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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第5章 ~勃発~
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新幹線暴走

[PM12:30 日本国首都東京千代田区 東京駅丸の内中央口前『都市の広場』]




 近い距離なので自らの足で走って東京駅に向かった。途中、二澤さんたちとも合流した。どうやら彼らも急遽応援に来ることになったらしい。結局、『やまと』帰還組は全員東京駅への対処に行くこととなった。

 しかし、現場に付くとそこはまさに大混乱のさなかにあった。


「はい押さないで! できる限り走らずにお願いします!」


「この先の誘導員の指示に従って! 焦らず移動をお願いします! お怪我をされた方は近くの駅員にお声掛けください!」


「そこォ! 勝手に押すな! 前の人が倒れるぞ!」


 東京駅の駅員の制服を着た人たちが、駅前の広場に駅構内から避難してきた人たちを一時的に集めていた。しかし、慌てて避難してきた人たちばかりなのか、皆一様に焦りを隠せずにいるようだった。それでも、何だかんだで統率が最低限取れているあたり、日本人らしいとは言えなくはない。

 それでも、一部避難中に怪我とかを起こしてしまった人がいるようで、所々で手当てを受けていたが。


 中央口付近に、拡声器を持っている中年の駅員がいる。周りの若い駅員に指示を出してるあたり、たぶん現場指揮でもしているのかもしれない。

 ちょうどいい。彼に俺は声をかけた。


「すいません、陸軍の者ですが」


「―――ッ! ああ、はい。どうなさいました?」


「応援要請を受けてこちらに参ったのですが、どちらに向かえば?」


「ああ、えっと……ちょっと待って下さい。確認します」


 すぐに彼はスマホを取り出し、どこかに確認を取り始めた。無線は使わないのかとも思ったが、そもそも持っているようには見えない。駅員には配られていないのか、それとも配ってる時間がなかったのか。

 電話での応対はすぐに終わった。


「えっと、まず、避難誘導のほうと、陸軍とのパイプ役として駅構内の対策本部に向かうほうによこしてくれと連絡がありました。二つに分かれることになりますが……」


「避難誘導のほうはどこで?」


「現在は主にここで行われています。駅構内からの避難者は、すべてここの広場に集める手筈となっていますので」


 となると、すべてここに集約させるわけか。スペース足りるかわからんが、近場に避難場所として使えそうな場所がない以上、どうしようもない。

 二澤さんがすぐに名乗り出た。


「じゃあ俺らが対応しよう。避難誘導の人数は多いほうがいい。こっちは6人だ。ここの誘導の応援ならある程度戦力になる」


 冷静な判断といえた。こっちは4人だけ。ここの避難誘導の応援戦力としてはギリギリ心もとない。2人の違いとはいえ、避難誘導に於いては少しでも人数が多いほうがやったほうがいい。駅員や警官たちと協力ができれば、十分効率的な避難誘導ができるはずだ。


「では俺らは本部のほうに向かいます。すいません、案内できますか?」


「はい。……おい! お前! この人たちを対策本部に案内しろ!」


 彼は近くにいた若い駅員を呼び止め、対策本部への案内役としてつけさせた。

 ここで二澤さんらとは再び別れ、俺たちは駅員の案内で駅構内へと入る。避難してくる大量の一般客をかき分けながら、俺らは対策本部へと向かった。




 対策本部は東京駅の地下に設置されていた。作業員通路をいくつか通っていくと、慌ただしく駅員たちや警察関係者が行き来する真っ只中に、『東京駅合同対策本部』と札が立てかけられた部屋があった。

 そこの中は、案の定蜂の巣をつついたような慌ただしさであった。警察の制服を着た人と、東京駅の駅員制服を着た人がごった返している。


「失礼します、陸軍のほうからの応援をお連れしました」


「おお、やっとか」


 案内役の駅員がとある中年男性に声をかけた。少々年配の方のようだが、東京駅の駅員服とは違う白いスーツを着て駅員らに指示を出しているあたり、どうやら彼が駅員たちの長をしているらしい。

 案内役はそのままこの場を離れ、俺に後を託した。


「国防陸軍第1空挺団特察隊、篠山です。一時的に陸軍前線本部とのパイプ役を仰せつかりました」


 あくまで、一時的である。あくまで人員が足りないために俺が来ているわけで、後々どうにかしてこっちにちゃんとした応援幹部を派遣する手筈となっている。その点も説明を加えた。彼もどうにか納得してくれたようだ。


「なるほど……。あぁ、お待ちしておりました。東京駅駅長をしております、海藤です。こちらは、警視庁のほうからの応援の―――」


「警視庁第1方面本部長、真崎です。第1方面本部、及び警視庁本部とのパイプ役をさせていただいております」


 少し背が低くどっしりした体格の丸刈りの男性は、警察関係者のようだ。左胸につけてる階級章からして警視長。

 この場では彼が、事実上のトップとなっているのだという。


「よろしくお願いします。では、早速ですがこの駅構内の状況をお教えいただきたい。向こうとの情報を繋ぎます」


「はい。では、こちらに」


 海堂駅長の案内で、いくつか設置されているメインのモニターの前の会議テーブルに向かう。その短い道中、和弥は耳打ちした。


「……なるほど、肩にある肩章からして、あの人は警視長か」


「警視“長”? 警視“庁”じゃなくて?」


「そっちじゃない。警察の階級に“警視長”ってのがある。第1方面本部長は警視長が就くはずで、その第1方面本部も警視庁と担当管区内の警察署との中継ぎ役をしていたはずだから、ここと警視庁本部との中継ぎの人間としては適任だな」


「そうなのか」


「ああ。また、方面本部長は独自判断で特別本部を設置できるはずだから、おそらくこの対策本部もあの人が設置したものだな。彼がここのトップなのも納得だ」


「なるほど……」


 よくまあそんな知識持ってるもんだ。相変わらず関心する。

 また、方面本部長は管区内の警察署から署長を招集したり、管区内の機動隊を動かしたり、はたまた地域住民の行動を制限させたりと、結構権限は高いのだそうだ。結構偉い人らしい。確かに、見てると彼が色々と指示を出してる様子がある。


 そんな会話をしながら、モニター前の会議テーブルに着いた。同時に、和弥に対して事前に持ち込んできたノートパソコンを設置させ、無線で皇居前広場にいる特察隊本部と繋ぐ。そして、新澤さんには駅関係者との情報共有を頼んだ。ユイと和弥はここに残る。

 モニター前に着くやいなや、駅長は半ば早口に状況を伝えた。


「現在、東京駅構内は混乱の最中にあります。そちらもご存じのとおり、東京都内でテロが発生。しかも、すぐ隣の中央区内ということもあり、私の判断で東京駅を全面封鎖。駅構内にいる一般の方々をすべて駅構外に避難させております」


「避難場所は都市の広場のみですか?」


「はい。反対側の八重洲方面出入口は、目の前でテロが起きていることもあり危険地域ですし、元よりすぐ近くに避難場所として使えそうなスペースがありません」


 まあ、言われてみれば当たり前か。丸の内方面はちょうどよく目の前に広場があったからよかっただけで、八重洲にそんなのはなくすぐ目の前は道路とビル群。おまけに武装集団とSATが戦闘中の危険地帯ときた。いわば、ここ東京駅は文字通り“最前線”なのだ。

 そんなところに一般市民を避難させれるわけないか。となると、俺たちはどうすればいいか。


「我々はどうすれば?」


「とりあえず、避難誘導のほうは混乱はあれど何とかやっていけてます。しかし、どうか八重洲方面の守りを固めていただきたい」


 海藤駅長の言葉に、真崎警視長が続けた。


「私の権限で、東京駅八重洲出入口を中心に、中央区と千代田区を結ぶ各地域に機動隊を配置しております。また、警視庁警備部からの応援として、SATも加わりました。しかし、相手方の数が依然として不明で、現状把握している分だけでみても、戦力が足りません。東京駅を挟んで、東海道、及び東北新幹線の高架を境に、お互いにしのぎを削っている状態です」


 つまり、警察の力のみではどうすることもできないということか。

 千代田区と中央区の境界には、東京都405号外濠環状線、所謂『外堀通り』がある。しかし、戦況的には武装集団のほうがさらに一歩進み、事実上東京駅を中心とした南北に伸びる新幹線高架付近が戦場となっているのだそうだ。中央区東部のほうは、隅田川にかかる橋をほとんど爆破してうまく通れなくしてしまっているため、そもそも戦線にならない状態だという。

 新幹線高架がある以上、中央区と千代田区を結ぶ道というのは限られてくる。機動隊やSATは、そこに守りを固めて絶対死守の構えでいるそうだが、隊員らの疲労などもあり、長続きしなさそうなのだという。

 また、仮にこのまま戦線が南北にさらに伸びた場合、そっち方面への戦力配置も考えねばならない。警察としては、中央区からの西進を許さずそこに敵を留める戦略をとっているらしく、そうなるとどれだけ集めても守り切れないのだという。守り切れず西への侵攻を許せば、そこは皇居と、日本の中央省庁が目の前だ。


 そこへの武装脅威の進撃をどうしても押さえたい警察としては、戦力拡充のために陸軍への応援を頼みたいという。


「すでに都知事から要請は入っており、南北への進軍は、どうにか練馬の第1普通科連隊が即応してくれました。南北への戦線伸長はどうにかできそうですが、肝心の新幹線高架付近はまだです。そっちは陸軍でも十分な戦力配置ができず、不足気味であるとか」


「そこで、我々特察隊ということですね?」


「ええ。どこの駐屯地のものでもいいので、一部不足してる場所に対して追加で置いていただきたい。機動隊やSATの隊員らも、ここまでの激しい戦闘においては疲労が蓄積します。どうか、彼らの代打をつけていただければと。配置場所に関してはこちらから追って知らせます」


「わかりました。配置はそこだけですか?」


「いえ、それだけではありません。同時に、中央区内部への投入戦力も捻出いただければと」


「内部?」


 戦線を守るだけなら、現状特察隊は要請のあった新幹線高架付近の必要な場所に置けばいいはずだ。あとは向こうが息切れするのを待つも良し、余裕があればもう少し東進するも良し。

 だが、彼曰くそれだけではマズイという。


「実は、未だに中央区内部から、新幹線高架方面、ないし南北の陸軍部隊のほうへ避難してくる一般住民がいるのです。避難者が確認され次第、直ちにその場で機動隊、及びSATらが保護しておりますが、現状、まだ中に取り残されてる人がいる可能性も……」


「向こうからやってくるのを待ってる暇はないか……」


 確かに、武装集団が徘徊し、銃撃戦すら展開されてる地域内を、どこぞの不幸持ちの最強ニューヨーク市警警察官の如くうまく脱出できるとは思えない。運よく機動隊やSATに保護された人たちも、目の前で銃撃戦が展開されてる中を、彼らの命がけの努力もあり命からがら保護されている。中には、そのような状況下で銃弾を受け、重傷を負った人も少なくないそうだ。


 向こうから来るのを待ってて、新幹線高架付近などの最前線で銃弾の雨を掻い潜りながら、死ぬ気で突っ走って機動隊やSATなどに保護されに向かうなんて、そんなことができるほど一般住民はハイスペックじゃない。

 座して待つよりなら、こっちから助けに行ったほうがより安全だ。


「少数でも構いません。我々では手におえないため、どうか特察隊の力をお借りしたい」


「了解しました。本部に要請します。和弥!」


「あいよ」


 すぐに和弥にこちらの情報を向こうに遅らせた。

 要求はわかった。要は「数が足りねえからそっちから送ってくれ + 取り残されてるかもしれない住民を探してくれ」ということだ。

 特察隊の面々なら、一番重要な最前線区画である新幹線高架付近にうまく配置すれば、対テロ・ゲリラ戦闘に長けているし、機動隊やSAT隊員の負担軽減に一役買えるはずだ。

 また、その任務上の特徴もあり、武装集団が徘徊している地域での作戦行動にも長ける。機動隊やSATどころか、普通の陸軍部隊では容易ではないことも、特察隊なら可能だ。

 本当は、こういう時こそSの連中に頼みたいのだが……あいつらは今何をしてるか俺たちにも知らされていない。おそらく独自で色々な行動をしているはずだし、もしかしたら内部に侵入してすでに一般住民の保護を行っているかもしれない。そこは、本人たちしか知らないことだ。

 だが、いずれにせよ数は多いほうがいい。いるかいないかわからない以上、特察隊もどうしても参加する必然性は増す。羽鳥さんのことだ。いい回答を返すに違いない。


「とりあえず、ここは後は問題ありません。何とかなります」


「ですね。となると、目下一番の問題は……」


 今頃、こっちに向かって突進中であろう……


「はい……東北新幹線の、新幹線の暴走です」


 海藤駅長が地味に汗水を垂らしながらそういった。その顔たるや、若干萎縮の表情も含まれている。


「一先ず、そちらの情報もお伝えできませんか。何か助力できれば」


「感謝します。……とりあえず、こちらを」


 そういって彼が取り出したのは少し大きめのタブレットだった。彼が画面を操作すると、そこには関東・東北を移した簡易的な地図に、東北新幹線の路線図、駅の場所を重ねたものが出てくる。

 ……そして、その一点に、赤く小さい丸のアイコンが点滅している。

 そこには、『2032B』の、おそらく列車番号と思われる数字とアルファベット。


「これが、そうですか?」


 聞くまでもないが、念のためだった。しかし、回答は案の定、


「ええ、これです」


 だろうと思った。そして、彼はすぐに当該編成の説明を始める。


「事件に巻き込まれたのは、新青森発東京行き、『ふぶき32号』。列車番号2032B。車両は最新型のJE9系で10両編成です」


「10両ってことは、併合なしのJE9系単独編成ですか」


 横から和弥が割って入る。猛烈なスピードでタイピングをし、情報を逐一本部に送信しながら、こっちの話にも介入できるという、割と高スペックな親友に驚愕の念を隠せない。


「ええ。こちらは本来、秋季の9~10月限定ダイヤで編成された列車の最後の往復便でした。新青森を10時30分に発車し、一部の駅に停車しながら、13時45分に当駅に到着後、15分の間を開けて新青森へ折り返す予定だったのですが……」


「事件が発覚したのはいつ頃で?」


 そこは真崎警視長が答えた。


「ちょうど12時過ぎです。とあるSNSに、このような宣言文が」


「宣言文?」


 そういって彼が渡したメモ用紙には、そのSNSに書かれたらしい宣言文のコピーが写されていた。

 そう長くはない単調な文が書かれていた。俺はすぐに速読するが……


「……『これより、計画を実行する。これは、決して虐殺を目的とするものではなく、“変革”をもたらすためのものである』。……なんじゃこりゃ」


 ツッコミどころ満載なのは言うまでもないとして、ほんとに中身が単調すぎて文字通りの“宣言”だった。何らかの要求をするまでもなく、ただこれから計画とやらをするだけだといっているだけ。しかも、曰く虐殺ではないという。

 ……あからさまに怪しさ満点なのだが。


「妙な宣言文ですね。これが、SNSに乗ったんですか?」


 ユイの言葉に全力で同意しつつ、真崎警視長の返答を聞いた。


「ええ。ちょうど、我が警視庁のほうでもこれをすぐに把握し、新幹線東日本総合指令所に事実確認を行うよう令達したのですが……」


「ですが?」


「……一足、遅かったようです」


 彼の表情がみるみる険しくなる。


「ちょうどその時、向こうから連絡が入り、こちらが情報を伝える直前に白石蔵王駅を通過中の『ふぶき32号』との連絡が取れなくなり、同時にAD-ATCも使えず、自動的なATC制御を完全無視した状態で暴走しているとの情報が渡されました」


「あ、あー、え、AD-ATC? ATC制御がなんですって?」


 俺は鉄オタでもなければマニアでもない。ATCが何たるかぐらいはわかるが、そこから先など知ったこっちゃなかった。なんだ、AD-ATCって。ATCの上位互換か何かか? それとも種別の一種か?

 海藤駅長が説明のために口を開きそうになったが、その前に、うちの情報屋が教えてくれた。


「今いくつかの新幹線路線で使ってる最新型のATC。ADは“Advancrd Digital communication”の略で、事前に搭載された走行データを使って、当該区画を適当な速度で走行するよう自動的に制御してくれるATCの最新版。これには新たに総合指令所との遠隔操作機能も付加されて、場合によっては総合指令所から直接停止なりの操作ができるような機能もついてる」


「…………」


 ……なんでただの情報屋が鉄オタじみた知識まで持ち得ているのか。俺にはわからない。こればっかりは、同じく解説をしてあげようとネットから検索中だったユイも地味に唖然としていた。ロボットとて、かなわない部分はある。

 しかし、和弥はそれで終わらなかった。


「ですが、こういう万が一の時のために、さっきも言ったように遠隔操作で即時停車させるための機能があったはずです。それはできないのですか?」


 それは確かにご尤もだ。先の和弥の解説が正しいなら、そのAD-ATCを使って総合指令所から緊急停止信号を送ればいい話だ。和弥の追加解説によれば、今みたいに誰かに乗っ取られ運転士がどうしようもできなかった場合や、または、万が一緊急地震速報が受信できなかった場合、即時停止信号が送れるようにするというフェイルセーフ的な運用思想が元となり、このような機能が追加されたらしい。

 この場合は、東日本総合指令所がその信号を送る立場にある。ここは東京駅以東の新幹線すべてを監視する場所であり、ふぶき32号もこの指令所の監視下にある。

 今まさに、それを使ってとにかく止めるべき事態のはずだ。なぜ止めないのか。


 その理由は、海藤駅長が教えてくれた。


「それが、ダメなんです。何らかの理由でAD-ATCが使用不能に陥っており、こちらかの停止信号を受信できる状態ではないそうです。止まることができません」


「向こうが切ったりでもしたんですか?」


 俺の疑問に、和弥は否を唱える。


「いや、新幹線のATCは車内から切れるようにはなってない。仮に物理的に切ろうとしてもその瞬間緊急停止だ。……たぶん、ATCシステムの内部から工作されたな」


「ええ、我々もそう考えております。可能性としては、運転席内にあるメンテナンス用の基板にあるUSBポートあたりから、欺瞞のATCデータを与えられてしまったのではないかと考えておりまして……」


「ですが、そうなったら今度は線路側の持ってるATCデータと合致しなくなって、線路側のATC装置が停止信号を発して同じく緊急停止では? 確か今の奴ってそうなってましたよね?」


「そのはずなんですが……現に停止していない以上、おそらくはATCのシステム自体が書き換えられた可能性も考えられます。線路側にあるATC信号をすべて受け付けず、緊急停止もしないようなプログラムになってしまうと、既存の緊急停止システムも意味をなさなくなってしまいます」


「うわぁ、困ったな……」


 和弥がそういって頭を抱えた。ATCは結構厳重なシステムで守られていたらしい。しかし、中から書き換えられてしまってはそれも無意味と化してしまう。武装集団側が用意した偽のATCデータをぶち込まれて、それに則って暴走しているか、またはそもそもの問題としてATC自体が事実上使えない様にプログラムを書き換えたか。


 ……いずれにせよ、これが本当だとすれば奴らは相当鉄道システムに精通している。そこらの素人がやれるものとは思えない。

 ATCが使えないなら、他の策を使うしかなかった。俺はパッと思いついたのを提案してみた。


「じゃあ、東京駅でこの先の線路繋げちゃうとか? 確か、東海道新幹線がその先にいたような……」


「おいおい祥樹、東海道新幹線と東北新幹線の線路は繋がってないぞ」


「え、マジで?」


 初耳情報だった。てっきり繋がってるもんだと思っていたが、そんなことはなかったらしい。


「この二つを直通にしちまおうって計画自体は確かに国鉄時代にはあった。だが、東北新幹線側のダイヤの乱れが最悪九州にまで及びかねないのを嫌ったのと、後の国鉄分裂後の東北新幹線と北陸新幹線のホーム割りでのゴタゴタで、結果的に東北新幹線のホームが1面2線しかなくなって、東海道と繋げなくなった。あと、単純に東海道新幹線と東北新幹線が使ってる送電周波数が違うからどうしようもできない」


「なんでそこまで知ってるんだ……」


 隣にいる海藤駅長の立場がない。説明しようとした矢先にすべて仕事とられて喜べばいいのか怒ればいいのかわからない顔となっている。

 だが、とにかくこの線はなくなった。他に何かないかと考えていると、ユイがこちらの話に割って入る。


「では送電を止めるのは? ふぶき32号が走行している区画のみか、それがだめならすべての新幹線ごと一旦送電を止めて強制的にその場に停止させるというのは?」


 ユイの提案も割と妙案だ。元々、地震発生時はすぐに列車が緊急停車できるよう、電力の送電が一時的に止まるシステムになっていた。つまり、遠隔的に何らかの形で列車を止めれるのである。

 新幹線とて、あくまで“電車”の一つである。電気で動いている以上、その電力供給元が絶たれれば、動きたくても動けなくなるはずだ。ある意味、同じく電気で動いている身であるユイだからこそすぐに思いつけた策ともいえた。総合指令所あたりから、電力送電を止めさせればいいのではないか。

 しかし、どうやらこれもダメらしい。真崎警視長が待ったをかけた。


「それもダメです。今止めれば、乗客たちの命がない」


「命がないって、どういうことですか?」


「先の宣言文の数分後に、同じSNSを通じてこのようなものまで」


「?」


 そういってまた先ほど渡されたのと同じサイズのメモ用紙を受け取った。こちらも、先のと同じく端的、かつ簡潔に書かれていたが、同時に、その下には1枚の写真。新幹線のデッキで撮られたらしく、一人の男性が写っていた。


「『これより、邪魔が入らないよう目的達成のため時間制限を設ける。現在、300km/h以上の速度制限を課している。これを下回った場合は、我々は理想実現のため、最大の効果を持つ行動を起こす』って……んな無茶苦茶なッ」


 自己中心的どころの話ではない。自分たちの言う目的のために、ATCに頼らない独自の速度制限を貸したどころか、それに従わなければ……この場合は、間違いなく武力攻撃である。

 これでは、完全に乗客を人質に取られたも同然だ。しかも、300km/hという猛スピードである。これでは、人の手を離れたトラックが路上を異常な速度で走って暴れてるのと何ら変わりはない。

 向こうが「止めたら容赦しない」と言っている以上、確かにこっちから強制的に止めにかかるのは危険だ。AD-ATCが効かないとか以前の話であった。

 ……とすれば、現状このまま走らせるしかない。ただただ、走りたいがままに。


 しかも、それだけではなかった。


「こ、これに写ってるのって、AKじゃ……ッ!?」


 間違いなかった。何度となく見たことある、旧式のAK系アサルトライフル。ユイがすぐに見たところ、AK-47で間違いなかった。真正面にいる男性の後ろにかすかに映っているもう一人の人影の手にも、どうやらそれっぽいのが写っていた。


 間違いない。武装している。


「なんで新幹線車内にこんなのが……じ、事前に検査や見回りってやらないんですか!?」


 ほぼ驚嘆を交えていったこの言葉に、海藤駅長は言いにくそうな顔をしていった。


「……お恥ずかしい限りですが、現在の鉄道界隈においては、本格的な手荷物検査などをするには限界があるのです。おそらく、そのガバガバな目を掻い潜ってきたのでしょう」


「え?」


 限界、という言葉に少し納得がいかなかったが、和弥が補足してくれた。


「鉄道の世界においては、そんな手荷物検査なんかをバンバンやってられないよ。電車に乗るときに、飛行機に乗るときの保安検査やら手荷物検査やらをやる時間があるとも限らんし、人数も多い。それに、それを大々的にやるスペースや人材、金もない。銃火器や爆弾の一つや二つぐらいは簡単に持ち込めるのが現状だ」


「だ、だけど、確か数年前から爆発物や危険物探知用のカメラが設置されてただろ。全国の主要駅にさ」


「それはあくまで“主要駅”の話だ。新幹線の駅すべてに設置されてるわけじゃない。祥樹の住んでるところで言うなら、七戸十和田駅あたりはまだこれがつけられてなかったはずだ。そこから乗れば、なんの検査を受けるまでもなく簡単に武器持ち込めるぜ」


「そ、そんな……」


 だが、それは事実だった。確かに、鉄道業界における危険物探知システムの導入は大きく遅れていた。鉄道というのは、飛行機のようにガッチガチなセキュリティを組めるようシステムではない。かつて、新幹線内でガソリンを自分にぶっかけて焼身自殺を図り、一時騒然となった事件もあった。こうした可燃物を簡単に持ち込めるほどに、鉄道のセキュリティは緩いという現状がある。

 地下鉄サリン事件や昨今のテロ事件の影響もあり、大分改革は進んだとはいえ、まだまだ甘い部分があるのは間違いなかった。

 先の危険物監視カメラの件も、数年前から導入が進んだとはいえ、すべての駅に進んだわけではない。七戸十和田のような年間利用者数が異常に少ない駅なんかは後回しにされることが多く、そこから入られたら防ぎようがない。


 和弥によれば、最近はデッキや客室に監視カメラを設置したり、スカイマーシャルならぬ『トレインマーシャル』と称して、各系列の警備会社や提携元警察と共同でランダムで列車に私服警官・警備員を乗せるなんてことも行ってはいるが、根本的な解決にはなっていないという。

 もちろん、これは鉄道全般に言えるし、簡単に解決できないという鉄道特有のシステムも原因にある。しかし、新幹線という今まで死者を出したことがない世界的にも安全な乗り物は、同時にテロなどの攻撃に対してとても脆弱な乗り物であることもまた事実であった。


 今回は、それが現実で起こってしまったといえる。


「(……犠牲がなかったことが、必ずしも安全の証明とはならないってことか……)」


 非情な現実を思い知らされはしたが、ここで狼狽えてる暇はなかった。


 ここまでするのには何らかの理由があるはずだ。今までのこうした“トレインジャック(ないしハイジャック)”の経験上、向こうが求めるものといえば……、やっぱり、政治的・財政的な“要求”か。これしかない。


「向こうの要求は?」


「それが、何もないのです」


「はあ?」


 思わず失礼なほど素っ頓狂な声がでた。ここまでのことをしておいて、まず一番最初に来るであろう要求が一つもないのである。

 わざわざ走行速度を定めて、東京駅に着くまでという事実上の制限時間を設けているくらいだ。身代金とか、勾留されてる同志の開放とか、そういった類の要求の一つや二つぐらいありそうなものであるが、それが現在何もないらしい。


「向こうからきている声明は以上ので全部です。あとは、何らかの要求をするわけでもなければ、開放条件を提示するわけでもなく、沈黙を保っております」


「ええ……じゃあどうしろというんですか……」


 向こうが何のヒントも与えない以上、こっちから何もしようがない。解決のための手段を考える上でも、こうしたヒントというのはほぼ必須の条件ともいえた。それがないとなると、こっちだって余計な手出しをすることができない。

 俺はなんとも言えない苛立ちを覚えた。せっかくここに来たというのに、何もできずに東京駅に突っ込ませたくはなかった。どんな被害が出るか、できれば想像もしたくはない。


「なぜ逆の意味での速度制限を設けて、乗客を人質に取る必要がある。奴らの目的ってなんだ?」


「そもそも、速度制限と人質。この二つを一度に扱う必要性がわかりません。こちらに要求を与えるような“対外的な目的”なら、確かにこの二つを交渉カードとして使うメリットは出てきますが、それがない以上、わざわざこれらを持つ必要性も……」


 ユイの分析は尤もだ。本来、事実上の制限時間や人質を設けるというのは、政府や一部の有権者を相手に交渉する際の交渉カードとすることが大半だ。むしろ、それ以外で持つ必要がない。あるとしても精々愉快犯が目立ちたいがために人質をとったりするぐらいだ。

 だが、本人たちが“目的達成のため”と言っている以上、少なくとも“目立ちたがり屋”がこんなことをしているわけではないだろう。だが、現状見るからに、所謂“対外的な目的”ではないように見える。


 ……じゃあ何が目的なんだ? こんなことをする必然性はなんだ? 海藤駅長らもそこに頭を悩ませていた。


「そこがわからんのです。交渉カードとして使うのならまだしも、その交換条件を明かすわけでもなく、人質などと設ける理由を明かすわけでもなく……」


「なぜあんなのを持つ必要があるのかわかりません。現状、このままでは向こうは自らの首を絞めていることにもなります」


「自らの行動をある程度制限させてますからね……」


 俺はそういって真崎警視長の言葉に同意した。人質はまだしも、制限時間に関しては下手すれば自分にまで不利益がかかる。その目的とやらが達成できなければ、自分たちも東京駅に突っ込んで死ぬ運命になる。

 妙に気がかりだった。目的と行動が妙に一致していない。このズレはどう説明する。


「(……何を考えているんだ?)」


 そう思慮する俺たちの横で、和弥が相変わらず情報を本部に送りながら、口だけを開いた。


「……もしかしたら、対外的な目的ではないのかもな」


「?」


 どういうことだ? そう説明を問うと、和弥は視線はこちらに向けず、言葉だけを俺たちに放った。


「奴らの目的が、元より俺たちとは関係ないってことさ。本当の目的は、あの新幹線の車内に隠されてるって考えれば、別に納得ができないわけじゃない」


「新幹線にって……例えば?」


「そうだな……、誰かを探してるとか?」


「探してる?」


 わざわざ新幹線を意図的に暴走状態にさせてまでやりたかったのが、人探しとな。しかし、和弥はその説に一種の自信を持っていた。


「現在の状況にガッチリはまる理由がこれしかない。目的達成ってのは、自分たちの探している人を見つけ出すことで、人質や制限時間というのは、俺たちじゃなくて、その探している人に対する交渉のカードだと考えれば……」


「……俺たちの知らないところで、向こうは色々と状況が動いてるかもしれないってことか?」


「人知れずな。どっちにしろ、向こうの状況がわからねんだ。完全否定はできないはずだ」


 逆転の発想を用いた分析と言えた。だが、考えてみれば十分あり得ることだ。

 誰も、向こうの目的は新幹線の外にあるとは言っていない。確かに、新幹線の車内にその目的のものがあったとして、それに対する交渉カードとしているなら、あながちおかしいと言えなくもない。

 俺たちのことなどそっちのけで、向こうで勝手に話が進んでいるのかもしれない。しかし、そうなるとその話の中身によってはこっちだっておちおちしている暇もなくなる。


「話の中身次第じゃ、こっちがすぐに動かなきゃならない場合もあるな……」


「確かにな。とはいえ、難しいぞ。相手は完全に止まることを知らない、坂道を全速力で下るブレーキの壊れた大型トラックみたいな奴だ。そんなのをどうやって止めれば―――」


 そこまで和弥が冗談めかしていった時だった。


「駅長! 大変です! モニターを!」


「―――ッ? なんだ!」


 一人の駅員がそう叫んだ。同時に、俺の横に警察のほうと調整を図っていた新澤さんが戻ってきたが、その様子は焦燥感を露わにしたものだった。


「マズイわ、今東日本総合指令所から緊急の連絡があったんだけど……」


「何があったんです?」


「聞くより見たほうがいいわ」


 そういって目の前のモニターを目線で指す。ちょうど、いくつかあるモニターの一つの画面が切り替わった。右上には、『東日本総合指令所』とテロップが入っている。

 中央には指令らしき人がいた。その表情たるや、焦りを微塵も隠そうとしない。


 海藤駅長がすぐに反応した。


「こちら合同対策本部、何があったんですか?」


『こちら東日本総合指令所です! 緊急事態です、すぐに対処を行わなければ!』


「落ち着いて! 状況を正確に教えてください!」


 海藤駅長の声で少し焦りを取った指令らしき人は、若干焦燥感を残しながらも状況を伝え始めた。


『まもなく、新白河駅をふぶき32号が通過しますが……その前方にいたもう一編成が……』




『徐々に、ふぶき32号に接近しています!』




「……はぁ!?」


 ここにいるほぼ全員がそう叫んだ。和弥も、必死にタイピングしている手をとめて大いに顔をひきつらせてモニターに顔を向けるほどだった。

 ……前方にもう一編成。まだ新幹線走ってたのか? 駅に退避させてなかったのか!?


「ちょっと待ってくれ! その前方の編成はどれです!?」


『秋田新幹線と併合している新青森発東京行きの『あかつき96号』、列車番号3096Bの17両です!』


「その3096Bは後々距離を置かせて逃がすはずじゃないのですか!? 話が違いますよ!」


 どういうことだ。何がどうなってる?

 鉄道にさっぱりは俺は、ここでの口論にまったくついていけなかった。和弥に頼むしかない。


「んで、これは一体どういう状況だ?」


 さっきから鉄オタ知識満載に持ってきている和弥は、さすがにこの口論の内容を瞬時に理解したようだった。


「マズイことになったな。簡単に言えば、後ろから追突される可能性が出てきたわけだ」


「それはわかる。だが、なんだってそんな状況になったんだ。退避させるだろ普通は?」


「それなんだがな……」


 和弥はこめかみに指を当てて思い出しながら言った。


「確か……この『あかつき96号』は併合列車で、新青森発の定時列車扱いだった。秋田新幹線と併合してそのまんま東京に行ってるから17両なのだろうが、ダイヤ的に『ふぶき32号』と『あかつき96号』は近かったはずだ。『あかつき96号』の後を追ってくるのが、この『ふぶき32号』だ」


「退避してる暇がないほど近かったのか?」


 その質問にはすぐには答えず、駅長らの口論を少し聞いていた。そして、納得したように頷いて答えた。


「……ここでの口論を聞いている限りでは、どうやら無理な加速をさせたのが原因でモーターがいかれ始めたらしいな。すべての車両にモーターがあるとはいえ併合状態では各車両にかかる負担は大きい。この車両もAD-ATCを特別に切ってもらって安全性を二の次にしてとにかくモーター回したらしいが、無理が祟ったようだ」


「あまりに急ぎ過ぎたってことか?」


「ああ。本来減速しないといけないカーブのところでも、脱線しないギリギリの速度超過で逃げてたからな。それも原因だったんだろう。その上、元々、盛岡駅での併合遅れによるダイヤの乱れもあって、『あかつき96号』の出発は遅れてたんだ。それが後発の『ふぶき32号』との接近に拍車をかけたようだな。いくらなんでも、長時間ぶん回しを続けれるほど、新幹線のモーターはタフじゃないってこった」


「だが、それなら余計どこかで退避をさせればいいはずだろう。分岐器ポイント切り替えしてもらってさ」


 近くの駅ホームなんて、どこかにさすがに空きがあるはずだ。スジ屋さんだってそこらへんは考えてる。仮にホームがだめなら、反対線路に入ってホームじゃなくてもいいから適当な場所に留めておくでもいい。とにかく、後ろから突進してくる『ふぶき32号』を躱せればいいんだ。手段を選んでる暇はないはずだ。


 ……だが、どうもそれもまずいらしい。


「ポイント侵入にあたっては制限速度ってもんがある。現在『ふぶき32号』から逃げる『あかつき96号』は300km/h近く出してる。それから徐々に速度は落ちてはいるが、それでも250km/h後半は出ているはずだ。ポイントの進入制限速度は80km/h。このまま進入したところで、どうあがいても脱線レベルだな」


「したくてもできないってか……、逃げ道ねえじゃねえか」


「だから、詰んでるんだよ。尤も、これしか方法がなかったともいえるが……」


 和弥がそういって小さく舌打ちをした。「参ったな」とでも言いたげな顔だ。

 そんな状況であれば、確かに彼らが焦るのも納得だ。モーターが焼き切れかねないのを承知でここまでやってきたが、逃げ切るほど距離を開けて、そこから減速してホームに入るなり反対線路に入るなりして退避する前に、自身のモーターに限界が来てしまったのだ。

 せっかく頑張ってあけた相互距離も、徐々に狭まってしまっている。200km/h越えの速度で追突事故なんぞ起こった日には、おそらく東京駅で起こるとされる参事以上の被害が出ることは間違いないだろう。


 だが、それと止めるまともな方法がない。このまま走り続けても、一気に減速しても……どっち道、そのあとにくる未来はほぼ同じ。


「(……どうすればいい)」


 何か考えろ。止める方法はないのか。遠隔操作でダメなら……逆に、くっつけてしまうのは? 確か連結器があったはずだ。

 ……いや、ダメだ。こんな猛スピードでの連結に耐えれるとは思えない。それに、『あかつき96号』が連結器を展開しても、『ふぶき32号』が展開してくれなければ意味がないし、そもそもの問題、仮にこれがうまくいったとしても、それはただの時間稼ぎにすぎず、根本的な解決にならない。

 最悪、この『あかつき96号』の乗員乗客まで東京駅での参事に巻き込みかねない。本来、彼らは関係ないのにだ。


 ……とすると、あとは何だ? 昔あったアメリカの暴走貨物列車を止めるアレの逆を使って、前から後ろに押してある程度速度を落としてもらうか? いや、それでは向こうにいるであろう武装組織を刺激するだけだ。


 ……じゃあなんだ。


「(……あとはもう“力づく”しかねえじゃねえか)」


 一瞬頭をよぎった、もう一つの、かつ最後の手段。だが、成功率はたかが知れている。舞台は新幹線。そしてその進入経路上には電気がバンバン流れている新幹線高架の架線。当たったら即死は間違いない。


 ……というより、誰がやれってんだこんなの……


「(……とはいえ、誰もやろうとしないだろうし、他に何も……)」


 そう思っていた時だった。


「祥樹さん」


「?」


 呆然とモニターを見ていた俺を横からユイが声をかけた。

 その顔は真剣そのもの。いきなりなんだと思ったが、次の瞬間には、俺のほうを見たまま右手の指で拳銃を作って、指先でモニターに映る『ふぶき32号』のアイコンを指し、それを撃つしぐさをした。


「……まさか?」


 相棒の言わんとすることをすぐに理解した。だが、それは今まさに俺が考えていたことだった。お前はロボットのくせにエスパーの能力を会得したのか?

 だが、その「まさか」の言葉も、ある意味肯定していった。ユイは頷いて、


「……私の本分はこれですので」


 正気とは思えないことを言ってのけた。おいおい、冗談はよせと声を大にしていったかったが、今俺の目の前で起きている現実がそうはさせてくれなかった。

 事実、それしかまともなのがなかった。ここからも、総合指令所からも、何もできないのであれば……、



 “自ら赴く”しかない。



「……あまり大人数ではいけないぞ。やるなら……」


「わかってます。……お二人で」


「だろうと思ったぜ」


 ほんの一瞬、まさかユイのみで行ってくれるのか?なんて邪推したが、そんなことはなかった。というか、一瞬でもそんなことを考えた俺はバカだ。相棒が一緒にお供せんでどうするってんだ。

 ……まあいい。何れにせよ、やることは決まった。


「(……時間がない)」


 もう向こうがこっちに突っ込んでくるまで1時間を優に切った。移動の時間を含めても、今しかない。


 俺は覚悟を決めた。


「あの」


「?」


 先ほどまで論争が繰り広げられていた駅長らが不審な顔を向ける中、俺は意を決して伝えた。


「……すいません、俺たちに」





「少し、時間をください。あと、できれば最大限の協力も」






 これは、ある意味最後の“賭け”ともいえる作戦だった…………

2015/8/10

一部描写を変更しました。詳しくは2015/8/10発行活動報告のほうへ

2015/8/11

再度一部変更が入りました。詳しくは2015/8/11発行活動報告のほうへ

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