奇襲突撃 1
[PM13:01 埼玉県中央区上空 UH-60JA]
ヘリが目的地上空に到達した。コックピットのほうからの合図を受け、徐々に降下する機内から、外の様子を確認する。
「見えたで。13時方向。あの種類の違うやつが併合しとる奴は―――」
機長席にいる敦見さんがこちらに向けてそう言った。その視線の先には、前半分と後ろ半分で形が違う車両が併合され、一緒に走っている編成が一つ確認できた。大宮駅に向けて一直線に突っ走っている。
手に持っていた双眼鏡で確認する。片やノーズが若干鋭利な形をし、下半分はオレンジ色に塗装され、すぐ上には赤のラインを持つ。そして、片や逆に丸みを帯びたノーズをし、全体的に濃いめのピンク色で染まっている。双方の車両の特徴やカラーリングからしてからして間違いない。
「あれです。あれが『あかつき96号』です。とすると、その後ろに……」
俺は新幹線高架を辿って、その後方から追っかけてきているはずの目的の車両を探した。今頃猛スピードのはずだが……、その車両は、ユイが先に発見した。
「見えました。あそこです」
「……ッ! 見えた。あれだな」
結構離れてはいたが、目的の車両を確認した。こちらも双眼鏡で確認。
尖ったノーズに、青く塗装された下半分と、すぐ上に薄い水色のライン。そして、異常なまでの高速。あれも間違いない。
「和弥、今『ふぶき32号』を確認した。現在、大宮駅の北数km地点走行中。あと数分~10分前後で通過すると思われる」
東京駅の本部で待機している和弥に向けて無線を繋ぐ。向こうもすぐに応えた。
『確認した。その今見えてるのが『ふぶき32号』だ。現在時速減って今280km/h』
「280? 300以下はアウトって話じゃなかったのか?」
確かSNSに向けた宣言文じゃそうだったはず。
『そこはわからん。速度を落とすことによってタイムリミットまでの時間を増やして、車内で駆け引きでもやってるのかもしれねえ。だが、どっちにしろチャンスだ』
「『あかつき96号』は?」
『そっちもそっちでちょいと速度が減ってきてはいるが、一定の速度は保ってる。現在250km/h前後。だが、時折モーターがイカれて突然大幅な減速を始めることが増えてきた。そのたびに鞭打って再加速はさせてるみたいだが、はっきり言っていつぶっ壊れてもおかしくねえ』
「もうそろそろマズイか……」
限界を通り越してモーターをぶん回してはきたが、このままではいつ完全にぶっ壊れて機能を停止してしまってもおかしくはない。そうなれば追突事故による大被害は不可避だ。
そうなる前に、なんとか方をつけなくては。
「敦見さん。こっちから確認できました。そっちのほうでは?」
「こっちでも確認した。250km/h超えか、今まで大きなカーブがなかったんが幸運やったな」
「ええ、まったくです」
250km/hを超えるとなると、カーブの際は遠心力で脱線の可能性があった。だが、白石蔵王駅から先は直線が多く、そこまで極端なカーブは存在しないらしかった。和弥によれば、それがあの300km/hやら今の280km/hやらを出しても脱線しなかった理由となるらしい。尤も、そんなに速度を出してるとちょっとのカーブでも、車体傾斜システムなどの性能によっては下手すれば脱線する可能性はあるらしいが。
とはいえ、向こうがトレインジャックを白石蔵王駅周辺でやってくれたのは、ある意味幸運だった。その一つ前の仙台駅なんて、前後にそこそこ急のカーブがあるらしく、そこを超高速で駆け抜けようものなら間違いなく脱線だそうだ。その点は、奴らに感謝しないといけない。その点だけは。
敦見さんがさらに機体を降下させる。新幹線高架にそい、そこからあまりそれない様に慎重に針路をとった。これも、敦見さんと協議して確認した作戦の一つである。
「しかし、ほんまにやるんか? “新幹線への奇襲降下”なんて」
敦見さんが、少し戸惑うようにそういった。無理もない。普通に考えれば「アホちゃうか?」と思われることを俺らはやろうとしているのである。
どこからも遠隔的に操作できず、そして連絡も取れないのなら、“こっちから直接殴り込むしかない”。東京駅の本部で、俺が提案したのはこれだった。
当然、周りからは全力で止められた。新幹線の上から飛び降りるなんて前例もないし、第一高圧電流が流れる架線が張られている。上から降りるスペースなどほぼ皆無に等しい。
しかも、その架線を支える架線柱も一定間隔で設置されている。時速250km/h超えの新幹線に飛び降りる上では、その新幹線と上から並走する必要があるが、そこから見るとその架線柱はただの“壁”にしか見えない。
成功の確率は異常に低いと言えた。和弥でさえこれを全力で止め、「それよりなら新幹線を後追いさせてそこからどうにかして飛び移ったほうがマシだ」とさえ言われる始末だった。
だが、それではダメだった。
「新幹線を後追いさせる時間はもうない。それに、仮に接近しても、後ろからどうやって飛び移れってんだ。隣の線路を並走させるってのも危険すぎる」
それが、俺の下した判断だった。
残り数十分という時間で、新幹線を用意して後追いさせることなんてできない。また、後追いさせても、普通の列車みたいに先頭列車にも貫通扉があるわけでもない。ノーズに引っ付いて、そこから飛び移るなんて無茶な話だ。後追いする新幹線側にも負担が大きい。
しかし、だからといって、反対線路を使って並走して、こちら側の新幹線の扉と『ふぶき32号』の最後部扉を隣り合わせ、扉をぶち壊して飛び移るってのも危険だし時間がかかる。電車運転手の中でもエリートが選ばれる新幹線の運転士だって、さすがにそんなことを250km/h超えの状態で簡単にできるほどの腕はない。それに、そんなことをしたら最後部車両にいる敵に確実に敵にバレる。窓から運転席のほうに銃撃を受けたら、最悪運転手に危害が加わりかねない。さすがに、新幹線にまで防弾ガラスは備えられてないのだ。
……そういったことを判断し、あくまで“仮に犠牲になるとしても“俺たちのみ”になることを考えると、残るのはこれしかなかった。
他の人になるべく迷惑をかけず、かつ今すぐに『ふぶき32号』を止める上での最適な手段としては、これしかない。
時間もない。その状況もあり、最終的に周りは納得した。すぐに周りでは準備を始め、和弥はオペレーターとしてこっちと無線を繋いでいる。新澤さんはヘリの手配をし、敦見さんと三咲さんをヘリごと東京駅に呼び出した。
事情を二人にも伝え、とにかく急いで『ふぶき32号』に向かった。最初は二人も乗り気じゃなかったが、時間がなくこれしかないことを告げると、何とか理解を示してくれた。敦見さんも覚悟を決め、奇襲に向けての作戦を提案してくれもした。そうして、今に至っている。
とはいえ、不安がもうないわけではない。隣にいた三咲さんも心配そうに言った。
「今更ではありますが、下手すれば命に関わります。……あまり、無理をなさるのもかえってマズイのでは」
「ほんとやで。正直、正気の沙汰とも思えへんが……」
二人の言い分はご尤もである。正直なところ、俺も俺でよくこんなん思いついて実際にやるって決めたなと思う。
しかし、それでもしないとマズイのだ。
「正気だからこそ、これしかないって決めたんです。他ではダメなんです。仮に犠牲になるなら、俺たちのみで十分。……できる限り、ローリスクハイリターンで解決させるためには、これが最適なんですよ」
「そのローリスクにお二人を入れるのはあまり気が進まないのですが……」
「お気遣いありがとうざいます、三咲さん。ですが、大丈夫です。……俺には、コイツがいますから」
そういって目を相棒のほうに向ける。今まで目下にいる『ふぶき32号』を見つめていたが、こっちに軽く目を向けると、口元を若干吊り上げさせて、すぐに目線を元に戻した。アイツなりの、「任せろ」といった意思表示である。
奇襲突撃に際しては、ユイの演算能力を大きく使うこととなる。正直、最初に聞いたときは「ほんとにできるんかい」とつい聞いていしまったが、ユイは短く「問題ありません」と答えるだけだった。
……まあ、ここまで来た以上コイツの“頭”を信頼するしかない。
「……おーし、もう見えてきた。もうすぐ大宮駅に差し掛かるで」
その言葉当時に再度確認。みると、『ふぶき32号』はもうすぐ大宮駅に差し掛かろうというところにまで迫っていた。速度はあまり減ってるようには見えない。和弥が言った、260km/hあたりからはこれっぽっちも減っていないようだった。『あかつき93号』は、ちょうど大宮駅を通過中のようだ。
突入に向けた最後の確認。突入にあたっては、邪魔にならない程度に最大限軽装備で向かう。武器は9mmハンドガンのみ。こちらは『やまと』の時と同じく衝撃弾を装填している。だが、威力はもうちょい上げており、最低でも“気絶”程度はさせれる仕様となっている。あとは、いつもの都市迷彩に防弾チョッキ。ヘルメットも重く邪魔になるので今回はなし。しかし、HMDはつける。
そして、手にあるモノをはめた。真っ黒の手袋のようで、ちょっと手のひらのほうが構造が違う。とても小さな吸盤みたいなのが大量に付いており、とても細かくなったタコの足か何かを連想させる。
「“グローブ”つけたか?」
「バッチリと。正直私は別に要らないんですけどね。向こうは金属ですから勝手にひっつきますし」
「そういうな。怪しまれないためだ」
ユイがその手にはめたグローブをまじまじとみてそう言った。
『電動式吸着グローブ』。俺たちは略して“グローブ”と呼んでいる。
手の表面にある超小型吸盤を電気的に調整し、壁などに触れた瞬間、吸盤との隙間にある空気を吸い取り、擬似的な真空状態を作る。この状態を維持することで、その手の部分を壁に引っ付かせるという仕組みだ。並の大人くらいの体重なら余裕で耐えることができ、仮に足を離してブラブラさせても問題なくぶら下がりができる。もちろん、いつもは普通のグローブとしても使うことができる。
実戦配備されたばかりのものなので、まだ一部の特殊部隊や陸軍総隊隷下の部隊にしか配備されていない。第1空挺団は陸軍総隊隷下ゆえ、すでに配備されている。
これを使って、降下した際に新幹線の車体に引っ付かせるという寸法だ。さすがに何もない状態ではしがみ付けないため、これがある種の命綱の役割を持つ。
しかし、実はユイの場合は設計段階からここら辺は想定されており、別にこれがなくてもその自分の手の中にある電磁板の出力を調整して、金属製であろう車体になら余裕でくっつくことができる。前にハワイで、自爆テロをしようとした奴の腹に右手の平手打ちをして、体内にあったステルス爆弾を無効化したのはこれの応用でもある。電磁板が発生させる高出力の電磁波をピンポイント、かつ高出力で与えたのだ。
とはいえ、一人だけこのグローブをはめてないというのはさすがに後々怪しまれることも考えうる。そんなわけで、念のためユイにもそれをつけさせた。ユイにとっては初めてのグローブだけに、少し興味津々の御様子である。
「和弥、ターゲットが大宮駅にまもなく進入」
とにもかくにも、突入準備完了。和弥に状況を伝えた。
『了解。いいか、念のためもう一度確認しとくぞ』
和弥が突入に際しての注意点を伝えた。
『その先は大きなS字カーブになってるはずだ。カーブが終わるとそのあと約3kmほどは完全な直線で、そこが突入のチャンスとなる。そこから先は緩めのカーブが何度も続いて直線があまりない。あっても1km半前後で突入には時間が足りないし、周りに建物が増えてヘリが飛びにくくなっちまう。突入するなら、できる限りそこでやれ』
和也の言った通り、突入に適している場所はこの大宮駅手前にあるS字カーブの後にある、約3kmの直線だった。そこは周囲に高い建物はあまりなく、邪魔するものはないため、ヘリが飛びやすい環境と言える。
また、『ふぶき32号』と並走するにあたっては、やはりカーブより直線がいい。ヘリが飛びやすい環境を考慮すると、一番長い直線がもうここしかなく、なんとしてでもここで飛び乗る必要がある。そこから先はしばらく緩いカーブが連続するのだ。最大のチャンスは、ここだけといえる。
さらに、向こうのほうで『ふぶき32号』の走行データを解析した結果、さすがにカーブ中はいくらか減速させてることがわかった。やはり、オーバースピードにより発生した遠心力からの脱線を警戒したようだった。
そのため、大宮駅を出てすぐの緩いS字カーブでも、ある程度減速をさせることが予想され、S字カーブをでてすぐのころは、より速度は遅くなっていると考えられた。
S字カーブを抜けてすぐの比較的低速の段階で飛び乗れるかが、この奇襲突撃の勝負のカギとなる。
……しかし、そこで問題となるのが一つあった。
『だが、S字カーブを抜けてすぐはまず飛び降りるな。“横にかご型トラスビームが伸びてる”からな』
そう。S字を抜けてすぐに飛び降りたくても、左右に立っている架線柱から、さらに線路の上を横にも伸びる別の支柱がある。
空中にある架線を支えるための“ビーム”と呼ばれるもので、この区画にあるのは『かご型トラスビーム』というもの。左右にある架線柱同士をかご型の支柱で繋いで、その下に架線をぶら下げているのだ。しかし、これは上から降りる上ではただの障害物以外の何物でもない。
「わかってる。その先に確か、普通のブラケットだけに変わるところがあるんだろ?」
『そうだ。左隣にある埼京線の与野本町駅。そこのホーム南端あたりから、新幹線の上にあるかご型トラスビームがなくなって、架線柱にあるのが普通の可動ブラケットだけになる。それになった瞬間から……』
「新幹線高架の中央にスペースができる」
これが和弥と一致した、突入に際する共通の初動チャンスだった。
S字カーブを抜けたばかりにある与野本町駅のホームがなくなったあたりから、このかご型トラスビームはなくなり、可動ブラケットのみとなる。これは、季節によって収縮するトロリー線の伸縮率を一定に保つ役割を担う支持物であるが、これは高架の左右にあるそれぞれの架線柱とは一直線に繋がっていない。
そのため、高架の中央は狭いながらも完全ながら空きとなる。
かご型トラスビームがなくなり、架線柱にあるのが可動ブラケットのみとなったら、俺たちの突入チャンスだ。
それを考慮すると、事実上俺たちのチャンスは3kmではなく、“約2km弱”となる。
『あまりチャンスはない。向こうがどの速度でくるかはわからんが、現在の速度を維持するってなると、チャンスはたったの“23、4秒”だ。だが、できる限りここで決めてくれ』
「了解。何とかやってやる。車内の状況はどうだ?」
和弥のいる対策本部では、『ふぶき32号』の車内カメラとの通信リンクを進めていた。そこから、車内の状況を把握するためだ。テロ対策などの理由で設置されていたものが、こうして役に立つとは思わなかったが、使えるものはすべて使えの精神である。
『さっきカメラと繋がった。カメラの解析によれば、最後尾の10両目にいる敵は一人。しかも先頭車両側のドアの淵を背にして、先頭に向かって左側を向いている。突入は右側から行くんだろ?』
「ああ、そのつもりだ」
新幹線は基本的に左側走行である。そうなると、俺たちが中央のスペースから最後尾のほうに引っ付くためには、新幹線高架の中央から左に向かって飛び移る形となる。
敵が車内から右側を向いているなら、下手すれば窓から見られる可能性はあるが、先頭に向かって左側を体ごと向いているなら、その可能性は低くなる。
和弥によれば、9両目と最後尾を繋ぐ車両のデッキに2人おり、そのうち一人が、ドアの淵を背にした状態で左側に体を向け、客室とデッキの両方を見ている状態だという。そして、デッキにいるもう一人と常にお互いの視界に入る状態でいるそうだ。
『最後尾の車両の右側からいくなら、おそらく敵にバレることはない。中央の空いたスペースから降りて、最後尾車両の鼻先に飛び移れば、何とかいける』
「お客さんが窓の外見たりしないだろうな?」
『その点は大丈夫だ。敵がどうやらおかしな動きはしないよう見張ってるらしいし、そもそも客席は先頭車両のほうを向いてるから、わざわざ後ろを見ようとも思わんだろう。それに、角度からしても見えにくいから一応大丈夫のはずだ』
「飛びついた時の音で気づかれることは?」
『問題ないだろう。JE9系の先頭車両ってのは車体の半分近くがノーズと運転席で占められてる。鼻先付近に飛びついたところで、その音が客室には届きにくい。ましてや、客室内は騒音対策が万全なんだ。向こうが聞き耳を立てた状態で、よほどでっかい音を起こさないと簡単には聞こえねえよ』
「ならいいんだが……」
できる限りバレないようにするためには、窓の外から見える範囲に俺たちがいない様にしなければならない。最後尾の鼻先あたりに降り立つとしたのはそのためで、本当は車体の天井あたりにでも空中から滑り込みたかったのだが、それだとさすがに音でバレる上、頭上は電気の通る架線なので危険と判断したのだ。
最後尾の車両を見張ってる敵の場所からして、角度の面から見ても一応は見えにくいところに降り立つつもりだが、念には念を入れて確認をした。
和弥が言うんだから信頼はできる。向こうは今頃、車両の図面を引っ張ってきて正確に計算をしているはずだ。
『敵の場所はHMDに転送する。それで随時確認してくれ』
「了解。車両の中の様子はどうなっている?」
『先頭車両に近づくにつれて人が多くなっている。やっぱり、中心は先頭方面らしいな』
「予想が当たったか」
先頭車両が敵の活動の中心となることは、和弥の予測ですでに考えていた。
というのも、SNSに宣言文とともに投げられた写真から、和弥がどこで写されたかを割り出したのだ。
写真はデッキで写されていた。しかし、その後ろには運転手席のドアがあり、まず最後尾か先頭かのどちらかからしか写せないこと。また、ドアの窓から差し込んでくる光の方向と、その写真がSNSに投げられた時間帯、そしてその時『ふぶき32号』が走行していた場所と、その場所への太陽光の差し込み具合等々から考えて……、和弥は、「これは先頭車両のデッキで写されたもの」と考えたのだ。
先頭車両なら、運転席を常時掌握することも考えると、活動の中心場所としてもうってつけだ。目と鼻の先でもあるし、さっきから速度が操作されていることも考えれば、近い場所を中心としたほうが都合がいい。
これは、俺がハワイにいたときに和弥が地元に行くために東北新幹線を使っていたためにわかったことだった。運がいいと本人が言う通り、敵の活動の中心が大まかに予測できるのはありがたかった。
そして、監視カメラの解析によってそれが裏付けられた。後ろのほうは、敵の手が手薄となっている。
「先頭のほうで敵が活動しているのか?」
『ああ。そうらしい。だが……』
「?」
和弥は少しどもった。
『妙なんだよな。敵は総勢14名。各車両に1~2名ほど。だが、先頭から5両ぐらいにいる敵は、一人一人の乗客に何か聞いている』
「聞いてる? 恫喝か何かか?」
『わからん。だが、妙に高圧的な印象も受ける。……おおっと、なんか一人のサラリーマンの胸倉掴んでやがる。……あぁ、すぐに放した』
「おいおい、あいつら何やってんだ?」
見るからに恫喝まがいのことしてるようにしか聞こえないが、これを聞く限り、やはり奴らの目的は車内にあるのか? それも、そこにいる乗客の誰かに。
だが、一人一人に聞くって一体何だ。明らかに何かを探している素振りだ。
『乗客には、今のところそれらしいけが人はいない。だが、乗員のほうはそうもいかないみたいだな』
「どういうことだ?」
『すでに何人か先頭車両の座席でぐったりしてる。たぶん気絶か何かさせられたんだろう。車掌さんと……これは運転手か? 頭に包帯をしているあたり、出血させられたようだな』
「え、運転席にいないのか?」
てっきり運転手に運転でもさせてるのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
『いや、運転席は誰もいない。たまに誰かが入ってマスコンなりブレーキなりを操作しているらしいが、基本的には放置だ』
「じゃあ、乗員は今誰も動けないのか」
『らしいな。車内は完全に奴らの手中にある。あまり長引かせるのは得策じゃないな』
確かにそうだ。新幹線の運用に精通している乗員を気絶させるということは、逆に考えれば“自分たちでも動かせる”ということにもなる。でなければ、普通の飛行機に対するハイジャックみたいに乗員は生かしておいて、恫喝などによって自分たちの思うように動かしているはず。
自分たちで新幹線を動かす知識があるからこその行動と言えるだろう。そうなると、より自分たちの思うがままに操れてしまう。
このまま長く放置はできない。
「突入5分前。……じゃ、こっちも最後の準備に入る」
『ああ、頼むぞ。信じてるからな』
「あいよ」
そういって一旦無線は切れた。すぐに敦見さんにも伝える。
「こっちは準備できました」
「よし。こっちでもポジションに着いた」
機体は大宮駅を右手に、S字カーブ上空を通過後大きく旋回して、S字を出た直後にある3kmの直線高架の北側に陣取った。『ふぶき32号』は、まもなく大宮駅を通過する。
敦見さんが最後に確認を取った。
「ええか、向こうがS字カーブに差し掛かったあたりで、こっちの判断で急降下して『ふぶき32号』の最後尾に接近する。向こうの最後尾の車両が直線に入ったと同時に、こっちもそのすぐ上に陣取れるようにしとくから、できるだけ早めに向こうに飛び移るんや。そこからはアンタラ次第やからな、頼むで」
「了解です。機体のほうは、お願いします」
「任せへえ。これでも第1ヘリ団で1、2位を争う腕なんや。低空高速飛行など赤子を泣き止ますようなもんやで」
それ、結構難しくね? だが、その自信満々の口ぶりは、確かに信頼できそうなものだった。彼なら、何とかしてくれるだろう。そう信じるしかない。
「よーし、向こうが最後のカーブに入った。大宮駅を通過するで」
『ふぶき32号』は大宮駅進入前の最後のカーブに差し掛かった。すぐ目の前にある大宮駅を通過すれば、次は大きなS字カーブだ。
「よし、ドア開放!」
合図と同時に、機体右側ドアを開放した。ヘリがいることがバレないようにするため、機体は車体の上に位置させる必要があった。そうなると中央スペースに降ろすには右側のほうからロープで降りるしかない。
けたたましいローターの音と風切音が響く中、ロープを体に固定させた状態で周囲を見る。改めて降下の障害になりそうなものがないのを確認するが、右側からだと、向かって左にある『ふぶき32号』が肉眼では確認できない。
「和弥、ターゲット今どこだ?」
『今大宮駅を通過する。……あぁ、待て。今、運転席に誰か入ってきた。やっぱりS字カーブでは減速させるつもりだ。チャンスだぞ』
「了解」
さらなるチャンスと言えた。思った通り、S字カーブではある程度減速させるつもりだ。
向こうは現在大宮駅を通過中。S字のカーブに差し掛かった時、速度が大きく落ちるはずだ。
『大宮駅通過、もうまもなくS字カーブ』
「念のためもっかい聞くけどよ、S字ってどこだ?」
『大宮駅の先にでっかい建物あるだろ。さいたまスーパーアリーナだ』
「アリーナ?」
左側のドア窓から大宮駅の先のほうを見ると、確かにそのでっかい建造物が見える。1/3ほどの面積にソーラーパネルが設置されているタコのような屋根をした建物だ。
『さいたまスーパーアリーナ』。そのすぐ右手には、確かに新幹線高架が通っている。
『そのすぐ先には埼京線の北与野駅がある。そこからだと高層ビルが邪魔でよく見えないだろうが、わかるか?』
「薄らとだが見える。駅っぽい屋根が確認できた」
『それだ。そこのあたりから、S字カーブが始まってる。その先にはさらに急のカーブが入ってて、それがS字カーブの終わりだ。特に大幅な減速が入るとされている』
「了解。……そこでどれだけ落とすかだな」
最初の緩いカーブよりは、確かにそのあとにある急角度のカーブのほうを要注意したほうがいいだろう。できればS字カーブ入ったあたりから減速してほしいが、向こうがうまく判断してくれることを祈る。
……そして、
「向こうが大宮駅を出たで! 降下準備!」
「了解!」
すぐにロープに両手をかけ、足をドアの淵にかけて体を外に出した。足を外せば勝手に降下する状態にし、そのまま静止する。さらに、敦見さんが叫んだ。
「S字カーブに進入するぞ!」
「和弥、どうだ!」
減速入ったか? 和弥に確認を取ると同時に、向こうからも帰ってきた。
『ターゲット、S字カーブに差し掛かる! 運転席にいる奴がブレーキに手をかけた!』
「減速したか?」
『まて……』
そして、数瞬経った後、
『……ッ! 来た! ブレーキを4、いや、5段上げた! 減速入るぞ! 現在270km/h!』
「よしきた!」
案の定だ。こっちの思い通りのことが起きている。もっとどんどんと減速してくれ。こっちが飛びつきやすくなる。
『蒼! 見えるか!』
『見えました。ターゲット、S字進入開始、減速開始。こっちからも見えます』
『おし、微調整そろそろ終わらせるんや』
コックピットでの調整が進む中、和弥も最後の無線を投げる。
『よし、後はそっちに任せる! 頼んだぞ!』
「了解! 敦見さん! こっち準備OKです!」
『よしきた。蒼! 針路調整はええか!』
『針路、OKです。そのまま降下できます。できるだけ左右に振らないでください』
「オッケィ! まかしとけ!」
降下の準備が完了する。敦見さんもスロットルを操作し、機体を降下させる直前となった。
「ユイ」
そして、忘れてはならないことを今のうちにやっておく。
「……死ぬなよ」
左手で、隣にいるユイに拳を差し向ける。一瞬を置いて、
「お互いに」
いつもの返しを貰ってグータッチ。互いの決意は固まった。
……そして、
『北与野駅前通過。S字、最後のカーブきます』
『おっしゃ、ほな行くで! 降下開始!』
機体は機首を大きく下げ、速度を大きく上げて急降下を開始した。
右からの急激な風圧が俺たちを襲う中、決死の奇襲作戦が始まった…………




