本部を中継して、東京駅にある対策本部のほうとデータリンクさせた。これで、敵が大体どこら辺にいるかの情報を、事前に監視カメラから得た情報を基に作成したデータから受け取ることができる。


「和弥、こっちは侵入成功。そっちとリンク繋いだ」


『オーケー。まさかほんとにやらかすとはな……。まあいいや、一先ず、敵の場所はHMDに転送している。各車両にいる敵を排除しつつ、車両ごとにある非常用手動ブレーキを作動させるんだ。それで少しでも速度を落とす』


「了解。手動ブレーキだな」


 JE9系の車両には、種別に関わらずすべての車両に一つずつ非常用の手動ブレーキが装備されている。通常は運転席からの操作によって、すべての車両に信号が渡りブレーキが入る仕組みだが、何らかの理由でそれがかなわない場合は、各車両ごとに代わりのブレーキを手動で操作させることができる。

 あくまで非常用であるため、本来は滅多なことで使われることはない装備だったが、今回は間違いなく“非常”事態である。


 相変わらず加速は進んでいるものの、このブレーキを使うことによって少しでも時間を稼ごうという魂胆だった。この非常用手動ブレーキ自体はすべての機械的なシステムから独立しているため、運転席側からの一切の影響を受けることはない。


 俺らはまず、この最後尾の運転席と隣接しているデッキのほうに出た。ここには敵がいないことがわかっているため、半ば無防備な状態で入る。


「あったぞ、これが手動ブレーキだな」


 デッキ内の足元のほうの壁側に、非常用手動ブレーキが収納されているらしい小さな扉があった。開けると、中には下に下げるタイプの一本の赤いレバーがある。


「和弥、なんか中に小さくて赤いレバーがある。これを下げればいいのか?」


『そうだ。そいつを下げれば、その車両が備えている非常用ブレーキが勝手に作動する仕組みになっている。だが、あくまでブレーキがかかるのはその車両だけだ。すべての車両にブレーキをかけるには、すべての車両の非常用手動ブレーキを作動させるしかない』


「了解した。じゃ、敵の排除と同時進行だな」


 各車両のどこにこれがあるかについては、すべてこちらに情報が伝えられる。主にユイが受け取ることとなっているため、ブレーキ操作は自ずとコイツに一任することとなった。


 レバーの場所を確認して、列車のドアの前に張り付いた。ユイはレバー操作のために、レバーの前でそれを下げるタイミングを待っている。


「よし、いいか。レバーを下げて、ブレーキがかかって一瞬向こうが混乱した瞬間に突っ込むぞ。俺のタイミングで下ろせ」


「了解」


 手順確認と同時に、和弥が無線に声を投げる。


『そろそろ急いだほうがいいぞ。現在時速290km/h。まだ上がってる。もうすぐ300だ。今の緩いカーブはここら辺の速度で突っ込むつもりだ』


「よくまあそんな速度で脱線しないこった」


 車体制御が効いているんだろうか。だが、さっきから妙に体が左右に振られる感覚がある。相当無理しているのは間違いない。下手すれば、あまりに速度が出過ぎて車輪が線路から外れてしまう可能性も捨てきれない。

 車体が揺れることによって、銃弾が乗客に当たったりするのにも注意する必要があるだろう。ユイともその点を再度確認した。


 小さく開いている窓からこっそりと中を確認。客室内の席は7割方埋まっているらしい。その奥の窓のほうに、確かにAK系ライフルを持った男一人が、体の左側をこっちに向けた状態で立っている。時折客室側を見るが、あくまで乗客を見ているだけのようだった。俺たちの存在に気づいた様子はない。


 バレてないうちに突っ込んでしまおう。


「よし、いくぞ……」


 左手を軽く上げて、合図を送る。

 ……そして、その時を迎える。


「―――下ろせ」


 左手を90度さげて合図を送ると、間髪入れずユイがブレーキレバーを思いっきり下げた。


 瞬間、「ガタンッ」という音とともに一瞬の揺れを感じた。ブレーキがかかったのだ。

 客室内が一瞬ざわつく。敵が立っている体勢を崩し、あたりを見回していた。


 ……その次の瞬間には、俺は目の前にあるタッチ式の半自動ドアの扉を開けていた。


「伏せろ!!」


 乗客に向けて大声で叫ぶとともに客室内に突入。ゆっくり空くドアの隙間から即行で入り、握っていたハンドガンを瞬時に構え、敵に衝撃弾を2発喰らわせた。


 完全なる奇襲であった。敵にとってはまさかの来客。予想外の途中乗車してきた武装した人間。あっけにとられる時間すら与えられず、衝撃弾を体にまともに受け、そのまま後方に吹き飛ばされた。

 すぐ後ろにあった壁にぶつかると、敵は気絶しそのまま動かなくなった。


 最後尾確保。残り9両。


「最後尾確保! ユイ、急げ!」


 車両中央にある狭い通路を急ぎ足で駆け抜ける。後ろからユイがしっかりくっついてくるのを足音で確認した。

 さらに中央の通路を通っているときに、デッキにいたらしいもう一人の武装した男が入ってこようとしたが、そいつにも衝撃弾を浴びせさっさと眠っていただいた。これで、最後尾車両とそのデッキにいる敵はいなくなったはずである。


 突然の事態にあっけにとられる乗客を安心させるためか、ユイが注意喚起ついでに叫んだ。


「はい落ち着いて、陸軍です! そのまま座ってお待ちください! あぁ、座って! 絶対にそこから動かないで! あとまだ伏せてて!」


 俺が車両を抜け、デッキに入ってくるあたりで後ろからでっかい歓声が響いていた。少しビクッと驚きはしたものの、それには構わずさらに先頭車両へと急ぐ。


 次、9号車。少し長めのデッキを通ると、すぐ奥のほうにすでにスタンバイしている敵が一人いた。

 デッキの中にあるトイレの扉を開け、トイレ内を隠れ場所にしつつ応戦。ユイもその向かいにある手洗い質のスペースに入り込んだ。


「頼むぜ、そのまま伏せてろよ」


 変な行動を乗客がしないことを祈りつつ、敵の銃撃に応戦。

 すると、ユイが放った衝撃弾数発が敵の胴体に吸い込まれた。同時に、奥のほうから追加がもうひとり来たが、こっちは俺が出落ちよろしく仕留めることに成功。


 すかさず戦線を押し上げる。9号車を確保し、これまたでっかい歓声を一身に受けつつ、ユイがさっきと同じようなことを叫んで落ち着かせた。

 客室を出て、9号車にある非常用手動ブレーキをユイが操作。再び若干の減速が入る。同時に、俺は無線を繋いだ。


「和弥、9号車まで来た。敵はどうだ?」


『思った通りの行動だ。敵さん、まさかの乱入者に大混乱中だ。大量の敵が後方に寄り集まって着てやがる』


 その言葉と同時に、8号車のデッキに入ると、その車両の奥のほうのデッキに敵を確認。一人や二人ではない。なんかわらわらと集まっているのが見える。

 8号車のほうの非常用手動ブレーキをユイに操作させつつ応戦。無線にも声を投げた。


「オッケー。今確認した。そいつら確か14人だったよな?」


 事前に確認した限りでは、敵の武装した人数はそうだったはずだ。和弥がそのように報告していた。

 ……だが、和弥からの返答は予想外の者だった。


『そのはずだったんだが……、どうやらちょっと事情が変わっちまった』


「なに? どういうことだ?」


 この時からユイも銃撃戦に参加する。ユイも和弥の無線での内容に首をかしげていたが、その理由はすぐに判明した。


『敵さん、どうやらまだいたらしい』


「えッ? アサルト持ってるやつって14人って話じゃなかったか?」


『そうなんだが、先頭と2、3、4号車あたりにいる乗客の中からハンドガン持ってるやつが出てきた。そいつらも後方に向かってる』


「はぁ!? なんだそりゃ!」


 つまり、乗客の中にまだグルがいたということだ。今まで鳴りを潜めて普通の一般の乗客に紛れ込んでいたが、この事態をうけて正体を現した形となったのだ。


『どうやら、乗客が変な行動を起こした時の予備だったみたいだな。一般客に忍ばせてたんだ』


「そいつらは何人いる?」


『ざっと見ただけでも6人はいるぞ。各車両から1人、ないし2人ずつだな』


「げぇ、マジかよ!」


 チクショウ、そうなるとさっき仕留めた4人と、たった今撃破した2人を抜いても、今現在の総戦力は14人。最初聞いてたのと変わらねえじゃねえか。


 クソッたれ、勘弁してくれよマジで。


「まさか、俺らの後ろにも居るとかって冗談ねえよな? 督戦隊よろしく後ろから頭パーンは勘弁だぞ?」


 邪魔になるためヘルメットも今はつけていない。これっぽっちも警戒していない後方から、完全に無防備な弱点となっているそこを狙い撃ちなんて、やろうと思えば誰でも簡単にできる。

 だが、和弥はその可能性を否定した。


『いや、どうやら後部車両にはいないらしい。そっちから誰かがくる様子はない』


「オッケー。そのまま誰もくんじゃねえぞ」


 義勇兵やりまーすとか別に要求してないからな? 今回に限ってはそれ間違いなく蛮勇だから下手な動きはしないことを祈る。


 完全に8号車が最前線と化していたが、あまり時間はかけたくなかった。敵がどんどんと押し寄せてくる時間を与えたくはない。

 あまりしたくはないが、最善の道となればこれが一番だろう。


「ユイ、行け」


「アイッサー」


 まるで犬を仕向けるかの如く端的な指示を与えると、ユイは片手にハンドガンを持ったまま低姿勢で突貫した。その姿はまるで、飼い主を襲ってきた相手に逆襲を仕掛ける、よく訓練された狂犬のようである。

 間違いなく体の外側あたりには銃弾は当たってるはずなんだが、それすらもものともせず8号車の奥のデッキに突っ込む。俺も後ろから速足で着いていくが、俺がデッキについたころには、そこにいたらしい4名ほどの敵は、ユイの“突貫”によってすべて薙ぎ払われた。たぶんハンドガンは使ってない。ぜんぶ近接攻撃でお陀仏であろう。

 ……その4人。腹とか顔とかに、蹴り、ないし右ストレートあたりをくらったのか、完全にのびてしまっている。見るからに、衝撃弾を与えた時よりひどいありさまだった。

 気絶は当然とはいえ……うわぁ、これは痛そう。


「……お前、銃を使うより自分の拳使ったほうがはええんじゃねえのか?」


「ですから、一言突っ込めと言ってくれれば喜んで全員あの世に送りますのに」


「いやいやいやいや……」


 あの世に送るとかいうな。そしてそれを喜んでやるな。そこら辺は完全に戦闘用ロボットらしい考え方ではあるが。

「一般客の前でそんなバンバンやらせれるかい」とかそんなことを心の中で突っ込みながら、次の7号車、6号車と一気に戦線を押し上げていく。


 ここら辺になってくると、乗客は自ら頭を伏せて銃撃戦に巻き込まれないようにした。自ら突っ込んでいくこともない。大人しく推移を見守ってくれているだけだった。


 ……とはいえ、それでも5号車などでは、


「いったッ」


「ッ!」


 ユイが右肩に銃弾を掠められたらしく、デッキの陰に隠れた。その時は俺はマガジンを装填しようとしたところで、一瞬の隙ができる。


『敵がくるぞ。急げ!』


 通路を見ると、敵が一気にこっちに向かってくるのが見えた。隙あらば、ということであろう。すぐにマガジンを装填するが、結構距離が近くなってきた。号車は車内の半分が完全にデッキであり、客室はもう片方の半分しかない。接近する時間は短かった。


「(マズイ、間に合うか?)」


 体勢を崩されたユイの代わりに俺が前に出ようとするが、その時である。


「ぬぁッ!?」


「ッ?」


 こっち側に突っ込んできていた敵が一瞬足を掬われたように前のめりに倒れかけた。足を引っ掛けるようなものは何もなかったはずだが、しかし、チャンスではある。


「隙ありッ」


 前のめりに倒れてきている敵の腹部に命中させ、そのままうつ伏せに倒れさせた。これでしばらくは動けまい。客室に置いとくのもあれなので、その倒れた敵をデッキに引っ張っていると、その通路に投げ出す一本の足が見えた。結構小さめである。

 そこは、ちょうど敵が転んだ場所だった。そこにいる席の人であろうか。顔をこちら側にチラッと覗かせる、帽子をかぶった男の子がいた。


「……まさか」


 俺がその子を見たと同時に、口元をニヤッと歪ませて小さくグーサインを見せる。やっぱり、犯人はお前だったか。

 子供なら、むしろほんとにあまり余計な手出しはしてもらいたくはなかったが……、しかし、今回に限ってはそれでちょっと助けられたのも間違いない。こっちの状況を瞬時に読み取ったのだとしたら、相当高い冷静さと頭の回転力がある奴だ。将来有望だな。

 通りすぎるときに軽く頭をポンッと叩いて、同じく若干ニヤッとした表情で返した。せめてもの礼だ。ユイも後ろで軽く微笑んで礼を返していた。


「(その勇気は、また別のところで使ってくれよ)」


 何はともあれ、その“勇気自体”は褒められるべきものであろう。だが、あまり下手なところで使わないことを願う。その冷静な頭があるからさほど問題にはならないとは思うが。


 そのままさらに前線を押し上げた。もう敵の半数以上を仕留めている。一般客に紛れていたらしい敵の法も何とか仕留め、各車両のブレーキを順調に作動させていった。

 2号車のデッキに入り、そこにある非常用手動ブレーキを作動させる。


「2号車のブレーキ作動」


「和弥、そろそろどうだ?」


 計7両のブレーキを作動させたのだ。もう結構減速されてもいいはずだ。和弥が即答で返す。


『そこそこ減ってきた。現在250~260km/h』


「250? まだそんくらいしか減ってないのか?」


 もっと減っていると思っていた。しかし、そう簡単には事は運んでくれないようだった。


『俺たちがブレーキを手動で下ろしてることは向こうも予見してたらしい。マスコン操作を最大にして、今の速度をできる限り維持しようとしてやがる』


「クソッ、これじゃあんま意味なくないか」


 非常用手動ブレーキってくらいだから、どんな状態で大きな効果を発揮できるようになってるもんだと思っていたが、そういうものでもないらしい。これはさすがにマスコン最大で全力で加速している状態は想定していないのだそうだ。だから、完全にブレーキはされず速度を維持する程度にとどまってしまっている。


『だが、やらねえよりマシだ。とにかく、敵を制圧しろ。そうすれば後はどうとでもできる』


「了解」


 愚痴ってても仕方ない。結局のところ、運転席を奪還すればいいのである。

 2号車に突入。敵をなぎ倒しつつ、グリーン車であろう座席が左右に並んでいる中を突っ込んでいく。これで、敵は残り一人のはずだった。


「2号車確保!」


「よし、最後だ!」


 先頭車両のデッキに突入する。近くにあった非常用手動ブレーキを操作し、すぐに車内に突入する。


 残弾にも限りがある。残り一人は仕留めるというよりは、生きたまま捕獲してしまうほうがいいだろう。それこそロープ縛り付けでもなんでもいい。残りの残弾は何かあった時のために残しておきたい。

 そのような考えをしつつ、最後の先頭車両の突入した。



『―――な、あ、アイツッ!!』



 突入寸前だったとはいえ、和弥の、その言葉に耳を貸せばよかったと、割とすぐに後悔するとも知らずに。



「動くな!」


 突入するや否や、おそらく目の前にいるであろう敵に対して静止を呼びかける。豪華な作りの客室の両サイドには、グランクラスの豪華な座席。そこに座っている乗客と、負傷した乗員数名。

 狭い先頭車両の客室の奥には……


「―――なッ!?」


 ……敵は、確かにいた。ハンドガンを持っているところからして、おそらく例の一般客に紛れていた奴だろう。


 ……だが、目の前にいたのは敵だけではなかった。


「あ……ッ!」


「あの人……まさか……ッ!」



 ユイの絶句の言葉とほぼ同時に、その“男”は、口元をにやりと歪ませていった。


「……その言葉を、そのまま貴様らに返してやろう」


 彼はどのハンドガンを、ある方向に向けていた。その先には……




「大人しくしてろ」


「ヒ……ッ」


「ひ、人質……だと……ッ!?」




 恐怖のあまりガクガクと震えている女性乗員の、“頭部”があった。彼は、最後の手段として女性乗員を自分の元に寄せ、強引に人質に取ったのだ。




「(最後の最後に……ウソだろ……?)」





 妙なデジャヴを感じながら、俺たちはそのまま固まるしかなくなった…………

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